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2007.01.27

高眼圧症への訣別 その3

(続きですので、初めての方は順番にお読みください。)

今回の件で、いくつか思うことがあった。

情報の力についてだ。 インターネット網によって、こんな山の中に暮らしていても、先端的な医療の情報を手にすることができる。 そこから「自分が受けたい医療のイメージ」をまとめ、そのために適した医療機関を選ぶ・・もうそんな風に時代は変わってきたのだと、身につまされた思いがした。 情報網を活用していない医師よりも、情報網を活用している患者側が主導権を持つ、そんなことが平気で起こっている。 それは長年日本の医療の根底にあった任せきりの感覚が、通用しなくなってきていることを示すだろう。 自分の医療を患者が選ぶのを、医療従事者が専門家として手伝う、そういった考え方を両者に求めることに繋がるのではないか。

そこには患者側の責任も必要だ。 自分の体のこと、自分の病気のことを、自分で学び、ある程度の知識を持っていなければ医療を選択することができない。 医療従事者と情報を共有するために、基本のオペレーション・システムになるであろう、解剖学(何がどこにあって、どんな構造をしているのか)と生理学(どんな働きをしていて、何を作り出しているのか)の基礎知識は、もっと万人が身に付けていてもいいのではないかと思う。 そしてそれも多くの場合、インターネット経由の情報で事足りるはずだし、必要になってから情報を集めたとしても十分間に合う。 そこがクリアできている人は、「あるある大辞典の納豆パニック」に巻き込まれることも無かったであろう。

情報を集めるのも、活かすのも、取捨選択するのも、受け取る側の役割である。 そこを放棄して全て鵜呑みのままでは、自分が不利益を被ることになりかねない、そのことを肝に銘じておくべき世の中なのではないか。

今の私に残された課題は、ずっとかかりつけていた町医者の眼科医に、この事実を伝えるべきかどうかだ。 お世話になってきた感謝の気持ちはあるし、地理的に近い場所の医者との付き合いは大事にしておきたい気持ちもある。 でも、「あなたの提供できない医療技術によって、私は治療の必要がなくなりました」とも伝えるのも、相手をバカにしているようで気が引けるし、かといって相変わらず近くにいるのに「諸般の事情で受診しません」となれば「どうしたの?」とくるのも当然である。 都市部ならたくさんの患者が出入りしているから、受診しなければそれだけで済む話なのだが、田舎では世間が狭く、良くも悪くも人情味が深いので、ちょっと気が引けているのである。

実はこれは、情報弱者に対する感覚にも似ていて、インターネットに接続できる環境下にありながら、情報を収集したり分析できなかったり、そうしようとしていない人と話をする時に、非常に困る感覚とそっくりなのだ。 善い人とか親切な人とかそういう分類ではなく、情報を使える人とそうでない人とでは、明らかに考え方や生活の様子、価値観に違いが生じているような気がする。 お互いに分かり合うのは簡単ではない。 「通じない」とお互いに思ってしまうからだ。

とにかく、『高眼圧症』で治療中であり、尚且つ眼底検査に異常がなく、視神経乳頭に萎縮もなく、当然ながら矯正視力がちゃんと出て、眼圧が20mm.Hg台後半ぐらいの値で収まっている方は、どこかで一度『角膜』の厚みを計ってもらうことをおすすめしたい。 その後の人生が変わるかもしれませんよ。

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コメント

全く同感です。 私も高眼圧症と診断されて7~8年になります。 ずうっと1年1回程度の観察受診だったのですが、近頃、えらく真面目な担当医に変わり、兎に角、眼圧を下げようと薬は処方するわ、1月に一回の受診になるわ、で正直大変です。 下手したらこの調子でこれからずうっと頻繁に病院通いになりそうです。さりとて角膜の厚みと高眼圧との直接の因果関係の調査と、その結果による診療の有無判断を申し出るのは、かなり勇気が要ります。
 高眼圧が正常な状態だったとしたら、薬で無理やり下げるのも、逆な意味の作用に対してもちょっと心配です。
 自分の体に責任を持てるのは、結局のところ自分しかいない、という事で何か申し出てみようか、と思う昨今です。

投稿: | 2010.06.25 15:57

書き込みをありがとうございます。

そうなんですよね。
標準的医療が本当にその患者さんに最適のものとは限らないですし、その患者さんにはその方なりの体質や性格や生活がある訳で。

私の場合も「高眼圧症はこのまんま一生、眼圧降下剤と付き合い続けなければならないんでしょうか?」という質問を当時の主治医にしたところから始まりました。 主治医の返答は「歳をとれば誰でも眼科疾患が増えてくるのだし、その予防と早期発見の為に定期受診していると思えば良いんじゃないか。」でしたが、割と『白黒はっきりつけたい性格』の私は納得しきれませんでした。
 それに、予防のためだけにしてはお金も時間的負担もかかり過ぎるし、薬を使い続けることにも抵抗がありました。(それでも飲み薬と違って局所的なので、医学的にはほとんど問題にならない範疇のようですね。)

7~8年だとベテランの患者さんですね。 お気持ちは大変良く分かる気がします。 私も20年近くかかりました。

とりあえず「もう少し受診回数や検査の頻度を減らすことはできないか」という相談を、主治医に投げかけてみる辺りからアプローチしてみるのはいかがでしょうか。 受診頻度を増やした医学的背景を、はっきり共有しておいた方がいいと思います。(たとえば眼底の所見が変化してきたとかであれば、やはりそれは必要なことでしょうし。) 眼圧以外の所見に進行が見られないのであれば、その間にネット等で情報を集めて新たに相談できる眼科医師や病院を探して、準備だけでも進めてみる、と。

7~8年も真面目に定期受診されてきた立派なベテラン患者さんなら、それくらいのことは言ってみても決して失礼にはならないと思いますよ。 それくらいのことで心情的にカチンと来るような主治医さんだったら、今後のお付き合いにもメリットがあるとは思い難いですし。 だってやっぱり長いお付き合いになる二人三脚ですから。

本当は患者側からそんなこと言わなくても、医師や看護師などが「大変じゃないですか?」とか気を遣ってくれても良いように思うんですけどね・・求め過ぎでしょうかね。(苦笑) 「全人的医療」って何なんでしょうね、まっ、それはさて置き。

おっしゃる通り、最後には自分で自分の責任をとるしかないので、医療と自分の間の何処に妥協点を見つけるかを探るしかないのでしょう。 それにはやはり、主治医と患者の情報共有が要という気はします。

長くなりまして、失礼しました。 どうぞお大事になさってください。 最近は訳あって新しい記事を更新しておりませんが、過去の記事のコメントは歓迎しておりますので、気が向いたらいつでもまたおいでください。 お待ちしております。 

投稿: リーボー | 2010.06.26 10:51

レスポンスありがとうございました。 また、有益な提案等ありがとうございます。 お勧めに従い、もう少し様子を見て(まだどの薬が有効なのかを見極めている段階なので)見ようかと思います。 
 その後、高眼圧の各種要因と薬の関係についても質問してみようと思います。 角膜の厚さ(剛性)も要因である事をリーボーさんの記述で知りえた事も非常に良かったです。
 でも、医者にしてみれば厄介な嫌な患者と映るでしょうね。(我ながらそう思います)しかし、先にも書いた様に、またリーボーさんも言われている様に、結果的に自分の体に責任を取るのは自分ですので、敢えていろいろ話してみようとは思います。
 いろいろ、ありがとうございました、自分と同じ思いの人が居られる、という事だけでも意を強くしております。 
 
 

投稿: | 2010.06.29 15:49

多分ですが私たちのような患者さん、日本中にたくさん居られると思います。 会社の健診等で眼圧を測ったり、眼底の所見を調べたりする所も増えてきているようなので、引っかかって眼科医に回されて治療を始めたは良いが先が見えない・・みたいな感じで。

ここ10年ほどの眼圧降下剤の進歩も、目を見張るものがあります。 それだけ薬が売れている(?)・必要とされているのだろうな、と思っています。

以前どこかの記事で書いたのですが、医学的には同じ成分で同濃度であっても、製薬元によってその人に効いたり効かなかったりすることが臨床ではよくあり、主治医が丁寧に見極めてくださっていると思えば、同じ処方で放っておかれるよりも、ありがたいことには違いないですね。

情報や説明を求める患者が厄介とばかりは言えないと思いたいです。(希望的意見ですが。) 確かにそういう医師も居られますが、患者のレベルによって使う言葉や表現を変えたりするのが医療従事者ですし、真剣に病気と向き合っている患者さんには、それなりの敬意をはらってくれる方も多く居られます。 ただ、頭でっかちで調べた怪しげな情報を鵜呑みにして解ったような気になってしまっている患者さんは、相当やりづらいと思いますけれども。 元々日本人は「先生にお任せ!」過ぎるような気もしたりします。 自分の体なんだから・・という部分がもっとあっても良いような。

薬を変えた場合には、それを使ってみてどうだったかの主観的意見を主治医にフィードバックなさると、相手も助かると思います。(例えば、点眼回数が多くて面倒だったとか、冷蔵庫に保存したら忘れたことがあったとか、沁みたとか、そんなことであっても。) 結構、見え方や遠近のピントの合い方にも私は変化を感じたりしました。 たくさんの薬の中から、その方に合うのを見つけるには時間もかかりますね。 そうこうしている内に主治医と患者間のコミュニケーションもスムースになってゆくものなのかもしれません。

やっぱり視力があるのはありがたいことですので、お互い眼を大事にしてゆきましょうね。(・・って、変な終わり方ですね、ははは。)

投稿: リーボー | 2010.06.29 20:27

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