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2005.07.31

種の油

木製の胡椒挽き(ペッパーミル)は、長年使っているとじんわりと油分が染み込んでくる。 厨房で使っているからか?、それとも、掌に残っていた油が移ってゆくのか?とも思っていたのだが、どうやら最も染み込みが激しいのは粉になった胡椒が出てくる部分で、次いで内部の挽く前の全形のままの胡椒が入っているところだ。 つまり、胡椒そのものから油が出ているのである。 胡椒を手に取ってもとてもそんな印象は受けないのだけれど、微量含まれているのだろう。 未熟な実であるグリーンペッパーやホワイトペッパーよりも、植物の種としてしっかり熟したブラックペッパーの方が、油の染み込みも格段に多いみたいだ。

コーヒーもドリップした後の抽出液の表面をある角度から見ると、微妙に油のような膜が浮かんでいるのを見ることがある。 器具などの洗浄が不十分なのかと気を遣ったこともあったが、コーヒー問屋の営業さんの話では、確かにそんなこともあるそうである。 それはコーヒーに含まれている油で、心配ないとの話を聞いて安心した。

考えてみれば種子は植物にとって、子孫を増やすための大事なものであり、たくさんの栄養分をカプセル状に蓄えたものだ。 植物油を採るための大豆もトウモロコシも、ナタネもみんな種子である。 胡椒やコーヒーに油が含まれていたって、何の不思議も無い。

自分たちはたくさんの植物の種を食品としていただいているのだな、と、胡椒挽きを洗って水をはじく様子を眺めながら、改めて思い知らされた気分になった。

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二足歩行

やっと2本足で歩けるようになった。 杖を手放してからも患側の左膝は安定感が無くて、体重を預けきれないような状態が続いていたが、やっとここ数日で「ちゃんとした歩行」に近くなってきた。 何がありがたいかって、一番は両手が自由に使えることだ。 杖も持たなくて良いし、つかまり歩きする必要も無い。 歩行が安定すれば手に物を持ったままで運ぶことができるし、片手に何か持っていても反対の手で電話を受けられる。 一般の人には当たり前のなんでもないことが今まで出来ずに、ずっと能率の悪い日々を強いられていたので、事がスムースに運ぶことのありがたみが身に沁みる。

ここからは歩くことがリハビリだそうで、自分の体重が負荷になって筋肉を育てることになるから、痛みが出ない程度に出来るだけ歩くように指導された。 「でも、この暑さでは外を歩けというのも酷でしょうし、炎天下を歩いたら熱中症なんかになりかねませんから、まあ適当にね。」と、医者も苦笑い。 おかげさまでちょうど夏休み期間だから、ベッドメイクや館内の掃除、厨房仕事など、普段に比べて館内を歩き回る量も多く、それで代用ということで・・。

不思議なもので、物理的には膝は毎日徐々に回復してきたのだと思うけれど、ある所からカックンと良くなるような自覚が続いた。 治り方の自覚をグラフ化したら、斜め右上がりの直線ではなくて、右上がりの階段状だ。 ステージをひとつずつクリアしてきた感じ。 整形外科領域でここまで時間のかかる怪我をしたのは初めてだったので、何だかいろいろと勉強になった。

まだ夜になると左足だけが浮腫む。 ビールの水分が過剰にならないように気をつけよう。 

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2005.07.29

丑の日だったのか

昨日は野暮用で午後から東京へ行き、とんぼ返りしてきた。 住んでいる場所に比べると都心はやっぱり暑い! 足元のコンクリートと頭の上からの陽射しで、まるで両面焼きグリルみたいだな、などと思いながら歩いていたが、熱くなった建物の壁も左右から輻射熱を撒き散らしているので、4面全体から熱を受けてオーブン状態の方が正しい形容かも知れない。 ともかく田舎暮らしを始めて忘れ去っていた暑さにやられ、帰途につくころにはすっかり疲れてしまった。 乗り換えの少ない安易なルートを選択して、東海道新幹線を使って帰ることに。

夜早い時間の下り新幹線は、通勤の会社員や、夏休みの子供連れの方、ディズニーリゾートの大きなお土産袋を抱えた人などでびっちりと満席状態。 運良く禁煙車両に空席を見つけて陣取り、冷えたモルツのプルタブを引いた。 3人掛けの通路側。 お隣はビジネスマン風のスーツ姿の若い男性だ。 テーブルの上のビニール手提げをがさごそと開いて、きれいに包装された駅弁を取り出した。 夕飯だろう。 視野の端っこでなんとなく見えてくるのは、いくつかの小袋をちぎってはお弁当の上にかけたりしている様子・・揚げ物のソースか醤油かな?、なんとなく気になってしまう。 ところが最後の3つ目の小袋を彼が振りかけた瞬間、お弁当には似合わない香りが漂ってきた。 「なんだっけ、これ? すごく知っている匂い・・」、と、同時に甘しょっぱいタレの香ばしい香りが。 ああ、そうか! 粉山椒だ。 うなぎの蒲焼弁当だ。

得たいが分かってなんだか安心しながらビールを飲んでいる私の隣で、スーツ姿の彼は猛烈な勢いでうなぎ弁当を平らげてゆく。 気持ちの良い食べっぷりだ。 5分もしない内に空になったお弁当をそそくさと片付けてしまった。 ところが今度は車内のどこか別の方向から、またタレと山椒の香りが・・。 空調の風に乗って、また別の場所からも。 こうなると車両全体がうなぎ屋さんの店内のような感覚になってくる。 何だか香りだけでお腹いっぱい。 暑さ負けした体には、この香りだけで十分なビールの肴だ。 それにしても、うなぎ弁当を食べている人がやけに多いな。 品川駅とか東京駅の駅弁でうなぎが美味しいなんて、あんまり聞いたことが無いのに、と、密かに疑問だった。 そして、車内販売のワゴンにもうず高く積まれたうなぎの蒲焼弁当が・・。 「?なんで、なんで??」

寝る前にゆっくり新聞を読みながら、その日が「土用の丑の日」だったことを知った。 ああ、それでみんなうなぎを食べていたのかと、ことのつながりを理解してやっとすっきりした。 世の中の結構多くの人が、ちゃんと「土用の丑の日」にうなぎを食べているという現実が分かって、やっぱり日本人は律儀だな・・と、つくづく思った。

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2005.07.28

メモリアの昼下がり

夏らしい天気が続いている。
館内の気温が高くならないうちに、なるべく早い時間にベッドメイクを済ませてしまうようにしているものの、やはり汗が背中を流れるのがわかる。 毎日Tシャツをたくさん着替え、洗濯し、昼前にはパリッと乾きあがったものを取り入れてたたんで・・その繰り返しだ。

この暑さで一番参っているのは、館内に飾る卓上花などの切花かもしれない。 大きな旅館さんなどでは、特定の出入りの花屋さんとのお付き合いがあるのが普通で、館内の生花・切花の管理や飾りつけ、アレンジメント、花器の貸し出しなどまで、まとめて面倒を見てくれるのが普通だ。 メモリアのような小さな宿では、そんなたいそうな生け花があったら余計にちぐはぐだし、生け方にこだわるようなお客様もほとんど居られないから、普通の主婦が家族のために花を飾る感覚でやらせてもらっている。 かと言って、花が何もないと寂しく感じる方々も多いみたいだし、(おいでいただいたことのある方にはお解かりだろうが)メモリアはただでさえ余計な物が無いシンプルな状態なので、見方によっては殺風景になりかねず、兼ね合いが難しい。 その点において花は、ある程度の期間が過ぎれば寿命がきて、片付けざるを得ない宿命のものなので、ずっと存在し続ける性質のものではなくてありがたい。 殺風景と物寂しさを緩和するために、一役買ってもらっている。

最近は切花用の薬剤が花屋さんで購入できるので、夏の暑い期間は使うようにしている。 花瓶の中の水で細菌やバクテリアが繁殖するのを防ぐ成分と、花に必要な栄養が含まれているらしい。 商品にもよるが10倍以上に薄めて使うものなので、買うときは「そこそこ高いな」と、思っても、ずいぶん使い甲斐がある。 時々花瓶の水に氷を一片入れてあげたりしながら、「暑い中をご苦労様です」と心の中で感謝。 最後に自分の口にも氷を頬張って、次の仕事に取り掛かる・・そんなメモリアの昼下がりだ。

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2005.07.26

嵐を呼ぶパソコン?

パソコンちゃんが壊れまして・・。
ええ、もう結構なお年だったのですけれど。
いきなりハードディスクが妙な音を立て始めて、全く読み込めなくなってしまいました。
週末は団体さんの貸切でバタバタ働いていたものですから、今日になってようやく代替機を入手し、ただいまもろもろ設定中です。
すごいどしゃ降りと横殴りの雨の中を沼津まで車を走らせて、旧パソコンを修理に回し、新たにデスクトップちゃんを連れて帰ってまいりました。
狩野川はどどめ色に増水し、血相を変えて濁流と化している印象・・さすがは台風!
ワイパーが役に立たないようなすごい雨で視界が悪く、帰ってきたら目がシパシパしていました。

なんだか今年は例年にも増して、いろいろなアクシデントが重なっている気が。
自分を取り巻く環境が、どうも新たな大きな流れを形成しつつあるようなので、自主的姿勢を保ちつつも、流れに逆らわず受け入れてゆきたいと思っています。

メモリアに、また、個人的にリーボーにメールを下さっている方々、恐れ入りますがしばし返信をお待ちください。
この場を使ってお詫び申し上げます。

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2005.07.22

夏の月

お風呂上りに窓辺から見上げたら、梢の隙間からぼんやりと丸い月が覗いていた。
ふと気付くと、月を見たのは久しぶりのことだ。
義父の病気、自分の膝の怪我、迎える夏休みのトップシーズン、実家の母の入院や手術・・小さなことに気を取られて、ゆっくりした気持ちで夜を迎えることが極端に少なかった。
別に急激な変化があるわけではないが、いつも心の中に重たい塊があって払拭されない。

・・そういう年回りなのだろう。

優しく穏やかな月を見上げながら、光を吸い込むような気持ちで大きく深呼吸してみた。
少しずつ、少しずつ、乱れた流れは納まるべき所へ、納まるべき形に。

夏の宵の月は、甘い香りがした。

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2005.07.21

食べ過ぎた

膝の受診と買出しを兼ねて沼津まで足を伸ばす。 受診を終えて大きなドラッグストアーに立ち寄ったあとで、清水町にある「卸団地(ここには業務用の商品を扱うお店が軒を連ねている)」に移動したら、もう14時だった。 ふたりともお腹ペコペコで頭も働かなかったので、卸団地の敷地内にある『丸天』の支店に飛び込んだ。 ここは本店を沼津漁港の場外に持つ魚料理の美味しいお店。 中年から初老の威勢の良いオバチャン達が、ガン!ドン!バン!!みたいな感じで(一体どんな感じだ?!!)狭い店内を仕切っている。 えーっと、つまり、運ばれてくるお茶をテーブルに置くときも、上品に楚々として届けられるのではなくて、ドン!と音がするくらいに乱暴なのだけれど、愛想が良くてオーダーの相談にも乗ってもらえるみたいな、飾らない気さくな感じということを伝えたかった。

鰯の天ぷらや本マグロの刺身定食も魅力的だったが、ふと目に付いた「かき揚げ丼」の文字に惹かれ、そちらを頼んでみた。 そういえばこの店でかき揚げを食べたことは、まだ無かったことを思い出す。

しばらくして届けられたどんぶりは妙な光景が展開されていてびっくり! かき揚げが円柱形である。 それが大盛りのご飯の上にすっくと立っていた。   「・・・・・」ふたりとも(・_・;)こんな顔になる。 リンクを張っておくので、スクロールして画面の下部をご覧あれ。 これがご飯の上に立っているのだ。 かき揚げ自体も相当なボリュームだが、ご飯も大盛りで、食べても食べても減ってゆかない。 あんなにお腹をすかせていた私達も、さすがに持て余し気味のボリュームだ。 『ますたあ』曰く、「いやあこれは漁師の男達のごはんだね。」 陸の軟弱な我々にはいささか多過ぎの感あり。 でも、美味しく残さずにいただいて参りました。

さてその後大量に仕入れをして、メモリアに戻り、それぞれの食品を然るべき場所に片付けて、さてそろそろ夕食の支度を・・と思ったら、まだ空腹感が全く無いことに気づく。 私はビールだけで良いから、とりあえず『ますたあ』の分だけでも、と、確認に行くと、「僕もまだいいや」との返事。 果物だけ冷蔵庫に準備し、寝る前にでもいただくことにして、今はビールを片手にこうして書き込み中。 まだまだお腹は空きそうな気配すら見せない。

若くてたくさん召し上がる方には良いかも。 味は美味しいので、お墨付き! コストパフォーマンスも高い。 あとは量をクリアできるかどうかにかかっている。 機会があればいかが? 

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2005.07.20

「普通」の概念

去年の夏もお泊りいただいたお客様からご予約の電話をいただく。 小学生のお子様の食事についてのリクエストをお持ちのようだ。
「ノーマルなものしか食べないんですよ。」と、おっしゃる。
「は?」 メモリアの料理はアブノーマルなのだろうか?と、ちょっと考える。
「ノーマルなものしか食べてくれないんですね。」
「ノーマルなものですか?」・・私の頭の中を『?』が駆け巡る。 困ったな。 相手が何を伝えたいのか解らない。 失礼なのは百も承知で、思い切って尋ねてみた。 「あのー、別の表現でお願いできますか?」
「えーっと、普通のものしか食べない子なんです。」
・・余計に解らない。 これでは埒があかない。
「普通のものって、例えばどんなメニューのことを指しておられますか?」
「普段食べているようなものなんですけど。」
正直に言うと、私も心底困ってしまった。
「ええと・・じゃあ、お子さんのお好きなメニューってどういうものですか?」
「ハンバーグですね。」
「じゃあ、ハンバーグは普通のメニューだと考えてよろしいんですね。 他には?」
「うーんと、ハンバーグぐらいしか・・普通のメニューなら大丈夫です。」
「ごめんなさい、●●さんがおっしゃる『普通』という単語の概念が私に通じないんですよ。 だから『普通のメニュー』がどんなものか解らなくて困っているんですけれど。」
「ああなるほどですね。 ノーマルなものと考えていただければ良いんですけど・・」
お手上げだった。

それからしばらくすったもんだして大いに苦しみながらも、いくつかの情報を聞き出して、お客様の言っている「普通」について私なりに解釈すると、つまり、味付けが複雑でなく、単純な調味料を使った単独の素材の料理らしいという結論に達した。 「じゃあ、ハンバーグは違うじゃないか」という疑問は残るが、きっとファミリーレストランのお子様プレートにのっているようなものなら大丈夫なのだろうと、ここは憶測することにした。

「ノーマル」と「普通」の単語の間を行ったり来たりしながらつくづく思ったのは、単語の概念を相手に伝えるのは難しいということだった。 私はメモリアの料理を「普通じゃない」と思って提供したことが無かったし、実際に賄い食として同じメニューを食べることもあるので、これが普通だと思っていた。 お客様の考えている「普通」がどんなもので、自分の「普通」とどこが違うのか、ギャップを埋めるのにてこずったわけだ。

電話を切ったあとで、国語辞典を手にしてみた。 「普通」は「広く一般に通じること」だそうである。 読みながら苦笑した。

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2005.07.19

髪を切りに

「今日を逃したらもう行ける日が無い!」という状況に追い込まれたので、すべきことは他にも山積みだが、えいやっとばかりに髪を切りに出かけた。

襟足やおでこの辺りに伸びてきた髪がまとわりついて暑さを助長していたのが、すっきりさっぱりして個人的不快指数がかなり下がったような気がする。 行く時は車の中でクーラーをかけていたのに、帰りは窓を全開にして風が肌に直接触れる感覚を楽しみながらの運転。

夏の鮮やかな強い陽射しを見上げながら、交通量の少ない国道でスロットルを踏み込んだら、仕事を全部エスケープしてドライブしているような気分になった。 こんなショートトリップもオツなもの・・やはり髪を切ることには、気分転換に絶大な効果があるみたいだ。

おまけ
久々に大ウケした商品。 ちょっと欲しいかも。(半笑い) 

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2005.07.18

トマトソースとマヨネーズと

朝から大量のトマトソースを煮詰めつつ、その片手間にマヨネーズを作ったものだから、厨房内の温度上昇と筋肉運動で当然のごとく汗だく!

農家で採れたばかりの真っ赤なトマトはヘタの周りがひび割れているが、どうせ皮を剥いて煮詰めてしまうのだから全くノープロブレムだ。 包丁を入れた途端にトマトの青臭いような香りが漂って、一気に夏の空気になる。 種を除いてから少々のオリーブオイルとニンニクで端からどんどん炒め煮に。 軽く塩を振ればやがてトマト自身からたっぷりのジュースが出てきて、鍋全体がぐつぐつ言い始める。 焦げ付かないように鍋底を時々かき混ぜながら、ひたすらに煮詰める。 私は夏のトマトソースにはブイヨンやダシを使わない。 塩とカイエンヌペッパーをちょっと。 ただそれだけ。 元気なトマトを使えば甘味も酸味もそのままで充分美味しいと思う。

マヨネーズはボウルに卵黄とフレンチマスタード、ビネガー、塩、コショウ。 あとはオイルを少しずつ加えながらひたすらに撹拌。 ただひたすらに混ぜる混ぜる・・。 二の腕全体が重たくなったら、トマトソースをかき混ぜて気分転換し、また混ぜる混ぜる。 最後にビネガーで味を調えて、根性で気合いを入れて100回思いっきり混ぜて出来上がり。

出来上がった二品をそれぞれガラスの器に移してから冷蔵庫に収めた。 真っ赤なトマトソースと優しいクリーム色のマヨネーズが、対照的でとってもきれいに見えて、充実した気分が押し寄せてくる。 梅雨が明けたそうだ。 夏の匂いがする風に吹かれながら汗をぬぐい、厨房でひとつのびをした。

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2005.07.17

おまじない

このところいろいろ考えすぎて頭の中が食傷気味というか、余裕が少ないような状況が続いている。 自分でそのことをわかっているから、これでもコントロールしているつもりではあるものの、やっぱり普段に比べて疲れるし心のどこかがささくれている感じがする。

ちょっと前に、友人からもらったメールに返信する文章を作っていた。 友人のメールには「いつもありがとう」とあり、自分も素直に「いつもありがとう」と打ったら、妙にその一言が胸にも響いているのに気付いた。 そして、心の中がぽっかり温かくなって余計な方の力が抜けていた。 小さな、でも、力強い拠り所・・言葉の持つ力に驚かされた出来事だった。

それ以来心がささくれてきたらおまじないのように、「いつもありがとう」と頭の中で唱えみることにしている。 思いのほか効果があるようだ。 逃げずに現実と向かい合うためのパワーを、言葉からもらっている。 

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2005.07.15

自分の判断

プライベートでのことだが、義父の件で義父に代わって『ますたあ』と判断をひとつ下した。 もう、サイは振られたので、あとは今後の流れがスムースに進展することを祈るのみだ。

以前に臓器移植についての話題に触れた際にも書いたが、自分のことを自分で判断することは、生きてゆく上でとても大事なことだと思う。 そして、その判断能力が病気や事故によって失われたとしても、元気な間に示された本人の意思に沿って第三者が実行できるような社会システムを構築して欲しい。 その判断を家族に委ねられると、家族は迷いに迷い、どのような結論に達しても「これでよかったのだろうか」と割り切れない思いが募るし、家族の中で考え方をまとめるのも責任を負いかねる。 普段から自分の考えや判断を自分の力で行い、なるべく客観的記録に残しておくことや、信頼のおける誰かに伝えておくことも役立つはずだ。 それは家族でなくても構わないだろう。

現状の生活に比べて、法律や社会のしきたりは未だに「家庭」を単位にしている。 そのギャップが思ったよりも大きくて四苦八苦。 課税も社会保険制度も戸籍も、個人単位のほうが実態に即しているのではないかと思うことも多い。 郵政法案が参院を通るの通らないののニュースを横目に、未だ夫婦別姓すら法律上は認められていない現実を思って、ひとつため息をついた。 法律も社会の変化に伴って変わってゆかねばならないものなのではないか? どうも、その辺りが立ち遅れているような気がしてならないのだが。 ぶつぶつ・・。 

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2005.07.14

それはそれでレアかも

仕入れに出かけた先の酒屋さんで、変な「レモンハート・デメララ(ラム酒の銘柄)」を見つけた。 ラベルの色もデザインも微妙に違うし、何より違ったのは値段で、なんと普段買う時より600円以上も安い。 つい先だってまで輸入元がサントリーさんだったのだが、ラベルを見ると全く違う会社に変わっているので、そのせいかとも思いつつも、気のせいかなんだか色も微妙に淡い気もするし・・。

「これって正規品ですか?」と、酒屋さんに尋ねるのも失礼な気がしてはばかられ、ボトルを持ったまましばし迷う。 隣りに最近品薄だった「マイヤーズ・プランターズパンチ」も並んでいて、ほぼ同じ値段。 こちらは正規品に間違いないので、どちらにするべきか見比べながら唸った。

さんざん考えた挙句、「レモンハート」のほうを買ってみた。 飲み慣れている銘柄だけに、飲んでみればすぐに品質の程は判るはずだし、正規品ならばかなりお得な買い物になる訳だし。 中身が怪しげな物だったのしても、ラム酒であることには間違いないだろうから(実際へんてこりんなラム酒もたくさん飲んでいる^^;←この話はまたの機会にでも・・)、それはそれでレア物として楽しめるかも知れない、という結論に達したからだ。

開封が楽しみ。 なんだか運試しみたいで。 

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2005.07.13

買わなくても

まだ梅雨も明けていないというのに、ちょっと暑さにやられて手間のかかることはやりたくない・・。 そこで、賄いにさっぱりと冷やしシャブシャブ風なんぞを作ることに。 せめてもの償いで?市販品をイメージしながらタレを手作りしてみました。

●すりごま 大さじ4
●みそ  大さじ2
●酢  大さじ1と半
●醤油  大さじ1
●砂糖  大さじ1
●ラー油  少々
●粉末ダシ  少々  中華ダシでも和風ダシでもあるもので大丈夫
以上を良く混ぜて、水30~100ccを加え好みの濃さに調整する。
たったこれだけで出来上がり。
シンプルなのでご家庭に合わせて香辛料を入れたりして工夫なさっても・・。

ウチではチンゲン菜とシメジをチン!してから冷まして、タマネギスライスと盛り合わせ、牛肉の赤身の薄切り肉を脂を引かずにささっと炒めて同じお皿に移し、そこに各自でタレをかけて食べました。 (この所、賄い食に手抜きが多いかな、と、ちょっと反省気味。^^;)

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2005.07.12

他人のふんどし

毎年夏本番を前に恒例の「所轄保健所による立ち入り検査」が、無事終了した。 全国レベルで見ると他地域のペンション経営者の話によれば、ひどく細かなチェックが入る場合もあるようで、「ステンレスの扉に指紋が付いていたら怒られた」だの「蛇口からこぼれた水がシンクに残っていたら注意された」だの、そこだけ断片的に聞くと理不尽と思われるような話もあるらしい。 この地域の場合はそんな理不尽なことは今まで一度も無くて、冷蔵庫・冷凍庫の温度チェックや、手洗い場がちゃんと使われているかとか、サルモネラ菌を意識した卵の管理がなされているかなどといった現場に適したチェックがなされるので、こちらも納得しているしありがたい。

実は数ヶ月前にメモリアは『食品衛生協会』という、言わば保健所の外郭団体のような組織の推薦をもらい、所轄保健所長から表彰を受けていた。 「推薦しますので」という電話をいただいた時、どういう基準で推薦してもらえたのか尋ねたのだが、答えは明確ではなく、突っ込んだ所で納得できる答えも期待出来そうになかったから、勝手に「食中毒を出さず、衛生管理に問題が無くそこそこの年数営業していれば、いただける名誉なのだな」と判断させてもらった。 別に断る理由も見当たらなかったので、「謹んでお受けします」と言っておきながらも、膝の怪我のおかげで表彰式には欠席した。 届けられた立派な表彰状と額縁は、プライベートスペースで手付かずにそのまんま保管している。

立ち入り検査にやって来た保健所の職員の方が、帰り際にダイニングを見渡しながら「賞状は?」と尋ねた。 「部屋の方にありますけれど。」 「(ちょっとがっかりした風に)そうですか。 受賞おめでとうございました。」 ・・ああ、目立つ所に飾っておいて欲しかったんだな、と、思った。 きっと言われるまでも無く、目立つ所に飾っているお店がほとんどなのだろう。 確かに私も外食の折に、その手の物が堂々と掲げられているのを見る機会も多い。

授与した側からすれば自慢して欲しいのかも知れない。 でも、正直なところ、なんだか見せびらかしているような感じだし、それほど食品衛生に特別な寄与をしたわけでもない。 食品を扱っている者として当然のことぐらいしかやっていないのに、わざわざお客様の目につく所に掲げておくのは、なんだかおこがましい気もして、納得できない。 それとも、そういう表彰状があるのを見ると、安心感を持つお客様がたくさん居られるのだろうか?? 自分だったらそんな部分では評価はしないけどなあ・・。(なにせマイナーな人間なので、ここの感覚には自信が無い。)

手に入れた「他人のふんどし」で儲けられるのなら、積極的に利用するのが商売の正しい姿かも知れないのだが、どうもその辺りの構造に納得できないのも、別の側面では私の、またメモリアの問題点なのかも知れない。

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2005.07.11

淡白な魚で

お客様のコース料理では魚の調理にも何らかの油脂を使うことが多いが、その反動なのか、賄い食で魚を使う場合は油脂を使わないで調理する場合がほとんどな気がする。 こっくりと甘味を効かせて煮付けるのも美味しいが、何よりも短時間での調理が賄には求められる。 かと言って塩焼き・照り焼きばかりでも飽きてしまう。 で、時々使う手をご紹介。

あまり脂の多くない淡白な魚なら、何でも使える。 切り身にして、そのままオーブントースターかオーブンで加熱する。 目皿にオーブンペーパーを敷いておくと、片づけが楽。 で、中まで火が通ったら、ここにトッピングをのせる。 トッピングのベースは味噌とマヨネーズが半量ずつ。 魚一切れに小さじ半杯ずつを目安に。 これを小さな器で合わせてから薬味を混ぜ合わせる。 薬味は冷蔵庫にあるありあわせのものをみじん切りやすりおろして使う。 長ネギ・ニラ・ショウガ・ミョウガ・大葉・木の芽・・なんでも大丈夫。 ただし、一種類だけにしておくこと。 単純な料理だけに味が複雑化すると、美味しくない。 何も持ち合わせがなければホウレンソウや菜花などを下茹でして固く絞り、みじん切りにして使ってもオーケーだ。 刻んだ薬味を、魚一切れに対して大さじ1杯くらい用意して(ショウガの場合だけは少なめする)、味噌とマヨネーズを混ぜた中で和える。 これを焼き上がった魚に上にのせて、焦げ目がつくまでもう一度加熱する。 それだけで出来上がり。 簡単簡単。

和食の味だがマヨネーズでコクが出て、あっさりと楽しめる。 料理に時間がかけられないけれど、魚を食べたい時にお試しあれ。

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MALTS漬け

共通の課題を抱えてふたりとも悶々としてしまったので、久しぶりに『ますたあ』と飲みに出かけた。
たまたま選んだお店の生ビールがサントリーのMALTSだったので、嬉しくてすいすい飲んでしまった・・。

いくら夫婦だとは言え所詮は他人なので、思っていることや考えていることなどをちゃんと言葉にして相手に伝えながら、小さな価値観のギャップをこまめに修正しておくことは、やはり大事だと思う。

「こうして悶々としていることも、自分にとってはある意味楽しい時間だ」という『ますたあ』の言葉を聞きながら、自分にもその包容力が欲しいとつくづく思った。

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2005.07.09

どしゃ降りの雨

夕方から降り始めた雨が、どしゃ降りになってきた。
つい先ほど大雨洪水警報がこの地域に発令されたらしい。 台風が来た時のような横殴りの雨が、雨戸に叩きつけている音だけが、この部屋を包み込んでいる。

今日は頭脳労働ならぬ感性労働の比率が高かった一日。 まだいろいろなことが消化できていないような、中途半端な気分だ。

悶々とした頭にこの嵐は心地良い。 心の中にまとわりついている迷いも洗い流してくれるといいのだが。

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2005.07.08

意味があったのか?

パソコンに向かっていたら、目の前の網戸を何か大きな虫が登ってゆくのが見えた。 ゴキブリだ。 網戸の外側に居る。 お腹をこちらに見せながらのんびりと登ってゆく。 それでもやっぱり、あの触角、あの色、あの歩き方・・どう見てもゴキブリ。 急いで殺虫剤のスプレーを出してきて、網戸の内側からゴキブリのお腹に向かって、シュー! ・・ぽとりと地面の上に落ちた音がした。

安心した気持ちになってスプレーをしまいに行きながら、「あれっ?」と、思った。 大自然を相手に一匹のゴキブリをやっつけて、それって意味のあることだったんだろうか? しばらく考えてみたが、よく解らない。 ホッとするような、納得できないような、変な後味が残ってしまった。

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2005.07.07

今日は七夕

7月7日、七夕だ。 メモリアの辺りは夕方から雲に覆われている。 フィクションだと知っていても織姫と彦星のお話を思い出して、なんとなく天気を気にしてしまうのが不思議だ。 宇宙レベルで考えれば、雲なんて地球の、それも地上に近い場所にしか存在しないのだから、全く論外なのは百も承知だけれど、『一年に一度だけ逢う』という物語の設定が、皆に何か特別な感情を抱かせているのかも知れないとも思う。

一年に一度というのは、とても微妙な時間設定だ。 親しい仲ならもっと頻繁に会う機会を作るのが普通だろうし、仕事に追われていたって2ヶ月に一度くらいは時間を持てるだろう。 遠距離恋愛をしているカップルも、国内ならば半年に一度くらいは何とか会えるのではないだろうか。 それに引き換え、そんなに親しくない相手や積極的に会おうとも思わない相手ならば、何年会わなくたって気にならないし、10年以上経過してから誰かの結婚式とか同窓会とかといった非能動的な機会で、たまたま偶然に会ってしまうとか、そんな状況でも充分だろう。

案外身の回りに色々な変化があったり、趣味や嗜好も若干変化し、容姿もそこそこ変わったりといった相手の変化の大きさを、戸惑うことなく会った瞬間に受け入れられるかどうか、そのぎりぎりの距離が一年という期間なのではないだろうか。 自分が知っている一年前の相手と、目の前に居る現在の相手とのギャップを、どこかで楽しみながら比べながら、それでも結局は「変わっていないなぁ」と安心できる。 そんなぎりぎりの時間だろう。 そして、ギャップが大きくならないように現実を更新しながら、微妙な距離のまま親しい関係が続いてゆくのかも知れない。 頻会に会わなくても関係を遠ざけはしないし、かといって、相手の全てを事細かに知ろうとも思わない、日々の小さなことに拘らなくても親しい関係は変わらない・・『一年に一度』はそんな信頼関係の上に成り立っているのではないだろうか。

会えるのに逢わない、それもまた大人にしか理解できないある種の快感なのかも知れない。 少々逆説的か? ともかく、織姫と彦星の逢瀬に乾杯!


お知らせ
明日8時から11時くらいまで、サーバーメンテナンスのため、このページの閲覧やコメントの書き込みが出来なくなるそうです。 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。

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2005.07.06

作り方は同じなのに

実家の母から宅配便が届く。

毎度の事で、荷物の隙間を埋めるように「美味しそうなもの」が、ちょこちょこと入っている。 「死に物狂いで種を取って作った」というルビー色をしたユスラウメのジャム、おかきの小さな袋も出てきた。 そして、奥の方に食品用ビニール袋に三重に包まれたずっしりと重い謎の物体が・・。 でも、フルーツ系の甘酸っぱい匂いが溢れてきているので、なんじゃらほい?と恐る恐る口を開いて覗き込んだら、どうやら梅の甘露煮のようだ。 くすんだ緑色の梅の実が、ポテッとシロップを含んで柔らかくなり、自分の重さで潰れかかっているくらいにジューシー。 その場で早速一粒摘み食いだ。 皮も柔らかく甘さもちょうど良くて、さすがに素晴らしい出来! 「いやはや、まだまだ追いつけないな・・」なんて内心頭を下げながら、御礼の電話をかけることにした。

「手間のかかる『梅の甘露煮』なんて、良く作ったわねー」と言うと、「えっ?そんなの入れてないわよ」と、意外な答えが返ってきた。
「あれ?入ってたよ、甘い梅・・」
「あー、わかった(笑い)! あれはね、煮たんじゃないのよ、砂糖漬け。 梅ジュースを作ろうと思って砂糖に漬けておいたのに、ジュースがちっとも出来なくて砂糖漬けになっちゃったのよ。 で、お父さんと二人暮しなのに、こんなにあっても食べきれないから、あなたの所に送れば何とかなるだろうって思って送っちゃった。 ごめんね。」
「そうだったんだ・・いや、こっちはうれしいけどさ。 で、どうやって作ったの?」

話を聞くと、作り方は私の梅シロップと何も変わらない。 砂糖と梅の実の配合比率も全く同じだ。 なのに何故か水分がほとんど上がらないまま、砂糖漬けが出来上がってしまったらしい。 母は梅シロップを作りたかったし、私はこんな砂糖漬けを作ってみたいと思っていたのに、レシピが同じではお話にならない。 ふたりとも「変ねぇ」、「おかしいねぇ」を繰り返すしかなかった。 母もこんなことは初めてだと言う・・。

結局私の作った梅シロップを、そのうちおすそ分けすることにしたのだが、一体どこで何が違うとこの差になるのだろうか? 不思議で仕方がない。 偶然の美味しい産物に感謝しつつも、ほとほと首を傾げながら、もう一粒摘み食いさせてもらっていたのだった。 料理って難しい。

ちなみに・・
あさって7月8日、8時から11時くらいまで、サーバーメンテナンスでこのブログも閲覧できなくなるらしいです。 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。

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2005.07.05

戒め

直接会って話をしていれば、相手の表情や目を見て、相手の感情がわかる。
電話なら声の調子でわかるし、手紙なら筆跡からもわかる。
こうしてウェブに打ち込んでいると、日本語だけが全てだということに気付く。
他に頼る物が無いと、急に不安になったりもする。
不安を打ち消そうとして強がって、挙句の果てに攻撃的になったりするかも知れない。
そんな可能性が秘められていることを、意識しておかねば、注意しなくては・・。

なんだか、ふと、そんなことを思った。

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2005.07.04

茗荷(みょうが)

昔から香味野菜と呼ばれる物はことごとく好きなのだが、その中でもミョウガは格別。 梅酢や甘酢に漬けた物よりも、生のままかあるいはちょっとだけ加熱した状態で使うのが好き。 漬物にするならば糠漬けくらいに留めておいて欲しいと、個人的趣味からは思う。 やっぱりミョウガは香りが命だからだ。

今では一年中出回っているミョウガも、本来は初夏からが本物。 そう、ちょうど蚊と一緒にやって来る感じ。 賄い用の食材を収めておく冷蔵庫には、この時期常にといっても良いほど、ミョウガがいつも入っている。 そして、なんにでも使ってしまう。 冷奴にミョウガ、納豆にもミョウガ、お刺身にもミョウガ、冷やした麺類にもミョウガ、サラダにもパスタにも天ぷらにも使う。 極めつけは私の朝ご飯・・スライスしたミョウガに削り節を少々、これに醤油をちょろっとかけてご飯にのせる。 晒したりせずにミョウガの持っている辛味も一緒にいただく。 これが一番好きな食べ方かも知れない。 実はこれ、酔っ払った後の「腹固め」のメニューとして、居酒屋さんでいただいたのが最初だった。 お店ではミョウガの他にウズラの卵黄ものせてあったのだが、それはちょっと余計に感じられたのではしょらせてもらっている。 ミョウガ好きにはたまらない一品だ。 シンプル・イズ・ベストそのもの。

実家の母は日本人としては珍しくお味噌汁が嫌いな人だが、ミョウガのお味噌汁だけは例外で、夏になると良く作ってくれた。 ミョウガ2~3個を斜めに薄く切って、溶き卵1個分と混ぜておく。 普通にお味噌汁を作り、最後にミョウガの入った溶き卵を大き目のスプーンを使って、ぽとぽとと一口大に味噌汁へ落としてゆく。 ひと煮立ちするとミョウガを包んだ卵がぽっかりと浮かんでくるので、お椀によそって出来上がり。 ミョウガにはまだシャリシャリした食感が残っていて、ふわっと香り立つ。 夏ばてして食欲が無い時は、これを冷たいご飯にかけると、体が受け付けてくれたことを思い出した。

暑い時期は苦手だが、ミョウガだけは楽しみだ。 今年も楽しませていただこう。

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2005.07.03

リーボーのボーは、ボーっとしているのボー

昨日の反動もあってか、今日は頭脳労働を頭が拒否しているような感じで、おバカな一日だったような気がする。

入院している義父が「ベッドサイドにカレンダーが欲しい」と言う。 使っていない卓上カレンダーを探すも、手ごろな大きさのものが無いので、大き目のカレンダーの7月分を取り出して風景写真や余白部分を切り落とし、適当な厚紙を台紙にしてに貼り付けた。 台紙の上部に2箇所パンチで穴を開けてリボンを通して作業完了。 早速病院の壁際にある吸引機を取り付ける部分のプラグに引っ掛けて、「なかなかイイ感じの物ができた」と内心自画自賛していた。 父が「今日は何日だっけ?」・・ところが、私の作ったカレンダーでは今日は土曜日になっている。 「ん?どうして?!」 よくよく見れば、7月を示す大きな7の横に2004の数字が・・。 どうやら私は去年のカレンダーを切り取ってしまったらしい。 もう、ガックリするやら恥ずかしいやらで大笑いするしかなかった。

まあ、こんな日もあるさ。 明日仕切り直そう。   

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2005.07.02

頭フル回転

たくさん、たくさん、自分たち家族のこれからのことを考えた長い一日。
どこへ向かおうとしているのか、そのために今すべきことは何かが、ちょっとだけ繋がってきたような気がする。
「考えてもすぐに結論を出せる種類の物ではないから・・」なんて言い訳して、先送りしてきた部分もあるので、小さなきっかけで正面から対峙せざるを得なくなったことは、ある意味、ありがたいことなのかもしれない。

久しぶりに頭の中がフル回転して、相当疲れた。

膝のためにトレーニングしているハーフスクワットが、妙に快感。
やっぱり頭と身体のバランスは大事だな・・。

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2005.07.01

寒天とミカンの缶詰

結局、作ったのはミルクゼリーだった。(ここ数日、プルプルした食感のものが食べたくて仕方なかったのだ。) お客様のデザートで「固めるもの系」を作る時は、ゼラチンを使うことが圧倒的に多い。 だから、手元に持っている粉寒天がなかなか減らずに困っていた。 ところが、どこかのテレビ番組で寒天が取り上げられて以来、小売店の店頭から寒天が売切れ続出・・そんな様子を見ていたら、がぜん寒天を使ってみる気になってしまったりして。 まったく以って現金な自分に笑ってしまう。

さて久しぶりの寒天ゼリー・・独特のシャキシャキするような食感が新鮮だった。 ゼラチンと違って、粗熱が取れ始めた段階ですぐに固まり始めるスピードも嬉しい。 水分の量をぎりぎりまで増やしてみたりしながら、実験を兼ねていろいろと試してみたくなった。

新鮮といえば、もう一点。 ほとんど10年振りくらいにミカンの缶詰を食べた。 ヨーグルトに合わせたりデザートに使うので、桃やアプリコット・洋梨の缶詰は、ほとんどいつも手元にあるのに、ミカンはなぜかありふれた感じがして避けていたのだ。 頭の片隅に残っていた味の記憶よりも、甘ったるくはなく果実の味が残っていて、優しい酸っぱさが新鮮に感じられた。 大きな缶を開けたので、こちらも色々な物に使う余裕がある。 楽しんでみよう。

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