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2006.02.27

オカマのミカさん

友人のサイトに『文庫占い』のリンクが張られていたので、ついクリックしてしまった。 どうやらこの占い、結果の最後に「○○さんの本当のお母さんは・・」という文面が出てくるのがお決まりのようだ。 本当のお母さんというのも妙な話だが、言いたいことは「スピリチュアルなつながりのある方は」ということなのではないかと、勝手に解釈した。 で、私の結果によれば、母は西新宿をさまよいながら私の名を呼んでくれているらしい。 それを読みながら、思わず吹き出してしまった。 西新宿には、若い頃お世話になったバーがあった。

そのバーのママはオカマだった。 とあるレコード会社の方に誘われて訪れたのが最初のこと。 食事の後に「若い女性はオカマバーにはなかなか縁が無いでしょ? そんなに同性愛のアクが強くなくて、気さくなママがいる店だから大丈夫。 連れて行ってあげるよ。」と、いうことになったのだった。(彼が同性愛者だったのかどうかは、解らずじまいだ。) オカマと聞いて、私はママへのご挨拶に、駅の地下街の夜店で小さなバラの花束を作ってもらって(ママの好みについては彼に教えてもらった)、店に行った。 10人も入れば満席になるようなこじんまりしたお店で、決して新しくは無い様子だったけれど、清潔に整えられて居心地の良い空間に見えた。 ママはバラを大変喜んでくれて、彼に「新しいカノジョさん?」と、尋ねながら色っぽくウィンクした。 「いえいえ、社会勉強のご接待を受けている者です。」と、私が慌てて否定すると、「あらぁ、残念ねえ。 たまには良い話も聞かせて頂戴。」と、甘~く言い残してバラを生け始めた。 私は、このなんとも言えない色気を見せてもらっただけでも、この店に来た甲斐があったな、と、内心思ったものだ。 ママは多分当時で35歳くらいだったんじゃないかと記憶している。 バラと同じ色の真っ赤な口紅が、薄暗い店内に鮮やかだった。

私達がカウンターで飲みながら話をしていると、先客だった常連らしい若いサラリーマン風の男性が、会社の愚痴をこぼし始め、やがて深酒も重なって管を巻き始めた。 あまりにくどくどとぼやくのと、私がお酒の席での対応の初心者だったのもあって、やがて私が「いい加減にしてよ。 落ち着いて酔えないじゃない!」と、怒鳴りつけてしまったのだ。 若い男性はろれつの回らない舌で私のことをけなしながら、店を去っていった。 店内の客が私たちだけになり、静けさが訪れた途端、私は強い自責の念に駆られ顔面蒼白になっていたらしい。 私を誘った方が「大丈夫?」と、気遣ってはくれたが、そのまま私はトイレで吐いた。 酔うほどには飲んでいなかったから、精神的なものだろう。 落ち着いてからカウンターに戻って、ママに「ごめんなさい。」と、だけ謝るのが精一杯だった。

ママはにこやかに「あんたが怒鳴りつけてくれなかったら、アタシがぶち切れているところだったわ。 助かったわよ。 さあ、乾杯しましょう!!」と、高い高いブランデーを注いでくれた。 そして、帰り際に言った。「あんた、女だけど気に入ったわ。 またお店に来て頂戴。」

それから、しばらくの間、私は月に何回かそのお店に通い、お酒の飲み方や恋愛のこと、人生の機微、オカマ独特の社会なんかも教えてもらった。 ママの恋は同性愛者だけに滅多に成就することは無い。 しかし、そこにこそ「見返りを求めない本当に純粋な愛」があると、学んだのだった。 だから、私は今でも同性愛者の人を、ある意味において尊敬している部分がある。

何年かの後、バーのあった場所は再開発のために立ち退きを余儀なくされ、店は無くなった。 「もう十分やったから、田舎に戻って少しのんびりするつもり。」、そういって福島に帰って行くママとは、そのままになってしまっている。 恋愛の成就は難しいかもしれないが、どこかで穏やかに暮らしていて欲しいなあ、と、思う。

彼(彼女?)の源氏名は、たしか『ミカさん』だった。 「あの西新宿のオカマバーのママ、ミカさんは、もしかしたらスピリチュアルな母だったのかしら??」、真っ赤な口紅の色を思い出しながら、占いの結果を面白く眺めていた午後だ。 今日はウグイスの初鳴きを聞いた。 ママの所にも素敵な春が来ていると良いのだけれど。  

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