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2005.01.19

作り手の意図

お客様の料理に使ったブラックタイガー(エビ)が半端に余った。 『ますたあ』のリクエストで、中華風フリッターにして自分達の賄い食にまわした。 外側がカリッと中がフワッとするように、油で揚げる直前に衣を作り低温と高温で二度揚げして、手間がかかったが上出来のカリカリ具合に満足して食卓に並べた。 ちょっとした厨房の片づけを終えてから私が行くと、先に食卓についていた義父が自分の分のフリッターを、全てお味噌汁のお椀に沈め終わったところだった。 義父はお味噌汁に「天かす」を入れたものが大好きなのだ。 ・・せっかく苦労してカリカリに揚げたのに、台無し!! ちょっとしたショックで落ち込んだ。

なんだかしばらくブルーだったのだが、本人は全く気にする様子もなく、あっけらかんと「美味しかった」と言う。 まあ良いか。 美味しく食べてもらえたんだから、と、気を取り直して割り切った。

料理には、こうやって食べてもらいたい、という、作り手の意図が存在する。 でも、必ずしもその通りに食べてもらえるとは限らない。 香ばしく焼いた魚の皮・・一番の旨みが凝縮されていると思うから、わざと皮を引かずに調理しているのに、きれいに皮だけがお皿の上に残って返ってきたり。 このアイスクリームにこのソースをからめて食べたら最高だな、と思っても、ソースには手が付けられずじまいだったり。 なんでもかんでも卓上のコショウを振りかけて食べている方もあるし。 下がってきたお皿を見て、ちょっと哀しくなる。 思うようにはゆかないものだ。

でも、仕方ない。 好きなように食べてもらって、それで美味しかったならそれで良しとしなくてはいけない。 主役は作り手ではなくて食べる側の人なんだから、それで満足してもらえるなら一番の事だろう。 作り手の意図が通じないような料理を出した方にも責任は存在するのだし、またそこから工夫すれば良いじゃないか、と、自分に言い聞かす。

孤独に厨房でしこしこと働いていると、自己満足になりがちな傾向だって表れてくる可能性もある。 いつも主人公は食べてくれる人なのだという事を肝に銘じなくては、と、フリッターの浮いた義父のお味噌汁椀を見ながら思った。

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