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2005.09.30

微熱の中で本を読む

久しぶりに熱を出す。 何のせいか、思い当たる節が無い。
昨日胃癌の住民検診でバリウムを飲み、それを排泄するために下剤を飲まされてピーピーしていたためなのか、その後でうっかり食べてしまった「これでもかとニンニクの入っている塩ラーメン」のためなのか、それでも飲んでしまったビールのためなのか、寝冷えでもしたのか?? まあ、どれにしたって後の祭りなんだから、考えても仕方が無いことだと割り切って、誰に遠慮することも無くボーッと過ごしている。

昨夜からちょっと眩暈がしていたのだが、頭だけが冴えていたので本を読んだ。 長野まゆみさんの「サマー・キャンプ」である。 全く開くことをせずに、表紙のデザインだけで図書館から借りて来てしまった本。 これがまた、何が何だか複雑な内容で、読んでいる当方の体調も相まって、どこまでが現実でどこまでが虚像なのか解らなくなる錯覚に陥り、あわてて途中で本を閉じて布団に潜り込んだ。 体調が良くなったらちゃんと最初から読み直す必要が発生している。 よくこんなに複雑な構成ができるな・・。 今の私はとてもついていけない。

今朝は必要最低限の仕事を済ませてから、口直しに「贅沢な恋愛」というオムニバスを読み始めた。 林真理子・森瑤子・山田詠美・藤堂志津子など大御所と呼ばれる作家8名が、それぞれジュエリーをテーマに書いた短編集だ。 表面上はあっさりと読み流せる一方で、女性特有の心理描写があまりに的確な作品ばかりなので、なんでもない脇役の文章にまで、「ウーン・・」と唸らせるものがあり、侮れないというか気が抜けない。 村上龍・北方謙三といった男性作家の作品も収められてはいるが、これを読み比べてみると、やはりジュエリーは女の物という気がする。 なんでもない指輪やピアスにどんな意味を込めて身に付けているのか、その意味の深さが男性と女性では明らかに違うようだ。 男性がジュエリーの替わりに「意味を持たせて身に付けるもの」は、例えばタバコや酒へのこだわりや薀蓄であったり、シャツであったり車であったり・・。 ティーンエイジャーの時からピアスやネックレスを身に付けている今時の男性たちは、その辺りも変化しているのかもしれないけれど。

久しぶりに秋らしい青空が広がっている。 もったいないような贅沢なような気分で、コテコテのインドアで過ごす一日。 これはこれで悪くない、ということにしておこう。

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2005.09.28

ギャップ

義父は最近ちょっとした混乱が見受けられる。 年齢のせいもあるだろうし、多発性の脳梗塞の為もあるだろう。 痴呆とは言えないまでも、それに続く手前のサインのひとつではある。 先日、歩けないのに自分で車いすから降りようとして、その拍子にベッドに肩をぶつけ鎖骨が骨折した。 その時の様子を尋ねてみたが、自分でも状況をちゃんと覚えていないようだ。 時間をかけて、自分の言葉で一通り説明した後で、言った。 「でもね、お父さん(彼は自分で自分のことを『お父さん』と呼ぶ。)の言っていることが、全て正しいとは限らないんだよな。」 ・・何だか禅問答みたいだ。 「うーん・・」と、内心唸った後で、私は「誰にでもあるんじゃないかな。 言っていることと事実が違うことって。」なんて答えてみた。 そうしたら、けらけらと大笑いされた。

どこまで解っているのかわからないけれど、哲学の授業みたいだった。

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2005.09.27

Googleと都電最中

個人的に検索エンジンはGoogleを使うことが多い。 直接トップページに飛ぶと、日によっては「Google」の文字にデザインが施されていることがあって目を惹く。 世界的なスポーツの大会があったりすると、手の込んだデザインがなされていて、そちらもちょっと楽しみだったりする。 今日は普通の日だが、「Google」の「l(エル)」が数字の「7」に替わり、ショートケーキが7つ文字の下に並んでいた。 どうやら7周年のようだ。 この検索エンジンの誕生日が偶然自分の誕生日と一緒だなんて、去年は気付かなかったのだが、偶然覗いたページで予想外のケーキをお祝いされ、誕生日を分かち合ったみたいな気分になり、何だか嬉しかった。

午後のお茶は、友人ご夫妻が届けてくれた「都電最中」。 少し濃い目に日本茶を入れてゆっくりいただく。 心の中からホッコリしながら、ありがたいなあ・・と、しみじみ。 バースデー最中もまたオツなものだ。

いろいろなことがたくさん詰まっていたのに、ふと振り返れば一年もあっという間だった気がする。 漠然としているけれど、感謝という気持ちに包まれて過ごせていることを、そういうことを気付かせてくれるみんなに囲まれていることが、ありがたくて嬉しくて・・。

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2005.09.25

秋の厨房から

午後からプディングを焼いた。 オーブンの天板に湯煎をしながら低温でじっくりと加熱する。 タネの卵液だけ作ってしまえば、あとはオーブン任せだ。 焼き上がりを待つついでにガスレンジ周りを掃除しながら、時々オーブンを覗き込む。

今年は厨房の窓の外のギンモクセイがたくさんの花をつけているようで、台風の後の湿った空気が流れる度に、優雅な香りが漂ってくる。 幸せな気分だ。 掃除の布巾を絞りながら何度も手を止めて香りを楽しんでいた。
当たり前なのだが、木の懐に近付くよりもちょっと離れた場所のほうが良く香る。 微妙な距離が有利に働くことがあるのは、人間関係にも共通しているような気がして、しばし思いを馳せていた。 相手の全てを知ろうとしても、感覚を共有しようとしても、所詮無理なことだ。 自分の知らない世界が相手にもあることを納得して、それも相手の魅力を作っているひとつの要因だと、そんな風に思っていたほうが自然なのだろう。 納得しているはずなのに、どこかほんのちょっと寂しいのは、秋のせいだということにしておきたい。

プディングが焼けてくると、卵と砂糖の優しい香りがオーブンから溢れてきた。 ギンモクセイの香りと喧嘩するかと思っていたが、予想外のマッチングで意外な発見をした気分。 香りを楽しんでいたら、バースディカードが届けられた。 実際は二日後なのだが、郵送だし連休だったので早めに送ってくださったのだろう。 ブーケをこちらに向かって差し出した写真に、思わず微笑み返してしまう。 いくつになっても、やっぱり誕生日は特別な日。 不思議なものだ。 自分のために何かケーキを作ろうかな?

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2005.09.24

栗ごはん

この連休中のお客様には「栗ごはん」をお出ししている。 入れる栗が大粒過ぎてごはんの中でゴロンゴロンしている。 一粒を半分に切って入れれば気が利いているのかもしれないけれど、栗を思い切って楽しんでいただこうと、わざとそのままだ。 まあ、大き過ぎる栗もご愛嬌ということで。

「栗ごはん」にはもち米を混ぜる。 私は大抵2割程度にしている。 でも、大粒の栗にお米を少しまとわり付かせたいので、もち米を増やして4割程度に。 ちょっと「おこわ」みたいな感じ。

炊き上げている間、水蒸気に混じって厨房に栗の香りが広がると、私の心まで優しく緩んでくるような気がする。 「この『栗ごはん』を食べてくれる方々の心もほっこりとしてくれたら良いな・・」と、そんなことを思いながら。

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2005.09.23

彼岸花

田んぼの土手や農家の庭先に、真っ赤な塊ができて目を惹く・・彼岸花だ。 地面から唐突にヒュッと伸びた茎の先に鮮やかな花が開く様子はユニークだ。 花弁も細くスリムな上、おしべが外に向かって長く伸びているので、花の周囲の空間をふんわりと包み込んでいるように見えて、鮮やかな色使いの割には穏やかな印象が強い。

すぐ近くにある公営のドーム型屋内競技施設の周辺にも、毎年何株かがまとまって花を咲かせていた。 たぶん造成の時にどこかの田んぼから土を運びこんだのかもしれない。 それが、数日前の草刈で、すっぱり根元から切られてしまったのを見つけた。 なんだかせっかく開いた花が哀れに思えたので、駄目元で持ち帰って水揚げしてみたら、立派に生き返ってくれたのだ。 シュンとしおれた長い茎が、見る間に力を宿して重たそうな花を持ち上げてゆく様子は、なかなか感動的!

少し短めに整えて花活けに挿し、フロントに置いてある。 戦争を体験した世代の方々には良い印象を与えない花なので、彼岸花を飾ることは今までなかったのだが、一度生き返った花ならばその命を無駄にして欲しくないような気分で、しばらくそのまま飾っておこうと考えている。

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2005.09.21

ぶひぶひ・・

メモリアから車で10分弱の所にある仕出し料理屋さんは、庭先でイノシシを飼っている。(って、スゴクない?)

数年前、「いのしし村」の新聞折り込み広告で、瓜坊つまりイノシシの赤ちゃんの里親を募集していた。(って、これもスゴクない?) 正直、ちょっと心が動いたが、大きくなった時の事を思うと自信がなかったのと、冬になればどうせ庭にイノシシがやって来るので(これだってスゴクない?)、喧嘩になったりすると建物が壊れたりしかねないと思って、応募を諦めた記憶がある。

料理屋さんの庭先のイノシシ嬢がどこから来たのか、尋ねたことはないけれど、この辺りではそのくらいイノシシは身近な存在ということだ。 猟師さんたちはシーズンになるとイノシシ狩りをして、肉は市場に出回ったり地元で消費される。 肉や内臓のおすそ分けに与ることも『よくある話』で、決して珍しいことではない。 「お志はありがたいけれど、ウチはあまりたくさんは要らないです」というスタンスをとっているから、そんなに頻回には手にしないけれど、「大好きだからたくさん欲しい」と言えば、そこそこ手に入ってしまうだろう。 多分これって、都市に住んでいる人から見たら、信じられないような事実だと思う。

ここで暮らしている間に、こういった感覚にすっかり染まってしまった。 普段はそれが当たり前だと思っているが、時々ふと「実はこれってスゴイ事かも・・」と、気づいて焦るような気持ちになる。

どちらの「普通」も経験できたことが、何よりも自分の財産なんだと思う。

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2005.09.20

感心

秋は蜘蛛の巣が目立つ。 低木の枝の間を繋ぐように大きな網の目状の巣が張り巡らされ、それぞれの中心に頭を下にして蜘蛛が陣取っている。 早朝は蜘蛛の巣に細かい水滴がのって、まるで作りの良いレース編みがきらきら輝いているようで、思わずうっとりする。

さて、洗濯物を干していたら、その蜘蛛の巣の傍で、オオスズメバチがホバーリングするように空中で止まっているのが見えた。 何をしているのか?と、しばらく観察していたら、なんと自ら蜘蛛の巣に突っ込んで行った。 いくら威勢の良いスズメバチと言えども、蜘蛛の巣にかかってはそこそこ引っかかる。 しかし、動けなくなる程ではないので、ちょっとジタバタすれば容易に巣から逃れることもできる。 で、近くの枝に逃れてから、器用に口を使って脚や羽に絡んだ蜘蛛の巣を掃除。 一休みが終わると、またホバーリングして、やがて、また巣に突っ込む・・その繰り返しのようだ。 当然、蜘蛛の巣には大きな穴が増えてゆく。

何回かの後、自分で破いた蜘蛛の巣の穴を使って、スズメバチは中央の蜘蛛に襲いかかり、あっという間に射止め、丸抱えにして飛び去ってしまった。

スズメバチが蜘蛛を捕食するなんて知らなかったので驚くと同時に、その用意周到さ、要領の良さに感心すること然り。 良く見ているとオオスズメバチ以外の蜂も、同様の手順で蜘蛛を捕食している。 アシナガバチ、キイロスズメバチでも見ることができた。 ふーん・・。

やはり蜂は賢いんだな。

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2005.09.19

揚げ浸し

夏の間、何度も作った「揚げ浸し」。 ちょっと味に変化が欲しくなってきた。

「揚げ浸し」は素揚げした野菜などを、アツアツのままだし醤油に浸していただくものだ。 今夜はナスとピーマン、ニンジンを使った。 ナスは一口大に、ピーマンは半分に切ってヘタと種を除いてからそれぞれを4つに切る。 ニンジンは薄い輪切り。 5ミリ厚くらいに切ったカボチャやシシトウ、インゲン、キノコ類などを使っても。

で、漬け込みダレを用意しておく。 普段はだしつゆを「つけつゆ」くらいの味にして使うのだが、今回は半量を醤油ポン酢で置き換える。 そこに生姜の千切りをたっぷり。 最後にラー油を少々入れて混ぜておいた。

揚げ油を熱して野菜を素揚げし、火が通ったものから引き上げてそのまま漬け込みダレの中へ。 そのまま冷やして味を染み込ませて出来上がり。

このタレだと少々の酸味がさっぱり感を出し、ほのかな辛味と相まって、なかなかいい感じだ。 ご家庭で作るなら濃縮タイプのめんつゆを薄めたものと、市販の醤油ポン酢で半々に混ぜれば簡単。 鶏のから揚げや一口大に焼き付けたハンバーグだね、茹でた海老等を一緒に漬け込めば、メインのおかずにも対応できるのではないかと思う。 冷蔵庫で日持ちもしそうだ。

これからますますナスが美味しい季節・・作り置きしておくと便利かもしれない、と、思ったので書いてみた。

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2005.09.18

満月の夜

大きな真ん丸い月が、グラウンドの向こうの杉林から上ってきた。
厨房から抜け出して、ちょっと玄関先まで月を愛でに。

今日は中秋の名月。
山吹色の穏やかな光を放ちながら、ゆっくりとゆっくりと空高く上りゆく月。

いつも甲高い声で鳴く鹿も、今夜は静かだ。
草むらの鈴虫の音だけが、余計に静けさを強調している。
足を一歩踏み入れたら、大きなカマキリがぱたぱたと飛んできた。
私の右の二の腕に止まってファイティング・ポーズ。
しばらくそのまま月を見上げた後、そっと胴をつまんで草むらに降ろす。

こんな穏やかな夜に争いごとは似合わないよ。 

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2005.09.17

恋の力

時々お知り合いの女性から電話が来る。 私よりもちょっと年上である彼女は、結構長い間鬱病に苦しんでいた。 最近は調子もだいぶ上向きになってきたようで、話し方のテンポも速いし、語彙も多いし、表現もイキイキとしている。 何かのきっかけがあったのかを尋ねてみたら、どうやら興味を持つ男性が存在しているようだ。 まだ20歳代のがっちりした男性らしいが、ばしばしの体育会系の中で学生時代を過ごしてきた方だそうで、女性の扱いに慣れていない所が、年上のオネーサンとして「グッときた」らしい。 異性に対する興味はこれほどまでに人を変えて心の病まで治してしまうのか、と、驚くような、再納得のようなえもいわれぬ感覚で、話を聞いていた。

気持ちは十分に解る。 実際に新たな恋愛をしているわけでなくても、私だって仕事に追われる中でお気に入りのバンドの曲を聴けばパワーが出るし、ライブに行けば莫大なエネルギーをチャージしたような気分になる。 ヨン様を追いかけているオバサマ達のあの輝いた表情を見よ! あのパワー全開の様子を見よ! ドキドキする感覚はものすごい活力源になり得るのだと思う。 片思いだって、恋は恋だろう。

看護師時代一緒に働いていた同僚は、現在は某ホスピスで師長さんを務めている。 時々長い手紙をやり取りするのだが、以前貰った手紙の中にこんなフレーズがあった。 「・・結局、人はいくつになっても『男と女』なんだなあ、と、最近つくづく思います。 恋愛の力はどんな抗がん剤にも勝り、モルヒネよりも強い鎮痛作用があり、死の恐怖さえも払拭するのです。」 はじめの内は師長自身も「この患者さん、いい年をして恥ずかしくないのか」みたいな思いがあったのだそうだけれど、最近は「生きるということは、つまり、そういうエネルギーに右往左往することなのかもしれない」と、思い始めたのだそうだ。 「きっと人間は死ぬ時まで、『男と女』のことに振り回され続けるものだと思います。 なんだかちょっと情けない気もしますが。」

そこはかとなく肌寒い季節になると、人恋しさも増すのかもしれない。 人の心はこんなに複雑なのに、その根底はあっけないくらいに単純? 思い当たる節がないわけではないので、妙に説得力を感じてしまうのだった。

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2005.09.15

ひき肉

賄い、つまり自分たちのための食材の買出しは、基本的に週に一回ペースである。 主婦向け雑誌に載っているような節約のカリスマ主婦ではないので、買出しに行く前に一週間分全てのメニューを決める、なんていうことはしていない。 大体の全体量を体が覚えているみたいで、買うものの種類は違っても結果として次の買出しの前にはほぼ使い切るし、使う金額も大体同じくらいに納まるのが、我ながら「技だな」と思う。

ひき肉を買う時は大抵は牛と豚の合挽き肉を選ぶ。 何になるか解らないまま買うので、一番応用範囲が広い物を選んでおくのが無難だからだ。 たまに意識的に牛・豚・鶏100パーセントの挽肉を買うと、目新しい感じで楽しい。 例えば豚でハンバーグを作ってみたり、牛でそぼろを作ってみたり、鶏で餃子など。 「挽肉であることは同じなんだから、何とかなるだろう」くらいのいい加減な発想でも、なかなか面白いものが出来上がって勉強になる。

今夜は豚肉で作った小型のハンバーグの梅酒煮。 梅酒を煮詰めると、なぜかバルサミコ酢を煮詰めた時と同じフレーバーがでてくる。 砂糖が入っているのでツヤも良く、ちょっと醤油を合わせれば簡単で美味しい和風のソースに。 それを焼いたハンバーグに絡めるだけ。 牛肉で作るよりも肉の味がしっかりしているし、硬めに仕上がるので、ソースに負けなくていい感じだ。

自分の頭の中にも「あの料理にはあの素材」というような一般常識が刷り込まれているのだが、あまりこだわらないで自由にやって見ることも、また大事なのではないかと思う。 

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2005.09.14

持て余し気味

無いからといって特別に困るわけでもないが、使えば格段にプロの味に近づく素材、というカテゴリーが存在するように思う。 例えばさっと思いつくもの・・アマレット(アーモンドのお酒)・金木犀酒(金木犀の花を中国ワインに漬け込んだもの)・インスタントの顆粒エスプレッソ・抹茶・胡桃オイル・アンチョビのピューレ・ピンクペッパーの乾燥粒・岩塩など。 各種ハーブなんかもこの仲間に入るのかもしれない。

どれをとっても一度に大量に使うものではない上、「なんにでも相性が良い」というものでもないから、家庭での普段通りの食事ではなかなか減っていかないだろう。 その点においては商売をやっていると有利かな、とも思う。 が、なんだかんだ言ってもやはり持て余し気味になることは否めない。

厨房の掃除で調味料や香辛料が並べられている所をチェックすると、たまに予想外のものが顔を出してきて、「やばい!」と、青くなる。 そのものの存在をすっかり忘れているのだ。 それも使いかけの状態で。 同様に冷蔵庫の一番奥やドアポケットなんかも危険頻度が高い。 特に危ないのは夏休みやゴールデンウィーク、お正月など、忙しいシーズンの直後。 そういった時には何泊もしてくださるお客さんや、何回もおいでくださっているお客さんが多くなって、食事メニューにバリエーションを必要とされるから、目先の違う調味料や香辛料を使う頻度が増えて、その後でそれっきり忘れ去られてしまう。 嫌なスパイラルだ。

と言う訳で、現在、まさに中途半端な材料の消化試合中。 久しぶりに抹茶椀と茶せんを出してきて「お薄」を点て、やけに優雅な午後のお茶をしたり、揚げ物には抹茶塩、岩塩を水に溶かして剥いたリンゴを洗ったり、単なるカフェオレもわざわざエスプレッソを使ってカフェラテ仕様と、無駄に勿体無い状況を楽しんでいる。 もう忘れないからね!、と、ばかりに、優先して使うべき材料をリストアップしている始末。 ・・これが本当の贅沢というべき状況なのかもしれない。

今回の手持ちで一番減りが遅いのはアマレットだ。 大量にババロアでも固めてみるか?!

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2005.09.13

鳥よ、鳥よ、鳥たちよ~

厨房からはグラウンドの様子が良く見える。 サッカーなら2面、ソフトボールなら4試合も同時にできるような広さがあるので、あちらこちらに何種類もの鳥が地面で何かをついばんでいる。 上空を飛んで横切る鳥もたくさんあって、見飽きない。 群れで移動するもの、単独行動にみえるもの、どう見ても親子のものなど、形態もさまざまだ。

以前から疑問なのだが、鳥は体の大きさにかかわらず、片足ずつ順番に出して前進するものと、両足で同時に軽く跳ねるようにして前に進むものがある。 この差はどこから来るのだろう?

それから、木の幹に対してタテ方向に止まっている様子しか見たことの無いキツツキの仲間たちは、電線にとまるスズメのように普通の方向にもとまることができるのだろうか?

疑問は多い。

トンビが上空でひょろひょろと鳴きながら旋回しているような日は、カラスが一斉に姿を消す。 鳥同士の微妙な関係が見えるのも、また楽しいものだ。

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2005.09.12

朝仕事

教会での御ミサの後に敬老のお祝いの会食をするというので、その仕出し料理のお手伝いのため早起きをした。 「白和え」と「キュウリと菊の花と海老の酢の物」、「果物の寒天寄せ」「かるかん」を人数分作り、最後に梨を剥いて密閉容器に詰めた。 他の方が「栗おこわ」、「筑前煮」などを用意してくださる手はずになっているとのこと。 できれば御ミサにも現地でのお手伝いにも参加したかったのだが、日曜日の朝はどうしても身動きが取れないので、勘弁していただく。 全てを大きめのクーラーバッグに詰め込んで用意し、他の方に運んでいただいた。

お弁当のようなケータリング用のおかずは、傷まないように気を遣う。 水分をきっちり絞って、冷たくして、やや濃い目の味付け。 「白和え」の衣に使う木綿豆腐も、念のため茹でて水切りをした。 豆の香りは少々落ちるがここは安全第一優先だ。 一気に作って全てを詰め込み、運んでくださる方の車を見送ったのが7時少し前。 朝の間に一仕事終わってしまった気分になった。 今日の仕事はこれから始まると言うのに・・。

ここ数日、早朝に露が降りて庭の草に小さな水滴がたくさんついている。 やがて寒い季節になると、これが霜に変わってゆく。 体の奥に夏の疲れ、目の前に広がる秋の気配、そして頭の中では冬の予想。 季節の移ろいのある国に生まれてきた幸せを想っていた。

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2005.09.10

ヘビを見かける

草むらからヘビが出てきた。 さささっと音も無く移動して、あっという間に見えなくなってしまった。 びっくりしたのは確かだが、つぶらな目がやけに可愛くて印象に残った。

ヘビを見ると縁起が良い、と、昔の人は言うらしい。 何か良い事あるかな?

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2005.09.09

嫌な客になる

自分で飲む分のビールがなくなったので、買出しのついでにお酒の量販店に立ち寄る。 24缶入りのケースが店内にうず高く積み上げられている光景は、いつ来ても圧巻だ。 「地震の時は大丈夫なのか?」などと余計なことを心配しつつ、ビールケースの壁で作られている迷路のような通路を歩くのは、決して嫌な気分ではない。 これもビール好きのたわごとかも知れないが。

さて、各社の秋限定ビールが次々と発売になっており、そちらを選ぶかどうするか非常に迷った。 ひとケース買うつもりだったので、あまり好みのビールでなかった場合に24缶付き合うのは辛いかな、ということで、今回は飲み慣れているものを選ぶことに。 偶然にもサントリーのモルツが特売だったので、それに決定。

モルツのケースを見ると、10段以上積み上げられている。 何故かほとんどが「赤城山水系」だ。 モルツには醸造所によって4つの水系の水が使い分けされていて、それぞれ微妙に飲み口が違う。 私は「丹沢水系」が好みなので、上から箱の印字を眺めつつ下に視線を下ろしてゆくと、下から2番目にお目当ての商品を見つけた。 「どうしようか」と、一瞬迷う。 うず高く積み上げられた重たいビールケースの山を崩して、わざわざ下から2番目の物を取り出すのは大変だ。 店員さんに申し訳ない気分。 でも、同じ料金を払うなら好みのものを買いたいのも事実。 でも、同じモルツなんだし、「赤城山水系」で我慢できないこともないのだし、あればあるものを美味しく飲むに違いない。 うーん・・。

ずいぶん考えた挙句、レジでお金を払いながら思い切って言う。 「あのー・・すみません・・『丹沢水系』のがいいんですけど・・。」 「『丹沢水系』ですね。 (店員のオネーサンがケースの外箱に視線を走らせる。) うわっ!ずいぶん下の方に埋もれちゃってますねえ。(苦笑)」 二十歳そこそこ位の若い店員オネーサンがふたりがかりで、『丹沢水系』のケースを引っ張り出してくれた。 ずいぶん長い時間だったような気がする。 恐縮すること、しかり。 お礼を丁寧に言って受け取った。

さぞかし面倒なお客さんだったに違いない。

おかげさまで、早速美味しくいただいています。

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2005.09.08

ギョッ!

窓の掃除をしてくれている『ますたあ』が、ススメバチが何匹か群れてとまっているのを見たらしい。 「どうやらあの辺りに巣があるんじゃないか?」、と、言う。 実は去年の夏、厨房のすぐ上の換気口から侵入されて一階と二階の間に巣を作られてしまい、巣の勢いが大きくならないように「蛍光灯の光で集めては駆除」を繰り返していた。 メモリアの周辺は雑木林で、もともとスズメバチが住んでいる環境だから、よく飛んでいるのを見かける。 基本的にスズメバチは益虫なのでむげに嫌がったりはしないが、客商売をしているので小さなお子さんが刺されたりすれば問題だ。 それに、相手が毒を持っている以上、やはり近くに巣があっては、内心穏やかではない。

で、早速『ますたあ』が目を付けた辺りを覗きに行ってみると・・・あった、あった! 目立つところに大きな巣。 スイカくらいの大きさがある。 うわーっ!こんな所にあったなんて、どうして今まで気づかなかったんだろう?! 近くを何度も通っていたことを思い出して、背筋がぞくっとする。

こんなに大きな巣になってしまったら、下手に駆除するのは危険だ。 幸いスズメバチは秋の終わりごろに巣を解散して、もう二度と同じ巣は使わない習性がある。 出て行くのを黙って静かに待つことにして、巣が空になってから片付けよう、と、覚悟を決める。 近くを通る時だけ刺激しないように気をつけながら。

まったく、山の生活は油断も隙もあったもんじゃない。 自然の中にお邪魔させてもらっているという謙虚な姿勢が大事だ、ということなのかな。 今日のタイトルを『知らぬが仏』としようかと迷ったのだが、どちらかと言えば『知らぬが華』のほうがふさわしそうだ。 もちろん、そんな言い回しは存在しないのだけれど。

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2005.09.07

水増し

使いかけのひき肉がフリーザーにあったことを思い出して、早速解凍したのはいいが、考えていたよりも量が少ない。 100グラムちょっと超える位だろうか。 気づいた時間が遅かったこともあり、新たに他の肉を解凍したらそちらもまた半端になってしまうのも嫌だったので、何とかこのひき肉で二人分のメインおかずを作ることにした。 さてどうするか。

ハンバーグや肉団子単独には少なすぎるから、何かの形で野菜と合わせるのが常套手段だろう。 ピーマンとシイタケ、ナスに詰めて焼くことに。 通常の感じでパンをちぎり入れ卵を一個合わせたのだが、卵の量が多すぎてずいぶんと柔らかいタネができてしまった。 しょうがないのでパンを追加。 ひき肉と同じくらいの量のパン・・こんなに入れるのは初めてだ。 こうなったらタマネギもたっぷり入れてしまおう。 と言う訳で、ひき肉とパンと炒めたタマネギが1対1対1。 おかげでかさが増して、たっぷり詰めることができた。

さて出来上がりのほうは、なかなか面白いものに仕上がった。 火を通してもふわっと柔らかい感じだ。 さすがに肉の味は薄いけれど、逆にそれがさっぱりした印象で良い。 くどくないのだ。 意外な出来上がりに思いもかけず得した気分。 これならまた作りたい、と、思った。

やってみるものだな・・。

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2005.09.06

ごはん喰いの独り言

さほどのこだわりはないものの、私は「ごはん好き」だ。 パンとごはんが並んでいたら、迷わずごはんを選ぶ。 朝食もごはん。 ごはん食なら何日続いても大丈夫。 体調が悪い時に選ぶのもごはん物である。 一方の『ますたあ』は「パン好き」。 フレンチレストランでパンのお代わりを繰り返す場合は、一緒に居て少々気恥ずかしいこともあるが、美味しいパンに巡り合った時の嬉しそうな様子や、ベーカリーレストランに行った時の幸せそうな様子を見ていると、「本当に好きなんだなあ」と感心するような気分になる。

『ますたあ』曰く、美味しいパンにおかずは必要ないそうで、バターでもあればそれで十分とのこと。 逆に中途半端なおかずはパンの邪魔にさえなると言う。 料理は料理として楽しみ、最後に皿に残ったソースをパンに付けて食べるフレンチは非常に理に適っているということになるらしい。 ところが、ごはんはどうしてか、一口おかずを食べたら一口ごはんが欲しくなる。 つまりおかずとごはんが同時に同じスピードで減ってゆく。 これは単に「三角食べ」を小学校で習ってきたという学習効果だけでは説明できない、何か深いものがあるように思う。

どちらかといえばおかずは和食風よりも洋食風のものが好きなので、時々アンバランスになる。 家庭の普段の食事ではよくある光景なものの、このアンバランスさを満たしてくれる外食はなかなか難しい。 ファミレス辺りでは可能だが、ちゃんとしたレストランではまず無理である。 一番理想に近いのは、どこかのホテルの朝食であるような「何でもありバイキング」の感じ。 洋食のおかずにごはん、そこに紅茶があれば申し分ない。 ちゃんと作ったスクランブルドエッグにカリカリのベーコン、これをごはんに乗せて食べるのは、私の大好物のひとつである。 だから、レストランでも「ニッポンの洋食系」の老舗料理店が大好きだ。

自営業をしていると、昼食も私が作ったものを二人で食べることになる。 「ごはん好き」が作るので、どうしても自然にパンの出番が少なくなる傾向があり、それを解決するために、たまにはパン食のお昼ごはんを意識的に作る。 わざわざ別のおかずを用意するのも面倒くさく、パンに合わせたおかずを作って、そのおかずで私はごはんを食べる。 「ごはん好き」としては、べつにおかずは何であっても構わないわけで、フレンチだってイタリアンだってできるならごはんを相棒にしたいくらいに思っているから、ましてや自分が作るおかずがどんなに和風でなくても、何ら問題にはならない。

で、今日のお昼はキュウリとトマトのサラダ、具沢山の豆入りミネストローネ、ちょっとした卵料理とコンビーフ。 私としては全然オーケーなのだが、『ますたあ』には「こんなおかずでごはんを食べるのか?」という風に見えるらしく、笑われた。 ごはんは夕べの残り物を電子レンジで温め直したから、お皿ではなく当然のようにお茶碗に盛られており、おかずの皿の横にごはん茶碗という光景は、妙と言われれば妙ではあるのだが。 『ますたあ』はフォークで食べ、私はお箸を使う。 べつに漬物が欲しいとか、佃煮が欲しいとか、そんなことも思わない。

相手がコンビーフであろうがサラダであろうが、主役がごはんならば満足なのだから仕方がない。 結局は「ごはんがそこにあること」だけがポイントなのだ。 自分の中では、主役の座はなかなか他のものに譲ることができない。

 

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2005.09.05

秋の宝石

栗をいただいた。 LLサイズとも言えるほどの見事な栗が、びっしりとネットに詰められて、手渡された瞬間ずっしりときた。

「見掛け倒しなのよ・・」と、おっしゃる。 「ぜんぜん甘くないの。 覚悟して食べてね。」 その言い方がおかしくて、栗を手に笑ってしまった。

厨房で早速ネットからバラバラと出し、ひとつ掌の上にのせて眺めてみた。 ぴかぴか、つるつるのブルーネット色。 ふくよかな丸い形。 色も形も秋を凝縮したような見事な造詣だと、つくづく見とれていた。

味の足りない生栗は、氷点に近い温度でそのまま保存すると甘味が増すことがある。 チルドルームに納めてしばらく様子を見よう。

季節の宝物を隠し持っているような気分で、なんだかちょっと嬉しい。 

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2005.09.04

「吊られた男」

タロットカードの12。 一言で言えば「身動きが取れない状態」を表す。

知り合いに「転職について見て欲しい」と頼まれてのタロットワーク。 展開したカードの最終札がこのカードだった。 全体からどうも本人が転職を望んでいるわけではないように読み取れるから、何だか妙に思って電話をかけてみると、転職コンサルタントと面談をするうちに薦められた話を断れなくなっているらしい。 まだ、今の職場にその人の課題が残っているようで、それをクリアしてからでないと転職しても長続きしないとカードは言っており、それをそのまま伝えた。 相手も踏ん切りがついたみたいだ。 はっきり今回の転職の話を断るという言葉が出て来て、私も少し安心する。

ちょっとだけ誰かに背中を押して欲しい時は、誰にでもきっとあるのだろう。 自分でも十分解っているのに、なかなかその現状から抜け出せなくて、困ってしまうようなこと。

場を解いてカードを片付ける前に、自分自身のカードを一枚引いてみた。 同じく「吊られた男」の正位置(カードの上が、そのまま上にある状態)。 夕べからの状態を端的に如実に見抜かれた気がして、「はいはい、わかりましたよ・・」と、内心苦笑しながら「おしまい」とした。

解っていることをはっきり指摘されてしまうと、軽いショックだ。 
あーあ、自分のカードなんて引かなきゃ良かったな・・。

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2005.09.03

名前

自分の暮らしのダウンサイジングと言っても、まだあまり大規模な片づけを手がける根性が無いので、とりあえず手元に溜まった郵便物の整理から始めた。 このごろのDMは封筒が透明なビニールでできていることが多く、分類も一苦労。 紙製のシールで貼り付けられている私の住所と名前を剥がしたり、塗りつぶしたりしていたら、なんだか自己が社会に埋没してゆくような感覚に陥った。

名前は不思議だ。 名前を持つことによって、人はその人として成立する。 例えば人でなくても、目の前のパソコン・・パソコンといっている間はパソコンでしかないのだが、これに名前を付けて「みっちゃん」などと呼んだりすると(べつに名前が『みっちゃん』である必要はないが。)、途端に個性が生まれて「そういえばこういう事情で、こんな風に購入し、こんなメールも『みっちゃん』から送信したな」と、急に固有の歴史が伴いだす。 その時点でもう、『みっちゃん』は単なるパソコンの粋を越え、他のパソコンの追従を許さない『みっちゃん』として成り立つのだ。

私の友人の中にちょっとおもしろい人がいて、その人は普段の会話の中でも相手の名前をたくさん呼ぶ。 「そうよね、リーボー。」とか、「リーボーはそう思ったの?」とか、相槌の中にいちいち名前が入っているのだ。 慣れるまでは何だか照れくさいような、落ち着かないような気分にもなったものだが、付き合いも長くなると聞き慣れてきて、名前を呼ばれることが快感になってくる。 だから、私も意識的に相手の名前を呼ぶようにしている。 元来、人の名前を一致させるのが得意ではないので、それを克服する目的もあって。 

せっかくの自分の名前を大事にしたいし、相手の名前も尊重したい・・そんな気持ちだ。 

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2005.09.02

予期せぬ方向に

買出しを兼ねて車のディーラーさん巡りをしてきた。 長年に渡って酸いも甘いもくぐり抜けて来たマツダのエチュード嬢がさすがにお年を召し、あちらこちら散発的に修理を必要とするようになってきたので、公道で動かなくなる前に新しい車を探すことになったからだ。 以前からずっと車を探し続けていたのだが、納得できる車が見つからなかったというのが本音で、未だにその状況に何ら変わりはないのが現状。 ただ、お尻に火がついてきた以上、こちらの要求のレベルを下げるしかない。

30分くらい車を走らせれば日産とトヨタとマツダのディーラーはあるので、依然からそちらにはちょこちょこ顔を出して車を見せてもらっていた。 しかし、それ以外の自動車メーカーの商品は沼津辺りに行かないと、実際に見ることができない。 なので、そちらを中心に回った。 『ますたあ』が事前にピックアップしてくれたのは、スバルのインプレッサ、三菱のコルトとコルトプラス、マツダのベリーサ、日産のティーダ、そして、ルノーのルーテシア。 正直なところ事前の情報収集では、マツダのベリーサと日産のティーダに期待が寄せられていた。 ところが実際に運転席に着いてみると、ベリーサはトランクルームの二段収納は魅力なものの「これだったらデミオで十分だ」という印象だし、ティーダのほうは後方の視認性が悪くてお話にならない。 「カーナビを付ければ、カーナビの画面で後方を映し出すことができますので・・」という営業マンの説明に苦笑。 だって『ますたあ』は地図屋さんなんだから、カーナビをつける気など私達には毛頭無いのであった。 燃費が良いことと車内の静かさは魅力だが、内装デザインも野暮ったい。

で、コルトとコルトプラスは考えていたよりもずんぐりむっくりで鼻先が長く、運転しずらそうな印象の上、外見のデザインが気に入らない。 以外にも実物が良かったのがインプレッサ。 これは運転席からの視認性も非常に高いし好印象。 マイナーモデルチェンジをする前の車種が限定で安く出ているというので、ぐらっと心動かされる。 が、残っているのが真っ赤な車だということと、エンジン音がうるさいのがネックに。 しばらく検討させていただくことにして、全く期待せず冷やかし兼お勉強のつもりでルノーへ向かった。

失礼ながらルーテシアは全く期待していなかったのに、見てきた車種の中で一番気に入った。 車両感覚も一発で体に馴染んだし、シートの作りといい居住性といい座った途端にしっくりと来る。 コントロールパネルのデザインや車体の色使いに至っては言うまでも無いセンスの良さとシンプルさ。 思わず「うーん・・」と唸ってしまった。 本国では既にツードアタイプが発表されているようだが、来春くらいにならないと日本では入手できないとのこと。 元々ツードアで十分と考えている私達には、この上も無い車だ。 来春まで待つか、フォードアで妥協するか・・。 他の車も検討しながら、じっくり考えてみたいと思っている。

予期せぬ車が高得点を取り、期待していた車が全くの期待はずれだった。 やっぱり見てみないと解らないものだ・・と、つくづく思った。 マイナー道をひた走る私達は、またもマイナーな車を選んでしまいそうな予感がする。

追伸。
自動車メーカーのディーラーさんは、なぜどこでもアイスコーヒーを出してくれるのだろう? 私はコーヒーを飲めないので、何だかとっても損した気分。 ・・って、わがままか。(苦笑)

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2005.09.01

回復は早い

気が抜けてしまったのか、一日中眠気に襲われた。 昼食を終えてからちょっと横になるつもりでゴロンとしたら、そのままいつの間にか寝込んでしまい、目を覚ました自分にびっくり。 眠っている自覚がなかったのだ。 うっかりしたら夕方になりかねないので意を決して起き上がり、ミルクティーを淹れた。

ふと気づけば、温かい飲み物を飲むことに躊躇しなくなっている。 ほんの数日前ならば、迷わずに冷たい麦茶に手が伸びたところだったのに。

溜まっていた洗濯物の山を片付け、物干し台で整理しながら、高くなった空を見上げた。 ふと、こんなきれいな青い色が自分のすぐ身近にあることを感謝したい気持ちになった。 心の中にちょっと余裕が出てきた証拠だ。 回復は時間の問題だろう。

夕食を食べていたら、近くの山から鹿の初鳴きが聞こえてきた。
夏が行く。
さあ、自分の生活をシンプルにするために動き出そう。 

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