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2005.04.29

無駄を抱えて

よちよち状態でのベッドメイクは非常に疲れる。 ベッドメイクがいかに膝を使う仕事かがよーくわかった。 ベッドの高さも低めだし、ちょこまかとベッド周辺を行ったり来たりする作業は、明らかに今の私には不向きだ。 ちょっとシーツを引っ張る時でさえ、いちいち松葉杖をどこかに立て掛けなくてはならないのも面倒くさい。 自分の効率の悪さにイライラする気持ちを抑えて、まあのんびりゆこう、という気持ちを持続することにもエネルギーを使うし・・。 いたる所でたくさんロスがあるのだろう。 午後にはぐったり疲れてしまった。 先行きが思いやられる。

ひとつのベッドを作り上げるのに、普段の3倍近い時間を費やしているようだ。 もう少し何とかならないものかと、いろいろ試行錯誤していたので、余計に時間がかかっていたかも知れない。 その割には「これは!」という工夫も見つけ出せず、結局いつものやり方で作るのが良いみたいで、がんばった甲斐がなかったような気もするし、疲れを助長した。 こんなにぐったりしたのも久しぶりのように思う。 お客様のお相手で寝不足でも、ここまではしんどくないのだが・・気持ちの満足度の違いなんだろうな。

しっかり寝て、明日またがんばろう。 無駄を楽しめるくらいに余裕を持つほどには、自分は完成された人間じゃないみたいだ。 まだまだだな。 

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2005.04.28

よちよち

今日の受診で、まだ松葉杖は取れないものの、少しずつ負荷をかけて良いとの許可がおりた。 長い期間まともに歩かずにいたら、歩き方をすっかり忘れてしまった自分に苦笑している。 まだ全体重はかけられないので基本は松葉杖歩行で、形だけ歩くような足の動きを付け加えて移動しているといったところだ。 それでも、完全に片足を浮かせて歩いていた昨日までに比べれば、身体の各所の不自然な負担はずいぶん軽減されている。 それに移動のスピードもなぜか速い。

「初めから完全に歩こうと思うと必ずコケますから、くれぐれも焦らないように。」と、医者には念を押された。 「ここでコケて膝のお皿が外れちゃったら、今までの安静が水の泡ですからね!」 はい、おっしゃる通りで何の反論もできない。 連休を目前にして気持ちが焦らないと言ったら嘘になるが、ここは慎重にゆかなくてはなるまい。

帰り道の途中で大型のホームセンターに立ち寄ったら、「近所の旅館のご主人」兼「現市議会議員」尚且つ「前観光協会長」にばったりでくわしてしまった。 あーあ、バレちゃった・・。 (田舎は狭くて、こんな時は苦笑する。)

久々に外出した形になってしまったが、もう国道沿いの田んぼには水が張られて、ケロケロと蛙たちが乾いた鳴き声を響かせていた。 強い陽射しを照り返す田んぼの水面のキラキラした光と、蛙の合唱、その向こうに悠々と泳ぐ鯉のぼり。 きれいな青い空、ちょっと冷たい風・・そんな光景を車の車窓から眺めているうちに、だんだんと肩の力が抜けてゆくのがわかった。 焦らずにゆこう。 できることからやろう。 

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2005.04.27

希望的観測

知らぬ間に庭で八重桜が濃いピンクの花をたくさん開いていた。 他の桜があっさりとしているのに対して、八重桜はボテボテと見るからに重たそうな感じがして、どっしりと物事に動じないようなイメージがある。 メモリア周辺の雑木林も木々が一斉に新芽を吹いて、全体が柔らかな緑色に包まれている。 今日などは外で過ごしていたら日焼けしそうな感じだ。 安静を強いられている間にどんどん時間が動いて、なんだかすごく損をした気分になってしまう。 4月の内に済ませておきたかった仕事や、計画していたいくつかの事柄が、まったく手付かずで今後にしわ寄せされているかと思うと、正直憂鬱だ。

怪我をしてもうすぐ三週間・・そろそろ二足歩行に戻れるのではないかとの希望的観測を持っている。 自分で思うように身体が動かせないのは、やはりストレスが強い。 それに、自分が原因で周囲の人々にストレスフルな日常を強いているのかと思うと、それもまたストレスだったりする。 ある程度割り切ってはいるものの、やはり、そんなことを考えてしまうのも私の性格なので、こちらは治せないみたいだ。

松葉杖がはずれたら、ゆっくりお風呂に入ってビールを飲もう。 性格は治せなくても、そんな風にして自分をリセットしよう、と、思っている。 明日は受診の日。 こちらの目論見どおりに事が進めば良いが・・。 庭の八重桜のどっしりとした安定感が、ちょっとうらやましかった。

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2005.04.25

根拠

動けない私に代わって、賄い食を用意してくれている『ますたあ』が、分厚い料理本をパラパラめくりながら聞く・・「ねえ、リンゴが茶色くなるのは酸化だよね?」 「うん、そう。」と、私。 「じゃあ塩水と酸化はどういう関係があるの?」 どうやらリンゴの切り口を塩水に漬けておけば変色しなくなると、私が説明した件の話らしい。 「塩水に漬けると、浸透圧で切り口の表面の細胞が脱水されるでしょ。 そうすると酸化する成分の酵素も水分と一緒に流れ出てしまうから。」 「ふーん、じゃあ高張液なら良いわけだ。」 「そうそう。」 「砂糖を溶かしたシロップでも良いことになるよね。」 「ウン、大丈夫だよ。」 「何で塩なんだろう?」 「砂糖より安いからじゃない?」 「そっか・・。」 「酸素に触れなければ変色しないから、表面に膜を作っても大丈夫。」 「膜?」 「そう、脂の膜。 例えばマヨネーズとかヨーグルトとか。」 「ああなるほど。 酵素が関与しているならば、その酵素を壊しても良いんだよね。」 「そうそう、加熱とか酸に触れさせるとか。」 「ああ、それでレモンかけるわけね。」 「うん。 表面の酵素を水で流したって、短時間なら変色しなくなるよ。」 「なるほどね。」

『ますたあ』に料理を説明する場合には、その根拠を明確に示すと、次回からそれを応用してどんどんできることが増えてゆく。 多分料理に限らず、全てにおいて普段からそのような考え方をしているのだと思われる。 こちらはいつもそんなことを意識することも無く、リンゴを剥けば反射的に塩水を用意しているので、ちゃんと質問されると、改めて自分も考え直す機会を与えられて面白い。 何気なくやっている事柄の見直しにも繋がって、新鮮な気分だ。

「料理は科学だ」と言っている人がいた。 まさに『ますたあ』の頭の中では科学的な見地で料理を作っているに違いない。 料理本を見ながら、「作り方ばかりじゃなくて、今、話してくれたような根拠を解説してくれれば良いのにねえ・・」と言う。 私も似たような思考回路ががあるので、ごもっともだと共感しながらも、「多分そんな本は売れないんだろうなあ」、と、思った。 二人とも口には出さなかったが、そう考えていたに違いない。 

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2005.04.23

贅沢な困りごと

この時期は庭にたくさんの鳥が来訪する。 いや、もしかしたら来訪数は、そんなに変わっていないのかも知れなくて、一羽一羽が活発に鳴いているからそう感じるだけかも知れない。 彼らは特に朝と夕方に元気があるようで、とても賑やかだ。

今朝の目覚ましはウグイスだった。 ウグイスは他の鳥に比べて鳴き声が一段と大きい。 しかも、朗々とビブラートをかけるように「鳴き上げる」といった様子で、同じ所にとまったまま何度も繰り返し鳴く。 他の場所への移動の最中でさえ、また別の鳴き方で鳴き続ける。 たまに聞いたり、一羽だけだったり、遠くで鳴いているのを聞くと「やっぱり見事だなあ」と、思うし、こちらもウットリする気分・・ではあるのだが、朝も早い時間から、窓のすぐ外で鳴き続けられると、正直なところありがたみも薄れて、「朝から何なのよぉ・・」の一言も言いたくなってしまう。

今朝はそんなウグイスが何羽もメモリアの建物を取り囲んでいたらしくて、サラウンド放送のごとくホーホケキョの輪唱が延々と続けられた。 そりゃあ、目も覚めますってば。 この時期ならではの田舎の贅沢な困り事だ。

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2005.04.22

ありがたい副作用

整形外科から私が処方されているのは、消炎剤に筋弛緩剤、それと、そのふたつによる副作用に対しての予防的な胃酸抑制剤。 医師からは昨日の分から自分の判断で徐々に減量してよいと言われていた。 若干の眠気が出ることもあって、早速昼間に飲む分を2回飛ばしてみた。

夜になったらいつに無く肩が凝っていること気付いた。 心なしか二の腕も筋肉痛だ。 腰もだるいし、なんだか全身が疲れていて、学生時代の体育祭の後のような感じ。 何で急にこんなことになったのかなぁ?と、いぶかしく考えてみたが、思い当たる違いは薬を飲まなかったことくらいしかない。

つまり、この身体の疲れが本当の姿なのだ。 片足をかばって松葉杖を使い、本人も知らない内に身体のそれぞれの部分が疲れていた。 それが消炎剤や筋弛緩剤で緩和され、疲れを自覚していなかっただけなのだ。 そのことを初めて理解して、妙に感心してしまった。

私は医師が怪我をした膝のために薬を処方したのだとばかり思っていたが、もしかしたら、それに伴う他の場所への影響ことも考えて処方してくれたのかも知れない。 とりあえず一日一回は服用しながら、様子を見ることにした。

今度受診したら、聞いてみたい。

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2005.04.19

山桜

メモリア周辺の山桜は今が満開だ。 満開といってもソメイヨシノほど「花だらけ」ではなくて、赤みを帯びた葉っぱもそこそこ混じっているし、満開の背景に遠くの山が透けて見える感じで、これはこれでまた違った風情がある。 外に出られず窓際で眺めている私の目の前にも、風に吹かれて花びらがちらりほらり・・。 元気な小鳥たちが入れ替わり立ち代り枝に止まる度に、またちらりほらり。 いかにも春らしい光景でいい感じだ。

毎年この時期には半日休みを作って、冷えた缶ビールを持ち出して独りで花見をしながら、のんびりと陽射しを楽しむ時間を持っていた。 それも今年はできないことが非常に残念。 せめてビールだけでも、一日も早く楽しめるようになりたいものである。

自分でできることが少ないのに、同じように時間が過ぎて、同じように春を迎えていることが、なんだか申し訳ないような気持ちになった。

明日は雨降りらしい。 「この辺りの山桜も散ってしまうのだろうな」と、ぼんやり風景を思い描きながら天気予報を見ていた。 

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2005.04.18

予測する力

父の転院が決まった。 リハビリテーションの専門病院へ移って、日常生活の訓練を受ける予定だ。 現在の医療保険システムにおいては、病院間の移送はフォローされないから、救急車を使う必要のない患者は自分で足を用意しなくてはならない。

父は現在、ある程度もたれかかることができれば座位つまり座っていることはできるようだ。 なので、そこだけを見たら、シートベルトを使ったり小さなクッションや枕などで調整すれば、自家用車での移動も十分可能と思われた。 が、この度のアクシデントで私が役立たずに落ちぶれてしまったので、転院の当日も『ますたあ』が独りで対応しなくてはならない。 入院中に持ち込まれた私物の片付け、会計、患者の移動・・もろもろの段取りを考え、また尚且つ、自家用車で移動中のこと、転院先の病院についてからの作業などを考えると、少々値段が張ったとしても余裕ある計画にしておくべきだろうという結論に我々は達した。 それで、現在入院中の病院のケースワーカーに介護タクシーの手配をお願いしておいたのだった。 もちろん、ケースワーカーにはその理由や「本来なら付き添うべき人間が松葉杖状態で役立たずであること」も説明してある。

先日、義父の面会から戻ると、ケースワーカーからの留守番電話が入っていた。 「当方で主治医と相談してみたが、患者は独りで座っていられるだろうとの見解なので、自家用車に乗せて移動してもらうことができると思い、介護タクシーは予約しないでおきました」とのこと。 「介護タクシーは予約が取れないこともある」と聞かされていたので、慌てて病院へ電話をかけ直して改めて予約を依頼した。 つまり、ケースワーカーは自分の病院内の状況は把握していても、実際の介護者の動き・リスクを予想できていなかったのである。 「先方の病院に着いて駐車場に車を納め、玄関に車椅子を借りに行く間、父は独りになるんですよ。 受付だってスムースに行われる保証は無いし、手間取るかも知れない。 その間にもし『何か』が起こったら誰が看ているんですか?!」と、私は言った。 ケースワーカーは自分の考えていたようにことが進まないし、予約の手間で仕事がひとつ増えたからであろう、明らかに不機嫌な声を出していたが、最終的には納得して介護タクシーを予約することに同意してくれた。

色々な場面で、リスクを予測する力は重要だ。 リスクが早期に予測できればできるほど回避が可能だし、対応も順調に進めることができる。 もちろん全てのリスクを完全に予測することなどできっこないにしても、チーム内のいろいろな目で様々な角度から、それぞれ自分の管轄内にあるリスクを考えておく姿勢が大事だと思う。 特に医療従事者の仕事の半分は、経過を予想した上での先手を取った対応だといっても過言ではない。 患者への医療的対応は、経過やリスクを計算し尽くした上での『観察』から始まるのである。 かつて口うるさく学生にそう説き続けた経験が、ケースワーカーに対して余計に私を苛立たせたのかも知れないが。

現状に即して考えてみる・・そのことに気付いてもらえたら良いのだけれど。 退院するまでに具体的にそれを彼女に伝えるべきかどうか、迷っている。(そんな場合や立場じゃないか?!苦笑。)

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2005.04.17

ふーん

馬鹿にして「ふーん」などと口にしているわけではなく、感心しての「ふーん」だ。

松葉杖を使っているのを良いことにして、公の場所に設置されている身障者用トイレ(最近はおむつ交換台や人工肛門で生活している方々の為の設備などを併設して、多目的トイレという名称で呼ばれることも多いらしい。)を使ってみたりしている。 こちらには余裕があるので、珍しがり屋の私は当然余計なことを観察しながらの利用だ。

小さな力でしかも片手で操作できる扉やバルブ、便器に座る際に体重を預ける手すりなど、なるほど使ってみると「ふーん」と思う。 先人の方々の創意工夫の結果だろうし、まだまだ進化を続ける余地もあるに違いない。 偶然なのか、はたまたそういうものなのかは不明だが、手すりが小さくぐらつくことがほとんどで、体重をかけた時に一瞬焦る。 構造的にはやはり若干の無理があるのかな、ハードな使用には耐えられないのかな、などと考えながら用を足す。

利用者全体から見れば、こういったトイレを選んで使わなければならない人の数は僅かだろう。 でも、使う人はその施設が無ければ用を足せないのであるから、メンテナンスや点検、清掃はより気にかけて行わなくてはならず、施設を管理する側も人件費がかかって大変なのだろうな、そんなことも思う。

車椅子マークが付いている駐車場の敷地に健常者が駐車したり、身障者用のトイレで子供が遊んだり、わざわざその必要がない人がそちらのトイレを使ったり、公の場ではそんな問題も起きていると聞く。 実際に利用している人が多くなくても、そういう人はそこしか使えない「限定された場所」であることを、もっと健常者は認識する必要があるのかも知れない。

安静の暇つぶしに、テレビで競馬の皐月賞の中継を見ていた。 圧倒的人気を誇っていた馬が、レース直前に空から風に飛ばされてくる桜の花びらを顔に受けて、それを払うように、見ようによっては花びらにじゃれるように、首を動かして騎手にたしなめられていた。 大一番を目前にしていることも知らずに無邪気な馬の姿に、朗らかな気分になりながら、「そうか、馬は手が使えないんだったな。」と思った。

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2005.04.15

いろいろな人たち

松葉杖生活になった原因は、膝のお皿が外れてしまったことだ。 はいていたジーンズの上からでもはっきり判るほど、ぽっこりとお皿の骨が外側にずれた。 実際のずれ具合を見たら、意識がどこかに吹っ飛んでしまうことが安易に予測できたので、処置の間も天井を見ながら痛みをこらえていた。

整形外科の医者は、無骨な人が多い気がする。 太いぷくぷくの指をしながら非常に器用な細かい処置をする、そんな印象があるのだ。 いやーな感じの脂汗を流している私を見て、とりあえず痛み止めの筋肉注射。 レントゲンを撮って、関節内注射を一本。 で、膝を徐々に伸ばしながらぐぐっと骨を押し戻す・・言ってしまえば処置はそれだけだった。 ギャースカ痛がっている私を押さえ込む看護師さんが二人、そして、痛がろうが何だろうが構わずギュッと力を入れて骨を押し込む医者。 あの思い切りは私には到底できない技だ。 「ああ、可哀想に」とか「痛いんだろうなあ、この人・・」なんて少しでも考えて躊躇したら、絶対に手技は上手くいかずに患者は余計苦しむことになってしまう。 その辺りの勇気と言うか思い切りと言うか、割り切り具合こそが、整形外科医に求められる部分なんじゃないかと思ったりする。

痛み止めをたくさん使われても、痛かった。 大ムカデに噛まれた時も相当痛かったが、今回は記録更新だ。 落ち着いてから、処置の間私を押さえ込んでくれていた同年代の看護師さんに聞かれた。 「ねえ、陣痛とどっちが痛かった?」 「陣痛の方が楽でした」 「やっぱり・・女の人には必ず聞いちゃうんだけど、みんなそう言うんですよね。」

ちなみに私が骨をはずしたのは、別の病院の中でであった。 そこは整形外科も診療科目として含まれていたのだが、たまたま事故が起きたのが運悪く日曜日で、整形外科の医者が当直ではなかった。 救急外来に呼ばれたのは脳外科の医者で、車椅子の私の膝をジーパンの上から見るなり、こう言い放った。 「明日までここでこのまんま入院して、明日の朝、整形の先生が来たらはめてもらったら良いと思う。」 車椅子を押していた看護師さんと私はほぼ同時に「ハァ?!」と、医者の顔をにらみ付けてしまった。 その医者がレントゲン室に入って行った後で、私は看護師さんに頼み込んだ。 「この痛みで一晩過ごすのは無理だから、どこかに転送して。」 言われるまでもないと言う顔で同情しながら「大丈夫、ちゃんと転送するから。」 出来上がったレントゲン写真を見て、その脳外科の医者は「骨、はずれちゃってるよ」と笑う・・いや、そんなこと言われなくてももう判ってますから。 それより早く転送先の整形外科見つけてください!! 病院の事情はそこそこ解るつもりだが、医者も色々である。

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2005.04.14

怪我は足なのに

松葉杖を使うようになってから、初めて体感として理解した不便さがいくつもある。 室内の小さな段差が与える影響はもちろんだし、健全な反対側の足や腰にかかる負担はもちろんだが、最も意外だったのは手が使えないということだ。

「手は怪我してないじゃない!」と言われても当然。 自分もそのように考えてたかをくくっていた。 が、実際、2本の腕は松葉杖を扱うことに精一杯で、同時に他の仕事ができない。 例えば新聞を読もうと思って、座り込む必要の無いテーブルまで移動しようとした時、確かに移動は問題なくできるのだが、新聞を運ぶための手が無い。 困り果てた挙句に、口にくわえて運んだりしている始末だ。 「この光景、見たことあるぞ・・」なんてよくよく思い出したら、テレビで見た介護犬だった。

牛乳を飲もうと四苦八苦してマグカップにミルクを注ぐ。 そこまでは良い。 それをどうやってテーブルまで運ぶか? 一歩分移動しては、30センチ弱マグカップを動かし、また一歩進んで動かし・・繰り返すしかない。 結局面倒くさくなって、立ち飲みである。 この際上品だ下品だなどと問題にしてはいられないけれど、なんだか味気なくて自分が嫌になる。

スーパーでくれるビニール製の手提げ袋のように、もち手が細く柔らかい袋なら、松葉杖のグリップと一緒に握って運べるし、小型のポシェットのようなものなら、首からぶら下げる。 しかし、皿や液体は運べないし実際はあまり役に立たないみたいだ。 最終的には同居人に頼ることになる。

そうか、人類の直立歩行とはこのような意味であったかと、とんでもないところから、手が自由になることについて思いを馳せたりして笑ってしまう。

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2005.04.12

4本足

ごぶさたしております。
笑っちゃうくらいいろいろ重なりまして、何からご報告しようかと迷うほどです。
現在、私、4本足です。(なぞなぞですね。)
本物の足2本に、余計な松葉杖2本を伴っての生活!
不便なのは仕方ないとして、本人はケロッとしておりますが、おかげで『ますたあ』が大変です・・。
これでもう本当に厄落としにしたいですよ、まったく。

アブノーマルな経験をしたおかげで、ネタがいっぱいできました。
順を追ってゆっくりとご報告しますね。

とりあえず、今夜はこのへんで。

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2005.04.09

満開の桜

いたる所で満開の桜をたくさん目にする。 近くで見上げながらはらはらと舞う花びらを追いかけるのもきれいだし、常緑樹に混じって一本だけ咲いている山肌の様子を遠景で見るのも、なかなか趣が深い。

ずっと枝ばかりで冬を過ごしてきた桜は、これでもかという数の花をつけて、木全体が一回りもふた回りも大きく見える。 遠景で見れば輪郭が丸みを帯びて、優しく淡いピンク色でホワホワした感じ・・まるで綿あめのようだ。 春爛漫を体全体で表現しているみたいで、こちらはついついウットリと眺めてしまう。

汗ばむほどの陽気になってしまった。 桜の花の寿命が短くなるのではないかと、少々気がかり。

父のお見舞いの帰り道、どうしても喉が渇いて途中でコンビニに立ち寄った。 ついつい誘われて、多分今シーズン最後になるであろう中華まんも買ってしまった。 小型のペットボトルをほぼ一気飲みで空にした後、頼りどころが無いほどふかふかした中華まんにかぶりつきながら、狩野川沿いの桜をぼんやり眺めていた。 中華まんを食べ終わって紙の包みをくしゃくしゃに丸めた時、自分の中で冬が完全に終わったような気がした。

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2005.04.07

COMPLETE

完成したものには、その先が無い。 頂点であり完結された形であり、それ以上発展することは無い。

ホッとする気持ちと、寂しい気持ちが混じるものだろうか。 「完成した瞬間に、一瞬『永遠』を見たような気がした」と話してくれた知り合いもいた。

出来上がったパズルをばらばらに崩すように、またゼロから始める。 待ち受けるだろう試練や必要な気力を思ってため息をつきながら、それでも新しいときめきの存在にドキドキして、繰り返してゆく。

ゼロの中には無限の可能性があることを、忘れずにいたい。

手元に届いたMOON CHIlDの「MOON CHILD COMPLETE BEST」というアルバムを繰り返し聴きながら、そんなことを考えていた。

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2005.04.06

Day by day

あれよあれよと言う間に春が進んでしまい、桜も満開モードに突入している。 一昨日まで「霜注意報」が出ていたと言うのに、この暑さは何?! 今日は長袖のTシャツ一枚で十分だった。 極端過ぎる気がしなくもない。

国道沿いの農家の庭先で鯉のぼりが悠々と泳ぎ始めた。 下の休耕田では一面黄色に染まるほどの菜の花が咲き乱れている。 良い光景だと思いつつ、しばらく車を町に向かって走らせると、今度は和菓子屋さんの店先のガラスに「柏もち」のポスターを見つける。 「味噌餡の柏餅、食べたいかも・・」などと思いを馳せながら、いつの間にか自分の気持ちも春色に染まっているのが不思議だ。

昨日は少し気分転換が欲しくて、グラウンドの向こうまで歩いてきた。 お目当てはワラビやゼンマイ。 山桜が開き始める頃に連中も顔を出すので、散歩を兼ねてダメ元で様子を見に行く。 まだちょっと早過ぎた感じだったものの、『ますたあ』と二人で一回分食卓に上げるくらいの収穫はすぐに集まった。 重曹であく抜きをしてから、ほろ苦い春の味を楽しむ贅沢な夕食に。 気持ちも時間的なものも、義父のことばかりが自分を拘束しているかのような感じだった中で、なんでもない自然の中でワラビを摘む無心な時間が嬉しく思われた。 いや、なんでもない自然が身近にあること自体が、十分過ぎるくらいに贅沢なことなのだろう。

懐かしい友人からの葉書、そして、別の友人からのE-mail。 発売延期になっていた大好きだったバンドMOON CHILDのベストアルバム・・次々と手元に届いて、なんだかみんながこぞって私にがんばれと言ってくれているように思えた。

ありがと。 大丈夫。 I thank you.

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2005.04.04

日常になるということ

どんなアブノーマルな事柄でも、それが毎日続いていたら、やがては日常のことになる。 変化に適応するというのは、言い換えれば、日常になるということなのだろう。

家族が入院して、病院にお見舞いを兼ねて洗濯物を引き取りに行く。 普段通らない道に車を走らせ、行き帰りで3時間近くの時間を消費する。 そのために自分達の夕食時間もずれ、お風呂や就寝時間も押されてずれ込む。 洗濯機を回す回数も増えるし、干し方も変わる。 そして、仕事は仕事として周辺の状況と無関係なまま淡々と存在している。 はじめの2日間ほどは、ひどく疲れた。 全てにおいてペース配分が狂ったからだ。 いつ何がどうなるか予想できない状況の中では、常にある程度の緊張を強いられ、交感神経優位の時間が続いてエネルギーを浪費する。 当然のことだ。 でも、だんだんと「それが普通」の状況ができて来ると、どこでどのようにリラックスすれば良いのか覚えてくるので、緊張すべき時間とそうでない時間の配分が可能になる。

倒れた父も、初めの半日ほどは自分の麻痺の具合が理解できずに混乱していたようだが、とりあえず半身は自由に動くこと、尚且つ食欲もあることが判るにつれ、少しずつ客観的になっていったみたいだ。 年齢的なことがあるので、変化への適応に要する時間は長いとは思うが、この状態が日常にさえなってしまえば、もうさほどの混乱は来たさないのではないかと見ている。 次に憂慮すべき予測される変化は、退院してきてから直後のことになるだろう。 入院生活が日常のことになってしまうと、今までずっと暮らしてきた家でさえ非日常と化す。 我々の生活も変化するだろうし、お互いにその状況に慣れなければならない。

まあ、一歩一歩ということなんだろうな。 (・・と、自分の中でちょっとした総括。)

庭の山桜がポツリポツリと開き始めた。 病院への道の途中には満開のソメイヨシノの木も見て取れる。 それに昨日はパパ様(ローマ教皇ヨハネパウロ2世)が昇天された。 あれだけの活躍なさったお方だから、神様もご自分の近くに呼び寄せてお仕事をさせたくなったに違いない、と、そんなことを考えていた。 自分達に何があるとか無いとかに関わらず、同じ速さで淡々と時が流れてゆくことが、なんとなくありがたいことのように感じられている、今日この頃。 春のせいか疲れがあるのか、少し眠い。 

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2005.04.02

病院に顔を出すようになるといろいろなことが見えたり、また、思い出されたりして、なんとも表現のし難い胸の内を抱えながらの日々。 今のところ、全くその必要性もないので、「一般ピープルでーす!」という表面(おもてづら)だし、現にこれだけ長い間臨床から離れてしまえば一般ピープルも同然である。 知りたがり屋の『ますたあ』がきょろきょろ物珍し気に辺りを見回しながら、「あれは何に使う機械?」とか「どうしてこうなってるの?」とか質問してくる時だけは、それらしく?解説しているが、その程度のことだ。

面会に行って洗濯物を引き取った帰りの車で、「我々には欲がないから、いざという時でもあっという間に死んでしまいそうだね」なんていう話をしていた。 急な心臓発作や予期せぬ事態が身体に起きた時、「私でなければできない重大な仕事を抱えている」や「何があっても孫の顔を見るまでは絶対死ねない」、「あの金は誰にも渡さない」などと、世俗的な欲が強い人ほどしぶとく生き延びることができる。 ・・これは客観的に経験上も感じていたことだ。 最後には気持ちで負けたものが生き残れない、ということなのだろうと思う。

こんなことを言うと呆れられることが多いが、自分の中では「もう人生はいつ終わっても構わない状態」で、さほどの欲もないし悔いもほとんど無いので、「あっ、これは死ぬかも知れない」と自分が認識したら、すぐ周囲に「今までありがとうございました」とか言ってしまいそうだし、死ぬまでの目安が予測されるような病気がわかったら、さっさと身辺整理を始めてしまいそうである。

父が入院してまず気にしたことは、「すこしお金を置いておいてほしい」だった。 自分では起き上がることもできないのに、である。 「気持ちはわかるけど、集中治療室にいる間はとりあえず余計なものを持たない方が良いよ。」と、話すと、笑いながらろれつの回らない口で、「いや、そうだけどさ、病院の売店ってお赤飯とか菓子パンとか、美味しそうなもの売ってるじゃない。」 ・・こちらは苦笑である! と、同時に「こりゃあ、大丈夫だ!」と確信して、もう一度笑ったのだった。

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