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2007.03.15

美味しくいただくという技術

大事な友人のことを書きたい。  お互い遠く離れているし日々のなんだかんだに追われて、なかなか会えないのが実情だが、会うときにはなるべく一緒に食事をするようにしている。 どうしてかといえば、彼女と食事をすると美味しいのである。 お互いそれぞれの家に家族を残して外食するわけだから、意識せずともどこか家族への負い目のようなものがあり、特別豪勢な食事をするわけではない。 予約が必要なお店も、滅多に選ばない。 落ち着いてゆっくりと食事が楽しめればよく、そこに一杯のビールが付けば、もう御の字だ。 そんな一般的なお店で提供される一般的なごはんでも、彼女と食べると美味しい。 それは、彼女の「美味しくいただく技術」がとても高いからだ。

とにかく彼女はよく料理を褒める。 美味しかったら、「美味しいね」とか「うん、美味しい!」とちゃんと言葉に出して笑う。 特筆すべき程美味しくなくても、「こうやって盛り付ければ良いんだねえ」とか「このお皿はきれいだ」とか、「こんな食材が出るなんて、もうそんな季節なんだね」とか、とにかくいい所を見つけて褒める。 で、食べっぷりもなかなか豪快で、パクパクときれいに残さず全部食べる。 遠慮せずにすいすいお腹に納めてゆく様子を見ているだけでも、なんだか楽しい気分になってくる。 彼女がそんな感じだから、こちらも引っ張られて、「あっ、これは面白い味だね」とか「なかなか個性的な香り」などと、全面的に美味しくなくてもなるべく肯定的に料理を受け止めようとする。 そういう気持ちで食べていると、本当に美味しく感じられるようになってくるから不思議だ。 ふたりとも食事が終わる頃には必ず、「主婦なんてさ、誰かが自分のために作ってくれただけで十分美味しいと思うし、家じゃないところで食事するだけでも幸せなんだから、安上がりよねー・・」なんていう話になり大笑いする。

グルメ情報は氾濫しているが、結局は「そんなこと書いてるアンタは、ナンボのもんじゃい?!」だし、最終的には美味しさの基準は個人的好みの問題になってしまう。 美味しくなるためには、店側からサービスされるものだけが要素ではなくて、いただく側の要素も大事だ。 つまり共同作業なんじゃないか、と、思うようになってきた。 食事のマナーや店・店員・他のお客さんへの配慮、体調の管理、もちろん虫歯は治しておくとか、食事や相手との時間を楽しむための個人的な心がけ、そんなものがたくさんあるような気がする。

美味しそうなお店はちょっと検索をかければ、すぐに情報を得ることが出来るけれど、「美味しくいただく技術」は学習して身に付けなければならない。 どちらに価値があるかは50:50だろうが、どちらが興味深いかと問われたら、私は断然後者に傾きつつある。 色々なことを教えてくれる友人に感謝!だ。

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