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2006.07.31

何を気にするか

立地上どこへ出かけるにも国道を使う。 普段はそんなに交通量の多い国道ではなくて、信号機があっても黄色の点滅だったりするのだが、さすがに夏休み中は他県ナンバー車がガンガン押し寄せて、生活道路としての機能が低下するほどだ。

それで、いつもは気持ちよくピューっと走って通過してしまう場所も、ダラダラ走行を余儀なくされ、おかげで意識していない国道沿いの景色をしげしげと観察する機会を与えられる。 民家の庭先に干してある洗濯物、小さな畑のトウモロコシ、玄関先のヒマワリ、干してある子供用の水遊びプール、風鈴の音、開けっ放しの窓から漏れる電話の呼び出し音。 他所様の日常を垣間見るようで、これはこれで暇つぶしになる。

この時期、庭先に大きな盆ザルを出したりゴザを広げたりした上で、自家製の梅干を乾燥干ししているお宅も多い。 アジやイカの開きを干している家も目立つ。 それにガレージでバーベキューしているご家庭も・・。 歩道を挟んでほんの数メートル離れた向こう側から、肉の焼ける匂いや煙がこちらにも流れ込んできて、ビールのグラスを手に持った大人たちの会話の一部始終まで、まるで手に取るように聞こえてくる。 車内のシートに座った高さとガレージの簡易椅子の高さが同じくらいで、両者の視線もそうは違わないから、バーベキューの輪の中に入ってしまっているかのようだ。 しかも、こちらの道路は混んでいてなかなか前へ進まないし、どこを見て良いのか、見てはいけないのか、窓を閉めた方が良いのか、結構気になってしまったり。

梅干や干物など、わざわざこんなに国道に面した所に広げなくても良いのになあ・・、と、思う。 排気ガスとか埃とか大丈夫なんだろうか?、と、心配なのだ。 ましてや丸見えのガレージや玄関先でのバーベキューは、全く気に掛けていない様子がちょっと不思議。 緑の土地はいくらでも余っているのに、わざわざそんな場所を選ばなくても・・、と、ついつい考えてしまう。

田舎の人はいろいろな意味で「開けっぴろげ」な人も多く、よく言えば純情、悪く言うとマナーとしてはどうよ?で、例えば人の家の庭で男性が立ったまま排尿する光景も、決して珍しくない。 年配の方にとっては、わざわざ家の中に上げてもらってトイレを借りるよりも、庭で済ませてしまったほうが「失礼が無い」ように思っている節も見られるほどだ。 だからこそ人情味が厚いとも言えるのだけれど。

何を気にして、何を開けっぴろげにするか、その感覚は、普段どんな生活をしているかによって大きく左右されるのだろう。 自分の家の畑で自分達の食べるものを作っているこの辺の農家の方々は、残留農薬のことなんか気にしなくて良いのだろうし、国道に面していようが交通量が多かろうが、外でワイワイ食べられればご馳走なのだと思う。 人の目を気にして生きる必要が無いのは、ある意味においては最高の贅沢なのかも知れない。

いやいや待てよ、もしかして全部計算づくな上で、車に乗っている私たちに見せびらかしていたりする?? 「この梅干立派でしょう、私が漬けたのよ」とか、「イカの一夜干しが今夜のおかずだ」とか、「こっちは昼間っからビールだぞ!」とか。 人間関係が狭い分だけ結構したたかな要素も、身につけておられるように見受けられるので。 うーん、だとすると、羨ましそうな顔つきで通り過ぎるのが正しいのかな?

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2006.07.30

Have a hot day!

気付けばしばらく間が空いてしまっていた。 何かを意識してのことではないし、何があったとか無かったとか、その類のことでもない。 数日の間、頭の中のモードスイッチが入れ替わってしまったかのように、やたらと大きな視点で物事を見ていた。

日常の小さなこと、何を食べたら美味しかっただの、おかしくて笑っただの、ムカッとしただの、首を傾げただの、ブログのネタになりそうなことはいくらでもあった。 だが、どうしたわけか、「そんな小さなことは、もうどうでもいいや」みたいな感覚に陥っていたのだ。 書き込むと言う日常を切り離してみたら、思ったよりも視野がぐんぐん広がったような気がした。 Google earthの衛星写真のように、どこか遠くから見下ろしている感じで。

環境の問題、常識を覆すような犯罪、また始まった戦争・・。 それらをある一点からの視点で切り取って伝えられるニュースの数々。 どれもこれも、単なる人間のエゴ。 きっと生物としての人間がとるべき方法は、増えられるだけ増殖してからスパッと潔く滅びることだ。 地球のために、なんて言っていたって、結局は人間のためなんだ。 本当に地球のことを想うなら、とっとと滅びてしまうことが最善だろう。 そんな視点でいろいろな社会問題を見ていたら、嫌気が差してバカらしくなってしまった。

だからと言って、何もしないのが良いのか、できることをして「役立ったような満足感を得る」のか、結局は割り切れるものでもなく、頭の中のモニター上の画像はいつの間にか、大きな地球の画像から、ひとつひとつの建物が認識できる程度の縮尺に戻っている。 ああ、なんてちっぽけな存在・・呆れる。

足元の日常を思えば生きることは楽しいし、これと言って不満も無い。 一番簡単で、万人が納得できる落し所は、「暑くて暑くて、脳みそ溶けてました・・」っていう辺りかな。

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2006.07.25

環境に試されている気分

夜明け前にもの凄いどしゃ降りの雨が降って、目が覚めた。 この夏は時々こんな夜明け前の豪雨がある。 あまり経験したことの無い気象で戸惑ってしまう。 地球が変わってきているのだろうか。

とりあえずトイレに行ってから、もう一度布団に帰ってきて二度寝。 二度寝すると目覚めがスッキリしないのはお約束のようなものだ。 気の進まない朝食を摂っている間に、雨が上がる。 洗濯物を外に干して、朝刊を読んでいたら、うっすらとお日様が顔を出してきた。 天気予報に反して晴れそうな予感。 とりあえず雨雲のレーダーをPC上で確認すると、大丈夫そうだ。 なので、慌てて枕カバーを剥がし、シーツと一緒に「洗濯第二部」にとりかかって、それ!とばかりに物干し竿に広げた。

お昼からはピーカン! 暑さも戻ってきて風もそこそこ吹いてくれたから、あっという間に乾いてくれて、久しぶりにさっぱりした気分に。 はたはたと風に翻る白いシーツも、夏の光景だ。 なんだか天気と追いかけっこしながら洗濯をこなしている自分に、思わず笑ってしまう。 アブラゼミもここぞとばかりに鳴き声を響かせていて、一気に夏の様相。 ここまで気温の変化が大きいと、それだけでバテてしまいそうだ。 窓の外の照り返しにくらくらする。

適応というべきか対応と書くべきか、周りの環境についてゆくのが精一杯な感じだ。 気をつけなくては、な。

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2006.07.23

苦味と甘味

昔読んだ片岡義男さんの文章の中で、大人の男性と女性がバーのカウンターに居る設定の元、男性がジン・アンド・ビターズを飲んでいた。 そこでの会話で「苦いものが好きな人は胃腸が丈夫で、甘酸っぱい味が好きな人は胃腸が弱い」ということが書かれていたような記憶がある。

私は苦味が得意ではない。 どちらかと言えば、避けたい。 重度の胃下垂のせいか? だとすれば、片岡さんの文章もまんざらでもないのかも知れない。 普段からちょっと油断すると、すぐに胃もたれするし。

今夜は久しぶりにカンパリを飲んだみた。 カンパリと言えば苦いというイメージが強く、大抵はオレンジジュースとかソーダとかで割って、ロング・カクテルとして供されることが多い。(けばけばしい色のせいもあるかとは思われるが。) カンパリに手をつけるのは数年振りなこともあって、オン・ザ・ロックに。 すると、苦味よりも表に出てきたのは強い甘味だった。 これは相当甘い。 極端に言えば、ベタベタするほどに甘い。 正直な所、びっくりだった。 ロング・カクテルに仕立ててしまうと、割る物によってカンパリの味も中和されてしまっていただけだったとは。 意外な発見で驚いてしまう。 苦味を和らげるために甘さも強く添加されているのだろうか? 氷でキーンと冷やさなければ、辛いほどの甘さだった。

スピリッツをストレートで飲む習慣がついているためか、リキュールをそのまま飲む機会はほとんど無かったことに気付く。 甘味の強さは覚悟することにして、味わってみるのも面白そうだ。

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2006.07.21

日常の断片から

●大雨で流されちゃったりする方って、大抵は「増水した用水路を見に行った」りなさっているようですけど、「家から出ない」ことが事故予防の第一歩なんじゃないでしょうか。 見に行ったとしても水を抑え切れるものでもないんですし、どうしようもないことですし。 特にお若くない方は開き直るのがポイントかも、と、ニュースを見ながらいつも思います。 台風の時に限って、屋根に登って落ちてしまう方が居られるのも、不思議で仕方が無い。

●極楽とんぼの山本さんが芸能界を引退すること自体には、大してショックも受けませんでしたけれど、出演していた「東京タワー」のドラマ版が放映中止になってしまったのは、ひどく残念で仕方がありません。 リリー・フランキーさんの原作を読んで気に入り、楽しみにしていただけにがっくりです。 極楽とんぼのお二人は元々劇団出身の方ですし、山本さんの演技が注目されれば新たな道も拓けていたんじゃないかと思うと、勿体無いなあ、と、余計にがっくりな気分になります。(個人的には「山奥」の「山サマ」のキャラは好きでした。)

●裏庭に大きなキノコが生えてきました。 高さ15センチ、傘の直径は10センチほどあります。 それがまた見るからに毒々しい、目にも鮮やかなオレンジ色で。 思わず「ほほう・・見事ですな」、と、見とれてしまいました。 この雨続きではキノコも育ちますわな。 童話の絵本の挿絵に出てくるようなキノコだった、と、『ますたあ』に報告したら、「傘に水玉模様付いてなかった?」と笑われました。 言われてみれば、イラストに描かれるキノコは傘にドット柄になっていることが多いですね。 あんなの見たことないけど・・?? ヨーロッパではあれが主流なんでしょうか?、そんなこと無いよね。 それはそうと、「ドコモダケ」があんなに早く走れるなんて、ある意味、山本さんのニュースよりよっぽどショックです。   

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2006.07.19

採血を受ける側のコツ

何らかの理由で採血を受けることになった時は、まずはひじの内側にある3本の静脈のどれかを使うことが多いと思う。 その時に、「採血される人」もちょっとしたお手伝いをしてあげると、採血がスムースに終わってお互いに都合が良い。

「採血する人」がひじの上にゴムなど(駆血帯・くけつたいと呼ぶ)を締め付けたら、親指を中にしてグーを作る。 ここまでは指示してもらえることもある。 普段から血管が見えないタイプの人は、グーに力を入れてぎゅっと握る。

ここからがコツ。 「採血する人」が針を刺す前に、ひじは動かさないまま、グーを体の内側の方向に90度捻る。 つまり親指側が上を向くようにする。 そして、手首から先を机の方向に下を向かせる。 ちょうど親指の付け根の骨のぐりぐりがはっきり見える感じで。 こうすると採血に使う静脈が浮き出て(怒張・どちょうと呼ぶ)、針を刺しやすくなるのだ。

採血されている最中は、特別に指示が無ければ動かさずにグーのまま。 で、「採血する人」が針を抜く直前に駆血帯をはずすから、そうしたらひじから下を上向きに戻してパーにする。 こうすることで静脈の中に閉じ込められていた血液が分散して血管内の圧力が戻り、針を抜いた穴から血が溢れるようなことが無くなる。

針が抜かれたら、アルコール綿などが抜いた跡に残されるので、「採血された人」は反対の掌で採血された方のひじの裏側を包むようにして、親指で針の抜けた真上をギュッと押し付ける。 この時、押さえつける親指が5ミリ分くらい沈むようにしっかりとするのがコツ。 親指は決して揉んだり動かさないこと。 そのまま1分以上(出来れば2~3分あれば完璧!)我慢する。 ここの我慢が足りないと、あとで青アザを作ることになる。 もし、「採血する人」が針を抜いた跡にすばやく絆創膏などを張ってくれたら、その上から親指でギュッと押さえつけるようにすれば良い。 ひじを曲げて圧迫している人もお見かけするが、ひじの力で押さえつけるためにはかなりの力を必要とするので、反対の親指で押さえてしまったほうが確実だし楽なはずだ。

嫌な処置がすばやく終わるようにするためにも、ちょっと協力を。 これだけでも、ずいぶん違うはず。
 

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2006.07.18

MOON CHILDが思い出させたもの

どういうわけか気合が入らない一日。 こんな時は無理をすると怪我の元、というか、トラブルの元だから、必要最低限のことだけ余裕を持ってこなし、なるがままにしておくのが無難だ。

久しぶりに解散したバンド、MOON CHILDのCDを片っ端から流し聴いていた。 冬の唄もたくさんあるのに、私の中ではいつも夏の直前に聴きたくなる。 良いバンドだったな・・と、しみじみ。 所属がエイベックスだったこともあり、派手な売り込みがなされていたから、いかにも流行りものというイメージが強くて、そのバンドとしての力量が正当に評価されなかったような気がして、今から思えばずいぶん残念だ。 確かに荒削りの印象は強いが、あのままバンドとして成長を続けていたら、相当面白いものが出来上がっていただろうと思う。 まあ全ては後の祭りなんだけれど。

青く荒削りの曲を聴いていると、自分も荒削りだった時代の事を思い出して胸の奥がキュンとする。 日常の中で見たり聞いたり、見てしまったり聞いてしまったりしている小さなごたごたが、いつの間にか自分の首を真綿で締め付けていて、気付くと苦しい。 気付いた時には苦しくなっている、と書いた方が正しいかもしれない。

巻きついている真綿を緩めるために、自分の感性を総動員して、心の奥にまだ残っているはずの「透き通ったもの」を思い出して。 残念ながらそんな時には、大人になる前のことを思い出すほうが手っ取り早い。 社会のもろもろを知ることは自分を大きくしたけれど、大事なものをいくつかしまい込まざるを得なかったのも事実だ。 どちらがどうと比べる問題ではなくて、年齢を積むというのはそういうことなんだろう。 これからも、自分にはダイナミックな変化が起こってくるに違いない。 心の中にも、体にも。

時々はしまい込んだものを思い出してみる。 その使い方を確かめてみる。 錆びないように手入れをして、どこにしまったか忘れないように整理してみる。 そんな作業もきっと意味があることなんだと思いたい。 だって自分が生きてきた軌跡なのだから。

プラチナ色の低い雲から緑の雑木林の上に降り注ぐ雨を見ながら、懐かしい音楽を聴いて、いろいろなことを思い出していた雨の一日だった。 

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2006.07.17

ほっこり

最近の私のウォーキングは、もっぱら隣接しているグラウンド。 暑い中で熱中症になっては敵わないし、かといって早起きも苦手だし、暗くなってしまったら街灯も無いので(なにせ山の中なもので)満月でも出なければ足元もおぼつかないし、鹿だのイノシシだのキジだの走り回っているし。 なので、日没直前の頃を狙って出かけてゆく。 ちょっと早めに夕食の準備だけ済ませて、夕暮れの風に当たるのは気分が良い。 ましてや汗の向こうに冷えたビールが待っているなら申し分ない・・って、一体何のために歩くのか?と、自問する私も居るのだが。

数日前、いつものように歩き始めたら、グラウンドの中央にカラスが一羽降りてきた。 「別に危害を加えてくる相手ではなさそうだ」と思われたらしく、外周をひたすら歩く私を横目に、何かをついばんだり羽づくろいをしたり、と、のんびりやっている。 しばらくすると、もう一羽。 先に居たカラスとやけに親しげである。 甘えた声で鳴きあっていたかと思うと、お互いの翼にちょっかいを出したりして、仲が良い。 親子なのか兄弟かカップルなのか解らないが、人間臭いくらいに平和な光景。

私はと言えば、視界の端っこに黒い塊を認識しながら、黙々と歩き続けていた。 ふと、カラスのほうを見ると、二羽が寄り添うようにグラウンドにうずくまっている。 触れ合うような位置で、時折くちばしで会話をするように相手にちょっかいを出しながら、足も折りたたんでちょこんと丸まっている。 街中ではすっかり厄介者のカラスだが、この辺りではちゃんと生物ピラミッドの中に組み込まれていて、巣では卵やヒナが蛇なんかに狙われているし、成鳥であってもトンビと激しい空中戦を繰り広げたりしている。 そういった光景を頻繁に目撃しているので、暫しの休息といった印象で、こちらまでほっこりするような気分だった。 いつも敏捷で周囲を厳しく警戒しているカラスが、こんなにぼーっとくつろいでいる光景を見るのは、初めてだったと思う。

夕暮れの中、二羽のカラスの邪魔をしないように、いつもよりペースを落としてのんびりと、その代わり距離をたくさん歩いてきた。

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2006.07.15

雑草化

最初は手をかけて育てていたのに、繁殖力が強い植物は庭で勝手にテリトリーを広げ、いつの間にか雑草と化していることが多い。 ミント系の生命力も見上げたものだが、並んで典型的な例は大葉(青紫蘇)である。 ちょっとした薬味としていつでも使えたら良いな、と、思って、窓辺の下のスペースに種を植えたのが、ほぼ10年前のこと。 それ以来、全く何もしないのに毎年必ず生えてきて、気がつくと青々と茂っている。 しかも、よく見れば庭のあちらこちらに子供を増やし、「あらら、ここにも」「おや、こっちにも」みたいな広がりようで、危うく踏みつけてしまったりするありさま。

当然『ますたあ』の草刈でも、あるべき場所に居ない個体はスパッと切られてしまう。 個体数が少なければ、予め移植して保護する価値もあるだろうが、もう充分確保されているので。 なので、草刈の後で私が庭に出て、切られたばかりの大葉を拾い集め、葉っぱだけを厨房へ。 洗って水を1センチほど張った空き瓶に縦方向に入れて、野菜室に置けば、それだけでもしばらくは楽しめる量が集まる。 冷奴にも大葉、納豆にも大葉、浅漬けにもサラダにも大葉、当然そうめんにもパスタにも大葉といった具合で、オンパレード状態に。

なんでもない混ぜご飯だが、暑くて食欲が無い時や、料理が面倒臭い時などに便利なメニューをひとつご紹介。

「大葉ごはん」

●炊いたご飯   1合分  冷ご飯を温めたものでも大丈夫
●大葉       10枚      
●ツナの缶詰   小型のもの一缶 オイル漬けタイプのものを。   
●醤油       適宜
●七味唐辛子   お好みで

1、ツナは缶を開けたら、蓋部分で押し付けるようにして余分な油を軽く切る。
  あまり切り過ぎないほうが美味しいので、ほどほどに。
  大葉は芯を除いてから千切りにする。
2、ごはんをボウルに入れてツナを混ぜ込む。
  醤油を回しかけて和える。 味見して塩加減を調整。
  ここで人肌くらいまで、ごはんを冷ます感じで。
3、大葉を加えて、さっと混ぜ込む。
4、お好みで食べる時に七味唐辛子を振る。

これだけ。 ポイントは大葉をたっぷり使うこと、それだけ。 ごはんが熱いうちに大葉を混ぜると、変色してしまうから注意を。 よりあっさりと楽しみたい方は、出来上がりにカイワレダイコンを散らしても。

ビタミンCもカロテンもたっぷり摂れるので夏バテ対策に。 お庭で大葉が雑草化していたら、是非お試しを。

ちなみに。
納豆を食卓に出す時、器の底や側面を大葉で敷き詰めるようにして、その上に納豆を盛る。 取り分ける際、大葉も一緒に食べてしまえば、ベタベタが器に残らずに洗い物が楽! 短時間なら焼き海苔でも可。

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2006.07.14

夏が来た

クレイジーに暑かった一日。 浜松では38℃まで上がったらしい。 ここでも、この10年で一番の暑さだったんじゃないかと思う。

『ますたあ』が草刈機(正確には刈払機、かりばらいきと言うらしい)で、庭の草を刈ってくれている。 草いきれが熱い風に混じって部屋の中にも流れ込んでくる。 むっとするような青い香り。 夏の光景だ。

怪我を避けるため、そして、虫に刺されないようにするために、『ますたあ』は長袖、長ズボンに長靴、軍手、帽子、頑丈なメガネと重装備だ。 当然汗だくの体力勝負。 エンジンの燃料タンクが空になる度に、窓際に腰掛けて一服する。 それに合わせて冷たい飲み物を用意するのが、私の役目。 飲んでも飲んでも、汗になって出ていってしまう様子で、実はすごいデトックス効果があるのかも知れないが、暑い中、危険を伴う作業で集中力を要するのも、本当に大変。 ご苦労様で頭が下がる。

日が落ちてから、生ビールを飲みに出かけた。 帰りにコンビニを経由して、大きな月が上るのを見ながら今年初めてガリガリ君を食べた。 ああ、本当に夏が来た、そう思った。

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2006.07.13

「やっぱりそうですか。」

恋愛関係の行方について依頼を受けて展開したタロットカードで、パートナーの位置に「死神」のカードが出た。 しかし、将来についてや全体のキーワードとなるカード、「場」の全体から受けるイメージには、全く暗さがない。

依頼者とパートナーはもう長い付き合いで、その上、双方にそれぞれ家庭がある。 何度か見させていただいているので、大人の恋愛に伴う細かいごたごたについては、そこそこ背景も判っている。 不倫と呼ぶ人もいるだろう。 が、本人同士は非常にプラトニックな関係で、逢ったり頻繁にメールをしたりもなければ、片方が結婚して以来肉体関係も全くない(らしい)。 それでも、愛し合っている。 では、何故、その人と結婚しなかったかと言えば、「(もしかしたら結婚相手よりも)愛しているけれど、一緒に生活できる相手ではないから」だそうだ。 一年ぶりに手紙を送ってみたが、いつもはすぐ届く返信が無いとのこと。 健康でも害したりしていなければ良いが・・ということだった。

「死神」のカードは、物事の終焉を意味するに違いないが、PCが暴走して手に負えなくなったら最終的に電源を落とすのと同様に、「そうでもしなければ終わらせられないもの、次に進めないものを、強制的にシャットダウンする」という内容があるように思う。

彼はあなたのことを忘れようとしているように見受けられる。 逆説的ではあるけれど、それによって、あなたは完全なる理想の相手・運命の相手として、揺ぎ無い存在に決定付けられる。 これからずっと、何が起こっても、それぞれを忘れることはないし、逢わないからこそ胸の中でイキイキと恋愛は続く、そんな印象だと、言葉を選んでメールを打ったら、すぐに返信が戻ってきた。 「やっぱりそうですか。 そんな気がしていたので、言ってもらえてよくわかりました。」 重い言葉だと思った。

現実から隔離された状態でこそ育つ恋愛というのもあるのだろうか。 理想を理想のままで保つためには、現実の生活は時として邪魔になるのか。 わからなくも無い。 言葉で表現するのは難しいけれど。

現実の中で育まれる恋愛、心の中で閉じ込めることで成長する恋愛。 いろいろなのだろう、きっと。 結婚相手との恋愛を、現実の生活の中でしっかりと育てていって欲しいと、メッセージを送った。

どういうわけか、ため息がひとつこぼれた。

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とりあえず

メンテナンスは終了したらしいです。
TBやコメントの書き込みが出来るようになっているはずです。

これで使い勝手が改良されることを期待したいですが。
記事はまた改めて、ということで。

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2006.07.08

ごめんねワイン

ココログメンテナンスの日時が決定したようです。
11日14時から13日14時まで。 48時間!!凄いな・・。
上記の間、閲覧は出来ますが、コメントの書き込みやTBの貼り付けが出来なくなります。
ご面倒をおかけしますが、よろしくご協力ください。


このところ、私にしては珍しく夜にワインを飲んでいる。 厳密に言うと、ワインを片付けている。 手元にあるワインをセラーなんかに収納してはいないから、いつの間にか美味しくなくなってきてしまい、勿体無いからそれらを優先的に消費しているのだ。 テーブルワインだし気を使う相手でもないこともあって、バシバシと飲んでいる。 もうちょっと早く、味が落ちてきていることに気付いていたら、ワイン好きの誰かに送って飲んでもらうことも出来たであろうに、自他共に認めるビール好きに飲まれてしまうワインも、運が悪くて可哀想な話だ。

贅沢に肉の煮込みにたっぷり使ったり、料理場面での出番も多くなった。 料理に使ったワインと同じ物を、テーブルで楽しむなんて、どこかのレストランみたいなのだが、ありがたみを感じていないのも、ワインに失礼極まりないと自覚している。 挙句の果てに、やっぱりどうしてもビールが飲みたくなって、週二日ほどは「ビールの日」を設定して「やっぱりコレだな・・」などと言いながら飲む始末。

お酒が好きな分だけ罪悪感も強い。 来週はワインゼリーでも固めてみますか・・。 ごめんね、ワインちゃん。

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2006.07.06

明日は七夕

私とは年齢の離れた、まだ若い女性の友人からメール。 結婚の予定とは聞いていたが、明日入籍するとのこと。 お式は秋になるらしい。 カレンダーを見ると今年の7月7日は大安だ。 結構田舎的な文化が残っている土地での生活になるらしいから、日取り選びもいろいろあったんだろうな、などと勝手に想像しながら。 数年前に結婚した高校時代からの親しい友人も7月7日の入籍だったから、二組が重なったことになる。 多分、これでもう私も忘れないだろう。 世の大多数の女性と違って、記念日を大事にすることはあまりしないのだけれど、相手の記念日を言い訳にして、たまに連絡を取ってみたりするのは嫌いじゃない。

この頃、若い年代の人達と話をする機会があると、なんだか「くそ」の文字が頭に付くくらいに「真面目だなあ」、と、感じることが多い。 真剣に考えて、真っ当な答えを出す。 真っ当過ぎてギチギチになって苦しがり、やがて爆発したりする。 車のハンドル操作で、タイヤの動きに反映されない余裕のことを『遊び』と呼ぶが、考え方にその『遊び』が無いのだ。 だから、臨機応変が利かず、すぐにパニックになるように見える。 自分の20代も、こんなに真面目だったのだろうか?? クエスチョンマークを5つくらいくっ付けても良い。 すごく考えていることは認めるけれど、全てが完璧に考えた通りになる訳ではないし、希望通りに実現する訳でもない。 また、望んでいるだけでは叶わない。 叶うための努力に必死になることが、まずは重要で、そうこうしている内に予想外の学びをたくさん得て、最終的に結果が叶わなくても納得できるような筋立てが、実際は大部分なんじゃないかな。 と、このオバサンはぶつぶつ・・。

入籍を目前にして、社会のしきたりや新しい親戚付き合いなどに疲労困憊してしまい、この場に及んで自信なさそ気なメールの返事に、長い時間をかけた後で、自分の20代の頃のこと、結婚した時のことなんかを思い出していた。 やっぱり、そんなに深く考えていなかったような気がする。 きっと大丈夫だよ、の無責任な一言が文末に書けないまま、返信を送った。

そういえば、「七夕(たなばた)」と、「棚ぼた(たなぼた)」って、響きがちょっと似ている。 自分の中の基準がずれなければ、幸せも棚ぼた式にくっ付いてくるものなのかもしれない。 基準作りに真面目に取り組んだら、日常生活のもろもろには『遊び』があっても良いのかも。

大事な友人である、七夕が結婚記念日の二組のご夫婦の上に、幸せがたくさんありますように。

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2006.07.05

微妙な飴

海鮮かきあげおかき」に続いて、またも『ますたあ』が見つけてきた妙なキャンディー・・「Corn cream candy」。 中国からの輸入品らしい。

舐めてみると、確かにあの味。 あのまんまの味。 スィートコーンの水煮缶の味。

んー甘い野菜だけど、なにもキャンディーにしなくても・・と、突っ込む。 不味くもないが、一度食べればもう充分かとも思う。

コーン味のキャンディとは、さすがは中国ならではの発想という気がした。 食文化のすごい奥深さ、私にはちょっと持て余し気味。


ちなみに。
その「Corn cream candy」を輸入している、エヌエス・インターナショナルという会社のHPが有ったので、商品の写真があるかな、と思って、行ってみた。 結局会社案内だけだったが、管理本部の社員教育の項に「サバイバル訓練」とあるのを見つけてしまった。 輸入すべきお菓子を見つけ出すのも、大変なご様子で・・。

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poorな環境

ここ一週間ほど、このブログの登録されている「ココログ」のレスポンスが非常に悪く、21時を回ったら、ほぼログインは無理と考えた方がよい状況が続いている。 元々何かとトラブルが多くて、(だって、特設とはいえ、『ココログ・レスポンス問題お知らせブログ』まで作ってしまうんだから。)困ってはいたものの、ここまで来ると文字通り苦笑だ。

私がブログに写真をアップしないのは、肖像権や著作権に関しての気遣いが面倒くさいのも然ることながら、接続回線がpoorだからという要因が大きい。 ADSLでの接続で、室内の配線など『ますたあ』が最大限に工夫してくれてはいるが、NTTの基地局からの距離が尋常ではないから、まさに今、見に行った状況でも上り352kbps、下り192kbpsしかない。 言っておくがこれでも早いほうだ。 もちろん「光」が敷かれる予定もないので、当分はこの状況で我慢するしかない。 ダウンロードにかかる時間も相当なものだから、取り掛かる前に気が失せてしまって、情報量の重たいものはハナっから諦めてしまう事も多いのが現実。 衛星でも使って、光ファイバーを使わなくても、山間部で安定した情報交換が出来るようなシステムが確立して欲しいものだが。 多少の自己負担は覚悟しますから。

さて、話題を戻そう。
ただでさえ接続環境がpoorなのに、行き着く先のサーバーまですごい混雑では、全くお話にならない。 21時以降にアップできないなら、他の時間帯を使えば良いだけの話なのだが、これがなかなか難しい。 ご飯も済ませて、お風呂に入って、のんびりした所で「さあ書きますかね・・」というのが、大体22時以降。 予約タイマー機能を使ってアップしようと試行してみたものの、記事を一時保存することすらサーバーに拒否されては、どうしようもない。 朝から文章を練るのも自分のペースではないし、これは個人的な問題だが、午前中はなんとなく頭が働かない。 ならば、記事として扱う文章だけ自分のPCに保存しておいて、空いている時間にコピー・アンド・ペーストでアップだけすれば・・というのもやってみたが、結局読み直してみると、書き加えたり、削除したり、再編集なんて余計なことにまで手を出してしまう・・。 文章を作ることや記事のアップには、ある種の勢いのようなものが必要みたいだ。 それに、ほら、夜に書いた手紙って朝に読み直すと妙に照れくさかったりするでしょう?、あんな感じの心理も働くし。

ココログさんはなんと2日もかけて、大掛かりなサーバーメンテナンスをやってくれる予定らしい。 これですっきりと解決してくれれば助かるのだけれど、あまり期待しすぎない方が無難かな。 とあるココログ・ユーザーの方のコメントに大笑い・・「えーと、実際のトコロ、4日間くらい止まると思ってたらよいですかねえ」、って。 あるよ、あるよ、きっと・・。 笑ってる場合じゃないか!? ちゃんと我慢しますから、good jobをお願いしますよ。

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2006.07.03

つよい風の中を

このところ、夕方になると西風が強い。 暑くなってからはウォーキングも辛いので、日没直後の時間を狙ってグランドに出かけてゆく。 歩きながら強い風を受け続ける。 前から、横から、後ろから。 抵抗になったり、背中を押されたり。

歩くのに風は邪魔だ。 風が無いほうが自分のペースを作れるから。 遮るものがない広いグランドに、台風の時のように風が吹き荒れるので、歩くのをやめようかとも迷う。 それでも、歩き始めてしまえば、いつの間にか夢中になっているのが不思議。

風を相手にしながら、前のめりになる姿勢を整えたり、背中を押されてオーバーペースになるところを、ぐっとこらえて。 そうしている間にだんだんと、他のことは何も考えなくなってくる。 歩くことだけに集中してくる。 汗をかきながら、心の中の余計な物も、風の中に置き去りにしながら。 それが、なんとも言えず快感なのだ。

たまには我を忘れて何かに必死になることも、きっと大事なことなんだろう。

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2006.07.01

夏の煮物

暑い時期の和食の煮物は、甘さを控えめにして、スッキリと後味を軽くするように。 そして、冷たくても美味しい素材を使うようにすると良い。 例えばナスや高野豆腐の煮物などはきりっと冷やしても美味しい素材だ。 なるべく火の前に立つ時間を短く控えておきたいのが正直な気持ちだし。

今日は「イカ大根」。 家庭の煮物の定番だろう。 あめ色にイカの味を染み込んだ大根も魅力的。 いつもなら砂糖とみりんの両方で甘さをつけるところだが、砂糖を入れずにみりんだけで作ってみた。 この時期のイカは身が厚くて甘さがあるので、煮汁の甘さを抑えることで逆にイカの味が引き立って、良い感じ。 冷やしたビールとの相性も良かった。

甘さを勝たせた方が美味しいもの、甘さを控えた方が美味しいもの。 その時々によって臨機応変にしなくてはならないのが、料理の難しさでもあり、面白さでもあり・・。

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