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2006.10.16

・・の、ようなもの。

秋の夜は静かだ。 近くの山から聞こえる鹿の鳴き声や、ゴソゴソと庭で何かを漁る猪の鼻息や鳴き声、ピークを過ぎてどこか弱々しい虫の鳴き声を除けば、人工的な音は全く聞こえてこない。 そんな中で響くのは、屋根の上から時折聞こえるポトリと何かが落下する音。 この建物の周囲には「どんぐりのなる木」が多いので、実ったどんぐりが時々落ちてくるのだ。 風が吹けば続けて、そうでなければある程度の間隔を置いて、ポトッ、ポトッ。 この音が響くと、秋だなあ、と、しみじみする。

『ますたあ』が夏の間に庭に茂った雑草を、苅払い機(小さなエンジンを搭載した除草機)で刈り取ってくれている。 以前にも書いた「コンポストの傍にいつの間にか生えてきたカボチャ」を、どうするか尋ねてきた。 このまんま育てるか、さもなければ他の雑草と同じ扱いで刈ってしまうか、という選択だ。 観察していると、葉っぱの表面に白カビ病が出ているし、実もそんなに大きく育っていないので、自然に任せておいても近いうちに枯れてしまいそうだと判断して、刈ってもらうことにした。 未熟な握りこぶしくらいの薄緑色をした実が、5つも付いていた。(いつの間に・・。)

ちょっと考えたのだが、カボチャの仲間で未熟な実の野菜、と言えば、ズッキーニである。 だとすれば、これも食べられるのではないか、と、思いついた。 ダメで元々の気分で、とりあえず野菜炒めに入れてみたら、特別に美味しいと言うほどのことも無いが、違和感無く食べられる。 癖も全く無い。 歯ごたえや香りはズッキーニにそっくり! 夕飯には油揚げと一緒にお味噌汁の具に。 これまたしっくりと馴染んで、新種の野菜みたいだ。 皮も剥かず、種も柔らかいので、本当にそのまんま切っただけ。 なんとありがたい、手の掛からない野菜だろう! しかも無農薬。

まだ手元に2個残っている。 明日はどうやって食べようかと思いを巡らせながら、思いもよらなかった食材を楽しんでいる。 以前にもただ単に似ているからという理由で、レタスの外側の葉でロールキャベツ(正しくはロールレタスか)を作ってみたり、ラタトゥイユを作るのにズッキーニの代わりにキュウリを使ってみたり。 それでも何とかなってしまうことがほとんどなのが不思議だ。 「○○のようなもの」という第一印象は、案外馬鹿にできないものなのかもしれない。 

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コメント

こんばんわ。
ますたぁさんのハイオクを使った贅沢な草刈の話を、ちょうど今日思い出していたところだったので、コメントさせていただきました。
「天然カボチャ」すごいですね。オイラの家にも生えてこないかな~なんて考えちゃいました。
「○○のようなもの」でなんとかなるって事ありますね。将棋の羽生さんが本で「直感の70%は正しい」って書いてあったことを思い出しました。(90%だったかな??自信なしですが…。)
って事はリーボーさんの料理の腕は将棋の羽生さんと同じ日本一って事です。美味しい料理をいつも食べてるますたぁさんがチョットうらやましくなりました。

投稿: クッスィ~ | 2006.10.16 23:24

クッスィ~さん、こんにちは。
いえいえ、将棋で70パーセントだったら凄いですけど、料理で70パーセントはきっとたいした確立ではないと思います。 それにね、一番言えることは、家族なら「不味ければ食べなくても良い」という開き直りの手が残されているってことでしょうか。 だから『ますたあ』は実験台になって、いろいろ妙なものを食べさせられているんですよ、きっと。(笑)
ただ、羽生名人と同じかななんて唯一思えるのは、きっと右脳でやってますね、料理を。 画像とかイメージとかとは少し違う気がしますが、食材に接した時に、頭の中では料理が出来上がっちゃってるんです。 で、そこに至る過程を逆行してゆけば良いので、何も怖くないし、なぜか失敗も無いですし、とんでもなく美味しいものを作れたりもするんです、そういう時は。 その代わり、使い慣れている食材を目の前にして『うーん、何にしようかな』なんて考えちゃっている時は、ダメですね。 大したものが出来ません。 不思議ですよ、本当に。

投稿: リーボー | 2006.10.17 15:29

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