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2006.08.31

8月最後の日

天気予報のお兄さんがテレビで言っていた通りに、すっきりと晴れてカラッとした気持ちの良い一日。 たくさんあった洗濯物も、お昼にはすっかり乾いて、気持ちがずいぶん楽になる。

ラム肉を使ってエスニック調の焼きそばを作ったつもりだったが、『ますたあ』に「うん!夏のキャンプで食べる焼きそばの味がして美味しい!」などと言われ、思わず吹き出しそうになった。 言われてみれば、確かにそんな味もして返答に困る。 肉屋のサービスで受け取ってしまった「ジンギスカンのタレ」を、焼きそばに入れてしまったのが原因か?

午後からものんびりと、贅沢な時間。 あんまり安っぽいものは聴きたくなかったので、ずいぶん昔のアルバムを引っ張り出してきた。(語弊がありますね。 えーっと、その、ちゃんと計算され尽くした作りの音楽を聴きたかったということです。) 須藤薫さんの「SUMMER HOLIDAY」。 当時は名盤と言われた逸品だ。 けだるい感じが夏の終わりにぴったりとはまる。 バックの杉真理(まさみち)さんが、思いっきり気持ち良さそうに唄っていて、聴いているこちらも引きずり込まれる。 村上龍さんの本をぱらぱら流し読みしながら、温かい紅茶。 ヘッド・フォーンの向こうから蝉時雨が聞こえていた。

明日から9月。 自分にとって、何故だか毎年9月は特別な気持ちがする。 今年の9月には、どんなことが起きるのだろうか・・。 楽しいことも哀しいこともちゃんと受け止められるように、心にゆとりだけ持ち合わせておきたい。

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2006.08.30

使命感

買い物の帰りに、義父のお世話になっている老人施設に寄ったら、たまたま施設長さんが居られた。 挨拶をして、義父のことを少しお話して・・いつものことなのだが、いつもと違って今日は彼女の目の周りにクマができていた。 心配になって、「お疲れですね、大丈夫ですか?」と、喉元まで出たのだが、ぐっと飲み込んで黙った。 こういう仕事をしている人、特に職業意識の強い方は、往々にして自分の弱みを他の人に悟られるのを嫌う人が多いようだ。 「サービス業に従事するものとして、自己管理すらできないことは恥ずかしいことだ。」と捉えるのだろうか。 疲れていても、外には疲れを見せないようにする。 それを意識する、しないは、それぞれだろうけれど。 ・・溜め込んで具合を悪くしたり、爆発したりしなければ良いな、などと内心思いつつ、結局私には何もできない。

俗に言われる「大変な仕事」に従事する方ほど、使命感がないと務まらないから、自分のためにも使命感を感じ、身につけることに努力しなさい、と、学生の頃に言われ続けた。 忙しくて自分を省みる暇もなく走り回っている内に、身も心も疲れ果ててしまい、何のために自分はこんなに働いているのか、と考えるのは、当然のことだろう。 その時に立ち戻れる拠り所を持っているかどうか、それが大きな違いらしい。

気分転換や楽しいことを貪るのでは、根本的な解決には繋がらないから、結局一時的な逃避に過ぎない。 軽度な疲れならそれでも回復できるだろうが、やがて不十分に感じる時が来るかもしれない。

特定の宗教を持たなくても、「自分はその仕事に選ばれた」とか「その対象に選ばれた」と、自分に言い聞かせているうちに、だんだんその気になってくるものだ、とも、学生時代に言われた。 その時はピンとこなかったのも事実だが、今から振り返ると思い当たる節もある。 お金のためではなく自分のために働く、それが即ち誰かさんのためにもなる、そういう存在が本来の仕事の意味だと。

老人施設で働き始めた新人のヘルパーさんたちは、ちょっと見ぬ間に、不自然に太ってきた人が多く見受けられた。 ストレスが強いのだろう、きっと。 自分の使命感を自分で見つけて、職員として成長してくださったら嬉しいのだけれど。 若い彼らを取りまとめる施設長さんも、さぞかし大変なことだろう。 そのおかげさまで、笑顔で生きていられる義父が居る・・。

帰り際、ただただ祈るような気持ちで、施設を後にしてきた。 

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2006.08.29

お祓い その2

(昨日からの続きです。 初めての方は昨日分からお読みください。)

修道女という種類の方達は、年を取ってもどこか天真爛漫と言うか少女のような雰囲気があるのは不思議だ。 私のへんてこな質問にも屈託なく答えてくれる。
「実は私も困っちゃってね、神父様に相談したのよ、『どうしたらいいでしょう?』って。 そうしたら、『お化けって何ですか?』なんて逆に聞かれて答えに困ったわ。 ははは。 そうしたら横に居た別のシスターが『神父様、ゾンビみたいなもんです。』って。 私は、ちょっと違うなあって思ったんだけど、他に表現が思いつかないし。 困っていたら神父様が『じゃあもっと神聖な場所にするようにしてあげたらいいですか?』って言ってくれたんで、こうなったのよ。」
つまり、ますますキリスト教的な神様の愛でその場所を満たしてしまえば、その他の邪悪なものは入る隙間がなくなる、ということらしい。

「賛美歌を歌うために呼ばれたのは解りましたけれど、なんで他の病棟の私らが?」
「それはホラ!見たことのない顔の人が参加してくれていると、ありがたみが増すじゃない。 いつも同じ顔の見慣れたスタッフばっかりよりも『こんなにやってくれている』って思うでしょ? それはそうと、あなたたちなんにも知らされないでここへ来たみたいだったわね。」
「そうですよ、ウチのシスターは何にも言ってくれなかったんですもん! でも、こういうことだったら、私たちよりも被り物(修道院によっても違うが、修道女は普段からベールを身に付けている人が多い。)している人が参加していたほうが、ビジュアル効果が高くて、良かったんじゃないですか?」
「おたくらの師長に頼んでおいたのよ、来てねって。 そしたら急に『会議が抜けられない』って言うじゃない、それで困って、『じゃあ誰か代わりによこして頂戴』ということになったわけ。」

持ち場の病棟に帰る途中で、私と後輩は話していた。 例えば仏教徒のお化けにも聖水は有効なのだろうか?とか、なんだかしっくりこない気持ちで。 でも、「お祓い」に参加してきたなんて喋ったら、ウチの病棟にも変な噂が広まって厄介なことになりかねない予感がするので、内緒にしておこうということになった。 元々女性の職場には詮索好きの人も多くて、デマや迷信がはびこり易い。

病棟に戻ると、会議を終えた師長が帰っていた。 私の顔を見るなり、腕を捕まえて人気のない隅に引っ張って、「どうだった?」と尋ねてきた。
「どうだったもなにもないですよ。 『お祓い』だってひとこと伝えてくれないと、こっちだって気持ちの準備ってものがあるじゃないですか?!」
「ごめんごめん。 で、どんなことやってた?」
「普通の土地とか建物の祝別(まあキリスト教的な『お清め』みたいなものですか。)の儀式と一緒でしたよ。 神父様に御聖水撒いていただいて、みんなでお祈りして・・。」
「あなた、見たの?」
「そりゃあみんなで並んで行進しましたもん。」
「そうじゃないわよ、そうじゃなくて。 (急に小声で)お化けのことよ。」
「はあ??」
「お化け、いたの?」
「あのね、シスター、いくらお化けだってこんな真昼間の面会時間で人が一杯の時間に出るわけないでしょう!」
「あ、そうね。 それならいいんだけど。 まあとにかく、どうもありがとう。」
「一応○○(後輩の名前)には、他言しないように釘刺しておきましたけど、シスターからも彼女にお礼言ってあげてくださいね。」
「そうね、そうするわ。」
なんだか、私は頭を抱えたのを覚えている。 と、同時に、「ははーん、そういうことか」と、ピンときた。

後日、私の関係するプロジェクトの会議で、『お祓い』をした病棟の師長シスターと会った。 あれから全く出ていないらしい。 変な噂も収まって一安心だという話だった。 やっぱり効いたのだろうか? とりあえず良かったですね、などと話しながら、実は気になっていたことを、こっそり耳元で聞いてみた。
「ウチのシスター、怖がってわざと私たちに行かせたのと違いますか?」
「やっぱり、あなたもそう思う? 私も同じことを思っていたのよ。」
「どうだった、なんて質問攻めで、まるで怖いもの見たさでしたよ。」
「あの人、気が小さいトコあるからね。」
くすくすと笑ってしまった。 病棟で師長は大きなくしゃみをしていたに違いない。 上の立場の人は、あんまり完璧にでき過ぎていないほうが、下の人の力を引き出せるものなのかも・・。 まんまとはめられた自分が可笑しかった。

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2006.08.28

お祓い その1

ずっと以前に都内の病院で勤務していた時のこと。 病院はカトリック・キリスト教の修道院が運営母体の、「バシバシのキリスト教理念に基づいた病院」で、各病棟・各セクションの師長は修道女(シスター)が務めていた。

ある日の午後、会議に出席中の直属の看護師長から私宛に電話。 指定の時間になったら後輩をひとり連れて○○病棟へ行くように、とのこと。 「行けば解るし、10分ぐらいで終わるから・・」とだけ告げて、電話は切れてしまった。 こちらにも時間内にこなさなければならない仕事が山積だから、文句をいっている暇があるなら、とっとと済ませてとっとと帰ってこようと腹を決め、後輩とともに指示された病棟へ向かった。

向かった先の病棟師長は、他のプロジェクトで一緒に仕事をさせていただいた顔見知りだ。
「ああ、助かったわ! これ使ってちょうだいね。 こういうことは他の病棟の人が来てくれたほうがありがたいのよ!」
そう言って、差し出されたのは賛美歌の歌集。
こちらはちんぷんかんぷんだ。
「いったい何が始まるんですか?、シスター。」
「あら、聞いてなかった? 『お祓い』よ、『お祓い』。」
「はあ??」
「適当に賛美歌を歌いながら、私の後について来てくれれば良いから。」
病院には付属の大学があり、そこの卒業生はキリスト教を学ぶことが義務付けられているので、当然賛美歌もそこそこ唄える。 それで私たちが呼び出された理由のひとつは解った。

そこに病院付きの神父様がやって来た。 入院患者さんを元気付けたり宗教的行事のために、毎日病院を訪れてくださる修道院の神父様だ。 どこか詳しくは存じ上げないけれど、白人系の外国人で日本語は片言である。 詳しく尋ねる間も無く、「デワ、始メマショウカ。」

先頭に神父様、続いてキリスト像を胸に抱いたシスター、その後に私たち、そしてその病棟のスタッフで処置中でない人が、ぞろぞろと進む。 中には勤務時間外の私服のスタッフも混じっていた。 私以降のスタッフみんなで賛美歌を歌いながら。 神父様は先頭で、お祈りをぶつぶつ口にしながら、聖水の容器から専用のピンポン球大のボンボンを左右に動かして、聖水を廊下に振りまいている。 ・・午後の面会時間の病棟でいったい何が始まったかと、元気な入院患者さんが病室の入り口から廊下に首を出して、私たちの行列を物珍しげに眺めていた。 なんだか恥ずかしくて顔から火が出そうなのに、神父様はもったいぶったようにジリジリと歩を進めた。

病棟の全ての廊下を一周した後で、最後に看護師室の前で最後の賛美歌を一曲歌い、お決まりの祈りの言葉をみんなで唱えて、『お祓い』は終わった。 病棟のスタッフたちは「これで安心ね」とか言いながら、サーッとそれぞれの仕事に散ってしまい、残された私と後輩とシスターとで神父様にお礼を言い(訳も判らぬまま・・)、見送った後で、シスターが言った。
「いやあ、本当にありがとう。 コーヒーでも飲んで行く?」
「まだ仕事の途中なんでコーヒーは遠慮しますけど、いったい何の『お祓い』なんですか?」
「それが、ここじゃあ言えないから、やっぱりコーヒー淹れるわ。」
そう言って、スタッフの休憩ルームに私たちを案内してくれた。

「あのね、お化けが出るって言うのよ。」
「スタッフが見たんですか?」
「そうなの。 夜勤の人がね。 変よね、そんなの・・ナンセンスでしょ。 だけど、そのうち患者さんの中にも『私も見た』なんて言い始める人が出てきちゃって。 噂ってすぐ広まるじゃない?」
「ただでさえ、患者さんは時間を持て余してる人も多いですもんね。」
「大騒ぎになる前に手を打っておこうと思って、それで、『お祓い』なのよ。」

「あのー、シスター、変なこと聞きますけど、キリスト教的にも『お祓い』なんて存在するものなんですか?」
「私も知らない!!」
「お化けっていう存在は?」
「・・それも知らない。 どうなんでしょうね?」 そう言ってシスターは首をかしげている。
「じゃあ、神父様は今なにをしてくださったんでしょう??」

(この話、続きます。)

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2006.08.27

使いかけの白玉粉、現る!

使いかけの白玉粉の袋が見つかってしまったので(苦笑)、「うわー、いつのだ?」と、中を覗き込みながらクンクンしてみる。 どうやら傷んだり虫が付いたりはしていない様子だ。 この機会を逃したらさすがにヤバイだろう・・ということで、早速午後のおやつに。

白玉団子を作ったのもずいぶん久し振りで(イコールこの白玉粉が前回使われたのがいつなのかすら、すっかり忘れ去られていたほどな訳で、全く自分に呆れる)(ついこの前、戸棚の掃除をしたんだけどなあ、なんで見つけられなかったんだろう、ぶつぶつ)、こねたり、丸めたり、中央に指を押し付けてえくぼを作ったり、の、ひとつひとつがなんだか新鮮に感じられて楽しい。 存在を忘却していたことを詫びるような気持ちなので、自然と手順も丁寧になる。 お湯に落とすと程なくぽっかりと浮かんでくる様子も、「そうそう、これよ、これ!」と、はしゃぎたくなるような想いだ。 すくい上げて水に放つ。 温度が下がってボウルの底に沈む頃には、いつの間にか表面の滑らかさが増して、つるんとしたぴかぴかの美人白玉団子に。 やっぱり料理って不思議に美しい。

薄めのシロップを器の底に少しだけ張って、白玉団子を入れ、横に粒餡を添えて、氷のかけらをひとつ。 お相手は冷煎茶。 古い粉のせいか、ちょっと香りが抜けているような気がしたが、つるんとした喉越しは健在で、内心「これで責任は果たせたか・・」と、胸を撫で下ろす。

ほっとして夏の終わりをいとおしむような午後のお茶になった。

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2006.08.26

大さじ1は何グラムか

検索ワードで探している方が多いようなので、ちょっとまとめておきます。 あまり充実していなくて恐縮ですが。

15ccの大さじ1杯分の目安重量

あ行  油類         12グラム

か行  片栗粉        9グラム
     小麦粉        9グラム
     コーンスターチ    6グラム
     ゴマ(摺ったもの)  9グラム
     胡椒          6グラム
     ココア         6グラム
     紅茶          6グラム
     牛乳          15グラム
     カレーパウダー    6グラム

さ行  酢            15グラム
    酒            15グラム
    塩             18グラム
    砂糖(上白糖)      9グラム
    醤油           18グラム
    重曹           12グラム
    ソース          18グラム
    スキムミルク       6グラム
    ゼラチン(粉)       9グラム
    煎茶            6グラム

た行  チーズ(粉)        6グラム
     ケチャップ        15グラム

な行  生クリーム        15グラム
     練りゴマ         15グラム

は行  パン粉(乾燥)      3グラム
     蜂蜜           21グラム
     バター          12グラム
     ベーキングパウダー  12グラム

ま行  マヨネーズ        12グラム
     抹茶            6グラム
     みりん          18グラム
     味噌           18グラム

条件や個体差があるので、目安として使ってください。
似たような食品を目安にしてゆけば、そこそこ憶測は付くのでは・・?
ここにあるものは実際に私が計量したものです。
お役に立てれば幸いです。     

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2006.08.25

良い旅を

真夜中の六本木。 もう日付も変わり地下鉄の最終電車も終わって、ある意味落ち着いた街の雰囲気の中で、お店を変えるために友人と歩いていた所を、英語で話しかけられた。 相手は白人の外人で、20歳代後半くらいの6人組。 男性と女性が混じっている。

「ドラッグ・ストアーはどこにあるか?」と、女性が聞いてきたので、「セブンイレブンで良いか?」と、逆に尋ねるとそれで良い、と言う。 「あそこに見える信号の交差点を右に行けばすぐ見つかるはず。」 すると、「日本の人はこのくらいの時間に何を食べるのか?」と。 あまりにもスットンキョウな質問に、こちらが首を傾げると、「食べ物をプレゼントするために、ドラッグ・ストアーに買いに行くのだ。」と、続いた。 「お菓子を探してる?」 「いや、食事として。」 しばらく横の友人と日本語で相談してから、「おにぎりなら持ち運びも便利だし、食器も要らないし、日本人ならたいてい好きだから。 それになによりリーズナブルだ。」と言うような内容を伝えた。

しかし、彼らはおにぎりを知らなかった。 なので、こちらも酔い覚ましのつもりで散歩に付き合って、一緒に歩くことに。 棚の上にたくさん並んでいる三角形の黒い物体にキャーキャー言っていたが、やがて相当な数を選んで、そして、その中の一人の男性が自分達の味見のためにも何個か購入していた。 お店を出ると、早速食べてみたいという話になったので、独特の薄い包装をはずしながらひとつ作って見せてブラック・ペーパー(焼き海苔のこと)についても説明する。 みんなで恐る恐る回し食べして、楽しそうだった。 聞けばイギリスから来た若者たちで、明日は京都へ向かう予定らしい。 日本に留学している知り合いと逢って、食事を楽しんだ後だと言う。 「で、その大量のおにぎりは友人へのお礼か?」と、聞くと、「No!No!」。

実は、彼らが泊まっているホテルの目と鼻の先に小さな公園があって、そこで野宿している人に配るのだと言う。 予想外の展開にこちらが戸惑っていると、「日本でいろいろな人が親切にしてくれたから、日本への感謝の気持ち。」ということだった。

初めに話しかけられた所まで戻ってきて、握手をして彼らと別れた。 相変わらずキャーキャー陽気にはしゃぎながら歩いてゆく後姿を見送りながら、友人と二人、気付いたら深々と頭を下げていた。

なんでこんなことを急に思い出したのか、私自身にもよく判らない。
そういえばあの夜も、こんな雨上がりだったっけ。 

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2006.08.24

音声認識キッチン・タイマー

持っていないし使ったことがないので、聞き覚えの状態で恐縮だが、ニンテンドーDSの「しゃべる!DSお料理ナビ」にはレシピに合わせたタイマー機能があって、例えば「10分間煮込む」という時に、実際に10分経過すると音声で教えてくれるらしい。 私は、ずーっと前から「音声認識してくれるキッチン・タイマー」を、どこかの会社が作って売り出してくれることを、心待ちにしてきたので、そのようなソフトの出現に、「よし、これでだいぶ現実に近付いてきたかな」、と、期待している。 残念ながら今のところ、キッチン・タイマーとして単独で販売されているものは無い様子だが、技術的には実現可能なんだろう。

慌しい食事の支度の最中にちょっと時間を計りたいことはよくあって、パスタを茹でながらソースを平行作業で作っている時など、音や音声で時間経過を知らせてくれるなら、もうひとつの作業に集中できるから、気持ちがずいぶん楽になる。 市販のデジタル式のキッチン・タイマーは安価で手軽に使えるけれど、料理中はなにかと手が濡れていたり、脂や素材がくっついていたりする場合も多くて、タイマーを操作するためにわざわざ手を洗って拭いて、ボタンを押してから、もう一度洗い直して拭き直して調理再開、というのは、あまりにも面倒なのだ。 だから、結局タイマーを使わずに、オーブンや電子レンジに内蔵されている時計を見て、「3分後は12時57分だな」とか考えながら、ちょこちょこと時計をチェックして済ませてしまうことの方が多い。

小型のキッチンタイマーを置いておき、「タイマー・セット」と、話しかける。
「何分ですか?」
「5分」
「5分ですね、良いですか?」
「オーケー」
「では5分計ります。 用意できたらスタートと言ってください。」
「スタート!」
「5分間を計っています。」
・・・
「5分経過しました。」
「オーケー」
「計測を中止します。」
みたいな音声だけで操作できるタイマーが発売されたら、1万円までなら即刻払って買うんだけどなあ。

どこかのメーカーさん、いかがでしょう?

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2006.08.23

頭がありませんが、なにか??

昨夜の夢はかなり変だった。

身体に何らかの障害を持つ人達のバス旅行に付き添っている私。 障害の程度が重い方が多くて、介助者が1対1で障害を持つ方とペアを組んでいる。 盲目の方も居られるし、包帯だらけの人、松葉杖の人、体中からドレーンチューブを出しながら点滴スタンドを引きずっている人、頭部保護のためのヘッドギアをかぶっている方も。 でも、みんなすごく楽し気で、どこへ向かっているのかは不明だが、笑顔でおしゃべりも弾み、大型観光バスの車内はとっても賑やかだ。

私の横には、私が担当している相手の方が座っているのだが、なんとこの方、首から上が無い。 首5cmくらいから上がスパッと無い。 話しても聞こえないし見えないし、どうやってコミュニケーションしているのかと思えば、サリバン先生方式とでも書こうか、相手の掌に私が文字を書いて伝えている。(脳が無いんだから伝わるはずも無い筈なのだけれど・・。) 服装からすると大学生くらいの若い女性のようで、相手も腕と手先の動きで器用に感情表現してくる。 これがまた、すごく楽しそうで、私と二人でケタケタ笑っているのだ。 頭部が無い異様な見た目にも、何ら恐怖を感じない、なぜだか楽しい夢で、休憩に立ち寄ったサービスエリアで彼女の手を引いて、コーヒーの自販機の前に立つ場面で目が覚めた。

彼女をお化けとみなして、恐怖の夢として展開したほうがしっくりくる様な場面だったのに、いったいあの楽しさは何だったのか、起きてから大きなギャップとあまりの不可思議さに首を傾げてしまった。 彼女のルックスの強烈さ・異様さから言えば、今まで経験してきた夢の中でも3本の指に入るだろう・・。 こういう時は、起きて冷静に考えてからが、逆に怖かったりする。

当分頭から離れなさそうだ。 いえ、彼女の頭は見事に離れて無くなっていましたが、ね。 

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2006.08.22

コンビネーション

相手がジン
 マヨネーズ、及びマヨネーズをベースにしたソース類
 羊肉
 ジビエ全般
 酸味の強い柑橘類
 マスカット
 パインアップル
 トマト

相手がラム
 海老・帆立貝等甘味の強い魚介類
 冷製の肉料理
 バナナ
 マンゴー
 ドライフルーツ全般
 カスタード系ソース
 バニラを使う焼き菓子
 チョコレート

相手がブランデー
 甘味の弱い魚介類
 和牛
 巨峰・桃・パパイヤ等甘味の強い果物
 キノコ類
 生クリーム系を温かい状態で食べるソース
 バター
 チーズ(フレッシュタイプを含む)
 コンポート

相手がウィスキー
 オージービーフ
 豚肉
 生クリームを系を冷たい状態で食べるソース
 パテ類
 ナッツ類

相手がマラスキーノ
 メロン
 アメリカンチェリー
 プラム
 冷たい状態で食べるカスタード

手元に切らさない蒸留酒と、私が使っている組み合わせを簡単にまとめてみた。 その素材が原料になっている蒸留酒を使うのは、基本なので除いてあるし、全てこの通りに組み合わせている訳でもない。 味見をした時のインスピレーションが何よりも大事だ。

ちなみに、ここには鶏肉が無い。 鶏肉には何といっても日本酒!! 洋食の場合で、日本酒がどうしても邪魔な場合はワインを使っている。 どちらにしても醸造酒でなければ強すぎてしまうように思う。(こだわりのある強烈な地鶏なんかでは焼酎を使ったりもするが・・・。)

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2006.08.21

それでも少しずつ季節は進む

今夜から庭でクツワ虫がガチャガチャ鳴き始めた。 昼間の陽射しや気温は真夏のまんまだが、朝夕の空気がなんとなく秋めいてきている。 夏の間、ずいぶん活躍してくれた青紫蘇も、大きな葉っぱがどことなく瑞々しくなくなっていて、花芽を作る準備をしているのが見て取れる。 トンボが雑木林の間を抜けて、ツーイツーイと飛び交い、風に浮かんでいるみたいだ。 空の色も少しずつだが確かに透明感を増して、気持ち良さそう。

もう以前の経験はいつか覚えていないほど、久しぶりに高校野球の中継を見ていた。 プロ野球と何が違うんだろう・・漠然と考えながら、「自分にとって一番好きなことでお金を稼ぐことは、止めるべきなのかな?」、という言葉が頭の中に浮かんできた。 暑くて頭を働かせる気になれなかったことも手伝って、この言葉の検証には、まだ手が、いや、頭が回っていない。

もう目の前に「処暑」が近付いている。 夏の疲れが出てくる頃・・皆様どうぞ、お体に気をつけて。

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2006.08.19

魚肉ソーセージ

多分15年以上ぶりに、魚肉ソーセージを食べている。 4本入りだったので、手始めに1本目はスライスしてサラダに添えて、そのまんまの味を食べてみた。 ずーっと昔に食べた時の味の記憶と全く同じで、どこかでホッとしつつも、こんなに変わらないとは逆にすごいな、などとも思ってみたり。

これだけいろいろな種類の食べ物が手に入る状態で、改めて魚肉ソーセージという食品の立場を考えてみると、決して「何にでも相性が良い」というものではないことが判る。 基本的には「そのまま単独で食べる」のが適しているかな、と。 それでも手元に残った3本を、さて、どうやって食べようか・・と、思いを巡らした時、敢えて相性を考えれば「炭水化物だろう」との結論に。 一番最初に浮かんできたのが、アメリカン・ドッグだった。 そうそう、あの感じだ。

で、スパゲティー・ナポリタン(決して「トマトソースのパスタ」なんかじゃなくて、昔の喫茶店で食べていたようなヤツ、ね。)の具にしてみたり、ソース焼きそばに入れてみたりしたら、もうバッチリの相性で、懐かしさ大爆発! つまりは「あの時代」の食べ物と非常に相性が良い、と言うか、切っても切り離せないような存在なのかもしれなくて、食べながら懐かしい時代の思い出にふけってしまった。

魚肉ソーセージは昭和を閉じ込めたような食べ物だった。 さて、残り一本、何に使おうかな?

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2006.08.17

ビールは連鎖する

お昼時。 お盆休みの続きで交通量が多い国道を避け、裏道を通りながら、あまり行かない某とんかつ屋さんで昼食をいただくことに。

早速ランチのとんかつ定食をオーダーして、大ぶりのグラスの冷茶にホッと汗を抑えながら、ふと隣のテーブルを見ると、ガテン系の若いおにーちゃんがほぼ食べ終えた状態。 あっ、定食を乗せたお盆の横に、中ジョッキが並んでいる。 ジョッキの内側には泡のリング(エンジェル・リング)の段々が。 「ああ、生ビールか・・」、と、思ったら、それまで抑えていたものが弾けて急に飲みたくなってしまったのだ。 「すいません、生中もひとつ!」

やっぱり夏のビールは格別だな・・なんて、内心ニンマリしながらとんかつを待っていると、中年のおばさま4人組が来店してきた。 私たちの横を通りながら奥のテーブルに。 何を注文するか相談している会話が、聞くともなく聞こえてくる。
「ビール、美味しそうだったわね。」
「ほんとね。」
「でも昼間よ・・」
「あら、たまには良いじゃない!」
「そうよ、そうよ。 滅多にないんだしさ。」
「飲んじゃおうか?」
「飲んじゃえ、飲んじゃえ!(笑)」
結局おばさま方は、そんなにたくさんは飲めないということで、店員さんに聞いて、グラスビールを4つ注文。

ガテン系のおにーちゃん、私、おばさま4人と生ビールが連鎖して、心の中でくすっと笑った。

お店の奥では、ビールを注いでいる奥様に向かって、とんかつを揚げているご主人が「またビール(のオーダー)?」と言っている声が聞こえた。 ランチタイムにビールを飲む客が続いて、お店も不思議に思っていたかもしれない、と、思ったら、また笑ってしまった。 ふふふ、私のせいじゃないもーん!

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2006.08.16

夏の煮物 2

「夏の煮物」をキーワードに来訪していただいている方が、そこそこ居られるようなので、新たに一品アップすることに。

これはまだ私が結婚して間もない頃、東京に新たに出店してきた京都の老舗割烹でお食事をいただく機会があり(ちょうどバブルの頃で、伝統的且つ閉鎖的に経営していた老舗割烹が、新しい顧客を求めてどんどん上京してきたのだった。 ある意味、貴重な時代でしたね。)、そこで出された煮物が大変美味しかったので、作り方を聞いて帰ってきたもの。 関西らしい味の夏向きの冷やし鉢(冷たい状態でいただく煮物)。 出来上がりの繊細さの割には、作り方は単純!

鱚(キス)と茄子の煮物 たっぷり4人前くらい

材料 ●キス(天ぷら用に開いて中骨を除いたもの)12枚
    ●ナス        4個
    ●だし         3カップ・・・二番だしでよい
    ●薄口醤油     大さじ3
    ●みりん       大さじ3
    ●薄力粉・揚げ油 適宜

1・キスの尾を取り、半身に分けるように切る。 ナスは皮を全て剥き、3~4つに筒切りして水にさらす。
2・鍋にだしと薄口醤油、みりんを合わせておく。
3・揚げ油を180度くらいに熱する。
4・ナスを水から上げてペーパータオル等で水分をふき取り、油通しの感覚でさっと素揚げする。
5・キスに薄力粉を薄くつけて、からっと揚げる。
6・煮汁の鍋を火にかけて沸騰させる。 弱火にして4のナスと5のキスを入れて静かに煮る。 ナスに火が通って軟らかくなったら、火から下ろして鍋ごと冷やす。 できれば氷水を鍋底に当てて、なるべく短時間で全体を冷ますように。
7・荒熱が取れたら(密閉容器等に移して、)冷蔵庫で保存。 煮汁と共に冷たいまま盛り付ける。

今は天ぷら用のキスの開きは、解凍したものが一年中出回っていますので、それを使えば手軽です。 衣の小麦粉は揚げる前によくはらって余分な粉を落とすのが、上品に仕上げるコツ。 出来立てではかなり薄味に感じると思いますが、冷やすことで味が前面に出てきますから心配要りません。 読んでいただけば判るように、4の段階ではナスの中心まで熱する必要は無く、色止めとコクや風味を乗せるための油通しと考えてください。 面倒で時間が無ければ、ダシは粉末のインスタントのものを利用しても。 そのまま冷蔵庫で二日程保存できます。

年配の方にも好評でした。 淡いヒスイ色のナスが涼しげ。 気の利いた冷酒でも添えて、どうぞ。 
   

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2006.08.15

癖若しくは習慣

例えば・・

お酒をボトルから器に注ぐ時に、ラベルを掌にぴったり当てているとか、
匂いを嗅ぐ時に、指を合わせて扇ぐようにするとか、

こういった習慣は、多分死ぬまで引きずっていくんだろうな

なんて、酔っ払いながらも考えている自分に苦笑。

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2006.08.14

そこにある事実

物干し場の地面にはコンクリートが張ってある。 朝から日がさんさんと照りつけるその場所に、いつものカナヘビが日向ぼっこをしていた。 夏の初めよりひと回りもふた回りも大きくなっているところを見ると、そこそこ栄養状態も良いのだろう。 まん丸な目を眠たそうにぼんやりさせながら、シシャモのようなお腹をぴったりとコンクリートに押し付けている。

こんな暑いところで熱せられたコンクリートにお腹を押し付けて、干からびないんだろうか? こっちは早々に洗濯物を干し上げ、とっとと部屋の中に戻ろうとしているのに、カナヘビは夏の日差しを楽しんでいるかのようで、一向に動じない。 いくら爬虫類が変温動物だからといって、これほど体を熱くしなくても良いだろうに。

「そうか、爬虫類は熱帯地域に繁栄しているくらいだから、この程度の暑さではもの足りないのかもしれないな。」、なんて考えながら洗濯物を干しつつ、「ん?」。

「人間だって北極や南極圏で暮らす人もいれば、赤道直下で暮らす人もいるし、肌の色も様々だし、でも同じ人類だよなあ。」
「それに、同じ人間で同じ国に住んでいても、寒がりの人も、暑がりの人もいるよな。」
そこまで考えたら、さっきの「爬虫類だから・・」は、ずいぶんいい加減な考え方のように思えて、反省した。 このカナヘビがどんな嗜好を持って、何を考えて日に当たっているのかは、そんなステレオタイプの考えでは片付けられない。 それを決め付けて考えた私が、急に恥ずかしく思えた。

「大変失礼しました」、と、心の中で言いながら、カナヘビに振り向くと、口元からバッタの足をはみ出させて、必死に飲み込んでいる最中!

とにかく「そこにそうしていることは、このカナヘビにとって『快』である」、という事実だけが存在していた。

なんだかそれだけで必要充分条件を完璧に満たしている、と、思った。 あっぱれという気持ちに近い、ある種の潔さが私にも快感だった。

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2006.08.13

そんな単純な問題ではないと思う

少し前、特別養護老人施設で性的な暴言があったという事件のニュースが流れていて、非常に複雑な気持ちになった。 起こった事件そのものは表面的だが、この問題はすごく複雑な背景を持っているので、多分近い将来においては、同様の問題がたくさん表面化してくるのではないかと思う。

義父の介護なんだかんだで、思うところもたくさんあるわけだが、事件を聞いて一番に考えたことは、「家族が内緒でレコーダーを隠しておく状況って、どういうことよ?!」だった。 事件の内容は一方的にしか聞こえてこないから、そりゃあ性的暴言を吐いた職員は問題だったに決まっているけれど、なんでそんな状況になるまで施設と家族の関係がこじれてしまったのか、それが解らない。 普通に考えれば、入居者の家族だって初めからそんな陰湿な手は使わないだろうから、いろいろな形で施設側に申し入れをするだろうし、施設側だって、現場でヘルパーがどんな介護を提供しているかくらい、知らないはずが無いだろう。 職場なんて狭いものだし、入居者や介護職員がころころ入れ替わるような状況とも考えにくい。 家族をの世話をお願いする・プロとして介護を提供する、その間に相手を信頼する気持ちが育たなかったことが、問題の本質なんじゃないだろうか。 本来は入居者と介護者の間に信頼関係が成立することが、もっと大前提ではあるのだが、現場ではそんな奇麗事だけでは済まない現実があることも理解できるので・・。

若い人が志を立てて勉強し、ヘルパーの資格をとって働き始める。 しかし、どんな仕事でもそうであるように、頭の中に思い描いていたことと現実のギャップに悩み、持っていたはずの志を忘れかけてしまう。 一生懸命介助してきた相手が昇天してしまえば、「今まで自分は何のためにやってきたのか」と、空しさを感じるだろうし、ましてや近しい人の死に接する経験が少ないままで育ってきたら、それだけでも十分ショックだ。 しかも、現場の介護は猫の手も借りたいほど忙しく、自分の心の悲しみを客観的に見つめる時間も無いし、家に帰れば疲れ切ってバタンキュー・・そんな日常では、自分自身を消耗してゆくばかりだろう。 また、認知症などでコミュニケーションが取れなかったり、どんなに自分ががんばっても、どうしても受け入れてもらえなかったりする場合もあるだろうし、それを乗り越えるだけのタフさを一方的に求めるには無理がある。 死生観、倫理観を自分の中で育ててゆけるように、現場で手をとって一緒に導き教えてあげなくてはならない。

話が脱線するが、最近増えてきた「お金持ちのお年寄りをターゲットにした、すごく立派な老人施設」・・入居に億単位のお金が必要な、お城みたいなヤツ。 あれ、運営するの、大変だと思いますよ。 いや、運営と言っても「現場」がね。 介護職員は苦労しますよ、きっと。 誰でも年を取れば我侭になるのは当たり前な上に、お金持ちで、「お金で何でもやってもらえる」状況に慣れちゃっている人って、どうしても我侭度が強くなりがちだし、プライドも高いだろうし。 みんながみんなそうだ、なんて言いませんが、「こっちはこんなにお金払って入居したんだから、やってもらえて当たり前だ」みたいな構図はミエミエ。 そんな中で、入居者や家族と信頼関係築かなきゃならないんですから、ねえ。 よっぽど介護職員に立派なお給料用意して、「お金が儲かるから」って割り切って仕事してくれるような人を集めてこないと・・。 失礼。 大きなお世話でした。

私は病院で看護職員の卒後教育の仕事に携わっていたことがある。 そこでの問題と、今回の介護職員の問題は、構図がよく似ているのだ。 介護現場がさらに厳しいだろうと容易に想像するのは、看護の仕事には長い歴史があり、同じように悩みながらもがんばってきた諸先輩がたくさん居られるが、介護のプロが活躍し始めてからの歴史は、それに比べたら短く、しかも社会が介護者に求めるシステムが二転三転し、未だに発展途上にあるからだ。 まさに混乱の中、手探りでがんばってくださっている状態ではないか。

サーフィンしていた中で見つけた、「さるさるばななさん」のブログ・・現場の声が手に取るように書かれていて、頷きながら読んでいた。 義父がお世話になっている施設の介護者さんたちの顔が、浮かんできた。

私を含む病院の卒後教育担当チームが、どんなことをやっていたかは、またの機会に触れようと思う。

追伸(8月15日)
これもまた現場の生の背景・・。 でも、できることから変えてゆかないと・・ね。

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2006.08.11

残暑お見舞い申し上げます

アブラゼミの鳴き声が一番大きいのは変わらないが、そこに混じってツクツクボウシが目立ち始めたり、夜、こうして打ち込んでいると聞こえてくる「秋の虫たち」の声が大きくなって、種類もどんどん増えていったり・・。 暑さの中に混じっている秋の要素が日に日に増えてゆく。 不思議なもので、「ああ、増えてきたな」と、思うと、毎年たいてい立秋なのだ。 同様にぶるぶる寒さに身震いしながらも、増えてゆく春の要素を感じ取って「もうちょっとの辛抱だな」と、思うのは、決まって立春の頃。 暦は本当によくできていると、感心させられる。

東京で暮らしていた頃は、全く感じ取ることができずにいたのに、いつのまにか季節や天候に敏感になった。 それだけ自然界からのサインが豊富だとも言えるだろうし、サインを気にしなければここでは大きなダメージを被ることになるから、学習したり感性を研ぎ澄ますようになったとも言えるように思う。 こんな情けない個体でも、解るようになれたということを、素直に喜びたい。

暦の上では、この暑さはもう「残暑」と呼ばれる。 まだまだ暑い日が続きそうで、ため息が出てしまうけれど。 例年のことながら、またちょっと痩せた。 がんばって食べなくちゃ・・。 

どうぞ皆様も夏バテしないように気をつけてお過ごしください。 そして、夏休みのある方々は、どうぞ楽しい夏休みを。

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2006.08.10

変な人

私が興味を持って自らアプローチしてゆく人は、俗に言うところの「変わった人」であることが多い、と、近しい友人は指摘する。 それも、一見して独自すぎるような人はダメで、ぱっと見は普通の人なのだが「・・なんか変・・」ぐらいの人に弱いらしい。 自分でもまんざら思い当たらない訳ではないが、面と向かって指摘されると妙な気分だ。

確かに、そのまんまに生きている人には、特別な興味が湧かない。 「何でこの人って、こうなんだろう?」みたいな何かがないと面白くないのだ。 それを探ろうとして近付いてゆくような癖は、確かに存在している。 だから「天然ボケ」タイプの人は、私にとっては割とどうでもよくて、「ああ、こういう人なんだな」で片付けられてしまうが、その人独自の根拠に基づいてボケの行動をとる人には、「何で?何で??」とか言いながら、どんどん近寄ってしまう。

もうずーっと昔に卒業した母校の同窓会から小冊子が届いた。 読んでいたら、いかに自分が他の同窓生たちとは毛色が違い、価値観が違い、変な人生を選択し今日に至っているのか、身に沁みて痛感した。 いや、仲が悪いとか友人がいないとか、そんなことは決してないのだけれど、「よくもこんなヤツが同じ釜の飯を食べながら、全寮制の生活をしていたものだ・・」と、我ながら呆れてしまったのだ。 と、同時に、こんなヤツを受け入れてくれていた学校や友人たちは、きっと相当な苦労を強いられただろうことを思ったら、「うーん・・」と唸ってしまった。

多分、「変な人」が「変な人」のままでいるためには、周囲の人間の温かい目が必要だろう。 例えばどこかの段階でいじめられたりすると、そこから回避しようとして「変な人」であることを隠したり、「変な人」でなくなることを自分に課したりする。 だから、大きくなっても「変な人」は、たまたま周辺の人的環境に恵まれたか、さもなくば、そんなことを全く気にしないほどに気合の入った「変な人」かの、どちらかである。

友人が指摘する私の「変な人」好きが正しいのなら、単に類は友を呼んでいる状態なのかもしれない、とも思う。
「変な人」には面白い人が多いですよ。 自分で言うのも変ですけど。(苦笑) 

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2006.08.09

隙 その2

外食すると大抵テーブルの上にちょっとした調味料が置いてある。 塩・胡椒のセット、中華料理店ならラー油や醤油・お酢も、とんかつ屋さんならソースやからし、といった調子。 料理人なら必ず「この味で食べて欲しい」と考える『勘所』みたいなものがピンポイントで存在するはずで、まさにそれをお客に出したいはずだから、厳密に言えば卓上調味料なんて置きたくはない。 自分が思うようにソースもラー油もかけてしまって、完成したお皿を出せれば一番だ。 だが、お客にも好みがいろいろあって、たっぷりソースをかけたい人、ソースじゃなくて醤油で食べたい人、思いっきり辛くしないと気が済まない人、塩味が濃くないと満足できない人などなど、それら一々に対応している訳にもゆかないし、面倒だし・・で、「じゃあ、後はお好きなようにいじってください」と、丸投げにする。 つまりは完全な形に完成させるよりも、わざと隙を作って客に自由を与えることで、相手の満足度を高めていることになる。 それが証拠に、比較的完成度を重視する懐石料理やドレスコードを設定するようなフランス料理店では、卓上調味料を見ないことの方が多い。

隙を作る場合には、誰にでも判るような目立つ形で、「ここです、ここ!」のようにすることがポイントだ。 すると相手は間違いなくそこからいじりだす。 いじることでイニシアティブを自分が握っているような気になって、うれしくなるし満足する。 しかし、その隙を設定したのは提供する側だから、いじられることも充分想定内なわけで、その対応も計算済みだから、掌で遊ばせているようなものだ。 他の部分をいじられないように、わざと目立つような隙を作っていると言っても良いかもしれない。

完成度の高いものは、商品もサービスも作品も、全て相手を選ぶ。 万人に解ってもらえなくても良いから、一握りの熱心なファンが居てくれれば良い、と、開き直ることが求められる。 熱心なファンは高いお金を払っても手に入れようとしてくれるから、それはそれで上手くゆけば採算に合うだろう。 片や、万人受けしてもらうためには隙を作っておくほうが手っ取り早い。 良い気持ちで満足感を得られれば、多くの人が賛同してくれるだろう。 薄利多売が成り立てば It will be all right!

隙は計算の上で使いこなすことが大事なんだろう、多分。 Bank Bandが「to U」に目立つ隙を作らなかったのは、「解る人達に解ってもらえれば良い」という姿勢の表れなのかもしれない。 元々環境問題は日常と切り離せないことだから、その線引きの基準は一人一人大きく違っている性質を持つ。 それをひっくるめて厳密な基準作りをしたら、離れてしまう人達がたくさん出てくるという危うさと紙一重だ。 何かを感じてできることから・・という曖昧さこそが、既に大きな隙であることを思えば、わざわざ作品に隙を作る必要もなかったのかもしれない。

買い物のついでに寄った昼時の定食屋さんで、卓上の塩・胡椒を眺めつつ、そんなことを考えていた。 

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2006.08.08

ここ数日、「隙」について考えている。

きっかけはちょっと前に話題になったBank Bandの「to U」という曲を聴いたことからだった。 よくできた曲だと思ったし、歌詞のメッセージも受け取り易い曲だったのだけれど、何故かどうしようもない嫌悪感に近い感覚が襲ってきて、聴きながら自分で自分に驚いたのだ。 「なんだ?この感覚は・・??」みたいな反応で。

聴き終わってから、数時間後に何気なく車内でつけていたラジオからまた「to U」が流れてきたので、今度は自分の中の不快の原因を探りながら聴いていた。 唄い方がどうのとか、声がどうのという問題ではない。 歌詞に使われている日本語の問題でもないし、歌われているテーマの問題でもなさそうだ。 長い曲をフルコーラス聴き終わってから、「うーん・・」と、首を傾げた。

夜になってたまたま『ますたあ』にその曲について、簡単に説明するべき機会がやってきて、まだ分析できていない自分が『困ったことになったぞ』、と、思いつつ、無意識に出てきた言葉が、「隙が無さ過ぎる曲」という表現だった。 計算されつくしたアレンジが大きな要因のように思われたが、メロディー・ラインも歌詞もアレンジも当然三つ巴なわけで、その全てに隙が全く無いのだ。 もの凄く完成された形なのだろう。 好きとか嫌いでは無く、圧倒的な力で何かを押し付けてくるような曲、とでも言おうか。 つまり、その自由が聴き手に与えられていない感じなのだ。

どちらかと言えば、今まで私が感じる嫌悪感は、完成度が低いものに対して抱かれることが多かっただけに、今回の感覚はなかなかショックで、「完成度が高すぎてもダメかい?!」、と、ボケ突っ込みのようで混乱している。
 隙について、もうちょっと時間と分析が必要そうだ。 そのうちにまた続きを書くことにして、とりあえず宿題ということで・・。

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2006.08.07

季節外れ

先日、暑中見舞いの葉書をポストに投函しようと思って、某コンビニに寄ったら、この真夏にもかかわらず中華まんがホカホカに温められているではないか。 ポロシャツの内側にまだ外の暑い空気を蓄えたままで、店内を物色しながら冷房にほっと一息ついていた私には、ちょっと驚きの光景だった。 例のホット・ケースからは湯気がホンワカと漏れている。 ガラスの内側に付いた雫も、こんな時期に反して一人前だ。

「うわー、こんな暑い時期に中華まん・・。」 ふわふわで熱々の皮の感覚を思い出しながら、押し寄せてくる暑苦しさにちょっと顔を歪めた時、思い出してしまった。 「あっ!私も中華まん持ってたんだっけ!!」 実は何かのお返しにいただいた聘珍楼の中華まんを冷凍庫に保存しておいたことを、すっかり忘れてしまっていたのだ。

家に戻って焦りながら賞味期限をチェックすると、ぎりぎりでセーフ。 で、早速今日のお昼ご飯に登場である。 かなり抵抗があったが、がんばって蒸し器を使って蒸かした。 バランスのために簡単なサラダとヨーグルトと一緒に。

汗を流しながら蒸かす羽目になったものの、季節外れの中華まんもなかなか美味しくて、新たな発見だった。 手軽に食べられるし、ちょっと濃い目に味付けされた具も、よく考えれば夏向きかもしれない。 カラシをつけながらさっぱりといただくことができた。

夏の中華まんと氷の浮いた麦茶。 なかなか良かったですよ。

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2006.08.06

全てを受け入れた上で

きっと、最も難しい課題なんだと思う。 できるはずが無い、と、言い切ってしまってあきらめることは容易いが、それでも知恵を作り出すために、こんなに大きな大脳を発達させたんだから、せいぜいジタバタもがきながら考えてみなさいな、というのが、神様のメッセージなんだろう。

この暑い中、相変わらずスパムメールがたくさん届けられる。 メール・ボックスにも、掲示板にも、ブログのトラックバックにも。 送りつけてくる・貼り付けてくる側のシステムや人間のマメさは、尊敬に値すると思う。 お金稼ぎができたとしても、私はあのマメさを持ち合わせてはいない。(それ以前の問題として、自分で納得できない内容の仕事でお金を稼ごうとも思っていないのだけれど、それはちょっと置いておくとして。) それだけ万人に利用されている便利なツールとして地位を確立した伝達手段、と、見ることもできるだろう。 私もこうして便利さを享受させてもらっている内のひとりだ。

これだけ世の中のモラルが低下すれば、スパムだって仕方がないと諦めて腹を括っている。 毎日のニュースを見たって、ちょっと外に出たって、人間の壊れ加減は一目瞭然だ。 その中でなるべく安全を守るための自衛手段を講じるわけで。 例えば道に不慣れな他県ナンバーが押し寄せる今の時期はなるべく車の運転をしないとか。私は車の運転が決して上手い方ではないから、それを理解した上で、避けるというのも大きな自衛手段。 しかし、この山の中の生活では避けてばかりもいられないので、上手な『ますたあ』を活用するとか、自分ひとりの用事をなるべく組み入れないとかせざるを得ない。(いや、そこまで下手ではないけれど・・。) 同様に、電子メールはサーバー上のメールボックスで処理して、安易に自分のPCに取り込まないとか、掲示板は管理者が許可しないとアップできないようにしておくとか、マメに管理を行って健全性を保つとか、特定のIPアドレスからの繋がりを拒否するようにサーバー上で設定するとか。 その中には自分だけでできることもあるし、そういったことができるようなサーバーやサービス機能を持つプロバイダーを選ぶ、という、環境選びのこともあるだろう。 また、思いっきり開き直って「書き込みし放題」の環境を作り、自然な自浄作用に期待する、という手もないわけではない。 「2ちゃんねる」のように。 SNSのシステムは、参加者を制限したり身元を明確化することで、言うなれば『村社会』を作ってモラルを高めることで、トラブルを避けようとするものだが、別人として入退会を繰り返したりしている人もたくさん知っているし、インターネットという垣根の無いコミュニケーションの原理に反するような気がして、個人的には違和感が付きまとう。

「届けられるスパムが多いから、メールは使い物にならない」と決め付けるとか、「スパムが多いので、いきなり掲示板を閉鎖する」とか、「トラックバックを受け付けない」とかの前に、まず、できることは無いか、やるべきことは何かをしっかり調べてやってみる姿勢が必要なのではないだろうか。 それでもダメだった時は、しっかりとその経緯を利用者に説明した上で、シャットダウンすべきだろう。(現にそうしておられるサイトも、たくさん見ているけれど。) サイトを管理する者として、利用者に失礼が無いような配慮が、最近どうも欠如しているような例を目の当たりにすることも多く、実はスパム以上に苛立ちを感じている。 ブログを立ち上げるのは簡単だが、管理する責任をちゃんと負うことも求められるという認識を、私も含めてしっかり持たなくては、と、思う次第だ。

どんなにがんばったって犯罪がゼロになることは無いのと同様に、スパムが無くなることは有り得ないのだと思う。 だからと言って、役立つツールを手放すのは、あまりに勿体無い話だ。 利用者のモラルに問い続けるのはもちろんのこと、管理者としての責任も、常に持ち続けなくてはならないだろう。 あーあ・・。

今日も暑いなあ・・。 ビール、冷やしておきますかね。

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2006.08.04

あっさりと、でも、しっかりと。

やっぱり晴れると暑い。 料理を作るのにレンジの前に立つのが億劫になる。 なので、比較的元気な午前中からできることはちょこちょこ下ごしらえを進めておいて、夕方の負担を減らすようにしている。 料理を作る人は暑い思いを強いられるから、思いつく料理もあっさりしたものに偏りがちだが、しっかり摂るべきものを摂っておかないと夏の後半がきつくなる。 なので、こんなメニューのご紹介。

「豚肉のマリネ」

材料 ●豚フィレ肉塊   300グラム
    ●トマト       大きなものなら2個、小型なら4個
    ●タマネギ     半個
    ●あれば白ワイン 大さじ2
    ●マリネ液     酢(原料問わず) 大さじ2~3
                サラダ用の油   大さじ1~3 できればオリーブ油
                塩          小さじ半分
                黒胡椒       少々

1・トマトは半分に切ってヘタを取ってから、5ミリ厚程度にスライス。 気になれば種を抜く。 タマネギはみじん切り。 辛さが気になれば水でさらしても。(私は大抵そのまま使ってしまう。) 豚フィレ肉は筋や膜があれば掃除してから、7ミリ厚さ程度に輪切りスライスして、塩・胡椒で下味をつける。

2・マリネ液の材料を全部合わせて、タマネギのみじん切りを合わせておく。 深めの器に半量を移し入れる。

3・フライパンにサラダ油(分量外)を薄くひいて熱し、豚肉を焼く。 両面を焼き付けたら白ワイン(無ければ日本酒か水でも。)を振り入れ中まで火を通す。 心配なら蓋をして短時間蒸し煮にしても良い。 焼き過ぎると硬くなるので注意。

4・焼きあがった豚肉とスライスしたトマトを2の器に入れて、残りのタマネギ入りマリネ液と、フライパンに残った焼き汁を全て上から回しかける。 ラップをして冷蔵庫で30分以上冷やして、全体をなじませれば出来上がり。

お好みで粒マスタードをマリネ液に加えたり、ハーブを入れたり、パセリを散らしたりしても。 また、ニンニクをすりおろして加えたり、豚を焼き付ける時にニンニクスライスを一緒に焼いても。 同様にナスの輪切りやパプリカをフライパンで焼き付けて入れてしまっても美味しい!

基本的にはビネガーとオイルは1対1で作るのがおすすめ。 ただ、お酢が苦手な家族が居られたり、カロリーを気にする場合には適当に減量しても大丈夫。 お酢がどうしても苦手ならレモン汁を使っても平気平気。 冷蔵庫で2~3日は日持ちしますが、だんだん酸っぱくなるのでご了承を。

私はこれを冷製カッペリーニの具にも。 冷えた白ワインをお供にどうぞ。

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2006.08.03

暑い日のココア

お亡くなりになった元帝国ホテルの料理長村上信夫氏が、インタビューの中で述べていた言葉で、何故かずっと印象に残っていたものがある。 それは「ココアは夏の飲み物です」というもの。 フランスに料理留学していた際のホームステイ先のお宅では、夏の間食卓の中央にいつもショコラティエールがあって、子供も大人も水や牛乳で割って好きに飲んでいたということだった。 ショコラティエールの画像を貼り付けようと検索してみたが、良いものが見つからなかったので書いておくと、陶器製の高さ30センチ近い円筒形のポットのようなもので、蓋の中央にピンポン球くらいの穴が開けてある。 その穴から木の棒を差し込んで中身をかき混ぜるような仕組みになっている。 ココアパウダーと砂糖を少な目の湯で練り混ぜたものを、このショコラティエールの中に入れておく。 放っておくとココアパウダーが沈殿してしまうから、飲む時に各々がかき混ぜてからカップに移し、牛乳などでさらに割っていただく、というための道具だ。 現在では転化して、女性のチョコレート菓子職人のことを指すことも多い。

日本ではココアといえば冬の飲み物で、冷えた体を温める優しい飲み物のイメージが強いから、村上氏の言葉がとても不思議に聞こえたのを覚えていた。 それで、いつか機会があったら試してみようと思っていたのに、夏本番になるとすっかり忘れてしまい、肌寒い季節になると「あっ、この夏も作り忘れていた!」なんて思い出すのだ。 ところが、今年は不順な気候のお陰で、数日前まで珍しいほどに涼しい日が続き、ココアの存在を思い出すことができたので、それっ!とばかりに作ってみた。

さすがに暑いココアをふうふう飲む勇気や気力には自信がなかったので、濃い目のアイスココアだ。 ココアパウダーも砂糖もしっかり入れて、じっくり練って牛乳で割る。 全体にとろっとするくらいに濃く仕上げてから、氷をたっぷりのグラスに注いで、キンキンに冷やす。 それを少しずつ味わうようにゆっくりと飲んだ。

以外にも、ココアの濃さがじっくりと体の奥に染み込んでゆくようで、非常に大人向きのオヤツといった印象。 早くも暑さ負けしかかっている体のだるさが抜けてゆくようだった。 お茶のようなさらさらの飲み物ばかり飲んでいた中で、味も香りも濃いしっかりした存在感のココアは目新しくもあり、背筋がすっと伸びるような緊張感のある飲み物に感じられた。 敢えて表現するなら、真夏のお茶席で和服の帯をピッと締めてきちんと正座し、濃茶をいただく時のような気分。

十分甘いし味も濃いのでお菓子は無しにして、一杯でオヤツタイムが完結するような仕立てで。 量も多くせずデミタスカップくらいで、その代わりきっちりきっちり冷やして、ゆっくりいただくと良いと思う。 大人のおもてなしにはかえってお洒落かもしれない。

日本には濃茶、ヨーロッパではココア・・根底に流れている文化に共通項を見つけたみたいで楽しかった。 夏バテしそうな暑い午後にオススメしたい。 村上氏の宿題ををやっとひとつ片付けできたような気分にも、なんとなく満足。

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2006.08.02

マニアックなツボ

はじめに謝っておきます、ごめんなさい。 これから「解る人にしか解らない話」を少々。

大手の全国的チェーン店舗展開ではない、あくまでも地元密着型の小さなスーパーマーケットに行った。 店内には有線放送が流れている。 大抵は演歌っぽいもので、ほとんどBGMの意識もせずに買い物をしている店だ。 ところが、牛乳を篭に入れていたその時、なんと流れてきたのはごひいきバンドだったMOON CHILDの「Hallelujar in the snow」だ! もうずいぶん前に解散したバンドの曲というだけでもびっくりなのに、真冬の曲がこんな暑い日に!! もう、何がなんだか混乱しながらも、条件反射で口ずさみながら買い物の気もそぞろ・・。 いろいろな懐かしい光景を思い出しながら、物思いにふけっていた。

フルコーラスが流れ終わり、「さてと、買い物の続きを。」と、思いながら豆腐を選んでいたら、続けて流れてきたのはイカ天(TBSで放映されていた「イカすバンド天国」)の有名バンド、マルコシアス・バンプの「おまえの薔薇が好き」!! 何でこんなマニアックな曲が、こんな所で! ビックリするやら嬉しいやら。 マルコシアス・バンプはとてもカッコいいバンドで、そのビジュアル系のルックスとは裏腹にベースとドラムのバランスが素晴らしく、いつも聞き惚れていたバンドだっただけに、思い入れもひとしおなのだ。

日本のどこかで、誰かがこんな2曲をリクエストしてくれて、それを取り上げた「ゆうせん」の担当者がいて・・こんな偶然に心から感謝したい気分だった。 この国のどこかで、私と同じ音楽のツボをピンポイント的に持っている人がいる、そんなことが妙に感動的に思えた。 夏が戻ってきたような暑い午後の偶然に感謝。

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