« 勘弁してほしいです | トップページ | 考え方の根本が違う »

2005.11.11

不景気な気持ち

偶然にも「多くの商品の中から欲しいと思うものをひとつ選ぶ」という機会が、三回も重なった。 分厚いカタログをぱらぱらめくったり、実際に手に取ったりしながら、頭の中で比較してどれかを期日までに選ばなくてはならない。 どのケースも初めのうちはなんだかワクワクして、「あれもいいな、これもいいな、迷っちゃうな。」みたいな感じでいたのだが、スペックをよく読み検討を重ねるうちに「よく考えると要らないな、手元にあっても困るな、使い勝手が納得できないな、デザインや大きさが今ひとつだな。」と、変化してゆき、しまいには選ぶのが憂鬱になって「正直どうでもいいのだけれど、それでは先方に失礼だったり、勿体無かったりするから。」などと、半強制的な気分になってしまった。 あまり歓迎すべきでない自分の気持ちの変化に少し戸惑う。

元来私は物品欲が乏しいというか、物をたくさん買い揃えることが嬉しいタイプでは無いので、余計にそうなのかも知れないし、義父に頼まれて部屋の片付けなどをしている内に「物をたくさん持っていても使わなければゴミと一緒だ」という感覚が強くなったりしてしまったのかも知れない、とも思う。 少なくとも若い頃はこんな風には考えなかったし、「お金をためて次はあれを買おう!」という気持ちもたくさんあったことを思い出せば、単に年をとったということなのかも知れないのだが、どうもそればかりでもないような気もする。

改めてカタログや商品群の一つ一つを考えてみると、どうも個性に乏しいのだ。 そこそこの見栄えはするし、表面的な工夫は多いのに対して、コンセプトに遊び心が見出せないとでも言ったら良いか、コアの部分にポリシーが無いと言うか、そんな印象が強い。 ぐっと来ないのである。 「小さかったり量が少なかったりするけれど、間違いなく素材が良い物」とか「逆に使い手を選ぶような物」が見つからない。 どれひとつを取っても万人に好まれる無難な線を逸脱できていない。 どうしても「如何にして安い原価を見抜かれないように表面上を飾るか」に終始しているように見えてしまう。

これだけ効率が問われる自由競争の世界だから、仕方がないのかもしれない。 「みんなと同じじゃなきゃ、逆に不安」という若い人たちの考え方を見れば、この品揃えも当然なのかもしれないけれども。

うまくは書ききれていない気がするが、お金が手元にあってもそれを使おうとしない人達の中には、今の私のような気分のケースも、そこそこ含まれているのではないか。 お金は使わなければ循環せず、景気は良くならない。 基本的にはお金は使ってこそナンボと思っている私が、こんな風なつまらない気持ちに支配されてしまった中に、不景気の仕組みを垣間見たような気がしている。

|

« 勘弁してほしいです | トップページ | 考え方の根本が違う »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 不景気な気持ち:

« 勘弁してほしいです | トップページ | 考え方の根本が違う »