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2006.12.31

大晦日

おせち料理もやっと出来上がって一安心。 気がつけば外は静かで、冬らしい薄曇りの大晦日だ。

今年もいろんなことがあって、いろんな人に会って、いろんなものを食べて、いろんなお酒を飲んだ。 例年に無く読書量も多かった気がする。 印象深く記憶に残っている「今年の一番」を、いろいろなジャンルで振り返ってみるだけでも十分に面白い。

暦なんて便宜上のものだから、夜が来て朝が来ることを繰り返すだけで、年越しといっても何の変化もありはしないと解ってはいても、やっぱり区切りをつけて何かを振り返るタイミングは、有って然るべき物だな、とも思う。 年単位での自分の変化を客観的に見る機会は、あまり無いような気がするので。

あまり身構えずに、ニュートラルな心の状態で、まっさらな気持ちで、でも、しっかり前を向いて視線を上げて、新しい一年を迎えたい。


おいでくださっている皆様。 今年もどうもありがとうございました。
書き込みやTBや「アクセス解析」に残された足跡に励まされ、無事に今年最後の日を迎えることができました。
来年も皆様に素敵なことがたくさんありますように。
また気軽にご来訪ください。 お待ちしております。
   リーボーより愛を込めて・・チュッ! 

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2006.12.30

まだまだ続くよ

栗きんとんを作るのに、サツマイモの皮を厚めに剥く。
皮だけでも集めればそこそこの量になる。
それを油でからっと素揚げしてから丁寧に油切りして、ささっと砂糖の衣で「リン掛け」に。
ついでにシナモンと黒ゴマを振って。

「サツマイモの皮のかりんとう」の出来上がり。

朝から続けていたおせち作りの手を休めて、ちょっとブレイクの午後のお茶。
ほっこりと冬の陽だまりを楽しんだ。

お茶の後は気分も新たに「紅白なます」。

正月の準備は明日も続く。 これもまた楽し・・か?

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2006.12.29

「小田さん」と「焼き鳥」の夜

昨日の夜は、ジムへ出かけていた『ますたあ』が焼き鳥をお土産に帰ってきた。 焼き鳥は私の大好きな物のひとつ・・どのくらい好きかと言うと、結婚してから初めて風邪で寝込んだ時に「なにか食べられそうなものがあれば買ってくるけど」と聞いてくれた『ますたあ』に焼き鳥と答えて、やっぱり酒の肴なのかと呆れられた。 具合の悪い時にも食べられる物は限られているし、その人の嗜好が端的に表れるような気がする。

この辺りでは残念なことに焼き鳥屋さんは皆無に等しく、たまに小さなスーパーの店頭にやって来る移動販売を捕まえなくてはならない。 私の記憶が正しければ今年2度目で、尚且つ多分今年最後の焼き鳥だ。 「ああ世の中には確かにこんなに美味しい食べ物が存在していた」と、久々に思い出した焼き鳥という料理をいとおしみながら、味わっていただいた。

早々に入浴を済ませて、毎年恒例となった小田和正さんの「クリスマスの約束」を見る。 冒頭の「粉雪」を聴いたら、もうノック・ダウンされたような気分だった。 上手い! 昔から好きだったとか、聴き慣れている唄い方や声であるという部分を差し引いても、余りある上手さ。 「粉雪」ってこんな歌だったのか?!とでも言いたくなるような印象で、やられた。 気付けば最近のバンドのボーカルは、唄い方や声の使い方に独特の強い癖がある人が目立つ中を、今時こんなに「そのまんま」に唄う曲を聴くことすら久々だ。 真っ直ぐさが、とても新鮮に感じられる。

ティーン・エイジャーだった頃には、頑なにテレビ出演を拒むオフ・コースに、自分の中にある大人社会への苛立ちとか矛盾に対する反抗心を重ね合わせるようにして、小田さんの唄を聴いていた。 今の小田さんはテレビという媒体を利用して、若いアーティストと一緒に何かを作り出すことを楽しんだり、あの頃活躍したミュージシャンや名曲を今の世代に紹介したりしている。 何か厄介な物が自分の立場を脅かそうとする時に、自分が懐を広げてそれを包み込んでしまうことで、逆に自分に有利なツールとして活用できる可能性があることを、生(なま)で見せてもらっているような気分で、とても参考になる。 年齢を重ねるということは、懐を広げることに役立つのだろう。 小さなことに拘らなくなることは、イコール、ある程度は許せるということでもあり、その包容力こそが武器なのかもしれないし。

小田さんの唄は、まるでアイソトニック飲料のCMではないけれど「すーっと染み込んでくる」ようだった。 例えば心が相当シビアなダメージを受けて殻を閉ざしてしまった時でさえも、それだけは受け入れられそうな気がした。

食欲が無くても食べられそうな焼き鳥と、心がダメージを受けても受け入れられそうな小田さんの唄と、全然ジャンル違いなのに大好きなものが二つ重なって、そういうものの存在になんだか凄く感謝したくなった妙な感覚の夜は、なかなか寝付けなかった。 


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2006.12.28

夢で殴り合い

昨夜は夢の中で殴り合いの喧嘩をしていた。 相手は旧知の友人が3人。 殴りかかる直前で話が途切れて、殴り終えてからの場面で続きが始まる、という、なんともテレビ・ドラマ的な展開。 まるで「続きはCMの後で!」みたいだった。 朝目覚めたら、体は疲れていたのに、心は妙に晴れ晴れとして、自分としてはどこか納得がいかない。 何かのストレスを夢の大喧嘩で発散したのだろうか? ・・ストレスの原因はこれといって何も思いつかないのだけれど。

多分私は殴り合いの喧嘩というものをしたことが無い。 誰かをグーで殴ったことも無い。 だから、きっと夢の中でも、腕を振りかぶった所で場面が途切れてしまったのだと思う。 「ははあ、私は人を殴ることに対してイメージを持てていないんだな」、と気付いたら、なんだか可笑しくて笑ってしまった。 経験を持っていたら、きっと昨夜の夢はもっとリアルに場面が繋がっていたのではないかと思う。

喧嘩が日常的にあればそういう夢になるだろうし、戦渦に置かれていればそのようになるだろう。 芸術的なものに囲まれていたら、笑って暮らしていたら・・などと、いろいろ考えた。

環境や経験は内容が大事だと思った。


年末年始用の食品が冷蔵庫を占領する前に、と、簡単な掃除を兼ねて庫内の保存食の整理をしている。 冷凍庫の奥から仕込んでおいたパイ生地が出てきたので、午後のお茶に「リンゴとミンスミートのパイ」をささっと焼いてみた。 ちょっと酸味が強かったけれど、手抜きで作った割には上出来で嬉しい。 ミンスミートやドライフルーツ、ナッツ類など、保存しておいた材料でを使ったお菓子を食べると、冬らしい味だなあ、と思う。 美味しく食べることは、手っ取り早く穏やかな気持ちを手に入れるひとつの方法かもしれない。 

何かと気忙しい年末、なるべく穏やかな環境を作って過ごしたい。

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2006.12.26

クリスマスの次は

本来の意味からすれば、1月になったって『クリスマスのお祝いの期間中』なのだが、日本人的な感覚では、とっととツリーを片付けてお正月飾りに取り替えなければならないから、この時期はなにかと気忙しい。 パーティーを終えて、次はおせち料理をはじめとしたお正月料理といった所だろうか。

もちろん丁寧に作るに越したことは無いのだけれど、やっぱり面倒な気持ちも否めないので、私のお正月の煮物はいつも『炒り鶏』にしている。 ベーシックな美味しさで簡単。 これは結婚した時に貰った実家の母からのレシピだ。

炒り鶏  4人前くらい

材料 鶏モモ肉   1枚
    ゴボウ     1本
    レンコン    小型のもの1個
    人参      半本
    干し椎茸    4枚 ・・水で戻す。 戻し汁をとっておく。
    コンニャク   半枚
    タケノコ    小型1個 
    生姜      ひとかけ
    胡麻油     大さじ2

    煮汁として  ダシ  椎茸の戻し汁と合計で2カップ
            砂糖  大さじ4
            醤油  3分の1カップ
            みりん 大さじ3
            酒    半カップ 

1・鶏肉は一口大に切る。 コンニャクは塩で揉み洗いして手でちぎって一口大に。
2・タケノコは洗って、人参と共に乱切りに。 ゴボウは皮をこそげて斜め切り。 レンコンは皮を剥いて乱切りにしてからゴボウと一緒に酢水に晒しておく。 椎茸は半分に削ぎ切り。
3・鍋で千切りにした生姜を胡麻油で炒め、鶏肉を炒めて色が変わったら取り出す。
4・鍋を洗わずに残りの材料を炒め、全体に脂が回ったら、鶏肉を生姜と一緒に鍋に戻し、煮汁の材料を全て加えて落とし蓋をして、煮汁がなくなるまで煮含める。

ひとつずつ材料毎に作る煮物のような見た目の美しさは無いが、オーソドックスな美味しいお煮しめができる。 三が日を過ぎて余ったら、全てを細かく刻んで酢飯に和えて『五目ちらし寿司』にリメイクするのもオススメ。

お正月に限らず、冬の間には時々作っている。 こういう味をいただいていると、日本人だなぁ・・と、しみじみ思ったりするから不思議なものだ。  

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2006.12.24

じわじわと

静かなクリスマス・イブ。 こんな夜に限って鹿の鳴き声すら聞こえない。

今頃東京の教会では深夜ミサが始まっているだろうか。 こちらの教会では遠方からの人々のことを考えて、一足早く20時からだった。 キリストの誕生をお祝いするミサでは、皆が小さな蝋燭を持って、ともし火を隣の人に回してゆく。 ご降誕の喜びの知らせが口コミで伝えられたことを模したものらしい。

平和、平和、と口では唱えながら、自分は平和のために何をしたのか、と頭を抱える。 家族のことだけで手一杯な情けなさが残る。

ひとりひとりが、とりあえず自分のすぐ近くの人の平和のために生活したら、それが隣へとじわじわ広がって、時間はかかるかもしれないけれど、案外大きな範囲へ平和が広がるのではないか、と、そんなことを考えた。 大そうなことではなく、相手の気持ちになることとか、家族のためにハウスキーピングをすることとか、イライラしないで笑顔で居ることとか、穏やかな言葉を使うこととか、そんな何でもないような小さなことでも。 蝋燭のともし火を分けてゆくように、じわじわ、じわじわ、と。

テレビのニュースで伝えられる戦争、内紛、殺人事件と、きらびやかな街のイルミネーションとのギャップが、妙に胸に突き刺さって、なんだか息苦しくて、外の空気を吸いに玄関を出た。 キンと頭が痛くなるほどに冷え込んでいる・・明日の朝も寒くなりそうだ。

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2006.12.22

ご対面

ついに念願の「ホールのまんまのバタークリームケーキ」とご対面! (事の成り行きはこちらをご覧ください。) 早速午後のお茶の時間にケーキ・カット。 うーん、安っぽさといい、滑らか過ぎるほどの舌触りといい、バニラの香りといい、期待を全く裏切らない懐かしさ大爆発のケーキだ。 なんだか泣きたくなるような味がする。

さすがにバタークリームを搾り出したバラの花型のデコレーションは付いていなかったものの、チョコレートのお家やマジパンのサンタさん、刺さっているプラスチック製の小さなツリーなど、どれもこれも妙に懐かしいものばかりだ。 スポンジは3段にスライスされていて、間にはアプリコットジャムがたっぷり塗られている。 バタークリームの甘さは最低限に抑えられ、その代わりスポンジ生地には、近頃のケーキには珍しいほどのしっかりした甘さ。 そこにアプリコットジャムの甘酸っぱさが重なる。 決して『今時の味』では無い、明らかにカテゴリーの違うもうひとつの完成された味のケーキが、そこには存在していた。 思わず頭を下げたくなるほどのバランス・・ある意味において凄い。 絶対私には作れない味だと思う。

『ますたあ』と唸りながら、ぱくぱく。 食べたかったのは正にコレだった。 満足で幸せ!

さすがにバタークリームだけあって、なんと26日まで賞味期間が保障されているのも驚きだ。 この感じだと味わいの変化も心配しなくて良さそうだし。 しっかり飽きるまで味わって食べようと思っている。 

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2006.12.21

知る人ぞ知る

義父の介護保険の更新手続き云々で出かけ、家に戻って来たら、ポストから何かがはみ出しているのが見えた。 「あの『突き刺さっているもの』は何だ?」 ぎゅうぎゅうに押し込まれているので、引っ張り出すのも一苦労である。 宛名の字で差出人はすぐに理解できた。 ずっしりと重たい包装には「AKUTAGAWA」の金文字。 あっ、これは・・と、思わずニンマリ!! そう、知る人ぞ知る(?)、芥川製菓のミルクチョコレートである。

芥川製菓は大っぴらには小売をしていない。 基本的には「高級チョコレートの卸業」の会社だ。 要人が利用することで有名な某ホテルや、セレビリティなイメージで何かと話題な某ホテルなどの売店で売られているチョコレートの詰め合わせは、実はこの芥川製菓製という話もある。

さすがに原料卸の会社だけあって、何の飾り気も無い生粋の板チョコなのだが、タテ10センチ弱、横30センチ、土台部分の厚さだけでも1センチを超える、総重量350グラムのチョコレートともなれば、その迫力はまさに「ドーン!」という感じだ。 味も香りも歴史を感じるようなしっかりした品物で、甘さもしっかり。 で、口どけもまろやかさも申し分無く、直球ストレート勝負のチョコレートなのである。

多分修道院関係のお付き合いだったのではないかと思うが、かつての職場にはクリスマスシーズンにこの「芥川のジャンボ板チョコ」の注文票が回覧され、毎年申し込んでいた。 そこそこ枚数がまとまれば通販には応じてくれるらしいと聞くが、なにせこのボリュームだから「一家族に1枚」あれば充分で、生協の宅配のように気軽なわけにはいかないかもしれない。 今回わざわざ届けてくださったのも、かつてお世話になった横浜の修道女である。 きっと教会でまとめて申し込んだのかな。

元々羊羹を「バナナ喰い」するような『ますたあ』だから(最近は私がうるさいので控えているようだが。)、久々にお目にかかった巨大な板チョコに小躍りするばかりの喜び様だ。 さすがにこの大きさを一気に「バナナ喰い」するとは思えないけれど、しっかり外箱に線を書いて私の領地を確保しておかなければ・・と、思っているところである。 先だってのバタークリームのケーキといい、今回のジャンボチョコレートといい、大喜びしつつ胸の奥でちょっと体重が心配な年の瀬。

ちなみに・・
芥川製菓株式会社は数箇所に工場をもってるらしく、各工場と本社では年数回チョコレートのアウトレット商品を売るらしいが、各所長蛇の列が出来ると聞く。 近隣の方々にはチラシで日程をお知らせしているとか。 まことに羨ましい話・・。

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2006.12.19

違いの判らない女

納戸として使っている日陰の部屋にお酒のボトルがしまいこまれていて、「このままにしておくのもナンだなぁ」と気になっていたので、秋頃から大好きなビールを我慢しつつ順番に飲んでいる。 多分我々夫婦が(特に私が、か?)お酒好きなのを知っている方々が、珍しいものを届けてくださったり、ちょっとしたお礼やご挨拶でいただいたりしたものが、だんだんと溜まってしまったのだけれど、日本酒・焼酎・スピリッツ・リキュール、ボージョレーヌーボー・新酒・年代物、そして『得体の知れないボトル』も数本、と、まあ個性豊かで、なかなか面白いことになっている。 『呑んべいの勘』を頼りに時間が経つと美味しくなくなりそうなものから飲み始めて、現在ではスピリッツが5本ほど残っているだけになった。

先日封を切ったのが、これまた謂れの判らないボトルで、酒屋の品揃えを覗くのが趣味の私も、全く見たことの無いボトル。 しかも、輸入代理店等の日本語表記も全く無い。 洋ナシのイラストがあるので「洋ナシ酒」なのだろうが、判るのは度数が40%ということと、スイスの酒であるということぐらいだ。 銘柄がまた凄くて、「Willams Christ Birne」である。 セカンドネームがキリストですよ、キリスト! ・・クリスマスの待降節にはぴったりかもしれない。

甘ったるい甘味果実酒だったら嫌だな、と、グラスにちょっぴり注いで、恐る恐る味見。 「・・あっ、いけるいける! 良かった、甘くないよコレ。」 どちらかと言えばほんのりと上品なフレーバード・ウォッカみたいだ。 丸みがあってやわらかい熟成された感じがする。 早速そのままオン・ザ・ロックスで「うんうん、当たりだ!」と楽しんだ。

さて、調べてみようとあちこちネット検索してみると、とりあえず『お酒のくちコミサイト』のリストには上げられているものの、書き込みも無ければ、取り上げている日本語サイトも全く見当たらず、相変わらず謎だらけ。 で、唯一判ったのは『参考価格8000円』であった。 「ええっ?コレ8000円もするんだ!」、こっちの方がビックリである。 急にじっくり飲まなくては申し訳ないような気分になってゆくところが、なんとも貧乏人の悲しさ。 8000円と聞いてしまったからなのか、よくよく見ればボトルのエンボス加工も美しいし、なんだか由緒正しき歴史に裏づけされたお酒のような顔つきに見えてくるから不思議だ。

だいたいスイスの国民が普段どんなお酒を飲んでいるのかすら、こちらはちんぷんかんぷんなのだが、このまったりとした濃さやまろやかさは雪のシーズンに似合いそうではある。 ありがたく楽しませていただくことにしたい。

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2006.12.17

一字違いで大違い

「ラッシュ」という単語から、何を一番に思い浮かべるだろうか。

最近自動車の車種で「ラッシュ」というのが売られているし、その辺を走っていても目にする。 「ラッシュ」は「rush」で、「ラッシュ・アワー」の「ラッシュ」と同じなんだろう、多分。 「突進する」とか「突撃する」とかそんな意味合いになるだろうか。 スロットルをぐっと踏み込んで「行け~っ!!」という感じ。 エイベックス・グループにも「rush」というレーベルがあるようだ。 「売ってけ~っ!!」か。

私はかつての職場で「rash」のほうの「ラッシュ」をよく使っていたから、どうもいまだにそちらのイメージが強い。 「rash」は「発疹」である。(ちなみに「ヒート・ラッシュ」で「あせも」。) もちろん英語では発音が違って「rush」の母音は「ア」で、「rash」は「アとエの中間音」なのだが、カタカナの日本語表記ではどちらも「ラッシュ」だから、その単語だけ単独で見聞きすると、どうも「rash」への変換順位が上位に来てしまうのだ。

初めて自動車のコマーシャルを耳にした時、「えっ?そんな名前?!」と一瞬驚いた。 綴りを見て胸を撫で下ろす。 「そりゃあ、そうだよね。」 「発疹」なんて名前の車、有り得ない話。 よっぽどのドット柄なら解らなくも無いが。

日本人は「R」という字の表記に対してデザイン面から好感を持つ人が多いらしいし、「サ行」の音には清潔感を感じる民族らしい、という話を聞いたことがある。 だとすると、「rush」は字面的には結構良い線の単語なんだろう。

「ラッシュ」を見聞きする度に、わざわざ頭の中の「rash」を「rush」に変換している自分に、最近苦笑している。

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2006.12.16

めまいとの付き合い

久々の『めまい』。 耳の違和感は併発していないから、多分一時的なものだろうと、希望的観測を持って様子をみている。

めまいの時は、眠ってしまうのが一番手っ取り早くて楽になれる。 眼を閉じてじっとしていれば、めまいの自覚はほとんど消えてしまうのだ。 今のような寒い季節には、大義名分をいただいたことにして毛布に包まって眼を閉じていると、いつの間にかウトウトと眠っている。 めまい自体は決して歓迎できることではないものの、師走の気忙しさから完全に逃避して、暖かくウトウトしていること自体はちょっと幸せでもある。

割り切って考えることでそれなりの幸せを見つけられるのも、長い付き合いならではの利点といった所か。 一喜一憂しない、開き直っている部分だけ見れば、明らかにオバサン化したお陰とも言えなくも無いが・・。 苦笑。

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2006.12.15

鍋の副菜に迷う

今夜はおでん。 大根をたっぷり入れてホカホカ。

冬の季節には何度と無く鍋物を楽しむけれど、未だに毎回悩むのは、副菜をどうするか、だ。 鍋物はどうしても味の変化が小さくなるので、何かちょっと気の利いた副菜を用意したい気持ちは山々なのだが、あくまでもメインは鍋だから、邪魔にならない程度のもの。 それに、口の中が熱くなりがちなので、どちらかと言えば冷たいおかずのほうが合うかな。 その結果、ちょっとしたサラダとかお浸しとか、浅漬けとか・・あとは『作るのが面倒』という理由で普段から持ち合わせている常備菜など。 食後の果物を多めに用意して代用することもある。

他所のお宅では鍋料理がメインの時、どんな副菜が食卓に並ぶのだろうか。 すこし気になっている今日この頃だったりする。

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2006.12.14

雨続き

ここ最近・・
私が外出する日は晴れて、家で洗濯のできる日には雨降り。
おかげで、洗濯物がスッキリと乾くことが無く、「自然干し派」(対義語は『乾燥機派』)の私は、うっとうしい気分になる。
外出時に晴れるのはありがたいことなのだが、単純に喜ぶべきか迷う。

庭のもみじの木が真っ赤に紅葉した。
あまりの見事さに、感謝を込めて幹にキスをしたら、温かかったのでびっくり!
凄い発見をしたみたいで嬉しかった雨の午後。

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2006.12.13

♪誘われたアタシは・・・

初めて吉野家の牛丼を食べたのは、23歳の時だった。 なんて遅いデビューだったんだろう、と、今から思えば不思議な気持さえしてしまう。 それも、テイクアウトされた薄い発泡性のプラスチックに詰められて、蓋に湯気の水滴が付いているような「並」を、マンションの一室で食べた。 なんだか凄く美味しく感じたことを覚えている。

ちょっと前の事のように思えて、実は社会の価値観がずいぶんと変化していることを思い知らされたりするのだが、当時は女性が独りで外食するというのは、なかなか気合が必要なことであった。 ちょっと小奇麗な喫茶店やティー・ルームとか、さもなければ思いっきりカジュアルなハンバーガー・ショップならば、学生の頃からそこそこ通っていたし、働く女性たちもたくさん利用していたので、抵抗無くお店に入ることが可能だったのだが、例えばお蕎麦屋さんとか吉野家とかは、「男性の領域」のイメージが強くて、女性が独りで入店し食事するには、ちょっと抵抗があった。 いや、抵抗は私が勝手に感じていただけなのかも知れない。 決してお嬢様育ちではないのだけれど、母が料理をマメに作ってくれる人だったので、大抵の食事は家で済ませてしまい外食する機会が多くなかったことも関係していると思われる。 なので、道路から見える長いカウンターで牛丼をかき込んでいる男性たちを横目で見つつ、美味しそうだなぁ、羨ましいなぁ、食べてみたいなぁ・・と、一種の憧れを描いていたのだ。

結婚して間もない頃、近くに住む、『ますたあ』と私の共通の、高校時代の同じクラブの後輩(男性)と話していて、何かの拍子に外食の話となり、「最近行ってみたいお店とか、食べてみたい物はあるか」なんていう話題の中、「実は吉野家の牛丼に憧れている」と白状したら、「えー??あの駅前とかにある吉野家のこと?!」と、ひどく驚かれてしまった。 若い男性にとっては吉野家は、『学生の頃から通い慣れた御馴染みの味』であり、『少ないお小遣いでもお腹一杯になることの出来る安心の味』以外の何物でもないのだ。 だから、お店に入ったことが無いとか、食べたことが無いなんて全く想定外のようだった。 私の説明を驚きの眼差しで聞いていた彼は、女性独特の恥じらいの気持ちとか遠慮の気持ちを、少しは理解してくれたようだった。

さて、何週か後、その彼がまた私達のマンションにやって来ることになった。 日曜日のお昼どきである。 「これから行きまーす!」と、電話をくれた彼は、「お昼ごはんに食べてもらいたいものがあるので、持って行くから、味噌汁かお茶だけ用意しておいてください」と、続けた。 その彼が届けてくれたのが、テイクアウト用の牛丼だったのである。 ・・私はつくづく「美味しい!!」と思った。


先週の週末、その『牛丼の彼』と『ますたあ』と私の所属していたクラブのOB会が開かれた。 たまたま『ますたあ』が出席できず、私独りでの参加になった。 懐かしい仲間と、懐かしい話題で大笑いしながら、それはそれは濃い時間を過し、日付が変わる頃に地下鉄の駅からホテルへ歩いた。 冷たい風に当たって酔いを醒ましながら、誰も私を認識しないような東京の街の居心地の良さに身を委ねていたら、ホテルとは反対方向の交差点に24時間営業の吉野家のオレンジ色のサインが見えた。 私は誘われたようにお店に向かっていたのだと思う。 いかにも仕事帰りのサラリーマンに混じって、例の長いカウンターで卵を溶いて豚丼を食べた。

どこかそそくさと、箸運びを迷う暇も無く一気に食べて、空の丼をコトンとカウンターに置いたら、「ああ、いつの間にか私も大人になったんだなぁ」と、思った。 と、同時に高校時代の甘酸っぱい思い出が怒涛のように溢れかえってきて、なんだか泣きそうになったから慌てて店を後にしたのだった。

牛丼ではなくて豚丼だったのが、すこしだけ残念だったけれど、やっぱり吉野家は美味しかった。 

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2006.12.11

新聞の休刊日に

昨日はちょっとでかけてきた。 朝、朝刊に目を通しながら翌日(つまりは今日のこと)が休刊日であることを知り、「それは助かるな」と、思った。 でかけるとじっくり新聞を読む時間が無いので、どうしても未読の新聞が溜まりがちになる。 外泊すればホテルで、わざといつも取っているものとは別会社の新聞を読んでみようという気になってしまい、結局家で未読の新聞が待っていることに変わりが無い。

外出先の街で、たまたま通りかかった新聞販売店では、配達員総動員でお店の大掃除をしていた。 歩道に脚立を立てて大きな窓ガラスを拭いている若い人達を眺めながら、休刊日でもなければお掃除も難しいのだろうな、と、思いを巡らせる。 日曜日も祝日も関係無く、雨の日も雪の日も同じようにきっちりと届けられる新聞・・それを配達する方が、急にとても高尚な人達に感じられた。 どこか楽しげな表情で拭き上げられてゆく窓ガラスの向こうには、可愛らしいクリスマス・ツリーが透けて見えた。

その夜に見上げた街の青色発光ダイオードのクリスマス・イルミネーションは、それはそれは見事だったけれど、何故か私の心の中では、昼間見かけた新聞販売店の小さなクリスマス・ツリーの、赤と緑の白熱電球の光景が瞬いていたのだった。

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2006.12.08

ここで逢ったが百年目?

このところめっきりお目にかかっていないもののひとつに、バタークリームのケーキがある、という話になった。 それこそ私が幼い子供だった頃には、ラウンドで売っているケーキは「お誕生日会」と「クリスマス」の年2回お目にかかるのがせいぜいで、それもバタークリームのことが多かった気がする。 デコレーションやケーキのデザインも今のように洒落たものではなくて、食紅で淡いピンク色に染めたバタークリームをバラの花の形に搾り出したものが何個か。 それにウエハースで出来た小さなお家、マジパンやゼリーの動物と、チョコレート・・そんなものだった記憶がある。 甘さもきつかったし、好物でパクパク食べるというものではなかった。

で、今となってはどこでバタークリームと出会えるか、と、『ますたあ』と考えてみると、例えば「横浜・かをり」のレーズンサンドの真ん中とか、たまに結婚式の引き出物でいただくユーハイムの白い焼き菓子のコーティングとか、つまりは「日持ちする系のお菓子の脇役」で、ラウンドケーキではほぼ壊滅状態に近いと思われた。 確かに口当たりが重くて、たくさん食べられる種類のものではないし、簡単に言えば飽き易い味であることも否めないし、それに何よりも熱量(カロリーのこと)を想像するだけで倒れてしまいそうな食品ではある。 そりゃあ、生クリームに主役の座を奪われたって何の不思議も無いだろう。

でも、いろいろと思い出して話しているうちに、どうしても食べたくなってしまったのだ、バタークリームのデコレーデョンケーキを! 味が云々ではなく、ほぼ懐かしさのために。

早速検索をかけてみると、千葉に一件バタークリームのケーキ専門店が見つかった。 が、キャッチコピーが「バタークリームってこんなに軽やかだったの?!と、皆さん驚かれます!」だ。 思わず「うーん・・」。 我々の気持ちは昔ながらの、何かに見切りをつけたかのように重くてコッテリとしたバタークリームでなくては納得できないような段階に、既に足を踏み入れてしまっている。 しかも結構なお値段だし送料を含めると、有名パティシエの生クリームケーキの方がよっぽどリーズナブルだ。 どこかご近所のケーキやさんに特注で作ってもらおうか、とも考えてみたが、わざわざ一個だけでなんだか申し訳ないし、これからクリスマスで忙しい時期だろうし・・と、気が重い。

こうなったらやっぱり自分で作るしかないか、と、諦めかけていた矢先のことだった。 買い物に入ったスーパーに大きなヤマザキのポスター。 松たか子嬢がニッコリ微笑んでいる横に、クリスマスケーキのラインナップが印刷されている。 早期予約すれば定価の15%OFFらしい。 持参したトートバッグに牛乳を詰めながら何気なく見ていたら、一番下の隅っこに見つけてしまった。 バタークリームのデコレーションケーキ!! これこれ、これよ。 おまけに割引料金ならインターネットの通販のお店のほぼ半額だ。 これも何かのお導き、とばかりに即決してその場で予約。

さてクリスマスまでにケーキの分をダイエットしておかないとな・・と、ぶつぶつ言いつつも、久しぶりにどんなバタークリームが食べられるか楽しみ! トランス脂肪酸の件もあるので、まともに食べられるのは最後のチャンスかもしれないと思う。 という訳で、今年の年末は文字通りベタベタになりそうな予感なのである。 

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2006.12.07

慣れってものがないよね

恋愛は、何度目だからとか年齢がいくつだから、なんていうこととは全く関係がなく、いつだって夢中だし必死なところが、なんとも不思議。 凄いエネルギーだな。

・・なんてことを、脈絡なくお風呂の中で考えていた。


メンテナンスは終了したらしいです。 どうも。

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2006.12.04

結局は「人」

午後に電話がかかってきた。 ペンションの宿泊予約を受けなくなってからは、営業の電話などの対応が厄介なので、こちらからは名乗らないことにしている。
「はい、もしもし。」と、私。
「あ、そちら伊豆高原のペンション・メモリアさんですか?」
「いいえ、違います。」
「あれ、違いますか?」
「はい。」
「そちらはペンションではないんですか?」
「ペンションですが、仰った所とは名前も立地も違っています。」

どうやら相手は完全に勘違いして電話してきた様子で、かけたい相手はウチで合っていたみたいなのだが、『それはそれでどうよ?!』で、リアクションに困ってしまった。 こちらとしては、知らないだけで本当に伊豆高原にメモリアというペンションがあったり出来たりしているかもしれないから、うっかり「お間違いではありませんか?」とも聞けないし、それに、誰だか知らない、背景も判らない見ず知らずの相手に、そんなことをいきなり返すのも失礼だろう。

まあ、例えウチが営業中だったとしても、名前や立地を完全に勘違いして電話をかけてくるようなお客様は、ハイ・リスク群に含まれるから、あんまり歓迎しかねる部分もあるだろう。 例えば説明しても聞く耳を持たないような方だと、ひどい場合は「思い込み」が激しくて、事前にご案内を送ってもちゃんと見ていなかったりするので、当日本当に伊豆高原に行ってしまい、夕方になって「場所がわかりません」と電話がかかってきて、よくよく聞いてみると伊豆高原で、相手もこちらも焦る・・なんていうことにもなりかねない。 実際に似たような事例は経験した。

情報を集めたり取り出す技術はインターネットの普及で飛躍的に進歩しているが、それを受け取って読み解くのは、結局人間なのだということを肝に銘じておかないと、世の中トンデモナイコトになりかねないな・・と、電話を切ってから考えていた。

<ご注意>
明日10時からはサーバー・メンテナンスです。 7日15時までTBやコメントの投稿が出来ません。 よろしくご了承ください。

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また長時間メンテです

明日5日10時から7日15時まで、「ココログ」のメンテナンスがあるので、TBの受け付けやコメントの受け付けができなくなります。 閲覧は可能です。

よろしくお願いします。

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2006.12.03

オン・ビジネス

『ますたあ』が受けた電話の内容を、私にも報告してくれた時に言われた言葉・・「きんきんにお伺いします、って。」 電話の相手が友人など親しい人ではなく、仕事上のお付き合いの相手であることは把握していたのだが、私は「きんきんに」という言い回しを聞いたことがなかった、若しくは忘却していて知らなかった。 「・・きんきん?」 思考回路を総動員し、状況判断から「多分、『近近』と書いて『きんきん』と読ませるんだろうな」と、想像しておいた。

気になったので、手の空いた夕方に広辞苑を引いて見る。 確かにこの場合の「きんきん」は「近近」で合っていたようだ。 近いうちに、数日中に、くらいの意味らしい。

すぐ隣には同じ「きんきん」でも「僅僅」という言葉も掲載されている。 そんな言葉もあるのか、と、内心驚く。 私が「きんきん」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、「キンキンに冷えたビール」の「きんきん」で、普段の使い方も専らそれである。 「近いうちに伺います」と言うことはあっても、「近近に伺います」と言ったことは無い。

今までの人生では、仕事上の文面や会話でも、そこそこフレンドリーな日本語で済むような職場しか経験したことが無いので、ビジネス用の日本語についての知識が乏しいのかもしれない、と、自覚させられた。 こういう独特の言い回しや単語も知っておくべきかな・・、なんて、ちょっと考えている。

そう言えば、イントネーションは違うけれど、愛川欽也さんも「きんきん」だ。 ・・日本語は奥が深い、とでも、締めくくっておこうか。

(早稲田大学もサントリー・サンゴリアスも試合に勝って、嬉しい気分の日曜日。 いえ、ラグビーの話なんですけど。 久しぶりにウォッカが進んだのも、そのせいにさせておいて下さい。)

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2006.12.02

あー、12月だ。

12月が始まった。 悔しいから「早いもので」などとは書きたくないのだけれど、現実は現実として認めなくてはならない。

友人が「一足早いクリスマス・プレゼント」を贈ってくれた。 資生堂のシノアドア・シリーズの入浴剤「ホットハーバス」。 デトックス(毒出し?)の考え方を中国漢方で実践するというテーマの美容健康シリーズのようで、基礎化粧品やら食べるゼリーやら、いろいろな商品があるらしい。 この「ホットハーバス」は、これがまた全く遠慮なく漢方系の匂いがする入浴剤で、「飲んでも効くかもしれない」とついつい考えてしまいそうなほど(実際には飲めません!!)、まるで本当に煎じた漢方薬に浸かっているような感じなのだけれど、効き目も匂いに負けず劣らず強烈で、汗がポトポト出てくるし、お風呂上りのホカホカ感の持続も半端ではない。 少し前にひいていた私の風邪は、この入浴剤のお陰で退散したと言っても過言ではないほどである。 漢方の匂いが苦手でない方にはオススメだ。 他所様にいただいておいてこんなこと書くのも妙な話ではあるけれど。 これから本番になる寒さのことを考えると憂鬱なのだが、あったまるプレゼントのお陰で少し気持ちが楽になった。

今日は朝から強い木枯らしが吹き荒れていて、空がしぐれている。 仕事に家庭にと忙しい中、わざわざ私のことを心配してプレゼントを届けてくれた友人のことを想いながら、東京の風景を想像した。 もうクリスマスのイルミネーションやディスプレイがあちらこちらで綺麗なことだろう。 かつてすぐ近くに居た友人とは、同じ日本に住んでいても、今きっと全く違った風景を見ているはずで、そのギャップに戸惑う。 

ありがとう。 元気でやっています。 冬の山は静かだけど、何か神聖な感じもして嫌いじゃないよ。 

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