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2005.10.29

とばっちりを食らう

親しいと言うか、私の知っている限りの親類の中で、少なくとも医学の基礎に足を踏み入れたのはを私だけなので、何か健康上の問題が生じると質問が集中する。 そういう内容はやはり年配者に多いから、電話がかかってきたり、ご丁寧に手紙が届いたりするのだ。 大抵はそんなにたいした?問題でもなく、健診を受けたら正常値からはみ出ていたがどうしたら良いかとか、これそれの病気になったが日常で気をつけるべき事はあるか、という内容がほとんどなので、差し障りの無い範疇で話すようにしているのだが、「何でその質問が私に向けられたのか?」という根本的な部分に問題が隠れ見える。 

病院にかかっているのなら主治医に尋ねれば良いし、理解できなかったら看護師に聞けば良いし、地域の住民健診の件だったら保健師がいるのだし、結果をかかりつけ医に持って行って解説してもらっても良いはずだ。 それをしない人々側の問題と、尋ねる機会や雰囲気を作らない医療者側の問題が相まっている。 これだけ一般の市民が高度な医療を均等に受けられている国も少ないはずなのに、それが活かされきれていない現実があるのではないだろうか。 もったいない話のように思われる。

昔に比べれば診療の場で、医師は患者に丁寧に説明するようになったと思うし、患者を見下すような医師も減っているから、患者も話しかけ易いはずだと思う。 でも、家に帰ってから心配がぶり返して、もう一度説明を聞きたくなったり、病気じゃないんだけれど病気の元ではないかと心配になるようなことを、気軽に質問できる場が少ないのだろう。 かつて病院で働いていた時にも、同様なことを感じていた。 ちょっと手が空いた数分間に患者の近くに行くと、それだけで話しかけられる。 その内容のほとんどは「今さっき○○だと言われたのだが、それはどういうことなのか?」と、詳しい解説を求める声だった。 相手の不安を探りつつ、なるべく医学用語を使わずに日常の中の比喩などを多用して話すと、それだけで納得してもらえるケースばかりだった。

人件費が高くなり、何事にも効率が求められる世の中で、どこもギリギリの人数で仕事をこなさなくてはならない現実はある。 そんな中でも、全体を見渡せるような「あと一名」が配置されていたら、声をかけ易いだろうし気軽に質問も出来るかも知れない。 せかせかした印象を相手に与えないことは、特に医療の現場では大事なのではないかと思う。 ちょっとのゆとりの存在意義は大きいのではないか。

そして、学生の内に特に義務教育の間に、もっと人体の基礎や健康を維持するために必要な基礎知識を、身に付けておくことが必要だと思う。 これはパソコンにOSを載せていないと役割が果たせないのと一緒で、医療サービスを与える側と受ける側が共通の言語を持ってるのと同様の役割を果たすはずだ。 健診は受けさせることが目的ではなく、その結果を各自が活かすことによって、予防医学としての有効性が増すだろう。

誰かに尋ねられる度に、自分の中の知識を更新する機会を与えてもらっていると考えれば、それはそれでありがたいことと捉えるべきなのかも知れないのだが、正直ちょっとウンザリ気味なのだ。

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