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2006.11.04

髪の毛を染めるということについて

私は生まれつき、髪の毛の色が赤っぽい。 現代でこそ、髪の毛を明るく染めている人が増えたお陰で、あまり目立たなくはなったものの、若かった時代、特に学生時代においては何かと注目を集めるほどで、自分なりに苦労した。 私の中学生時代は、俗に言う「不良」という言葉が一般化し始めたときに重なっており、髪の毛を染めたり脱色したりすることが不良の始まりだという一般的な認識があったので、教員による生活指導では、髪の毛の色が特にうるさく監視されていた。 「この子の髪の毛が赤いのは、生まれつきのものです。」みたいな一筆を、保護者に求められた記憶もある。 だから自分でも、髪の毛が赤っぽいことにおいて、あまり歓迎すべきものとは受け取れていなかった。

高校は自由な校風というか、「自分の事は自分で管理しろ!」的な学校だったから、髪の毛を染めようが脱色しようが、パーマをかけようが、教員からクレームをつけられることは無くて、ずいぶんと気が楽になった。 卒業を控えたある日、卒業式に着るための洋服を両親が新調してくれることになり(学校は私服だったので、当然卒業式に何を着ようが、個人の判断に任されていた)、ちょっとしたブティックのようなお店へ母と出かけた時のこと、私は生まれて初めて髪の毛の色を褒められた。 私に似合う洋服を見立ててくれていた、中年の男性である店長が、「あなたは髪の毛の色が明るいから、どんな色の服でも合わせ易い」という内容を、延々と話しだしたのである。 日本人の黒髪は、合う色を制限してしまうので、コーディネートという観点では非常に苦労が多い。 だから、モデルさんにはわざと明るい色調に髪の毛を染めてもらっている。 あなたのような髪の色は日本人には珍しいが、それはファッションという分野においてはすばらしい長所だから大事にしなさい、という内容だった。

社会人になった時には、若い人達が髪の毛を明るく染めること自体が当たり前のような風潮が出来上がっていたが、ベリー・ショートで尚且つ明るい色はそこそこに目立っていたらしく、待ち合わせ場所などではずいぶん重宝されていたらしい。 「ヨーロッパの映画に出てくる少年のようだ」という表現をされたのは印象深かった。

現在はそこそこに白髪も増えて、多分遠くから見たら髪の毛の色は明るさを増している。 白髪はどうしても気になるので、染めてみようかと考えたこともあるのだけれど、「きりがないしな・・」と思うとどうしても無駄な出費の気がして、自然のままで過ごしている。 元々面倒臭がり屋でお洒落にこだわらないことも影響しているのだろう。 白髪は白髪で綺麗なものだと、自分は考えているので。

まあそのうち、一度くらいは思い切って染めてみるのも面白そうだな、と、興味の方が優先されているのが現状だ。 さて、この先どうなりますことやら?! 紫色にカラーリングする日は、来ないような気がするけれども・・。

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