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2007.02.26

溜め込み

ちょっと油断していたら真冬並の寒さが戻ってきて、せっかく治りかけた足の霜焼けがぶり返してしまった。 今日も陽射しは戻ったものの、空気が冷たい。 まだ2月だものなあ。

最近は情報のインテイクは相変わらず活発なのに反して、なかなかアウトプットに繋がらないという、アンバランスな感覚に支配されている。 ちょっと「言葉」を使っての情報伝達が面倒くさいような、妙な感じだ。 別に日常の光景を切り取れば、他者との会話も当然普通になされている訳で、まあ気持ちの問題というか、自分の内部だけの違和感なのだろうと思う。

今はいろいろと溜め込んでいるピリオドだ、きっと。 それが内部で熟成されて違うものを生み出すのか、やがてそのまんま吐き出して終わってしまうのかは、まだ解らないけれども。 時が熟せば何かが変わってくるだろうと、楽観している。 自然の中のたくさんの命がゴソゴソと一斉に動き出す春を直前にして、まあこんな時期も悪くないか、と、そんな印象。

ところで、私はアフェリエイトというシステムがあまり好きではなく、どうも抵抗がある。 本を読んだ印象を紹介するスペースをこのブログの右隅に設けていたが、ちょっと前からamazonとアフェリエイトの提携をしなければ、本の表紙の画像を簡単に読み込むことが出来なくなってしまった。 そのうちスペースは削除して、その代りに印象に残った本や、どうしてもお奨めしたい本については、その日の記事としてピックアップしてゆくように変更したいと考えている。

アフェリエイトと同様に、「○○のランキングに参加しているので、クリックを・・」というサイト運営の姿勢も、実は好きではない。 たくさんの方々にお誘いをいただいたにも拘らず、結局mixiに参加するのを未だにお断りし続けているのも、どれも根底には、「情報ってそういうものではないんじゃないかい?!」という思いがあるような気がするのだが、自分の中でちゃんと考えをまとめる気がないので、とりあえず「私はやりませんよ」というだけのことである。 別にそうしている人を非難したり、反対意見を持ったりするものでもなく。 これも溜め込みの一環か。

子供の頃に見ていた「宇宙戦艦ヤマト」で、波動砲(字はこれで合っているんだろうか?)を発射する前には、全てのエネルギーをメインエンジンに溜め込まなくてはならず、そのために攻撃や防御が出来なくなる時間を必要とされていた、そんな光景を思い出した。 もしも私が何かをアウトプットするために、無意識に溜め込んでいるとしても、その時にはかなり意識的に小出しにしてゆかないと、自分自身を潰してしまいそうだな、と、そんなことも思っている。

あれもこれも、春を迎える準備ということにしておこう。

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2007.02.22

確かに桜餅だけど

店頭の「桜餅」の文字に惹かれて、初めての和菓子屋さんに。

どちらか選べるなら道明寺タイプの桜餅が好みだが、ショーケースに並んでいるのは道明寺ではないようだ。 内心ちょっと残念に思いながらも、初めて入ったお店だし、まあとりあえずお味見という気持ちで2個だけ包んでもらった。

家に帰って煎茶を丁寧に淹れて、買ってきた桜餅をお皿に移そうとした時、「あれっ??。」

いや、桜餅であることは正しい。 ちゃんと薄ピンクの生地が桜の葉の塩漬けに包まれている。 が、それは道明寺のタイプでもなければ、和風クレープのような生地で餡を巻き込んだタイプでもなく、餅ですっぽりと餡を包んであった。 まさに薄ピンクの大福を桜の葉で挟んだ感じ。 こんな桜餅は初めてだ。

珍しいパターンだな・・と、訝しがりながらの午後のお茶。 餅と餡と桜の葉なので、コンビネーションは合わない筈も無く普通に美味しいが、気持ちの上で戸惑ってしまい、どうも落ち着かない。 しかし、よく考えれば「桜餅」の文字をそのまんま具現化したような商品で、「本来の桜餅とはこういうものなのかも」などとも思えてくる。

地域によってはこのタイプも一般的なのだろうか。 いやあ、こんな身近にもまだまだ知らない食べ物がいっぱいあって、楽しいやら驚かされるやら、である。

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スーパーにて

買い物をしていたら、パック詰めされている食品をいちいち指で押しているオバサンに出会った。 まるで幼い子供のように、何でもかんでも押している。 野菜も肉も魚も。 袋詰めの商品は、といえば、ご丁寧に袋の上から揉んでいる。 で、いじったものは自分の篭には入れない。

嫌だなあ、と、思った。 あんな風にされていた後の商品を買っているかと思うと、ぞっとした。 多分オバサンは殆ど意識せずに、癖のように触っているんだろう。 とりあえず気付かなかった事にして、冷静を装って買い物を続けた。

豆腐が並ぶコーナーで、またそのオバサンに会ってしまった。 相変わらず豆腐も押している・・。 ついつい「指で押さないでください。」と、口に出してしまった。 オバサンはとても驚いた様子で私を見て、半分逆切れのような感じで「押してる??押してなんかいないでしょ!」、と、言った。 言葉を返そうとした瞬間、いつの間にか私の斜め後ろに立っていた20代くらいの、お子さん連れの若いママが、そのオバサンに「あんた、ずーっと押してたよ!!自分で気付かなきゃダメだよ!」と、元気よく言い放った。 びっくり。 見ず知らずの2人に証言されてしまい、オバサンはすごすごと退散。

「いやあ、どうも。」
「こちらこそ、どうも。」
「・・なんでもかんでも押しまくってましたよね、あの人。」
「そうそう、ずっと気になっちゃって。」
「子供に怒る手前、大人があんなことしてると困るんですよね。」
「うんうん。」
「言ってくれたから、あたしもサッパリしました。」
「こちらこそ逆切れされそうなところを、助け舟出してもらって助かりました。」
「切れてたよね、あのオバサン。」
「自分で解ってないんでしょうね、きっと。」
なんだか妙な2人が、妙なシチュエーションで会話してるな、と、思った。

でもあのオバサン、次にあのスーパーで見かけても、きっとまた押したり揉んだりしていそうな気がする・・。 ああいう癖って、そう易々とは治らないものだ。

 

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2007.02.20

「ここぞの時」にも

味噌漬けが好きなのだと思う。 魚も豚肉も、ちょっと作り方が違うが野菜も。 時々無性に食べたくなる。 焼いた時に出来る焦げの香りや風味を楽しみながら、お酒を相棒にしているのは、なんとも幸せな気分だ。 あまりガバガバと量を食べるというよりは、じっくり時間を味わうような感じで。

「味(特に和食)にうるさいお客様」がある時にも、これならば胸を張っておもてなしできる逸品をご紹介。 前以て仕込んでおけるのも便利。

牡蠣の変わり味噌漬け

材料   牡蠣     なるべく大粒のもの300グラム程度
      薄力粉    大さじ5~6
      長ネギ    1本分 白い部分の外側だけ使用
      柚子     小型1個
      京白味噌  300グラム
      酒とみりん  大さじ1半ずつ

1・牡蠣は塩水で洗って汚れを落とし、水気を丁寧に拭き取る。
2・牡蠣に小麦粉をまぶして170℃の油で揚げる。
3・ネギを白髪ネギに切り、水に晒してから水気を切る。
4・柚子の皮を薄くむいて千切りにする。
5・味噌と酒・みりんをよく混ぜておく。
6・蓋の出来る密閉容器などの漬け込み容器の底に薄く5の味噌を伸ばし、晒しふきんやガーゼ、キッチンペーパーなどをのせて、その上に2の牡蠣を並べる。 3のネギと4の柚子を牡蠣にのせて再びガーゼなどを被せ、上から味噌を塗る。 これを繰り返して、一番上が味噌になるように重ねて漬けてゆく。
7・蓋をして冷蔵庫へ。 2日目から食べられて二週間くらいは日持ちする。

どちらかと言えば「大人の食べ物」系の味。 盛り付ける時は牡蠣とネギ・柚子を一緒に。 個人的には4日目辺りが一番美味しいと思っている。 使い残した味噌で、豚肉や魚の切り身を漬けて再利用も。(一回だけにしておいた方が良いと思う。 素材に軽く塩を振って30分置いてから水気を拭き取って漬ける。)

丁寧にひとり3粒ずつくらいをこんもり盛り付けて、ぬるめに燗した芳醇なタイプの日本酒と一緒にお出しすれば、そんじょそこらの割烹と勝負できますよ。


      

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2007.02.18

雨の日は楽

土曜日、日曜日とお天気がぐずぐずしていたせいか、花粉症の方がすごく楽で、信じられないような気持ちで過ごしていた。 集中力もまるで違うし、うっとうしい感覚からも開放されて、どこかへ行ってしまっていた自分の身体が、やっと自分のものとして戻ってきたような気分。 あー、なんとありがたいことか。

今年は見違えるように症状が出ない『ますたあ』に反して、私の方はとても症状がひどく、アレルゲンを調べ直しに行かなくては・・と、思ってはいるものの、外出すること自体がとても億劫で躊躇している始末だ。 まあ現代病ですな。(・・と、どこかで諦めの境地に至っている自分が居る。)

お昼ご飯の片付けを終えてから、そのまま夕食の下ごしらえをさっさと済ませて、午後はずっとNHKで放映されていたラグビーの日本選手権の準決勝2試合を見ていた。 「力の差」は本当に「気持ちの差」なのだろうか?、と、ずっと考えながら。 今までとは見違えるような試合をしているチームの善戦を、目の当たりにしながら、団体戦の不思議さについて思いを巡らす。 「流れ」とか「チームの雰囲気」について、特に。 観客席の片隅で、じっと試合を見ていなくてはならない監督という役割についても。 自分が試合に出ていたほうがどれほど楽かと、思っているんだろうなあ・・そんなことを時々テレビで映される表情から垣間見つつ。 試合運びそのものよりも、何か別のことをずっと考えていた試合観戦だった。

オウム真理教に入信していた人が、脱退してから書いた本を、今頃になって読んでいる。 自分の心の中に、きっと誰もが持っている「虚無感」を、いかに自分で克服し又は埋めることが出来るか、そこの部分が宗教に行く人と、行かない人との違いなのかも知れない、と、そんな印象を持った。 たまたまタイミング良く出会った宗教がオウム真理教だったというのは、余りに運が無さ過ぎたような気がするけれど。 ちゃんとした宗教というものは、探して探してやっと辿り付ける場合が多くて、あまりにも向こうから勧誘に来る宗教はろくなものでないというのは、私の偏見だろうか?! お金儲けの話然り、商売の話然り、営業の電話然り、本当に自分のためになったり、お得な話というのは、自分が一生懸命に情報を集めて探さなくてはならなくて、向こうから誘ってくるものには、どうもろくなものがない気がする。 入り口で楽をしてはいけないのだろう、きっと。

神様がふっと集中力をプレゼントしてくれたような二日間・・いろいろなことを考えて過ごしていた。 春を呼んでくる雨に感謝、だ。 明日からの反動に怯えつつ・・。 

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2007.02.16

雛人形を出す

湿度が低くカラリとよく晴れていたので、雛人形を飾った。

毎年見慣れたお顔で、「やっと飾れた」という安心感も重なって、ほっとする。 娘が居る訳でもないので、別に飾らなかったからといって、どうということでもないのだが、やっぱり飾らないと何か落ち着かないような気分になる。

用意しておいた「雛あられ」と、庭で摘んできた花を一輪挿しに入れて一緒に並べた。 春の日が差し込む明るい部屋で、ぽっと空気が和んでいるように思えた。

もちろん、お人形に対しての責任を果たしてあげたような気分でもあるのだが、実は私は、健やかにとの願いを込めて育ててくれた両親への感謝の気持ちを、飾ることで表したかったのだな、と気付いた。

いくつになっても子は子・・不思議なものだ。

お父さん、お母さん、今年もちゃんと飾りましたよ。

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2007.02.15

シャツのタグ

たまたま図書館から借りてきた本に、栞が挟まれたままになっていた。 栞といっても、ちゃんとした物(栞として作られた製品)ではなくて、多分紳士用のシャツについていたタグである。 細い紐を通すための小さな穴があって、表にはブランドのロゴ、裏にはサイズや素材の記載。 見つけた瞬間になんだか可笑しくなってしまった。

最近の本には背中の部分にリボンがついていないものも多くて、栞を持っていない私は小型のメモ用紙を挟み込んだりしていた。 見ず知らずの誰かもマーキングに困り、このタグを使いながらこの本を読んでいたのかと思うと、どういうわけかしみじみとした気持ちになる。

図書館の受け付けにシャツのタグを一枚届けるのもおかしな話なので、私が意思を引き継いで、このタグを栞代わりに使わせてもらうことにした。 薄くビニールでコーティングされたタグは、紙としてはそこそこに強度も補強され、かといって大袈裟でもなく、栞としてもなかなか使い勝手が良くてイイ感じである。

どなたか判りませんが、気持ちを引き継いでありがたく使わせていただいております。


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2007.02.14

極端

ちょっと大き目のスーパーマーケットまで足を伸ばしてきた。

ベーキングパウダーを切らしていたので、製菓用食材のコーナーに行ったら棚全体がスカスカで、例えばプレミックスの粉類やチョコレートチップ、スライスアーモンド、レーズンなど主だった商品はことごとく売り切れている。 もちろんベーキングパウダーも無い。 他の通路で商品の陳列をしている店員を見かけたので、一応確認してみたが、やはり売り切れらしい。 「明日になれば、届くんですけれど・・」と、申し訳なさそうに言われてしまった。
「それにしても、製菓材料がみんな売り切れていますよね?」
「おととい辺りから急に売れちゃったんです。」
「バレンタインがらみで?」
「そうみたいですよ。 板チョコも完売です。」
「へえーそんなに・・?」
「例年には無かったことで、店長も想定外だって言ってましたから。」
物見遊山でお菓子のコーナーに行ってみたら、確かに普通の板チョコの場所には別の商品が並べられていた。

すごいものだ。 今年はみんな手作りしたのだろうか?
粉寒天といい、納豆といい、手作りのバレンタインプレゼントといい、なんだか極端すぎやしないか? 最近の世の中、本当に不思議なことがたくさんある。

ちなみに多分既製品のバレンタイン用チョコレートを並べていたであろう特設のコーナーは、すっかりひな祭り用のお菓子コーナーに入れ替わっていた。 ラジカセからエンドレスに流れていた、どこかの児童合唱団が唄う「♪灯りを点けましょぼんぼりに~」が、夜になっても頭から離れなくて困っている。 窓の外の横殴りの暴風雨は『春一番』だそうだ。 あーあ、こんな風になにもかも大騒ぎしながら、季節が進んでゆく。

やれやれ・・。

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2007.02.13

記憶

たまたまブログをサーフィンしていて、自然流産の処置を受けてきたという内容のウェブサイトに出くわした。 胎内死亡が確認されてから、処置を受ける今日までの、生々しい声の記録がアップされている。 ショックで揺れに揺れているであろう精神状態の中で、ちゃんと気持ちを言葉にして、波に飲み込まれないように自分をしっかり保つように、必死に現実と向かい合っている様子が伝わってきて、私もずいぶん前に似たような経験をしたことを、いろいろと思い出していた。

生まれることなく天に帰ってゆく命を見送らなくてはならない悲しさは、悲しみの中でもちょっと独特なもののような気がする。 なぜならば、心の痛みとは別に、既に命を失った子供を胎外に出さなくてはならない処置が残されているからだ。 子供が大きく育っていれば、人工的に陣痛を起こして分娩しなくてはならないし、妊娠の早期においては、医療器具を使って取り出さなくてはならない。 麻酔をかけても、眠っている間に処置が済んだとしても、まだ自分の胎内の子供の死についてゆっくり考える時間もないままに処置を受けるのは、二重の苦痛だ。 精神的なものと物質的なもの、その二つがバラバラに扱われる妙な感覚は、空しく冷たい印象を残す。

それでも私は、看護師の資格を持っていてそこそこの知識があったから、自分の身体で起こったことを、普通の妊婦さんよりは客観的に捉えやすかったはずだが、それでもいっぱいいっぱいだったような気がする。 周りの人に言わせれば、「ちゃんと現実を直視しているのか心配になるほど冷静だった」らしいが、本人は、実は大事なことを余り覚えていない。 そのかわりに、本当にどうでもいいこと、例えば陣痛を誘発する薬を点滴されながら、勤務する新生児室の朝礼の様子が見えたとか、隣で他の妊婦さんが陣痛の最中で、無事に生まれるように祈っていたこととか、そんなことばっかり・・。

ふと気付けば、あれからずいぶんと時間が経ったことになるが、痛みとか苦しみとかそういう感覚とは別の、自分の身に起こったひとつの出来事として、しっかりと刻まれている。 多分決して忘れることなく、死ぬまで持ってゆく記憶になるのだろう。 例え短期間であったとしても、母親としての気持ちを持つことが出来たし、人工的であったにしても陣痛も経験することが出来た。 それに、やはりいちばん大きかったことは、命について深く考える機会をもらったということだ。 あの経験がなかったら、たぶん今の私は全く別の人間になっていたように思う。 小さな命の置き土産は、非常に長期間にわたって、私に影響を与え続けているのだ。 そのエネルギーの総量はとてつもなく大きい。

どんな悲しみでも、きっとやがて姿を変えて、自分の成長の糧になったと実感できる時が来るのだと思う。 その時は判らなくても、いつかきっとその意味が判る日が来る。

書こうと思えばある意味において、壮絶な記録なのだと思うし、現実として私は相当取り乱したし、泣き叫んでいた。 だが、今となってはとても穏やかな気持ちで、生まれてこなかった自分の子供たちに祈りを捧げていて、今同様の経験をしている人や、同じように傷ついている人に言葉を贈ることも出来るようになった。 そんな風になれた自分がなんだか不思議だな、と思う気持ち半分、グロテスクな記憶の輪郭がぼやけて、淡く美しいものに変わっていること自体が、少し哀しくもある。

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2007.02.12

パイプオルガンとショコラショー

車で30分弱の所に、かの有名な森ビル系の立派なリゾート施設がある。 そこの結婚式に使われているチャペル風の建物で、パイプオルガンのミニコンサートがあるという情報を得たので、「パイプオルガンは珍しいな」と、鼻炎薬を服用してくしゃみを止めてから行ってみた。

こじんまりした小さな会場で、柔らかく響き渡る独特の音色は、なかなか格別な感じで心地良い。 よく知られている曲を選んで10曲近く演奏してくれたが、女性の演奏者はポカポカ陽気の気温の上昇を心配していた。 パイプオルガンのパイプは金属製だから、気温が急激に上昇してしまうと膨張して、チューニングが狂ってくると言う。 へぇ~。 大昔に習った「比熱」のことを、久しぶりに思い出した。

ほっこりと優しい音楽を、優しい音色で聴いて、心の中までホンワカして外へ出ると、ホットチョコレートのおもてなしが用意されていた。 これが、なんともホンワカした気分に渇を入れるような強烈なもので・・。 ホットチョコレートと聞いて、ココアのようなもの・マクドナルドで提供されているようなものを想像していたら、予想に反してしっかりと仕立てられたショコラショーだった。 バリウムくらいの濃さで、みっちりと甘く濃厚な、チョコレートを溶かしただけのような。 最近ちょっと流行っている「チョコレート・ファウンテン」で流れているチョコレートをそのまんますくって飲んでいるような感じ。 後味がきれいだし、滑らかさも申し分なかったから、良い素材を使っていることに間違いは無いのだと思うが、如何せんインパクトが強く、たくさんは飲めない。 しかも、なかなか冷めない! うーん、美味しかったけれど、真冬ならともかく、春にはちょっと重たすぎるかな・・?

とりあえずたくさんの花粉を浴びる前に・・ということで、どこへも寄らずに家に戻って、『ますたあ』としょっぱい味のおやつをつまんだ。 道路沿いに見えた満開の梅を思い出しながら、春らしい午後を満喫した気持ちになって嬉しかった。

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2007.02.11

トレーサビリティー

加工食品というものは実に厄介だ。 と、いうのも、使われている原材料も既に加工食品だったりするわけで、それがどんどん連鎖されていると、どうしても消費者には見えない部分が出てくる。 今の日本の法律では、原材料として利用する加工食品の成分までは記載しなくてもよいことになっているから、どうしても自分が口に入れたくないものがある場合、いちいちメーカーに問い合わせるしかないし、そこで、明確な回答が得られる保証もない。

例えばアレルギーや病気によって、ある成分を摂取すると命にかかわるような重大な問題に直面している人もいるし、私のように単に遺伝子組み換え作物やトランスアミノ酸などを避けたいと思っている人もいて、理由も立場も一人一人違っている。 そこに共通しているのは「可能な限り公開して欲しい」という気持ちだ。 安ければ買いたい人もいるし、高くても違う商品を選びたい人だっている。 選択権をもらっている以上は選んだ結果の責任を負う訳だから、ちゃんと考えて選びたい。 国が「使ってはいけない」と企業を規制する姿勢も必要だとは思うけれど、情報さえ十分に提供されれば国の手を借りなくても消費者が自分で選ぶことができる。 だから、誠意を持って情報を公開することのほうを、国の圧力で進めて欲しいのだが。

最近何かと話題のグリーンピース・ジャパンが「トゥルーフード・ガイド」という冊子を、無料で配布しているというので、興味本位で取り寄せてみた。 独自に企業アンケートを行い、その回答を元に、「原料の段階から『遺伝子組み換えでない』商品はどれか」をまとめたものだ。 正直なところ、まだ取り上げられている商品の数が少ないので、残念ながら「大いに役立つ」とは言えない状態ではあるものの、その姿勢と努力には共感できると感じた。 (送料も相手持ちで無料配布してくれるので、興味のある方はこちらからどうぞ。)(一応冊子と同時に寄付金用の振込用紙が同封されてくるが、これは任意の自由意志で選択できる。)

数日前、ちょうど業務用食品を扱うお店に行ってきた話をアップしたが、そこには大量の冷凍野菜が陳列されていた。 私は個人的に中国産の野菜には抵抗があるので、最近はなるべく買わないことにしている。(詳しく書くと角が立つから、あまりここを突っ込まないで、さらりと読み流していただければありがたい。) で、業務用の冷凍野菜の袋を端から読んでみると、ほぼ全品中国産だった。 これを仕入れて調理しているお店で、たまたま私が外食をしたら、どんなに自分が買わなくても、中国産の野菜をしっかり食べてしまうことになる。 面白くないことだが、どうしようもない。 トレーサビリティーを売り物にして高い価格を設定できるほどに、消費者のニーズが高まるまでには、まだ当分時間が必要に思われる。 また、地方では都市部に比べて、トレーサビリティーの概念を取り入れた外食産業のお店が圧倒的に少ないのも事実で、選ぶ選ばないどころの話ではないのが現状だ。

真面目に細かく考えているときりが無いし、外食も楽しめなくなってしまうので、なるべく突き詰めないようにはしているが、頭の片隅でなんだかいつも気になっているのも、また事実。 問題の構造は単純ではない。

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2007.02.09

わがまま

なんだか花粉アレルギーの症状が、例年に無く強い。 はぁ・・。

夕方『ますたあ』と、小腹が空いたということで一致したので、昨夜の余りご飯で焼きおにぎりを作る。 小さめに握ってから、ちょっと甘めの醤油味と自家製のフキノトウ味噌を塗りつけたものの二種類。 わざと焦げ目をつけて香ばしく焼いた。

こういうものを食べると、お米って美味しいなあ、と、しみじみする。 日本に生まれてよかった。

何かを食べると鼻水が誘発される。 食べ終わってすぐ鼻をかんで、もう、杉がこんなに植わっている日本に居ることを嘆く気持ちになっている自分に気付いた。

・・勝手なものだ、まったく。 

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2007.02.07

食べ物が在る、ということ。

久しぶりに業務用食材を扱うお店に行ってきた。 例えば油類だったら一斗缶だったり、刻んだ漬物が一袋3キロ入りだったり・・と、とにかく一単位が大きいので、家族の食事を作るだけでは持て余してしまうから、今となっては滅多に利用しなくなってしまったが、普通のスーパーでは見かけないような食材が扱われているので、見ているだけでも十分に楽しい。

別に入場制限があるわけでもなく、一般の消費者も買い物をすることができる。 多分3世代同居とか、親しい何組かのご家族で分け合うのだろう奥様方とか、その間を縫ってアメリカン・サイズのカートを山積にした白衣姿のプロが走り抜けてゆく・・いかにもマルシェという雰囲気だ。 積み上げられた食材も、なにか慌しい雰囲気も、鮮やかな色使いも、どこかぶっきらぼうな、でも、実直そうな店員も。

毎日、日本のどこかでこんなにたくさんの食べ物が消費されてゆく。 気が遠くなるような量と種類。 自分が一生で食べる(た)食べ物を一山にまとめたら、どんなことになるのやら。 ・・なのに、何かに反するようなこの楽しさは何だろう、どこから来るのだろう?

「食べ物が在る」ということが、人に与える安心感、平和な気持ち、そこから来る心の余裕。 その影響の大きさについてしばらく考えていた。 戦渦に荒れた土地で、食べ物を奪い合わなければならない人たちのことが、ふと頭に浮かんできた。

ありがたい、と、ちゃんと意識しなくては・・と、思った。

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2007.02.06

全部使う(ガッテンのカレーその2)

かつて大量に自家製ドミグラスソースを仕込んでいた時には、賄い食のハヤシライスが好評だった。 ご存知の方も多いと思うが、ドミグラスソースでは大量のタマネギ・人参・セロリ(洋食の3大香味野菜)をじっくり炒めて、ブラウンルーと合わせてブイヨンで煮込み、それを濾して旨味が集まった液体部分だけに更に素材を足しながら煮詰めてゆく。 と、なれば、濾した時に残る「炒め・煮込まれ香味野菜」がこれまた大量に存在するわけだ。 過日某テレビ番組で某洋食屋さんが紹介されていたが、そこでは香味野菜を濾し取らずに、全てミキサーにかけて煮込むことでトロミを出しているという。 「うーん、確かにドロッとした感じは出るけれど、それやっちゃうと洗練された味にはならないんだよな」などと、ぶつぶつ文句を垂れながら見ていた。 どうしても雑味が残るし、香りも汚れる。 いえ、あくまでも自分の経験と感覚では、という話だが。 濾す時も強い圧力で押し出したりしてはダメで、自然とシノワ(洋食の調理に使う逆円錐形の濾し器。パンチングされた細かい穴が側面にびっしり。)から流れ落ちるものだけを集めた時と、力任せに濾した時とでは、出来上がりが雲泥の差!

それで、濾し取った香味野菜に薄切りの牛肉と改めてスライスしたタマネギを炒めて足して、出来上がったドミグラスソースとトマトピューレと合わせて煮込み、賄い食のハヤシライスにしていた。 自分たちで食べてしまう分には十分な出来だったし、捨ててしまうにはあまりに勿体無い。 だいたい賄い食なんて、時間をかけずにお客様に使えないような食材で、ぱぱっと作ってがっつり食べるものだし、そういう部分でこそ、実は料理人の創造性やセンスが試されたりする、というのが、当時の持論だった。

さて、先日の「ためしてガッテン」のカレー。 ここでもミキサーにかけた香味野菜を煮込んでから濾して作る。 いくら味が出てしまった後だといっても、タマネギと人参だ。 貧乏性が出てなんとなく捨てられず、ラップに包んで冷凍しておいた。 それを解凍して、合いびき肉のひき肉、冷蔵庫に半端に残っていたさつま揚げのみじん切り、それに歯ごたえの為のタマネギ・人参のみじん切りを合わせて、カレーパウダー、ケチャップ、顆粒ブイヨンなどで調味し、ドライカレーにしてみた。 ガーリックライスと合わせて、お昼の一品に。 遜色無く普通に美味しくて、なんだか笑ってしまった。

今回は作らなかったが、使い道として考えていたのは、「ご自宅カレー」を作る時に煮込んでしまっても判らないだろうし、シチューに混ぜてしまっても大丈夫ではないか、ミートソースでもオーケイだろう、ハンバーグ種に混ぜても良いし、当然ミートボールとかロールキャベツの具とか・・と、その辺りの目論見。 だって、タマネギと人参だもの!

せっかくなので、「ためしてガッテン」のカレーを作ったら、濾し取った野菜も生ゴミにせずに使って欲しいな、と、世の家庭料理人の皆様に期待している。

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2007.02.05

初午(はつうま)

今日は「初午」だとカレンダーに印字されている。 私は初午について詳しい謂れなど全く知らなかったのだが、かつて出版会社で編集の仕事に就いていた『ますたあ』が、毎年初午の日には皆で下請けの印刷所に招かれ、お土産に神田で名の知られたお寿司屋さんのいなり寿司の折り詰めを貰ってきていたので、「初午」イコール「いなり寿司」という構図ができてしまった。 (詳しい初午についてはこちらをどうぞ。)

伊豆に来てからはすっかり初午の存在も忘れていた。 しかし、その代わりにお客様の夜食としていなり寿司を作る機会が増えて、残りを私たちが片付けを兼ねて食べ上げる、という状況になり、いなり寿司を食べる回数は増えていた。 今こうして、お客様にいなり寿司を作ることが無くなってからは、「そう言えば、最近いなり寿司食べてないなあ」という感じで、月日の流れとか時代の変化をしみじみ想う。

・・という訳で、今夜は久しぶりにいなり寿司。

おいなりさん 20個分

材料  油揚げ   10枚
     干し椎茸   4~5枚
     ダシ      1カップ
     砂糖      半カップ強
     醤油      大さじ5~6
     みりん     大さじ4
     ごはん     4合のお米を炊いたもの
     ●合わせ酢
       酢    大さじ8
       砂糖   大さじ5くらい

1・分量外の2カップの水で干し椎茸を戻し、スライスしておく。
2・油揚げを湯にくぐらせて油抜きしてから、半分に切って袋状に開く。
3・大き目の鍋に椎茸の戻し汁・ダシ・砂糖・みりんを入れて、水を絞った油揚げと椎茸を煮る。
4・煮汁が半分くらいになったら醤油の内大さじ4を入れて更に煮る。
5・煮汁が少なくなったら味を見て残りの醤油で調整。煮汁がほとんど無くなるまで煮る。
6・火を止めて鍋ごと荒熱をとり、蓋付きの容器に油揚げを移し(あれば)煮汁をかけて一晩放置。
7・煮た椎茸は別の器に移しておく。
8・ごはんを炊いて合わせ酢を混ぜて寿司飯を作る。
9・寿司飯に椎茸を混ぜて、軽く絞った油揚げに詰める。

寿司飯に炒りゴマや刻んだ木の芽、みじん切りのタクアンなど混ぜても。 合わせ酢の具合はそれぞれのご家庭の味に調整を。 ポイントは煮含めた油揚げをそのまま一晩置くこと・・これで味の沁みたおあげに。 気温が高い時は冷蔵庫へ。 冷蔵庫が大きなお宅は、鍋に蓋してそのまま保存しても可。 煮含めた油揚げは破けやすいので菜箸をひっくり返して太い方を使ったり、フライ返しなど活用したり工夫して、慎重に扱うこと。 袋が破けてしまうとガックリきますから。

余談になるが、寿司飯を詰める際に絞った「油揚げの汁」を、ヒジキや切干大根などの煮汁に加えると美味しい。 捨てずに保存するか冷凍保存しておけば、環境に優しいし便利で一石二鳥。(単にセコイだけか・・。)

煮た油揚げを裏返してから寿司飯を詰めるご家庭もあるようで・・。 昔からの行事食なのでいろいろな風習があるんだろうなあ。
     

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2007.02.03

ガッテンカレー実食

作って食べてみましたよ、「ためしてガッテン」のカレー。

結論から言うと、美味しかったです。
例えば、友人から「カレーパーティーするからおいでよ」なんて連絡貰って、こんなカレーが出されたら、「むむ、こいつやるな・・」という感じですか。 もしくは、サラダとコーヒー付きで1000円ぐらいには設定できます。(立地考慮を除く。) ・・って、何の例えにもなっていませんね、ははは。

一言でまとめると、カレーのジャンルが変わるんです。 市販のカレールウを使った「ご家庭のカレー(おかんのカレー)」ではなく、「欧風カレー」になります。 それを市販のルウベースで作れるようにしたところがポイントなんでしょうね。 うちの『ますたあ』は「あっ、こういうカレー屋さんってあるよね」と、最初に言いました。 外食の味、ね。

番組で強調していた滑らかさは、ピューレにして濾しているから当然だとは思います。 仕上げに近い状態で砂糖を加えるので、少量にも拘らずそれが前面に出てきており、昨日は少々気にはなりましたけれど、翌朝(つまり今朝)もう一度温めてみたら改善されていました。 つまり、前日に作っておいた方がおすすめですね。 バターも仕上げに入れるので、熱々にして食べないと、冷えたスプーンでバターが固まって膜っぽくなりますから、ご注意を。

味は良いのですが、どうしても香りの要素が少ないタイプのカレーなので、個人的にはちょっと仕上げにガラムマサラを振りたくなりました。 日本人向きの万人受けするカレーだとは思います。 あとは好き嫌いの問題で、このカレーを不味いと言う人はいないんじゃないかな。

カツとか揚げ物には合いません。 さっとソテーしたキノコとかホタテ貝柱、ゆで卵なんかが使えそうです。 レシピにはジャガイモが入っていましたが、ジャガイモとの相性も個人的には「んー、いまいち」でした。

カレールウの箱に書いてあるレシピ通りにさささっと作るのと、ミキサー使ったり濾したりしながら手間をかけることを加味して、両者の出来上がりを比べたら、正直言って「特別な日の夕食」で無ければ、私は前者を選びます。 ただ、手持ちの食材でもこれだけ違う種類のカレーを作ることが出来るという方法は、手元において損はないと思うので、レシピは破棄せずに自分のレシピファイルに納めました。 カレーで誰かをもてなす時にはおすすめ出来ます。

詳しいレシピは
NHKオンライン→情報/ワイドショー→「ためしてガッテン」→過去の放送→1月31日等でご覧になってください。 レシピのページへの直接リンクには承認が必要で、面倒くさいのでご勘弁を。

ちなみに、私の第一印象は「どこかでこのカレーの味、食べた記憶がある」で、食べながらずっと考えていたのですが、「あっ!」と思い出したのが、『カールのカレー味』。 これって、いったい・・?!
・・食べた人にだけ通じるか・通じないかってとこでしょうか。 微妙だ。
まだ作っていない方は、忘れてください。


ちなみに、その2。
この件で検索エンジンからおいでくださっている方々が居られるようなのですが、その検索ワードがなかなか可笑しくて。
「NHK カレー」 ふむふむ
「がってん カレー」 ははは
「がってんカレー」 ついに固有名詞
「ためして カレー」 書き込むの長くて面倒だもんね
「ためしてカレー」 おいおい!
誰かが作った感想を調べてから、作ろうか決める気持ちはよく理解できます。


(物事の感想は口語体だと書きやすいな・・と、つくづく。)

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2007.02.02

アリシン恐るべし

先日偶然つけていたNHKの番組「ためしてガッテン」で、美味しいカレーの作り方というのをやっていて、なんとなく見てしまった。 市販のルーを利用するのだが、量を半分に減らして、その代わり番組で独自に割り出した美味しさの素を加えて作る、というカレーだ。 見ていたらポークソテー用の豚肉以外は、手持ちの材料で出来るようなので、肉部分だけは我が家のオリジナルにして、美味しいというソース部分をレシピの通りに作ってみる事に。 ほら、なにせ新し物好きなもんですから・・。

ニンニクとタマネギのスライスをこれでもかと炒めるのが、番組流美味しさの素のようだ。 30分ほどでベースは出来上がって、あとは最後の過程を食前に仕上げようと思っているところなのだが、身体に異変が! いえ、決して悪いことではないのだけれども、お風呂上りのようなポカポカさなのだ。 身体の芯が温まってしまったと言うか、火照っている。 どちらかに分類するなら、明らかに「冷え性タイプ」の私にとって、これは通常では考えられないことで、長い時間仕事でコンロの前にいた時にも経験したことのない温まりよう。 フライパンを操っている時から鼻水との格闘だったから、ちょっと変だな、とは思っていたにしても、季節外れの時間外れの温まりように戸惑っている。

ニンニクとタマネギに含まれるアリシンが、加熱によって一斉に気化したのをまとめて吸い込んだせいか??と踏んでいるのだが、それにしても凄い効果! 食品の効果はばかに出来ないものだ、と、改めて思い知らされた気分。

さて、出来上がったカレーがどれほどのものだったか、このポカポカ感がいつまで持続したか、は、明日にでも。

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