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2006.02.21

広いような、狭いような。

すっかり春めいてきた、なんて気を抜いていたら、冷たい雨が降り続き、今日だって立派に寒い。 昨夜は思わず「寄せ鍋」を作ってしまったり、一度しまい込んだ湯たんぽを引きずり出してきたり、すっかり冬に逆戻り。 庭のフキノトウも冷え冷えと見える。

数ヶ月前に何気なく見つけた、西麻布のタロットバー「Rosy」のママさんが書いておられるブログを、自分の「お気に入り」に入れてチェックしていた。 マメに更新しておられるし、タロットワークに対する姿勢や、取り上げられているちょっとした日常の光景が、何となく以前のメモリアのバーカウンターと共通するものがあって、勝手に且つ一方的に新しい友達を見つけたような気分になっていたのだ。 当然まだお店に伺ったこともないし、ママさんにお目にかかったことも無い。 でも、東京の中心部だし、いつかは機会があるかもな・・そのくらいの気持ちだった。

ところが、である。 先日そのブログに「友人が来店」という内容があって、なんとそれは、私のお知り合いであるNさんのことだったので、ひどくビックリ!! 「なんでなんで?? どういうご関係で?」、と、声に出した挙句、横に居た『ますたあ』に何が起きたのかと突っ込まれる始末。 慌ててNさんにメールしてみると、どうやらバーのママさんとNさんの間にも、『並々ならぬ偶然』がたくさん重なっているらしく、聞けば聞くほどビックリなのだ。

メモリアのバーカウンターでも、お話を伺ううちにとんでもない繋がりが見つかって、驚かされることが多かったが、どうやら「Rosy」でも全く同様なことが起きているらしい。 一人の人間が一生の内に知り合う人の人数がどのくらいになるのか、そこから統計学的に導き出して、知り合いを辿ってゆくと数名を介しただけで特定の人物に繋がる、という社会学者の実験結果を見たことがあるけれど、まさに、世の中は案外狭いものなのかもしれないと思う。 かと思えば、自分がきっと全く知らないまま一生を終えるような仕事や世界も、必ず存在しているのだろうし、広すぎて得体も知れぬように思えることもあるし。 本当に不思議だ。 逆もまた真なり、とは、こういうことを指すか。

個人的には運命があるのか無いのか解らないので、否定も肯定もしていなくて、「あっても不思議じゃないな」ぐらいの考えなのだけれど、偶然を必然にするのもしないのも、結局は自分次第なのだと思う。 で、私は春になったら、是非一度「Rosy」に行ってみたいと目論んでいる。 偶然の糸を手繰り寄せてみるのも面白いではないか、そんな気持ちで。
 

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