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2005.10.24

幕引き

いつもの巡回先Blogのひとつに興味深い内容が書かれていた。 「みりんさん」は、少なくとも私の知っている限りにおいて、常識や人付き合いのマナーを十分にわきまえている素敵な女性であることを、書き添えておきたい。 お師匠さんが亡くなったという知らせは、それほどまでに大きなダメージを彼女に与えたということだろう。

普段から、自分が死んだ時には一切の儀式は省略して欲しく、とっとと焼いて骨にして、合法的で尚且つ自分が望む方法で骨を処分し、全てが済んでから私の命の時が満ちて他界したことを知らせる旨の葉書を、然るべき人たちに送り届けて欲しい、そんな風に望んでいた私が「みりんさん」の文章を興味深く感じたのは、つまり、そのようにしたら「お別れがしたかった」と残念に感じる方が居られる可能性がある、という事実に直面する機会を与えられたからだ。

死に対する考え方は人それぞれだし、死を取り巻く儀式に求めるものも人それぞれに違うだろう。 だからこそ、葬儀の運営の場でいさかいが起きたり、文句を付けたりする人が出てくる状況も、何度も目撃している。 血縁者だからこそ強くは言えないような事態に陥った場合、喪主の立場を守るためにも、また、参列してくださる方々に納得していただく為にも、故人がどんな風に送られることを望んでいたのか、しっかりと客観的に残しておくことは、大きな手助けになるのだろうと思う。 だからこそ、折に触れていろいろ考えたりしているのだけれど、やはり最後は自分の我侭を通させてもらうしか無いのかな?、というのが、現時点での仮の結論だ。 『ますたあ』は「死んでしまったら自分のことは何も出来ないのだから、残された人が好きなように片付ければ良い。」と言う。 しかし、私は自分の影響力が及ぶ範囲においては、最後まで出来る限り自分らしくありたいという希望が強いので、その通りにしてもらえるかどうかは別としても、こうやってもらいたいという希望を伝えておきたいと考えているのだ。

どんな状況であっても「お別れがしたかった」と言ってもらえることは、「みりんさん」のお師匠さんにとって、何よりのはなむけであり、その気持ちこそが亡くなった方へのお祈りなのだと思う。 そう思ってもらえていることが、亡くなった方の素敵な生き様を象徴している。

なにも死に限ったことでなく、退職、離婚、恋人との別れ、子育て・・人生の中にたくさん出てくる「幕引き」のシーン、どれひとつをとっても扱い方がとても難しい。 事を始めることの容易さに対して、いかにして幕を引くかは自分にとっていつも大きな課題だ。
  

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