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2005.10.21

優雅さについて思う

洗濯物を取り込んでいたら、いつもの蛇が散歩中だった。 ヤブカラシと呼ばれる麦わら色の蛇だ。 どうやらこの辺りをテリトリーにしているらしく、週に2~3回位の割で見かける。 体調1メートル半くらいだろうか・・? 初めはお互いにびっくりして慌てふためき、私は家の中へ、あちらは雑木林の中へ、それぞれ一目散に逃げ込んでいたのだが、最近では「向かって来る蛇ではないらしい」または「ここには人間が住んでいるが、攻撃して来る事は無さそうだ」と、それぞれに学習したようで、お互いに「あっ、どうも・・」みたいな感じのマイペースである。 とは言え、自然とお互いの距離を離す方向に移動するから、私はいつも蛇を雑木林の中へ見送るような形になる。

蛇は優雅だ。 音も立てずにスススッと逃げる。 動き自体はゆっくりなのに、そのスピードは速い。 優雅とは一切の無駄をそぎ落とした上で、初めて生まれてくるものなのだろう。 ちなみに、年に数回、私も病院などで採血を受けることがあるが、上手な手技者は見ていてすぐに解る・・優雅なのだ。 道具を揃えて駆血帯を巻き、消毒して針を刺す、その流れに無駄や迷いが無い。 一見のんびりと事が進んでいるようなのに、実際は隣の手技者より早く終わっていたりする。 学生時代に聞いた、「看護師は鉄の指に絹の手袋。」なんていうフレーズを思い出した。 正確な手技、しかし、温もりと優しさを身に付けていなくてはならない、という意味である。 蛇は自然の喰うか喰われるかのサバイバルの中で余計な無駄な動きをそぎ落とし、優雅さを身に付けたのだろう。 無駄や迷いが無いということは、とても美しいことなのかも知れない。

蛇はいつも雑木林に逃げ込む前に、一度だけ頭を上げてこちらの動きを確認している。 その流し目を送るような姿が、また言うに言われず色っぽいような、本当に優雅な感じで、怖がりながらもついつい見とれてしまうのだ。(決して蛇を飼いたいなどとは思えないのだけれど。)   

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