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2006.04.10

その3 (大きなお世話だな)

私は実際に大田原牛を食べるまでは、「一体どんなボッタクリ商売をしているのか?!」、と、思っていた。 しかし、これだけの牛肉を仕入れて、それを熟成させて売っていることを目の当たりにすると、自分の拙い知識を持ってしても、原価率は逆に高い(つまり、儲け歩合が高くない)くらいだと予測された。 大黒屋総本家さんの商売のポイントの一つは、「高くても良いものを買ってくれる上客を、全国から自分の元に集めたこと」だろう。 いくら扱う肉が最高級レベルだといっても、それを買い取ってくれる上客の絶対数は、100グラム200円前後の牛肉を買っている一般客に比べて、圧倒的に少ないはずで、薄利多売の真逆をゆく商売をしなくてはならない。 そのために全国区のテレビメディアを上手に利用して、「あそこの肉は美味しい」という事実を広めたのだ。 そうすれば、料理店が「お宅の肉を使いたい」と買い入れを希望するようになり、食肉卸としての商売が広がってくる。 大田原のお店は、テレビ取材の際に使われるスタジオ代わりに利用できれば良く、そこではほとんど趣味のレベルで個人客の相手をしてゆけばよいのだ。

大黒屋総本家さんのもう一つのポイントは、登録商標をしっかりと獲得していることである。 実は「那須牛」という名前も、当然「大田原牛」も、そして「牛超BMS12」も全て、大黒屋総本家さんが持っている。 つまり、何処ぞの旅館もレストランもこれらの単語を使って商売をする場合には、大黒屋総本家さんにロイヤリティーが戻ってくるのだ。(女将さんいわく、「那須牛」という名前については、そこまで厳密に取り締まれないし、訴訟を起こして争う気もないから、ほとんどは見てみぬ振りをしているそうだが。) これは、ボディーブローのようにじわじわと「後から効いてくる」種類のインカムで、大田原牛がその美味しさで有名になればなるほど、有利に経営できるシステムの基盤になり得るであろう。 しかも、この希少価値が幸いし、「高くても欲しい、使いたい」上客には、儲け分の上積みを大きく設定することだって、やろうと思えば可能なのである。

新たなブランドを作り出し、それを使って経済的な優位に立つ、そこには知的財産権の存在が欠かせない。 現在の世の中の常套手段がしっかりと存在しているところが、まさにご立派だ。

いくつか懸念されることがあるとすれば、まず一つは、最高級の和牛の絶対量が限られていること。 今でさえ、全国の最高級ランクの和牛肉の8割以上は大黒屋総本家さんが買い取っていると、女将さんがおっしゃっていた。 つまり、「高いお金を払っても買いたい上客」が集まれば集まるほど、上質の和牛肉の量も多く必要とされるわけで、自ずから頭打ちのボーダーラインが見えてくる。 よって、どこまでも流通を拡大できるわけではない。 日本の酪農農家の先行きを考えた時、いつまでも今のように上質の和牛が生産され続ける保証もない。

もう一つは、予期せぬ消費者側のアクシデントだ。 ただでさえプリオンの問題などで、牛肉に対するイメージはよろしくないし、いくら和牛は安全だと言ってもイメージに左右されるから、非科学的であってもどうしようもない社会の流れが存在する。 牛肉を選ぶ選ばない、という観点の他に、例えば世の中のほとんどの人が人工的に栄養源を添加したシリアルバーのようなもので食事するようになったり、食事に手間とお金をかけない風潮がますます強くなってゆくことを考えると、短期的には良くても、次世代まで考えると、先行きは手放しで安心とは言い難いだろう。 と、すれば、今、できるだけたくさん稼いでおいて、それを次への踏み台に使ってゆくことがポイントになると思われる。 とりあえず今は万々歳だろうから。

重ねて三点目に、どうも調理のプロが経営戦略において加わっていないと、見受けられる点。 枝肉を捌けば、当たり前にクズ肉もたくさん出てくるはずで、それをどう利用して高付加価値を生ませるかが、大きなポイントになるだろう。 ハンバーグやカレー以外にも活用のしようがあるはずだ。 レストランのメニュー構成や調理、通販で扱っている商品を見ても、アプローチが甘く、プロの料理人が関わっていないように思われた。 肉屋さんとしての専門性と料理人の専門性とでは、視点が異なるので、マスコミで養った人脈を利用して、どこかの料理人に意見をもらった方が良い。 大田原牛のブランド名を使えば、高付加価値商品の開発にもってこいのはず・・例えば牛肉の佃煮を大田原牛ブランドで発売して、那須近辺のお土産にしてみたら・・なんて考えるだけでも宝の山である。

普通の客として思うことを書けば・・。
大田原牛は紛れもなく美味しい。 この値段の価値はある。 しかし、それは牛肉としての美味しさではなく、脂の美味しさとしての要素が強い。 だから、「肉の歯ごたえをした、脂の美味しい、牛肉とは違う別の食品」、と、考えた方が良い。 肉の美味しさを「柔らかさと甘さ」で評価する方には、120点の出来だと思う。 私個人としては、一生の内で一度このような牛肉を食べられたら、もう充分だ。 また通おう、とは思わない。

レストランとしての大田原総本家本店は、サービス・調理・施設・雰囲気とも客観的に見れば、プロの仕事ではないと思う。 それでも充分に美味しいのは、素材の持つポテンシャルが並々ならぬからである。 純粋に大田原牛を食べに行くのだと、心して足を運ぶべし。 サイドメニューや盛り付けにも期待したり、お金を払うことに喜びを感じたり、プチセレブな雰囲気を楽しみたい方は、東京の支店を選んだ方が無難だろう。

最後に、料理人としての自分が大田原牛を使うとしたら・・。
表面だけをさっと焼き付けて、お刺身くらいの大きさ・厚さに切り分けて、一人前せいぜい3ピースくらいを、そのまんま岩塩で食べていただく。 ちょっとしたサラダと合わせてお皿に盛って。 前菜として使いそうである。 この肉は(下のランクのものは解らないが)肉そのものの味や香りが極端に薄いので、ソースと合わせてバランスを取るのは、至難の業だろう。 和食の板さんがいらしたら、握りのネタにするのが良さそうだ。

良い経験をさせてもらいました・・本当にごちそうさまでした!

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