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2006.03.22

子供に戻る

義父はこの所、調子が良さそ気に見えて、「オヤツが食べたい」とか、「外に出たい」とか、要求が多くなってきた。 それだけゆとりがあるということなのだろうと思う。 思考回路の混乱が起きる頻度も低いし、相変わらずよく喋っているが、発声は難しい様子でほとんどは無声音だ。 こちらもかなり慣れてきたから、以前ほどに聞き取りに労力を費やすことは無くなってきた。 それでも車椅子を押している時には、義父の口元が見えないので、唇の形を読み取ることが出来ず、大抵は言っていることが解らない。 だから、車椅子を止めて、義父の前面に回りこんでから、「もう一度言って。」と、なる。 義父は車椅子を押してもらって外の空気に触れていることが楽しくて仕方ないから、ゴキゲンに喋り続けているのだが、後ろからの会話は難しい。 それに、すぐに話の内容が移って行ってしまい、すぐ前の話題も覚えていないから、その時に何を言っていたのかは、すっかり置き去りにされて、誰も取り返すことが出来ないのだ。

きっと大した内容でもないだろうし、そんな小さなことを気にする必要もなさそうにも思え、ある程度は割り切っているものの、同じ時間や景色を見ている同士が、気持ちを共有出来ないままと言うのも、なんだか寂しいから、いつの間にか私の方から話していることが多くなる。 車椅子を押している時は、後方から義父の耳元に近付き易いので、難聴のある義父も聞き取りやすいし、私から「水仙がきれいね」などと、話題を提供すれば、それに対しての言葉が発せられてくるだろうから、そこそこに矛盾しない程度の会話が成立しているはずだ。

このやりとりは何かに似ていると思ってしばらく考えていたら、それは、昔経験した、やっと表情が出始めた赤ちゃんとの対応だった。 こちらから話しかけると、相手も笑ったり、「うー」とか「あー」とか声を発して反応してくれる。 促して、反応を見て、また促すような話かけをする、その繰り返し。

義父と赤ちゃんを一緒にするなんて、失礼なことだとは思うけれど、自分で歩けず、オムツの助けを借りて、会話も不完全な状態、そんな表面上だけを取り上げたら、何にも違わないのである。 オヤツのプリンをぺろりと食べ終えた後で、義父はテーブルの上を掌で軽く叩く様にしながらゴキゲンだった。 赤ちゃんが離乳食を一口食べさせてもらった後に、身体を揺すったり手をぱたぱたしながら喜んでいるのと全く同じ光景に、なんだか複雑な思いがした。

「歳をとると人は子供に返る」などと聞くけれど、まさにその通りで、きっと人間なんて子供の頃から何にも変わっちゃいないのかも知れない。 自分もいつか確実に、その道を辿ることになるのだろう。 うーん・・。

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