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2006.09.17

どこまでが下品か

私にはなんと言われようとどうしても譲れないものがあって、それは「海老フライのしっぽ」である。 エビフライを食べた後に、お皿の上にしっぽだけがちょこんと残っているのを見ると、そこそこ親しい相手なら「くれる?」と言って食べてしまう。 当然、一緒に食事している相手が『ますたあ』だったら、もう何も言わずに勝手にフォークを伸ばしている。 香ばしくてからりと揚がったしっぽは、私にとっては何より美味しい部分であり、極端なことを言えば、身としっぽのどちらかを選ばなくてはならないとしたら、迷わずしっぽだ。 自分でも不思議なのは、だからと言って「川海老のから揚げ」とか「沢蟹の姿揚げ」が好きかと聞かれたら、別に取り立てて好きでもないし(『ソフト・シェル・クラブのから揚げ』は美味しいと思うが。)、自らオーダーするメニューではない。 その上、「海老のチリソース煮」や「海老のマヨネーズ和え」などではしっぽもしっかりと残す。 何がどう違うのか、自分でもよく判っていないのだ。

まだ幼い頃は、たまの外食で洋食屋さんに行くと、海老フライのしっぽを必ず残すように言われた。 それがマナーだと言うことだったが、つまり、しっぽを残すことが上品なことで、しっぽまで食べてしまうことは下品なことという教育を授けられたのだ。 だから自宅で母がフライを揚げてくれた時は、「しっぽも食べて良い?」、と、必ず許可をもらった。 母は決して良い顔はしていなかったように記憶しているが、私が好きなことを知っているので、「外では残しなさいね」と条件をつけてから、見て見ぬ振りをしてくれていた。 もちろん家族の中でしっぽを食べるのは私だけで、本当は他の家族のお皿に残ったしっぽも食べたかったのだが、親の悲しむ顔を見たくなかったから、自分の分だけで我慢である。 他の家族のお皿に残ったしっぽを、生ゴミを集める袋にすとんと落としながら、「なんともったいないことをするんだろうか」、と、不条理な気持ちだった。

同様なものに、「シジミのお味噌汁のシジミの身」というのもある。 わたしは子供の頃は「貝好き女」だったので、当然お椀の底に沈む貝から身をほじり出して食べたいのだったが、それは下品とされていて、外食の際はおつゆ部分だけいただくように、ずいぶんうるさく言われた。 シジミの佃煮は美味しいのだから、ダシだけなどとケチなことを言わずに、身も食べさせてくれれば良いのに・・と、いつも思っていたし、何よりも理解に苦しんだのは、「アサリのおつゆ」とか「ハマグリのお吸い物」のアサリやハマグリは食べても良くて、何故シジミだけがだめなのか、だった。 まあ、細かい殻をひとつひとつ指に挟んで身を食べている様子は、お世辞にも優雅とは呼べない気がするので、今となれば納得できないこともないのであるが。

最近では時代が変わって、食材としてのシジミの成分に注目が集まり、健康雑誌に「シジミのお味噌汁」のシジミも残さずに食べたほうが身体に良い、などと書かれるようにもなって、大義名分を得たような気持ちである。 慢性的な食糧不足に悩む国の人々のニュースが流れたり、残飯を出すことは環境に悪いということで、下品の意味合いも変化してきているのだろう。 ただし、今度は私のほうがさほど「貝好き」でもなくなってきたり、面倒臭いな、などと根性が続かずに残してしまったりしている。 今更言われてもねぇ、とか、タイミングが悪いな、とか、そんなことを思う。 ただ、シジミについては大義名分をいただいたが、「海老のしっぽも食べましょう」とは未だに誰も書いてくれないようだ。

猫の食事のように、こそこそと人目をはばかるようにして食べるのもまた美味しさの内、ということだろうか。 手掴みでかぶりつく美味しさと似た様なものを感じて、実は下品は美味しいことなのではないかとも、思ったりするのである。

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コメント

いつも読ませて頂くと、お腹が減ってきてしまいます。勝手ながらいつもご馳走様です。

魯山人はパリの高級レストランの合鴨を、持参した山葵醤油で食いまくったって話ですから、美味しいものっていうのは下品な方が多いのかもしれませんね。

ちなみにフレンチレストランの子供用メニューのエビフライはだいたい美味しいんです。もちろん「しっぽ」まで。子供用なのがモッタイナイといつも思います。

投稿: クッスィ~ | 2006.09.19 15:51

あの時代に(今みたいにチューブ入りは無いでしょうから)わざわざワサビとおろし金までフランスに持参した北大路魯山人は、やっぱり変わった人というべきか、食に対しての執着心が凄いと称えるべきか、微妙だな・・なんて、いただいたコメントを見ながら思いました。 個人的には鴨のローストはビター・チョコレート・ソースでいただくのが最も好きです。 あっ、関係無かったですか。(苦笑)

なんでお子様用メニューはたいていエビフライとハンバーグなんだろう?、と、前々から疑問でして・・。 誰が決めたんだ?、あれは?? 何か伝統的な決まりを感じますね。 食文化にも不思議なことがたくさんあって、きりが無い感じです。

投稿: リーボー | 2006.09.19 16:24

下品なこと、おいしいこと!これ大賛成です。
マックは両手で持ってかじり付くからおいしい。
フライドチキンは銀紙などいらない、素手で持って骨をしゃぶるように食べるからこそおいしい。

しじみ汁は、身を食べるのはマナー違反だということを初めて知りました(ありがとうございます)。
だから主人や姑はいつも残していたんだ~。
もったいない、ここが栄養なのにと思いながら片付けておりましたが、内心しっかり食べる私のことをどう思っていたんでしょ(^^;)。

投稿: のんの | 2006.09.20 12:02

マナー違反というよりは、いかに食べ姿を美しく見せるかとか、そちらに重点が置かれた価値観だったんでしょうね、当時は。 骨付きの焼き魚を食べ終わった後に、骨の上に懐紙をのせて見えないようにするとか、冬ミカンの房を口から出す時は、反対の手で隠すようにするとか・・。 今でもお茶席などでは、それが当然とされている部分もあると思います。

歴史のあるホテルのレストランでハンバーガーを頼むと、ちゃんとナイフとフォークが揃えられますよね。 ナイフをハンバーガーにくっ立てながら、「なんか、違うよな・・」ってその度に違和感ありますもん!

カジュアルな料理をダイナミックにかぶりつくのも美味しいし、細工のように作られた料理を美しい作法でいただくのも、また美味しいし。 どちらも楽しめる時代に生まれて良かったな、と、思います。

投稿: リーボー | 2006.09.20 20:32

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