誰の?
『ますたあ』が厨房の私に声をかけてきた。 「お客さんから預かった冷蔵保存の薬、こっちの冷蔵庫に入れておくからね。」 大抵はフロント近辺に『ますたあ』が居るのだが、何かのきっかけで離れたときに私が対応する段になると困るので、私も自宅用の冷蔵庫に足を運んで薬の場所を確認しに行った。
小型のバイアルが一本。 中に薄く白濁した薬剤が入っている。 バイアルに入っているということは、即ち注射に使うことを意味している。 「この白濁具合はインスリンだな」・・一発でピンと来るのは昔取った杵柄だ。 しかし、本来バイアルに貼り付けてあるはずの薬剤名や力量などの記載が全く無い。 何だか怪しげな薬に見える。
「インスリンのように見えるけど?」
「うん、糖尿病だってさ・・」
えっ?今日は調整食受け付けてないし、他の人と同じ食事で大丈夫?と、すごい勢いで思考回路が働き出した途端に『ますたあ』が続けた。
「・・ワンちゃんが。」
「へ?!」などと間抜けな返事でほっとしながら、「糖尿病の犬かぁ・・」と、考えてみる。 そりゃあ犬だって哺乳類だし、こんな飽食の時代だし、糖尿病になったとしても何の不思議も無いだろう。 しかし、インスリン注射を受けている犬を見たのは初めてだった。 駐車場の車の中でおとなしく丸まっている。 糖尿病が原因で目が見えなくなっているらしい。 現れてくる症状まで人間と一緒なんだな、と、妙に感心してしまった。
「ご時世だな」と、つくづく思った午後だった。
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