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2004.12.31

雪の大晦日

なんとかお客様方も到着できて、ホッと一安心したところです。

今年一年、どうもありがとうございました。
どうぞ良いお年をお迎えください。

今夜はお客様のお蕎麦を茹でながらの年越しになる予定・・。
このままだと、更新できずに来年になってしまいそうだったので、
ちょっと抜け駆けして打ち込みにきました。

オーブンのアラームが呼んでいるので厨房に戻ります。

どうぞ来年もよろしくお願い致します。

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2004.12.29

本気

一変して、雨・みぞれ・雪のどれかがずっと降っている寒い一日になった。 やっと冬も本気を出してきたみたいだ。 到着したお客様が「積もってくるんじゃないかと、ずっとヒヤヒヤしていた」と、道中の報告をしてくださった。 メモリアの庭も枯葉の上にうっすらと雪化粧して、すっかり冬景色。

ガーッと働いていると、時折ふと気が抜けてボンヤリしていることがある。 ほんの数秒の間だと思うが、まったく別の光景に気持ちを奪っていかれる、そんな感じ。 雪は、降っているところでも積もっている光景でも、何となく見てしまうことが多い。 何があるわけでもないのに、不思議なものだ。 確か中学生の頃、東京に大雪が降り、膝近くまで積もったことがあった。 夜中に傘をさして、降りつづける雪を庭でずっと見ていて風邪をひいた・・そんな余計な事を思い出す。

時間の合間を縫って、おせち料理に着手し始めた。 大晦日になってしまうと、さすがに満室だし、おまけに夕食後に年越しそばなどを用意するので、おせちを作っている時間が無い。 よって30日までには終了させておく必要があるのだ。 最後の加熱の前段階まで作っておいて、30日の夜中(たまに大晦日の早朝になる年もあるが。)に、一気に仕上げる形になるように段取りを整える。

今年もあと2日・・。
いろいろな人たちの笑顔を心の中で暖めながら過ごす、冬らしい寒い夜だ。

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2004.12.28

年末も不景気っぽい

年末最後の観光協会からの配り物(お正月にご宿泊の方々へのチラシなど)を、届けに回ったついでに、生鮮品や花などを仕入れてきた。 年内の買い物もこれが最後だ。 よっぽどの突発事故が起こらない限りは、ここからは手持ちの食材をやりくりしながら、すべての食事を調えてゆくことになる。

どこのお店も混みあっていた。 この時期は暇を持て余している小さな子供たちや、ご主人を伴なっての買いもの客が多く、単独で来ている人の方が少ないくらいの状況なので、店内の人数が2倍、3倍になっている。 カートの使い方に慣れていなかったり、カート上の買い物かごに子供が座っていたり(!)して、人の流れが片付かない感じに苦笑。 必要なものだけさっさと買って来たつもりだが、やはり効率が悪かったと見えて時間も体力も浪費した。

店先には俄仕立ての「お正月飾り屋さん」が出ているが、なんだか景気が悪そうだ。 あまり立ち寄っている人が無くて、客寄せの声だけが響き、うら寂しい。 お飾りの上に差し込んであるダイダイのきれいなオレンジ色が、やけに印象的だった。

思い出してみると、配り物をして回った各宿屋の玄関先の門松も、例年に比べて小型のものが多く、お店での消費者の行動を見ても、やっぱり景気は良くないんだと思う。 回復とか回復の兆しとか、そんな言葉は聞き飽きている。 実際の現場では、あまり実感できていないのが現実なのだろう。 緩やかに上下を繰り返しながら、全体としては「右肩下がり」に推移しているに違いない。 自分たちだけの力では、どうにも動かすことの出来ない大きな流れに右往左往しながら、「さて、どうしたものか・・」と、頭を痛めている状況は、今年一年、ずっと変わらなかった気がする。

明日からは今日までにも増して忙しくなる。 せめて美味しいものでくつろいでいただけるように、美味しいおせちで新年を気持ち良く迎えられるように、自分にできることに向き合ってゆこう。

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2004.12.27

暖かすぎやしませんか

なんだか暖かい年末だ。
つい数年前まではもっともっと寒かったので、年末年始の準備で用意した食材や、早めに作ったおせち料理など、保存にはあまり気を使わないで済んだように思うのだが。 この気温では、それこそ年末ギリギリにおせち料理を仕込まないと、怖い気がする。

お客様が帰ってから、次のお客様がチェックインするまでの時間、日中の館内は換気のため、寒くても窓を開けておくことが多いのだが、気合いを入れてベッドメイクをこなしていたら汗が出てきた。 いくらベッドメイクが肉体労働だといっても、こんな時期に汗が流れるなんて珍しい。 一瞬、更年期障害か?と、焦る。 (まだちょっと早いと思う。) さすがにあっという間に熱を奪われる感じがしたので、一時中断して慌てて着替えをした。 これはこれで体力と時間の消耗だ。

楽なのか余計に大変なのか、今ひとつわからない状況のまま、また一日、新年が近付いてくる。
働けることに感謝。

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2004.12.26

テレビ電話は怖いよ

朝、お客様のチェックアウトを待ってから、もうそそくさとクリスマスの飾りの片付け。 宗教的にはまだクリスマスの飾りを出しておいたって何の問題も無い。 だが、日本人の感覚的には、クリスマスが終わったらお正月の準備だろう。 宿屋を運営していると、やはり季節の行事のようなものは宿泊客に求められることが多いので、「ウチは神道ではありませんから」などとは言っていられない。 クリスマスにはチキンを食べてもらい、お正月にはおせちを用意しなくてはならない。 最も日本人らしいひとつの典型が、宿屋にはあるような気がする。

和風旅館で女将や仲居さんが着物を着ているのだって、よく考えると不思議だ。 買い物先でばったり出会う女将はジーパンをはいていたりするし、化粧もそこそこに駆け回っているのが普通だ。 つまり、営業時間内はお客に求められる女将像を演じているのであって、彼女自身がひとつの演出なのだと思う。

お客様の多くは、日常を離れ、家事から開放されることを望んで、宿屋を利用する。 しかし、宿屋には宿屋の日常が存在し、その日常臭さがお客さんに伝わらないように、しっかり蓋をしておかなくてはならない。 そのために着物を着たり、ユニフォームを着たりして、ちょっと違う自分を演出する必要があるのだろう。

これからテレビ電話が普及し、営業時間外に予約の電話が鳴った時、即座に日常の自分を見せない工夫が必要になるのかも知れない。 例えば、会社受付のように身支度を整えた「テレビ電話予約受付嬢」を用意したり、それが出来なければ、きれいな風景画像などを送信したり。 電話だって、掃除中にお風呂場で受けたりは出来なくなる。 そんなところで短パンで掃除している画像が相手に流れたら、予約は成立しなくなるだろう。

営業時間内だけ、しっかりと整えておけば良いくらいのレベルで、技術進歩が止まってくれていたら、助かるのだけれど。

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2004.12.24

柚子でチーズケーキ

クリスマスのデザートに何を用意しようかと考えていたが、ホワイトクリスマスのイメージで、白い清楚な感じのお皿に仕立てたかったので、結局レアチーズケーキを固めた。 作っている途中でふと柚子が目に止まり、レモン汁の代わりに柚子の絞り汁を使ってみた。 土台になるチョコレートケーキのクラムにも、柚子の皮のみじん切りを混ぜ込んで、すっきりと軽い苦味をプラス。 いつもとは違う「大人の味」のレアチーズケーキを目指した。

柚子は使い方を間違えると野暮ったい味になるので、バランスが難しい。 特に甘い味と合わせて使う時には、要注意のように感じている。 ほんのりと飲み込んでからふわっと香るくらいで留めておくのが、洋菓子では無難だ。 ある一線を越えた途端に、とても安っぽい、香りだけ後付けしたようなケーキに変わってしまう。

最近では韓国の柚子茶(柚子を細かく切ったものが蜜漬けになっていて、お湯で溶いていただく。)も、そう難しくなく手に入るようになった。 あれをホットココアに入れると美味しい! ココアを作る時に普段の半分くらいの甘さに調整しておき、仕上げに柚子茶を溶かす。 やっぱりチョコレートと柑橘類は相性が良いみたいだ。

さて、柚子のレアチーズケーキはお客様に好評だったようで、ホッ! 思いつきで作ると、出来上がって味見する時にドキドキする。 どこかの過程で迷いが生じる時は、大抵成功せず、何も迷わずにささっと作れてしまった時は、大抵上手くいくのも不思議だ。 素材に呼ばれるって、こういうことを指すのかも知れない。

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2004.12.23

メガネを新調

新しいめがねを作った。 厨房や掃除の時に使うハードな使用に耐える、掛け心地の良いメガネが欲しかったので。 いろいろ検討して迷ったのだが、今回は『アイメトリクス』で作ってみた。 そう、ヤクルトの古田選手会長が試合中に掛けているというヤツである。

正直なところ、メガネ屋さんで実物見本を見て驚いた! 非常にちゃちで、子供のおもちゃみたいなパーツで出来ている。 こんなものが最低価格5万とは、にわかには信じられなかったのだ。 「いや、皆さん、そうおっしゃいますよ。 まあ、騙されたと思って掛けてみてください。」との店員さんの言葉に促され、おずおずと掛けてみて、二重の驚き!! ものすごいフィット感なのだ。 まだ自分用のパーツではない見本品なのに、飛び跳ねても全然ずれない。 「顔の立体写真を分析して、ご本人にあわせたパーツで作りますから、実際はもっとフィットしますよ。」と、何食わぬ顔で説明され、即決で注文した。

出来上がってきたメガネを今日から掛け始めている。 楽・楽・楽ちんで、すこぶる好調だ。 顔にメガネがくっ付いているような感じ。 今ひとつオシャレとはいえないデザインだが、どうせ出かけるときは軽い小さなチタンフレームのものを愛用しているので、実質重視である。 うつむいてまな板に向かっていた後で、さっとオーブンに移動しても、びくともしない。 手を洗った後でずれたメガネを触らずに済むことは、厨房では衛生面でも手間の上でも、大きなポイントになる。 普段から一日中メガネを掛けているような方には、オススメできると思う。

自分へのクリスマスプレゼントは、相変わらず色気無しの実質本位になってしまった。 ある意味、私らしいなと、自分で半笑い。 

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2004.12.21

疲れたぁ

沼津の業務用食品卸市場まで足を伸ばして、あちらでなくては手に入らないものや、あちらで買うと安いものなどをたくさん仕入れてきた。

なかなか行く機会がないので、たまに行くと店の隅々まで見て回り、それが何軒も続くと、いつのまにか足が棒になっている。 ヘロヘロに疲れて帰宅した。

なんだか脳の活動に使うエネルギーまで、他で消耗してしまったかのような感覚。 お買い物って案外疲れるもんだな。 遠くまで足を伸ばした分だけ、十分に元が取れるほどの、「良い仕入れ」ができて満足したが。

ゆっくりお風呂に入って、早く寝よう。

追伸:明日、このブログの更新はお休みの予定です。 ご了承ください。

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2004.12.19

冬らしくなってきた

この時期にしては暖かい日が続いて、体は楽なんだけど、なんだかしっくりこない感じだった。 今日は一変して背骨の周囲がぞくぞくするような冬の寒さに。 「これこれ、この感じ・・」と、底冷えのする厨房で思っていた。

仕込んでおいた3種類の果実酒。 漬けておいた実を引き上げてから、ペーパーフィルターで濾過して、熟成用のビンに詰め替える作業に半日を費やす。 ヤマモモ酒とキーウィ-酒とユズ酒。 なかなか良い感じに抽出されている。 ぎりぎりで年末年始のお客様方に間に合って、ホッとした。 実を引き上げたばかりの果実酒は、まろやかさには欠けるが、香りや色合いが鮮やかで個性が強く出ている。 お酒の好きな方には、丸みを帯びた熟成されたものよりも、こちらの方が好評だ。 不思議なもので、何年か経過したものは、違う種類の果実酒であるにもかかわらず、すべて似たり寄ったりのお酒になってゆく。 色は茶色になり、甘酸っぱく、個性のある香りは区別がつかなくなる。 それはそれで、まったりとトロリと美味しいのだが。

冬にはじっくりと取り組むような作業が相応しい。 ぽたぽたと濾過されてくるきれいな果実酒の雫を見ながら、そう思った。

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2004.12.18

シイタケを干しながら

いただいてきたシイタケの半量で、干しシイタケを作ることにした。 自分で作る場合には、軸を最初にはずしておくのが私流。 干しシイタケを料理に使おうと水で戻す場合に、軸の部分がなかなか吸水しなくて時間がかかる。 その上、どうせ包丁で切ってしまうのだから、初めから軸なしの干しシイタケにしてしまおうという魂胆だ。

生シイタケの軸は、指先で捻じるようにするだけでスポッと抜けるように取れる。 軸だけを集めておいて、石づきを切り落としてから、縦方向に細く裂く。 切干大根やヒジキを煮る時に一緒に使えば良いダシが出るし、かき揚げに混ぜてもシャキシャキとした歯ごたえも楽しい。 たっぷりある時は単独でキンピラ味に炒め煮にして、ちょっとした箸休めに。 また、干し軸シイタケにしておくこともある。

さて、軸をはずしたシイタケをざるの上に並べて日に当てていると、ぽっこりとした茶色の半球形が、「チョコレート饅頭」を思い出させて、いつも甘いものが食べたくなる。 散歩の途中で立ち寄ったネコが、怪訝そうな様子でひとつひとつクンクンしていった様子を、『ますたあ』が教えてくれた。 チョコレート饅頭を知らないネコは、何を思い出しながらシイタケを見ていたのだろうか。 冬の柔らかな陽射しを受けて、ビタミンDをたっぷり蓄えてもらおう。

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2004.12.17

何をしに行ったのか、わからなくなった

同業者組合のメンバー宅に、観光協会からの配り物をしてきた。 もうじき始まる「イチゴ狩り」のパンフレットや、年末年始のお客様の案内に使えるようなイベント情報の印刷物、それに、調理師の就業届け出用紙などだ。

それぞれの宿の様子もお互いわかっているので、いきなり離れにある自宅の方へ顔を出したり、勝手口の窓から声をかけたり。 何も知らない人がこの光景だけを断片的に見かけたら、かなり怪しげだろうな、などと思いながらも、何軒もあるので儀礼より効率重視で配ってゆく。

それぞれの場所で、挨拶もそこそこに立ち話だ。 小さな情報交換みたいなものだろう。 台風でビニールハウスが壊されてしまい開業が危ぶまれた「イチゴ狩り」も、何とか例年通りにお客を呼べそうだ、とか、年末年始の予約の入り具合など、ちょこちょこと話しながら。

帰り掛けには、「さっき山で獲ってきたんだけど、シイタケ持って行かない?」、「ユズ要る?」、「粒の細かいキーウィーフルーツ使う?」・・気がつけば、いつの間にか車の中が仕入れ帰りのように、農産物で溢れ返っていた。 ありがたいことだ。 今度、まとめてケーキでも焼いて配って回ることにしよう。 配り物を終えてメモリアに戻り、駐車場からたくさんの重たいビニール袋をぶら下げて歩きながら、ふと、「これじゃあ、何しに行ったのかわからないな。」なんて笑ってしまった。

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2004.12.16

よく見ると変

某旅行雑誌の地域担当者が挨拶にみえて、見本誌を一冊置いていった。 ページをめくりながら、他のお宿がどんな切り口でどんな広告を打っているのかを、興味深く眺めていた。

どんな写真をどんなレイアウトで使うかが大きなポイントになるのは、ウェブでも雑誌でも同じことだ。 だが、雑誌の場合は掲載するスペースによって広告料金が変わってくるので、写真の大きさや点数も制約を受けることになる。 つまり、思うように自由にはならない場合が多い。 写真が一点しか掲載できないような小さなスペースの場合、料理の写真にするのか、建物の外観を見せるのか、お風呂にするのかは大きな問題になり得るのは、同業者の端くれとして気持ちはよくわかる。 その上、例えば料理の写真に決めたとしても、何種類もあるポジの中からどれを選ぶかは、大いに頭を痛める所だ。

読者は案外細かなところまで目が届かないもので、イメージが優先するためか、お皿の上に不自然なものが写されていても、気付かないことがある。 それを利用して、食べられないとわかっていてもきれいに見える料理写真を撮影することも可能だ。 実際にたくさんの宿の広告が掲載されている雑誌などをよくよく見ると、「ん?」というものも、いくつか見つかるはず。

今日届けられた雑誌の中で思わず笑ってしまったのは、大皿の上にガトーショコラと思しきケーキが一切れ、その隣にはエリンギのソテーと絹さやが添えられていた。 見間違えかと自分の目を疑って何度も見直したが、やっぱりケーキだし、エリンギだ。 写真の大きさは3センチ四方ほど。 百歩譲れば、ぱっと見はよく焼き色のついたステーキに見えなくもない。

どんな訳でどんな状況下でこの写真を撮影したのか、知る由もないが、きっと何か困ったことでも起きたのだろう。 何となく困った気持ちがわからないでもなくて、笑った後でどこかちょっと哀しい気持ちがした。 

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2004.12.15

パイ生地を仕込む

相変わらず卵の価格は上がりっぱなしだが、こちらはお尻に火がついてきたので、覚悟を決めてまとめて購入。 というわけで、寒かった今日はパイ生地の仕込みをまとめて行った。

暖房もつけずに冷たいステンレス台に向き合っていると、骨の内側まで冷えてくるような感覚になる。 生地を伸ばしたり折りたたんだりするので、上半身はそこそこ温まるものの、足の方は冷えで固まってくる感じだ。 この上下のアンバランスさ加減を体が覚えていて、「ああ、パイ生地作りですね。」と、言われているような気分になる。 毎年この時期の恒例作業。 年末にお餅つきをやるような雰囲気に近い。

パイ生地の仕込みが終わると、厨房もそろそろ年末に向けての準備が本格化してくる。 ブイヨンやコンソメを引いたり、コトコトといつも何かの鍋の世話をしながら、別の作業をこなすような時間が多くなる。 お正月に向けて気を引き締めなくては、と、自分自身にはっぱをかけた。

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2004.12.14

難しいのは百も承知で

かかりつけの眼科へは2~3ヶ月に一度受診する。 特別なことがなければ5種類の検査を受けて、点眼薬を処方してもらう。 伊豆に来てからかかり始めた眼科とも、もう十年のお付き合いになってしまったので、相手もこちらもすっかり顔なじみだ。

年末で忙しくなる前に受診を済ませておこうと思って出かけた日は、たまたま待合室が混んでごった返していた。 日を改めようかと思い、受付に「今日は混んでますね」と挨拶すると、「大丈夫。 ほら、おじいちゃん・おばあちゃんを連れてきた家族が一緒に待っているだけで、受診する人は多くないから、そんなには待たないわよ。」とのこと。 なるほどよく見ると、お年寄りと付き添いの家族がセットになっている。

30分足らずで診察室に呼ばれ、他の患者の診察で暗室に移動する途中の医師に「変わりない?」と話し掛けられ、指でオーケーのサイン。 笑顔で頷いて暗室に入った医師を横目に、こちらは視力チェックが始まる。 途中で若い看護師さんが「ふふふ」と笑い出したので、何かと思ったら、「こんなにシャキシャキ進んでこっちまで楽しくなっちゃう。」と言う。 「朝からほとんどお年寄り相手だったから、反応が遅くて。 視力検査ひとつでも10分もかかったりするんですよ。 そのテンポに慣れていたから、こんな風にすぐ答えが戻ってくると新鮮!」 聞いていた他の看護師さんも笑っている。 「暗室に移動して戻ってくるだけで、また10分だもんね。」 「質問と違う答えが返ってくるしね。」 「そうそう、世間話が始まっちゃって先生も一苦労。」 医師までが「あなたみたいな患者が多ければ、もっと効率良く診察を進められるんだけどね。」と、苦笑していた。 よっぽどその日はお年寄りが続いていたのだろう。 スタッフの苦労が目に浮かぶようだ。

誰でも年を取って、反応が鈍くなり、体を動かすのも遅くなり、心の視野も狭くなる。 いつかは自分もその中のひとりだ。 そんな人の割合が高ければ高いほど、やはり社会や経済の効率は悪くなる。 生産性も下がるし、利益率も下がる。 高齢化社会の一端を見せ付けられたような気がして、ちょっと溜め息が出た。

ときどき自分は何をすべきかと考えて、頭を抱えることがある。

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2004.12.12

たいそうなことではなく

お正月用のきんとんの準備で、サツマイモを煮て裏ごしした。 この状態で冷凍しておけば、あとは直前になってから、砂糖やミリン、栗の甘露煮などと炊き合せて照りを出すだけなので、毎年時間があるときに済ませておく作業だ。 裏ごしには腕力が要る。 一回一回はたいしたことない作業にもかかわらず、塵も積もれば・・で、全て裏ごしを終える頃には二の腕が重たい。 働いた後には休憩を、というわけで、迷わず速攻でお茶の準備にとりかかる。 なぜかこういうこととなれば、気が進んで作業が早い。

厚く剥いたサツマイモの皮を、3センチ幅くらいに切ってから油で揚げる。 箸先にカリカリする感触が伝わってきて、皮の方が火ぶくれのようにプックリしてきたら、思いっきり強火にして温度を上げた後で、油から引き上げる。 キッチンペーパーなどで油切りして、熱いうちに砂糖とシナモンをまぶす。 略式サツマイモかりんとうだ。

煎茶を淹れて、サツマイモをつまみながらほっこり。 どんよりと曇った冬の日曜日の午後には、何となく似合っている光景のような気がした。

エコ料理とか「捨てない技術」とか、そんなたいそうなことではなく、自分の為に美味しく、ただそれだけのこと。

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2004.12.11

名古屋の血

静岡には名古屋圏文化の血が混じっているようだ。 普通のスーパーには普通に「きしめん」が大きな顔をして並ぶし、八丁味噌も簡単に手に入る。 チューブに入れられた「味噌カツソース」も欠かせない。 そして、言葉も若干「みゃあ、みゃあ」言っている。

昨日書いた沼津駅のおでん屋にも、実は「静岡仕立ておでん」の文字があった。 静岡では、ちょうど東京下町の子供たちが、駄菓子屋さんでもんじゃ焼きを食べていたように、駄菓子屋さんでおでんが並ぶ(らしい)。 「関東炊き」をもっと薄くしたようなダシで煮てから、そこに八丁味噌ベースの「味噌おでん」の味噌をかけ、鰹節粉を振りかけて食べる。 味噌だけ、または、鰹節粉だけをかける場合もある。 これは「関東炊き」と区別するために「静岡おでん」と呼ばれているが、実際の発音は「しぞーかおでん」である。

「美味い」は「うみゃあ」だが、伊豆ではその上、語尾に「ら(発音は『らあ』)」までくっ付く。 「うみゃあらあ」だ。 語尾の「ら」は、言うなれば「でしょ」とか「だよね」のニュアンスに近い感じだ。 「しぞーかおでんはうみゃあらあ。」「んだ、うみゃあ、うみゃあ。」・・大袈裟に言えばこんな会話になる。

春になると交通安全運動があって、国道を走っていると歩道橋に大きな横断幕が掲げられ、注意を促すスローガンが張り出されるが、ある年、「あぶにゃあ!そのスピード!」というものを見つけ、大受けしてしまった。 あんなスローガンを掲げられたら、地元以外の人にはかえって危ないのではないかな。

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2004.12.10

沼津駅のおでん屋

昨夜はこのniftyブログのメンテナンスがあって、終わってから来てみたら、回線が混んでいたのでさっさと諦めてしまったのでした。 失礼しました。

さて今日は、初めて電車を使って沼津へ行って来た。 沼津へは時々足を運ぶものの、車での移動ばかりだったので、東海道線の普通列車をを下り方面に使うのは初めての経験となって、とても新鮮な気分だった。 4両編成の「お茶の緑とミカンの橙色」の静岡カラーに揺られ、三島から6分間のショートトリップ。

沼津の駅に降りて、ビックリした・・と、言うか、「これは一体??」状態に。 立ち喰いそばのようなカウンターのお店がホームにあるのだが、「おでん」の大きな暖簾がかかっている。 しかも、「おでんと酒」とポスターには書いてある。 カウンターの奥には大きなステンレス製の四角いおでん鍋が湯気を上げていて、扱う飲み物のメニューと思われるポスターには、カップ酒(熱燗・冷や)、チューハイ各種、ビール缶などの文字が並び、昼の1時だと言うのに、中年の男性が二人でワンカップを傾けている。 店番は地方都市の「一品料理の店」の女将によく居そうな、ちょっと化粧の濃い中年女性だ。 絵としては様になっているのだが、これ、プラットホームとしてはどうよ?!という雰囲気。

私個人としては、こういう立ち飲み屋で飲むことも、昼間から飲むことも、オヤジに混じって飲んだり、時としてそのオヤジたちに説教されたりすることも決して嫌ではなく、非常に心惹かれる部分があったことは認めざるを得ないが、ちょっと気持ちの踏ん切りがつかなかったことと、ビックリした気持ちが尾を引いてしまったので、後ろ髪を引かれながら通り過ぎた。

あそこにああいうお店が存在していることを学習したので、いつかトライしてみたいものだが・・やっぱり勇気が必要だな。

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2004.12.08

また明日

ぼーっとして考えがまとまらないので、今夜はこのまま眠ることにする。

毎年頼んで送って頂いている「三ケ日みかん」の大きな箱が届いた。 明日、痛んでいる実がないかチェックしながら、味見をしてみることにしようと思う。

冬らしいアイテムが揃いつつあるが、それにしても暖かい日が多くて、変な気分だ。

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2004.12.07

人的環境

宿屋はもちろんの事、全てのお店の雰囲気を決めるものには、いくつかの要素があると思う。 立地、外装や内装、照明やパーツの選択、サービス形態や内容、そこで働く人のスタイルや動線、そして、そこに集まるお客さん達。 この中でお客さんを除いては、経営する者が意図的に操作することが出来る。 しかし、お客さんは直接的には操作できない。 どんなお客さんが、どんな格好でやって来て、お店の中でどんな様子で過ごすか。 それは、他の要素を経営者が意図的に操作したことに対しての評価であると同時に、新しいお客さんにとっては行動の見本となるもので、要素のひとつでもある。

お店側にとって、これほど扱いが難しいものはない。 下手をするとお店が一人歩きするような事態にもなりかねないし、いつの間にか思わぬ方向に経営方針がずれてゆく理由にもなる。 また、考えていた通りのお客さんが集まり、こんなお客さんであって欲しいという希望通りに、お店の雰囲気が出来上がってゆけば、これほど嬉しいと思うことも他にないだろう。 経営者冥利に尽きる、という感じである。 そうなれば、新しいお客さんも「ここのお店では、こうやって過ごせば居心地が良いんだな」と、先客を見本に学習するから、ますます良い感じに事は進んでゆく。

とある近くの日帰り温泉施設へ初めて足を伸ばした。 新しくて掃除も行き届き、清潔感のある施設だったが、湯上がりに休憩できる畳敷きの部屋で、地元の方と思わしき初老の男性たちが、缶ビールの空き缶をテーブルにたくさん並べながら、仕事の愚痴を大声で喋り続けていた。 あれでは旅行客はあの部屋に入ってこられないだろう。 そういった光景にそこそこ慣れている筈の私でさえ、早々に退散である。

客商売は難しい。 改めてそんなことを考えていた。

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2004.12.06

酔いは食器洗いをしながら醒めてゆく

春頃だったか、サントリーのビールを1ケース買ったら、「モルツ」オリジナルのビアグラスがおまけで付いてきた。 そこにはビールを飲んでニンマリしている人の横顔のイラストが描かれている。 顔の内側に特殊な塗料が塗られていて、普段は肌色だが、グラスにビールが注がれて温度が下がると、顔がピンク色に染まる。

ところが、しばらく前からビールを注がなくてもずっと顔がピンク色のままになってしまった。 塗料が劣化するとこのようなことはよくある話で、「ずいぶん働いてくれたからなあ」、などと思っていた。

このところ少し耳の調子が良いので、久し振りに、医者に止められているビールを飲んだ。 普段からピンク色になってしまったグラスの顔は、ビールを注いでもピンク色のままだ。 が、使い終わったグラスを厨房で温水で洗っていたら、なんと、顔が肌色に戻ってしまったのだ。

部屋の気温はまだそんなに低いとは思えないのだが、それだけグラスが冷えていたということなのだろうか。 洗い物をしながら酔いが醒めてゆくグラスの顔は、自分と同じみたいで笑ってしまった。

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2004.12.05

時期相応に

野菜の値段がやっと落ち着いてきたと一安心したら、今度は卵が値上がりしている。 この時期は気温が下がって、パイ生地など『温度が高いとダレてくるもの』も作業しやすくなるし、ケーキのベースとなるスポンジ等、年末年始を控えて作りおきしておくべき素材が多いので、正直なところ卵の高騰は堪える。 とりあえず作業の先送りをしながら、様子を見ているところだが、あまりに先送りすると自分の首を締めることになりかねないので、「せめてもうちょっと安くならないかな」と、待ち望んでいる感じだ。

『ますたあ』に卵が高いとぼやいたら、「普段の卵が安過ぎるよね」という話になった。 言われてみれば、あんな高蛋白食品であんな値段のものは滅多に存在しない。 10個入り1パック300円だって、他と比べてみればそれほど高いものではないのだけれど、普段の安さに感覚が慣れてしまうと、ついつい「200%か・・」となってしまうのである。

「商売で料理しているんだから、高くても使いたければ買えば良いじゃないか」と、もう一人の自分が言っているが、原価計算をする自分が、「いやいや、卵を控えて、その分のお金を別の素材に振り分けたら、もっとおもしろいものが作れるはず」と、反論している。 こんな時期に台風崩れの低気圧が大騒ぎしていった日曜日、汗ばむような気温の中で、気候も食品価格も時期相応に早く落ち着いて欲しいものだと、溜め息をついていた。

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2004.12.04

扱いが面倒

美味しいのに扱いが面倒なものはいろいろあるが、里芋も必ずランクインするに違いない。 切れ味の鈍くなった包丁を使うと、あっという間に滑って怖いし、皮を剥いた後に指が痒くなったり。

ずっと、何かよい方法は無いかと模索していたが、ある時、「衣かつぎ」状態の里芋の田楽を食べていて、閃いた! 「そうか、皮のまま加熱してから剥けば良いんだ。」

里芋は皮ごと優しく水洗いして、外側の泥を落とす。 鍋の中に水から入れ、火にかける。 沸騰したらゆらゆらと沸騰を続けるくらいの火加減に落し、そのまま20分ほど茹でる。 竹串を刺してみて、やっと通るくらいになればオーケイ。 ザルに上げて荒熱を取るが、急いでいる時はゆで卵のように水につけて冷やしても大丈夫だ。 触れるくらいの温度になったら、包丁で皮を剥く。 包丁で引っ掛ければ、スッと皮が剥がれてくる。 里芋の表面が少しざらざらするが、これが後から調味料の味の染み込みを助けて、短時間でも美味しく仕上がる。 あとは、醤油ベースでも味噌ベースでも、お好きな煮汁で煮からませればよい。 里芋には火が通っているから、やや濃い目の味付けで短時間で火から降ろし、温度を下げながら自然に味を染み込ませる。 ウチの場合は、外側は濃い味で中はそのまま芋の味、というのが好みなので、このやり方はもってこいで重宝している。

この時期、小ぶりの里芋がたくさん出回っている。 鶏の手羽先なんかと煮付けても美味しい。 芋類はやっぱり晩秋から冬の味だなあ、と、つくづく思う。 一度お試しあれ。

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2004.12.03

長寿銭

この辺りでは天寿を全うするように亡くなった方のお葬式に行くと、「ご会葬御礼」のカードに5円玉が赤いビニールテープで貼り付けてある。 東京ではこのような習慣を見たことがなかったので、初めは何のことやらさっぱり謎であったが、やがてそこには「故人にあやかって、あなたも長寿でありますように」という意味が込められていることを知った。 この5円玉は「長寿銭」と呼ばれる。

別に何歳以上の方のお葬式で、などと決まりがあるわけではないようだが、まあ大体お年寄りと呼ばれる程度の年齢で適応される。 突発的な事故の場合を除いては、それ以下でも5円玉を貼る場合もあるようだ。 要は喪主を始めとする残された家族側が、その家族の死をどうとらえるかによるのだと思う。

これほどまでに寿命が延びてくると、長寿のありがたみが薄れてしまうが、ついちょっと前まで60歳台で人生を終えるのが当たり前だったことを思えば、故人の長寿にあやかりたいと思う気持ちも解からなくはない。 それ以上に、亡くなってからも、あやかりたいと羨ましがられるほどだった故人の人生は、それだけでも素敵なことだろうと思う。

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2004.12.02

焚き火

焚き火をした。 枯れた木の枝が朽ちて、台風や大風で自然に落ちてきたものを集めておいて燃やす。 一年間集めておくと、そこそこの量になる。 今年は年老いた山桜の木が一本枯れてしまったので、たくさんの枝が落ちた。

昔だったら燃料として使ったことだろう。 パチパチと燃える枝からは、天然の、どこか懐かしいような匂いがして、心が落ち着く。 火が大きくなり過ぎないようにコントロールしながら、2時間近く付きっきりで世話していた。 徐々に変化してゆく火が相手なので飽きないし、のどかな作業だった。

年をとって、やがて土に戻る。 それがやがて、新しい命の源になる。 当たり前のように繰り返してゆく、生命のサイクルの不思議さ。 逆らわずに、自然にそのサイクルに則ってゆく姿を、今の人類は地球に強く求められているのかも知れない。

枯れていった山桜が、一昨年の春に満開だった姿を、何となく思い出していた。 クリスマスリースが環の形をしている意味を、もう一度考えたい。

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2004.12.01

はや12月

カレンダーの残りがあと一枚になった。 今日から12月。 買い物に出かけたら、お店の中がお歳暮とクリスマスと正月準備品とで、わけがわからなくなっていた。 はっきり言って、どこのお店もひどいとっちらかり様である。 この3つのコンビネーションが、やけに「日本的な光景」に思えて、なんだか可笑しかった。 商品の陳列が変えられているので、探すのに一苦労・・。 ああ、こんな風に気持ちはあおられてゆくんだな、なんて考えていた。 同じように買い物をしただけなのに、妙にエネルギーをロスしてきたような気分である。

国道沿いの竹細工専門店の店先には、頭を斜めに切りそろえた青竹が無造作に山積みされていた。 もう門松の準備なのだろう。 他人事のようにのんびり眺めながら通り過ぎる。 車内で窓を閉めていれば、暖かい陽射しで、とても12月とは思えない陽気だ。 「日常」と「年末」がマーブル模様のように入り混じって、気分が軽く混乱してくる。

今日から「リーボーですよ!」もblogになった。 以前のバックナンバーへは、記事右下のリンクから飛べるようになっている。 同様にMemoriaのトップページにもすぐに移動できる。 同じ敷地内の片隅にプレハブを建てて、引っ越してきたような気分・・。

あとひと月で、今年のまとめをしようなんて思ってはいないけれど、あまり外の「年末」が慌ただしい時は、プレハブに篭もってコツコツ自分の時間を刻めればいいかな、なんて目論んでいる。

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