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2006.04.09

その2 結局美味しさの基準は脂か?

運ばれたのは、市販のスライス済みハムくらいの厚みにされた牛のお刺身。 2×3cmくらいの一口サイズにカットしてある。 肩ロースだそうだ。 それをワサビと塩、または醤油で、と、勧められる。 とりあえず、何も付けずに一枚食べてみて、またビックリ! 甘いのである。 「蜂蜜でマリネしてあるのですか?」なんて、思わず聞いてしまったくらいだ。 「いえいえ、切っただけ。」 雑味の残るような汚い甘さではないが、肉を食べてこんなに甘みを感じたことは無いので、ミスマッチというか戸惑いのようなものを払拭しきれないのである。 他のものに敢えて例えるならば、トレハロースをそのまんま舐めた時の味に近い。 なんでも、大田原牛の脂肪の融点は19℃だそうで、つまり、口に入れた途端に牛脂が溶け出して、それが甘いことに加え、アミノ酸が多く含まれていることによる甘味とのこと。 肉の臭みは全く無い。 と、同時に、肉の芳香もほとんど無い。 つまり、噛み心地は肉なのに味は肉ではない、そんな妙な印象を受ける。 不思議な肉だ。 塩や醤油を付けると、甘味が強調されて美味しい。 確かにこの脂だと、ワサビが合う。 どちらかと言えばマグロの大トロに近いような脂、そこから完全に生臭さを取り除いたら、きっとこんな感じになるのではないか。 なるほど、こんな牛肉は他には無い。

驚いているうちにステーキ肉が鉄板に乗せられた。 やっと少し牛本来の香りが漂ってきて、どこかホッとする。 分厚いので焼きに時間がかかり、その間、店の奥様がなんだかんだ話をしてくださっていた。 ここまで軌道に乗せるのに苦労が絶えなかった事、それを見ていた長男は家業を継がずに医学部の学生をしている事、しかし、お嬢さんがお婿さんを連れて帰ってきてくれた事。 良い肉をお客様に提供したいだけなのに、結果として地域の反感を買い、農協も商工会も目の仇のように扱うので、今ではほとんど一匹狼である事。 お客様の9割は県外の人で、遠くからわざわざ足を運ぶ人がほとんどな事。 ステーキになるような部位以外の肉も充分美味しいので、それを活かすために様々な料理を試行錯誤して、やっとの思いで生まれたハンバーグがネット通販でブレイクし、大変嬉しい事、などなど。 黒いエプロンを着けた恰幅の良い奥様は、どう見ても洗練されたサービスとは言い難かったものの、「善い人」で精一杯仕事をしているのが伝わってきて、決して嫌な印象は受けなかった。 おしまいにはお店に取材に来た芸能人の裏話や、東京のテレビ局に出演したご主人の体験談、孫が可愛い話なども飛び出し、笑っているうちに肉が焼けてゆく。 高価なステーキが焼けるのを待っているとは思えないような、田舎のご近所話に付き合っているようなアットホームな空間で、自分が何をしにここに居るのか解らなくなる様な気分がした。 牛肉自体が今までに体験したことの無いギャップなのに、この人的環境と価格のギャップも凄い。 嫌な感じでは決して無いのだが、もう何がなんだか、混乱してくる。

そうこうしている内に、ステーキが焼き上がった。 鉄板上で切り分けられた大田原牛、きれいな滑らかな断面に染み出した脂が光っている。 まずはフィレから、続いてロース。 恐るべし軟らかさ! 肉とは思えない軟らかさ!! 「なんじゃ、こりゃ?!」くらいに独特だ。 で、ジュワーッと脂が出てきて、甘さが前面に現れる。 美味しいことに間違いはないのだが、ただ、今まで自分が持っていた「牛肉の美味しさの概念」とは全く別物なので、言葉に困る。 歯ごたえは「軟らかい肉」なのに、味は脂で、香りはごく僅か。 捉え所がなくて、肉でない新たなジャンルの食品といった感じ。 「美味しい、それは認める。 文句のつけようもない。 でも、どうしよう?」・・変な気分だった。

付け合せの野菜はたっぷりのモヤシを除いては冷凍食材だった。 それを、鉄板に残った肉の脂で焼いてくれる。 そして、これまたたっぷりの脂で作ったガーリックライス・・これは、炒めご飯と呼んだほうがお似合いの、醤油と胡椒味のべたべたした感じの出来上がり。 なのに、「お母さんが自宅で作ったチャーハン」みたいで妙に懐かしい味がするので、ついつい食べてしまう。 私達は「肉を食べに行ったという意識」が強いので、冷凍野菜だろうがべたべたの炒めご飯だろうが、あまり気にならなかったけれど、このあたりのサイドメニューについては酷評されても文句は言えないだろう。 評価が分かれる所かもしれない。 とにかく気付けば、全てが脂たっぷり状態である。 美味しくスイスイ食べていたが、あるところから急に箸が進まなくなって、最後は『ますたあ』に手伝ってもらった。 胃が満杯というよりは、脂が鼻に付く感じ。 これも今まであまり経験したことのない感覚だった。 何から何まで他に例のない経験づくめ。 コーヒーとデザートのシャーベットのさっぱり感に、やっと救われた思いがした。 自家製ではないものの、よくできたシャーベットで美味しい。 もう、満足です、ごちそうさま。

・・と、いう次第で、さんざんお腹いっぱい、経験値いっぱいになったところで、頭の中で考え始めたのである・・。

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