« 新聞の休刊日に | トップページ | 雨続き »

2006.12.13

♪誘われたアタシは・・・

初めて吉野家の牛丼を食べたのは、23歳の時だった。 なんて遅いデビューだったんだろう、と、今から思えば不思議な気持さえしてしまう。 それも、テイクアウトされた薄い発泡性のプラスチックに詰められて、蓋に湯気の水滴が付いているような「並」を、マンションの一室で食べた。 なんだか凄く美味しく感じたことを覚えている。

ちょっと前の事のように思えて、実は社会の価値観がずいぶんと変化していることを思い知らされたりするのだが、当時は女性が独りで外食するというのは、なかなか気合が必要なことであった。 ちょっと小奇麗な喫茶店やティー・ルームとか、さもなければ思いっきりカジュアルなハンバーガー・ショップならば、学生の頃からそこそこ通っていたし、働く女性たちもたくさん利用していたので、抵抗無くお店に入ることが可能だったのだが、例えばお蕎麦屋さんとか吉野家とかは、「男性の領域」のイメージが強くて、女性が独りで入店し食事するには、ちょっと抵抗があった。 いや、抵抗は私が勝手に感じていただけなのかも知れない。 決してお嬢様育ちではないのだけれど、母が料理をマメに作ってくれる人だったので、大抵の食事は家で済ませてしまい外食する機会が多くなかったことも関係していると思われる。 なので、道路から見える長いカウンターで牛丼をかき込んでいる男性たちを横目で見つつ、美味しそうだなぁ、羨ましいなぁ、食べてみたいなぁ・・と、一種の憧れを描いていたのだ。

結婚して間もない頃、近くに住む、『ますたあ』と私の共通の、高校時代の同じクラブの後輩(男性)と話していて、何かの拍子に外食の話となり、「最近行ってみたいお店とか、食べてみたい物はあるか」なんていう話題の中、「実は吉野家の牛丼に憧れている」と白状したら、「えー??あの駅前とかにある吉野家のこと?!」と、ひどく驚かれてしまった。 若い男性にとっては吉野家は、『学生の頃から通い慣れた御馴染みの味』であり、『少ないお小遣いでもお腹一杯になることの出来る安心の味』以外の何物でもないのだ。 だから、お店に入ったことが無いとか、食べたことが無いなんて全く想定外のようだった。 私の説明を驚きの眼差しで聞いていた彼は、女性独特の恥じらいの気持ちとか遠慮の気持ちを、少しは理解してくれたようだった。

さて、何週か後、その彼がまた私達のマンションにやって来ることになった。 日曜日のお昼どきである。 「これから行きまーす!」と、電話をくれた彼は、「お昼ごはんに食べてもらいたいものがあるので、持って行くから、味噌汁かお茶だけ用意しておいてください」と、続けた。 その彼が届けてくれたのが、テイクアウト用の牛丼だったのである。 ・・私はつくづく「美味しい!!」と思った。


先週の週末、その『牛丼の彼』と『ますたあ』と私の所属していたクラブのOB会が開かれた。 たまたま『ますたあ』が出席できず、私独りでの参加になった。 懐かしい仲間と、懐かしい話題で大笑いしながら、それはそれは濃い時間を過し、日付が変わる頃に地下鉄の駅からホテルへ歩いた。 冷たい風に当たって酔いを醒ましながら、誰も私を認識しないような東京の街の居心地の良さに身を委ねていたら、ホテルとは反対方向の交差点に24時間営業の吉野家のオレンジ色のサインが見えた。 私は誘われたようにお店に向かっていたのだと思う。 いかにも仕事帰りのサラリーマンに混じって、例の長いカウンターで卵を溶いて豚丼を食べた。

どこかそそくさと、箸運びを迷う暇も無く一気に食べて、空の丼をコトンとカウンターに置いたら、「ああ、いつの間にか私も大人になったんだなぁ」と、思った。 と、同時に高校時代の甘酸っぱい思い出が怒涛のように溢れかえってきて、なんだか泣きそうになったから慌てて店を後にしたのだった。

牛丼ではなくて豚丼だったのが、すこしだけ残念だったけれど、やっぱり吉野家は美味しかった。 

|

« 新聞の休刊日に | トップページ | 雨続き »

コメント

私は松屋に学生のとき一回、男友達みんなに連れられて入ったことがあります。吉野家は食べたこともありません。同じような経験では就職したあと、回転寿司にいったことがないといったら、職場の先輩方につれられて1回だけはいりました。高校から男ばかりの環境にいる割にそうしたものには入れません。ただ、少し違うのは、高級なレストランでも私は一人で入れてしまうことでしょうか。周りの同じ世代かちょっと年上の女性はやはり一人でレストランや小料理屋には入れないという人が多いので、やはり私もそういう世代なんだなぁとおもいます。4つ下の友人達だと吉野家にも女性で常連だったりするのでギャップを感じます。ラーメン屋も一人で入りづらい店の一つです。

投稿: kumi | 2006.12.14 10:18

kumiさん、こんにちは。
昨日書き込みしていて、入店に抵抗がある店の基準が、自分の内部でも明確に分けられていないことに気付きました。 単にひとりで食事することが嫌だという訳でも無いようで、私も予約してから行くようなレストランはkumiさんと同様にひとりでも平気です。 仕事で使うホテルとかも大丈夫。 そう、ラーメン屋さんはちょっと辛いですね。 どちらかと言うと、個別的な接客をしてくれるお店は入りやすいのかなぁ? うーん、自分でも良く解りません。

この感覚って不思議ですよね。 いつからこうなったのか解らないですし、誰かにこんな価値観を押し付けられた記憶も無いし・・。 何なんでしょうか、一体?!

投稿: リーボー | 2006.12.14 15:34

おはようございます。牛丼の話、詳しく書いてくださってありがとうございます。僕はいったい何を書こうとしたのか思い出せないぐらい以前に書いた気がしています。

実は、うなぎ屋と焼き肉屋にずいぶんいってないから、その話を書こうかなと思ったら、あなたのTBが目にとまったので、読ませてもらいました。丁寧に書いてありますね、感心しました。

僕が書くのと大違い。富士山と、ボタ山ほどの差があるなあと思いました。

また、よろしくお願いします。アビル

投稿: 阿比留千代磨 | 2006.12.21 04:04

アビルさん、ご来訪ありがとうございました。

>僕はいったい何を書こうとしたのか思い出せないぐらい以前に書いた気がしています。
ああ解る気がしますよ、その感覚。 忘れた頃にTB貰うと妙に焦ったりしてね。 自分の内部ではずいぶん昔のことみたいな気分になってしまっていたりしますから。

いえいえ、このブログは里山くらいのものです。 またお気軽においでくださいね。 お待ちしています。

投稿: リーボー | 2006.12.21 15:38

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ♪誘われたアタシは・・・:

« 新聞の休刊日に | トップページ | 雨続き »