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2006.03.29

お花見

風は少し強かったが、それでもきれいな青空で良く晴れ渡った春の一日。

義父の入院している病院は川沿いに建てられていて、河川敷と建物の間にソメイヨシノがたくさん植えられている。 自家用車で病院への進入路を進むと、それが見事に満開なのが見えた。 そこで、早速、お散歩を兼ねて車椅子の義父を外へ連れ出した。

まだ花が開いたばかりと見えて、風が強くても花びらが散ることもない。 花をめいっぱいつけてボテボテに重たそうな枝が、ゆさゆさと揺れている様子はなんともダイナミックで、命の力強さを見せられた気分だった。

日常の中の、ちょっとしたお花見。 いつの間にか世の中は春爛漫になっていて、なんだか自分だけ置き去りにされていたような、不思議な感覚を覚えた。

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2006.03.26

テリトリー外

あまり近くはない親戚にご不幸があり、近いうちに東京に行くことになった。 いざ上京となると「あそこに行って、あれをやって、この人に会って、あれを買って・・。」と、やるべきことが目白押しで、ピックアップするだけでも頭が痛くなりそうである。 いつもあれこれと詰め込みすぎた挙句に、ヘロンヘロンになって帰ってくるのが恒例だ。 もう若くはないのだから、体力的にはきつくなっているはずなのに、気持ちばかりが欲張りでアンバランス。

まあ、ともかく、今回のメインは葬儀なので、連絡を受けた葬儀場への行き方を検索していたら、葛飾区だった。 実は私は、東京都の東側(葛飾区・足立区・荒川区・江戸川区・江東区・墨田区あたり)の地理には詳しくない。 練馬区で育ってしまった私の行動範囲は、池袋→新宿→渋谷→赤坂という具合に南側に広がっていった。 それでも中心部の千代田区・中央区・台東区あたりまでは、なんだかんだと出向く用事もあったので、なんとかテリトリー内だが、そこから北東方面はお手上げである。

ご存知の通り、都区内は地下鉄や私鉄を含め、交通網が縦横無尽に張り巡らされているので、地理的な位置関係が理解されているのといないのとでは、到達するまでの効率が大違いである。 ちょっと計画が狂った時に、臨機応変に対応できるか否かは、全体像を把握しているかどうかにかかっていると言っても、過言ではないと思う。 どこから何線を使って、どこで乗り換えて、どう移動するか、調べながら頭に叩き込んでいる。 都市部の駅構内の案内は「これでもか」という位に親切なので、あまり心配はしていないけれど、少しでも効率よく動いて、いろいろな用事のミッションをクリアしておきたい田舎者なのだ。

一番の厄介は、喪服をどこで、どのタイミングで着替えるか、に、なりそうな予感。 「何をしに来るんですか?」と、仏様に怒られそうだな・・ばちがあたるかも?!、で、苦笑。

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2006.03.24

油揚げをつなぎに

挽肉を練って加熱するような場合、何らかの「つなぎ」を使うことが多い。 ハンバーグならパン粉、つくねには片栗粉、魚のすり身には山芋、大きな意味では卵もつなぎの範疇だろう。 材料の粒がバラバラにならないように、生地の段階で粘りが出るまで練ると、空気がぬけてぎっちり詰まってしまう。 それを和らげるのがつなぎの大きな役割だと思う。

先日、買っておいた鶏肉の挽肉をつくねに焼こうと考えた。 鍋物の具にしようと思って買ったものだ。 鶏の挽肉は物によっては脂が多く、焼いた途端にフライパンに凄い量の脂が溜まったりするので、今回はササミ肉を挽いてもらっておいたものだが、いざ、つくねにするとなると、ちょっと脂が少なすぎて、バサバサする感じに出来上がってしまいそうな予感がした。 パン粉を混ぜると洋風の香りが出そうだし、片栗粉や小麦粉ではふんわり感が今ひとつな気もして、「さて、どうしよう?」と、迷った。

何かつなぎに使えそうなものは無いかと、冷蔵庫を覗き込んだら、たまたま冷凍しておいた油揚げが目に入ってきた。 油揚げの内側に小さな空気の層があるし、豆腐ハンバーグを焼いた時にフワフワに出来上がったのを思い出して、使ってみることにした。 凍ったままサクサクと細かく刻む。 案外刻みやすい。 で、挽肉に卵と長ネギのみじん切り、生姜と一緒に混ぜ込んだ。

出来上がりは和風の甘辛味に良く馴染んで、全く違和感の無い、しかもふっくらしたつくねになった。 言われなければ油揚げを使ったとは気付かないくらい。 脂が少なすぎるような鶏挽肉を料理に使うような場合には、油揚げの脂が足し算されて良いかもしれない。 あっさりとしたまま旨味だけが増えて、想像以上にベストマッチだった。

使ったのは鶏挽肉200グラムに対して、油揚げ一枚分。 多少前後したって、全く問題無いだろうと思う。 

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2006.03.22

子供に戻る

義父はこの所、調子が良さそ気に見えて、「オヤツが食べたい」とか、「外に出たい」とか、要求が多くなってきた。 それだけゆとりがあるということなのだろうと思う。 思考回路の混乱が起きる頻度も低いし、相変わらずよく喋っているが、発声は難しい様子でほとんどは無声音だ。 こちらもかなり慣れてきたから、以前ほどに聞き取りに労力を費やすことは無くなってきた。 それでも車椅子を押している時には、義父の口元が見えないので、唇の形を読み取ることが出来ず、大抵は言っていることが解らない。 だから、車椅子を止めて、義父の前面に回りこんでから、「もう一度言って。」と、なる。 義父は車椅子を押してもらって外の空気に触れていることが楽しくて仕方ないから、ゴキゲンに喋り続けているのだが、後ろからの会話は難しい。 それに、すぐに話の内容が移って行ってしまい、すぐ前の話題も覚えていないから、その時に何を言っていたのかは、すっかり置き去りにされて、誰も取り返すことが出来ないのだ。

きっと大した内容でもないだろうし、そんな小さなことを気にする必要もなさそうにも思え、ある程度は割り切っているものの、同じ時間や景色を見ている同士が、気持ちを共有出来ないままと言うのも、なんだか寂しいから、いつの間にか私の方から話していることが多くなる。 車椅子を押している時は、後方から義父の耳元に近付き易いので、難聴のある義父も聞き取りやすいし、私から「水仙がきれいね」などと、話題を提供すれば、それに対しての言葉が発せられてくるだろうから、そこそこに矛盾しない程度の会話が成立しているはずだ。

このやりとりは何かに似ていると思ってしばらく考えていたら、それは、昔経験した、やっと表情が出始めた赤ちゃんとの対応だった。 こちらから話しかけると、相手も笑ったり、「うー」とか「あー」とか声を発して反応してくれる。 促して、反応を見て、また促すような話かけをする、その繰り返し。

義父と赤ちゃんを一緒にするなんて、失礼なことだとは思うけれど、自分で歩けず、オムツの助けを借りて、会話も不完全な状態、そんな表面上だけを取り上げたら、何にも違わないのである。 オヤツのプリンをぺろりと食べ終えた後で、義父はテーブルの上を掌で軽く叩く様にしながらゴキゲンだった。 赤ちゃんが離乳食を一口食べさせてもらった後に、身体を揺すったり手をぱたぱたしながら喜んでいるのと全く同じ光景に、なんだか複雑な思いがした。

「歳をとると人は子供に返る」などと聞くけれど、まさにその通りで、きっと人間なんて子供の頃から何にも変わっちゃいないのかも知れない。 自分もいつか確実に、その道を辿ることになるのだろう。 うーん・・。

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2006.03.19

粗くしてみる

何の脈絡も無く、不意にピカタという料理があったことを思い出した。 肉(主に豚肉だろうか?)に卵の衣をまとわせて、フライパンでソテーしてから、ケチャップで食べるアレだ。 お弁当を持参していた学生の頃は、そこそこ登場していた記憶があるが、ここ何年も食べていない。 作ってみようかな・・と、思った。

が、引き続き、昨夜使い残した豚の「もも薄切りスライス肉」が中途半端に余っていることも思い出して、それを使い切ることが優先だという結論に達する。 『この肉で何とかピカタっぽいものを作れないかな?』と、しばらく考えた。 肉を2センチ幅くらいに切って、ボウルの中で卵と合わせてみた。 当然ながら卵と肉がばらばらな感じで、このまま焼いても剥がれてしまうことは一目瞭然。 『つなぎ』になるかと思って、パン粉の大袋の底に残っていた、ほとんど粉状態のパン粉を入れて混ぜ混ぜ・・なかなかいい感じだ。 ついでにタマネギも混ぜたら甘みが出て美味しいかな、と、タマネギ球の高さを半分にしてからスライス。 色付けにパセリのみじん切りも入れて、何となく塩コショウ。 これをまとめるようにしてフライパンで焼いてみた。

考えてみたら、これって具が粗いハンバーグな訳だが、出来上がりは全然違うものだった。 焼いても肉のジューシーさが残って、なかなか面白い一皿に仕上がった。 何よりも簡単で、手間がかからないのが嬉しい!

使った肉は150グラムくらい。 はじめから豚のこま切れ肉を使えば簡単だろう。 タマネギ4分の1個、パン粉4分の1カップくらい、卵1個。 これで二人分。 挽肉のように粘りが出ないので、フライパンに乗せる時は『かき揚げ』の要領で。 テフロン加工のフライパンだったら、薄く油をひいて、『お好み焼き』の感じで伸ばし入れてから、火にかけても良いと思う。 片面を焼き付けたら、ひっくり返してフライパンに蓋をして弱火で3分くらいじっくり火を通す感じで。 小さく焼けばお弁当にも使えるおかずだと思う。

ケチャップかケチャップソースを添えて、どうぞ。

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2006.03.17

問題は何処にあるか その2

ちょっと離れた街にある地ビールレストランへ、足を伸ばしてきた。

ビールは普通に美味しかったし、頼んだおつまみ系の料理も普通に美味しかったのだが、お店を後にしてから何か『それ以上の満足』を感じている自覚があって、不思議に思っていた。 別に特別安い訳でもなかったし、原価率から考えても相応の値段だろう。 お店も小ぎれいではあるものの、特筆すべき造りという訳でもない。

自分の中で導かれた結論は、接客対応が「都市部のマナーに近い」ということだった。 お客と会話する時の日本語の使い方や接客の姿勢が、東京で日常的に経験していた『それ』にとても近かったのだ。

語弊があるかもしれないが、敢えて書くと、過疎地の飲食店は地元の顔見知りの人達が主なお客さんなので、接客態度も会話も『なあなあ』になりがちで、逆に、その辺りのことをきっちりとしていたら、「水臭い」とか「気取っている」とか言われるし、地元の人達にとっては居心地が悪いから、商売をやってゆけなくなることが多い。 メニューも田舎の人が好むような内容になるし、麺類は欠かせないし、もっと言えばお座敷に作り直すケースにもたくさん遭遇した。 それはそれで決して悪いことではないし、現にそのようなお店に好んで通うお客が多いのだから、当たり前のことだとは思う。 顧客のニーズに即していると言えるだろう。 しかし、『なあなあ』が高じて、だんだん『いい加減』の域に達しているケースも多々見かけられ、そのことへの自覚が乏しいから、いろいろな層のお客を相手にせざるを得ない都市部の飲食店との差は、ますます広がってきている。 それに飲食店の数が少なくて競争が無いから、いい加減な料理でいい加減な接客でも、値段だけは都市部並みだったりして、どうも納得しかねる場合もある。 それでも他に店が無ければそこに行くだろうし、私のように納得できなければ自分で作るしかないのだ。 だから、都市部から来ている方に外食のお店を尋ねられると、紹介するのに困る。 田舎っぽい感じに価値を置く方なら、それでも紹介のし様もあるのだが、残念ながらそういう方はあまり多くは無い。 または、その方の予想の範疇を超えて田舎っぽく、着いて行けなかったというリアクションを返されたりもする。 私自身の感覚もだいぶ鈍化しているに違いない。

今夜の地ビールレストランは、その点においては非常にしっかりしていた。 商品に対してどのホール係に尋ねても、適切な言葉で適切な答えが返ってきたし、店員と客がきちんとした距離と緊張を保ちながらも、尚且つ親しみやすい気軽さも兼ね備えるだけのバランスを身に付けていた。 そのことが私の中の大きな評価だったのである。

なんでもないことだが、きちんとお客さんの目を見て会話すること、会話に内容を的確に把握して的確に反応すること、そんなコミュニケーションとして最も基本的な部分が出来ていない人が、お店に出ていることも、この辺には多い気がする。 教育の問題なのか、環境の問題なのか、社会勉強の不足か、外部の血が混じりにくくて『なあなあ』なためか、ずっと疑問なのだが、何せ総合的な問題だけに結論が絞れない。 まさにその部分を何とかしようとして、結局どうにも出来なくて、諦めの状態になっているのが、私がこの町のstrengerたる所以かもしれない。

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2006.03.15

いろいろな花

八百屋さんに寄った。 お店という表現よりも、地元の方が庭先の畑で採れたものを持ち寄った販売所という方が似合うような、飾らない造り。 プレハブの小さな小屋に、いかにも日曜大工で作ったような木の棚。 そこに、泥が付いていたり、葉っぱがバサバサに広がったような、でも、元気大爆発の野菜が所狭しと並べられている。

あれもこれもと通路を歩く内に、あっという間にずっしりと籠が重たくなる。 さて、こんなもので良いかな、と、思った所に、チラッと黄色い小さな花が見えた。 「あっ、菜花だ。 これは買わなくては。」 一把手に取ると、隣にも小さな花が。 良く見るとその隣にも。 しかし、どれもちょっとずつ違う。 蕾の中にぽつんと開いている花が白かったり、茎が紫色をしていたり、淡い色で太かったり、トウが長かったり。 キョロキョロ見比べていた私に、店番のオバサンが教えてくれた。 「それね、みんな違う花なのよ。 これは菜花でしょ、こっちは白菜、隣は菜花なんだけど種類が違って寒さに強い品種、一番右側のはトウ菜の花。」

「白菜の花は歯ごたえがって甘いけど、少し水っぽいから、浅漬けにすると良いよ。 菜花にするなら紫色の方が栄養があるらしいから、そっちにしなさい。 おんなじ値段だから。 トウ菜はちょっと柔らかめに茹でた方が美味しいからね。」 ビックリだ。 この時期、株ごと白菜を買うと中心の奥の方に、花芽が見つかることはあるけれど、花だけを集めて売っているのは初めて見た。 みんな全然違う植物なのに、どれも似た十字マークの可愛らしい花。 アブラナ科だったんだなあ・・と、妙に納得する。

迷った末にトウ菜と紫色の菜花を買ってみた。 生の状態では紫色でも、茹でると鮮やかなブロッコリーのような濃い緑色になるとのこと。 楽しみだ。

棚の下にはバケツがあって、水を張った中にワサビの花も売られていた。 この辺りではよくお浸しにしたり、甘酢に漬けたりして親しまれている。 八百屋さんではなくて、花屋さんによったような気分になって、なんだか嬉しかった。

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2006.03.14

問題は何処にあるか

過日、某同人誌上で、小学校で食育の現場に携わっている栄養士さんの文章を読んだ。 給食のスープにおぼろ昆布を入れたら、「髪の毛が入っている」と返されたとのこと。 『さもありなん』な話で苦笑する。

目にしたことの無い『何か』を出された時には、人はそれをどうやって分析するのだろうか。 友人の飼い犬に人間用の食べものが差し出されるのを見ていたことがあるが、まず臭いを嗅ぎ、しげしげと見つめ、また臭いを確かめ、恐る恐る口先にくわえて、舐めたり訝しがったりしながら、ようやく食べる。 それが、安心して食べられるものだと学習した犬は、その場で飼い主にお代わりをねだる。 そんな具合だった。 人間の子供たちはどうか。 傍に大人がいたら、それを食べているかどうかを見るだろうか。 それとも「これは食べられる物?」と尋ねるだろうか。 『写メ』で写した画像を掲示板に載せ、誰かの書き込みを待つだろうか。

どうも最近の人間は、ますます『言葉』に頼る傾向が強くて、自分の力で分析し、自分の力で結論を出し、その責任を負う、その当たり前のプロセスが踏めなくなってきているように思えるのだ。 誰かの言うなりかもしれないし、誰かの価値観の鵜呑みかもしれない。 自分で考えて出した結論なら、責任も取れるだろうが、誰かさんの言葉の鵜呑みだったら、「そうかもしれないと思ってやりましたが、今はそうではないと思います。」みたいなことになって、物事はうやむやのままだ。 ましてや、その問題の根源が自分にあることすら気付かないだろう。

自分の力で分析して考えてみろ。 それが出来ないのなら、勉強するか、お金をかけてブレインを雇え。 それすら出来ないのなら、手を出すな。 ・・落ち着きつつある一連の偽メール問題を見ていて、思っていたことだ。

ちなみに無関係ですが、うらやましすぎます。  

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2006.03.13

ぼんやり

ちいさないろいろなことは当然のように毎日起こっているのだが、何となく頭の中でまとまらないような状態で、上手く言葉にならない。 少し眠りが浅いのも原因のひとつかも知れないし、花粉症でいつもにも増してぼんやりしているせいかも知れない。

朝起きて窓を開けると、春の風はうっすらと花の香りを含んでいる。 摘み取らなかったふきのとうが、茎を伸ばしながら花を開いている。 マイペースで平和な光景に見えるのは、何かのメッセージなのだろうか?

もうちょっと気合が働いてくれると良いんだけれど・・と、自分で自分に思いながら。

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2006.03.10

煮魚の黄金率

実家の母は、煮魚の味付けが上手い。 娘が言うのも変だが、抜群に上手い。 しかも、計量スプーンなど使わずに、日本酒も醤油も大瓶からドボドボと鍋に直接入れているし、ちょこっと味見をしてから足す調味料についてもいたってアバウトで、横から覗き込んでいるこちらの方が、「そんなんで大丈夫??」と、心配になる程だが、それでも出来上がりに間違いが無い。 すごい技だと思う。 年期のなせる業なのだろうか。

で、結婚して間もなく、私が「煮魚の味付けがいまいち上手く決まらない」と、相談すると、「じゃあ、これを機会に、一度計量スプーンを使いながら煮てみてあげる。」と、いう運びになった。 ところが、数日経ってかかってきた電話で母が言うには、「計りながら作ったら、美味しい煮魚が出来なくなってしまった」とのこと。 受話器の向こうとこちらで、大笑いだったのを覚えている。 それから半月近く、母は四苦八苦しながら煮魚を作って、ついに解ったという黄金率を教えてくれた。

基本は酒・みりん・醤油・砂糖が全部同量。 基本は魚一人前に対して大さじ1弱ずつ。 ここに、煮る魚の身の厚さによって2倍から5倍の水を加える。 あとは中火で煮汁がトロリとするまで煮詰めるだけ。

もちろん、生臭くならないように魚に熱湯を回しかけてから煮たり、調味料が煮立ってから魚を入れるとか、落し蓋をするとか、厚い身には切り目を入れるとか、素材によって小さな違いや「煮魚の基本」はあるけれど、味付けにおいてはこの黄金率だけ守っておけば大丈夫。 この単純な仕組みには、ずいぶん助けられた。

ご家庭によって好みもあると思うので、多少の増減は工夫していただきたい。 外食の機会に味を比較すると、私の育った煮魚の味は、若干甘みが強めかもしれないと思う。 ただし、煮魚においての甘みは、魚の生臭さを消す役割があるので、あまり無謀に減らさない方が美味しく出来るから、そこの所だけご留意を。

あまりに単純だから、お読みになる方々には心配要らないと思うが、私は「煮魚は『さみしさ』で煮る」と、覚えた。
『さ』は酒、『み』はみりん、『し』は醤油、最後の『さ』は砂糖。 甘辛味の懐かしい煮魚は、これで安心! 煮魚の度にレシピを調べている方が居られたら、使ってください。

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2006.03.07

埋葬

出かけた帰りに車を運転しながら、敷地内の雑木林で何かの動物が横たわっているのを発見。 あまりに不自然な横たわり方・・どうやら既に亡き骸みたいだ。 内心「うわー、いやだなぁ。 参ったな。」と、思いつつも、あんなに目立ってしまっては放っておくわけにもいかない。 それに、亡き骸が他の動物にいじられたりでもしたら、目も当てられないし。

覚悟を決めて、裏庭に埋めてあげることに。 大きめの穴を掘ってから、亡き骸を迎えに行った。 SARS騒ぎの時に話題にもなったハクビシンのようだ。 キツネのような顔つきで白い鼻筋。 ふさふさの尻尾。 大きさの割りにずっしりと重たい、太った猫ほどの大きさの亡き骸を運ぶ。 病気だったのだろうか? それとも、早朝の新聞配達の軽トラにでもぶつかったか? 人間がこんな所に家を建てていなかったら、事故で死ぬこともなかっただろうか。 のうのうと暮らしていることが、ひどく申し訳ないような気持ちになりながらの作業だった。

春の花と一緒に土を被せ、小さなお祈り。 自分の中に祈りの言葉と方法を持っていることに、ほんの少し救われた気分になる。 時が経てば、亡き骸も土に戻ってゆくだろう。 それが、自然の摂理というもの。 そう自分に言い聞かせて、気持ちを切り替えようとした。

たくさんの命の犠牲の上に、自分の命があり、生活がある。 生きる上で仕方のない、重たい事実だ。 こんな時には、その重たさを背負いきれなくて、何もかも投げ出して一片の塵に戻りたい。 

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2006.03.05

懐かしの苺パフェ

苺が出回る時期にになると、高校で同級生だったK君のことを思い出す。

推薦入試でとっとと進路を決めてしまった当時の私にとって、みんなが受験や合格発表に一喜一憂するこの時期、学校は既に消化試合みたいなものになっていて、通いながらもほとんど遊び呆けていたし、かと言え(公立学校で)推薦入試を利用する学生は多くないので、一緒に遊ぶ相手を見つけるのも難しかった。 気の合う友達で、尚且つ進路が決まっている友達なんて、容易くはいない。 だから繁華街やショッピングに興味の無い私は、休講が出ると「自主休講(要するにサボりと呼ばれるヤツです)」と合わせて、どこかに出かけて散策したりしていたのだが、お小遣いのほとんどはレコードとライブチケット代に消えていたから、交通費だってばかにならないし、そんなに毎日は遊びに行くことも出来ない。

ある日、教室でお昼のお弁当を食べていたら、午後の授業が休講になることがわかった。 とりあえず家に帰ろうと思って、教科書などを鞄に詰め込んでいたら、K君が話しかけてきた。
「今日用事ある?」
「別に無いけど。」
「あのさ、ちょっと一緒に行って欲しい店があるんだけどさ・・」
なんだかモジモジして言い難そうなK君を訝しがった私に、
「もちろん怪しい所じゃないんだけどさ。 女の子と一緒でないと辛いんだよな。」
K君はそんなに遊びなれている風でもなさそうだったし、普段からちょこちょこと話をする程度の友人だったから、私はOKすることにして、校庭のうらにある駐輪場で待ち合わせた。 私達は二人とも自転車通学だったからだ。

風は冷たかったけれど、手袋やイヤーパッドをしていれば陽射しが暖かく、気持ちの良いサイクリングだった。 スピードを気遣うように時々振り向いてくれるK君の後ろをついてゆくこと20分あまり、幹線道路沿いのファミレスの前で、K君は止まった。
「あのさあ、お茶しない?」
自転車のサドルに腰掛けたまま、長話をするのも妙に思えたので、「いいよ」と短く答えて、二人はお店に入った。 当時はファミレスも今ほど生活に馴染んではいなくて、どちらかと言えば目新しくて珍しい形態のお店と捉えられているような所があった。

席に案内されウェイトレスさんが置いて行ったメニューを開くと、速攻でK君は言った。
「僕、苺パフェ。 あっ、そうそう、おごってやるからさ、リーボー何でも好きなもの食べていいよ。」
まるで来店する前からメニューを決めてきたかのように見えた。
「おごってもらえるのは嬉しいけど、私もお弁当食べたばっかりだし、やっぱりオヤツ系かな。」
「じゃあさ、このチョコレートサンデーにしなよ。」
食べきれるかなあ・・と、不安がる私に「余ったら僕が食べてあげる。」と笑って、K君は勝手にメニューを決めて紅茶も一緒に頼んでくれた。 私は内心K君の強引さに驚きながらも、まあおごってもらえるならいいか、と、自分を納得させた。

さて、運ばれてきた苺パフェの大きなグラスを、柄の長いスプーンでどんどん口に運ぶK君の、嬉しそうな表情ったらなかった。 どちらかと言えば寡黙なK君が、今まで見たことも無いようなニコニコ顔で食べている。
「甘いもの、好きなの?」
「すごく好き。 和菓子やあんこものじゃなくって、ケーキとか生クリームとか、アイスとかが特にね。」
「じゃあ、パフェなんて、オールスターズって感じ?」
「そうそう、オールスターズ。 リーボーは?」
「私あんまり甘いもの得意じゃないんだ。」
「女の子でもそういう人もいるんだ。」
「うん、珍しいって言われる。」
「ふーん」
結局、大きなチョコレートのアイスクリームが3つも乗っていたチョコレートサンデーの8割近くは、K君に食べてもらうことになった。 何の問題も無く嬉しそうに平らげてゆく姿を、頼もしく思いながら、私は紅茶を飲んでいたのを覚えている。
「そんな少しで足りるの?」
「ウン、もう十分だよ。 口の中、甘くなっちゃった。」

すっかり平らげた後で、K君は、
「いや、今日は付き合ってくれてよかったよ。」、と、言ってきた。
「こちらこそ、食べ切れなくてごめんね。」
「しばらく前からすごくパフェが食べたくなってさ。
 でも、店で男がひとりでパフェ食うのも、なんか変じゃない?!で、困ってた。」
「じゃあ、チョコレートサンデーも食べられて良かったわけだ。」
「本当は残してくれてすっごく喜んでた、俺。」
誘われた理由もはっきりわかって、私は笑った。 甘いもの好きな男性はいかに苦労しているか、を、いろいろと話してくれて、私も興味深く聞いていた。

それから卒業までの間、K君は何度か私を誘い出して、ケーキ屋さんに連れて行ってくれた。 気が引けるのでいつからか割り勘になったが、もちろん二人分オーダーしても、そのほとんどはK君が食べてくれた。 ティールームが無いような、でも、人気のケーキ屋さんではテイクアウトにしてもらって、公園のベンチで食べていたこともある。

真っ赤な苺と生クリームの真っ白なコントラストをどこかで目にする度に、あの時の苺パフェを思い出す。 あれから私は、K君みたいな甘いもの好きのパートナーと結婚して、今でも食べきれない分を手伝ってもらっている。 K君もきっと奥様と一緒にパフェを食べているのかもしれない。

人が勝手に結びつけたイメージは、時として邪魔なしがらみになる。 でも、それに反している姿も、どことなくユーモラスに思えて、好感が持てるものなのかも。 関連するような写真と記事を見つけたので、リンク張っておきます。 『男パフェ』 

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2006.03.03

雪と上弦の月

夜になってから、ちょっと出かけてきた。

家を出る時にはキーンと冷たい上弦の月が光っていた。 車のドアに手をかけたまま、あまりのきれいな形にしばらく見とれていた。 月のイメージを分けてもらうような気持ちで、見上げたまま深く息を吸い込んで、寒さに身震いして、慌てて車の中へ滑り込む。 しばらく震えが止まらなかったのは、吸い込んだ月の冷たさのせいだったのだろか。

県道を使って東へ向かうと、標高が高くなるにつれて雨が降り出し、やがて雪に変わってきた。 ヘッドライトの先から、細かい粉雪が水平に吹きつけてくる。 車の周囲を流れる風の形に、雪がきらきら視界を流れてゆく。 風力の実験室のようで、姿を後ろから見たくなった。 外気温は0℃まで下がり、ガラスが曇り始める。 やがて、路肩にうっすらと積もり始め、黒く濡れた道とのコントラストがきれい。 信号機の色も粉雪に霞んで、優しい色に見える。 心の中に優しい光景をいくつか思い出しながら、車の中から冬を見送るような気持ちで過ごしていた。

雪は場所によって降ったり止んだりしながら、ずっと私に付いて来た。 闇に浮かぶ梅の花にも、どこかの家の庭先に咲く鉢植えの花にも、うっすらと絹のようなベールを被せていった。 すれ違う車もまばらな、誰も知らない中で、厳粛な結婚式が執り行われたような月と雪の光景が、私の胸の奥に刻まれた。

不思議な夜のドライブだった。 

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2006.03.01

春を配りに

房総からたくさんのストック(←お花の。)が届けられた。 自宅で飾るにはあまりに勿体無いので、ご近所の旅館さんにもおすそ分け。 水揚げをしてから新聞紙でゆったり包み、傘をさして外に出た。

片腕で抱きかかえるようにしていると、ふんわりと花の香りが漂ってくる。 傘の中に香りが溜まって、私まで花色に染まりそうだ。 春を呼ぶ雨、春の花、春の香り。

3月の始まりには最も相応しいひと仕事だった。

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