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2007.04.29

急遽方向転換

ソテーにしようと用意した豚肉を目の前にしたら、いきなり無性に「豚の味噌漬け」が食べたくなってしまった。 さすがにこれから漬けたのでは、夕食に間に合わないし。 ということで、こんなものに化かしたら、これはこれで美味しかったので。

    豚肉の味噌焼き    2人分

材料 豚肉(ロースソテー用またはフィレかたまり)   200gオーバーくらい
    日本酒     大さじ1
    片栗粉     大さじ1

    ● 調味料
        味噌、日本酒、みりん  各大さじ2
        砂糖             大さじ1
        ニンニクまたは生姜    1かけら ・・すりおろしておく

作り方

1・豚肉はソテー用なら2cm.幅に削ぎ切り、フィレなら7mm.幅に筒切りする。
2・ボウルに肉を移し日本酒を振りかけて、底に残らなくなるまで揉み込む。
3・2に片栗粉を振り入れて肉に絡める。 均一になるまで。
4・別容器で調味料を混ぜ合わせておく。
5・フライパンに適宜サラダ油を熱し、中火で軽く焦がすような気持ちで肉を焼く。
6・肉に火が通ったら、調味料を加えて絡め焼きする。


お好みで出来上がりに七味唐辛子を振っても。 食べた感じだと、これをご飯に乗せてもみ海苔とミツバでも散らして、丼仕立てにしても美味しいような気がした。

あっさりとした大根サラダでも添えて、どうぞ。              

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2007.04.27

・・どうやって、ですか?

江戸時代の食文化を研究した真面目な本を読んでいます。 

なかなか興味深い内容で、「へぇ~」、と感心することも多いのですけれど・・

「九州から伝わってきた『かすてら』は、主に干し椎茸などと一緒に煮物の具として用いられることがほとんどで・・」って。

なんですと? 煮物の具?!

サラリと書いてありますが、その一文以外に詳しい解説も無く。

出来上がった煮物に添えるならまだしも。 あんなもん煮たらズブズブに崩れてしまわないか??
(試しに作ってみる勇気もないのですが。)

・・江戸の料理、案外難しそうです。

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2007.04.26

シンプルさが売り

何故か、年配の、巷でお年寄りと呼ばれるくらいの年齢の方々にやたらと好評な焼き菓子。

 サツマイモのケーキ  18×8cm.のパウンド型一台分

材料    サツマイモ    中1本
       バター(有塩)  100g
       薄力粉      120g(ふるっておく)
       上白糖      80から100g(芋の甘さによって調節)
       卵         Mサイズ3個(卵黄と卵白に分けておく)

作り方 0・焼き型に薄くバターか油を塗っておく。
     1・サツマイモは焼き芋にする。 皮を剥いてからフォークで荒く潰す。
     2・卵白を清潔なボウルで泡立てて、3回に分けて砂糖を加えながら8分立てく
       らいのメレンゲに。
     3・バターを電子レンジで『溶かしバター』にする。
     4・2のメレンゲに芋、卵黄、バターを加え、小麦粉を入れてさっくり混ぜる。
     5・型に移し、軽く落として空気を抜いてから、余熱しないオーブンで170℃、
       40分焼く。

始めから焼き芋を買ってきても良いし、蒸かし芋でも構わないし、皮を剥いてから適当な輪切りにして、水で晒してから電子レンジで加熱して使っても良い。(同じ芋でも、焼き芋→蒸かし芋→電子レンジ加熱の芋の順に甘いので、砂糖の量を調節。) フォークで潰す時には、荒く塊りが混じっていた方が美味しく出来る。 無塩バターで作る時には塩を2つまみくらい混ぜてから『溶かしバター』に。

わざと香辛料や洋酒などの香り付けをしないで作るのが、どうも年配の方に受け入れられやすい理由のような気もする。 追加して入れるならシナモンとナツメグ、ラム酒かブランデーというところかな。 しっかりと固めの出来上がりになるので、薄めにスライスするか、ダイス型にカットしても。

新茶のお供にどうぞ。 

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2007.04.24

ごめん、そういうことだったのね。

雑木林の中のトレッキング・コースを歩いていたら、数メートル先で、バタバタと一羽の小さな鳥が驚いて飛び立ち、木の枝にとまった。 一息遅れて同じ場所から、いかにもぶきっちょな飛び方で、羽の色が違うコロコロに太ったもうひと回り小さな小鳥が飛び立つ。 高くは飛べないらしく、私の目線ぐらいの高さの枝に辛うじてとまった。

後から飛び立ったのは、どうやら幼鳥らしい。 野生の鳥の持つ『精悍な感じ』が無く、どちらかと言えばボーっと枝に止まっているように見えて、首を傾げるしぐさが愛らしい。 立ち止まって見とれていると、先の飛び立った方がいきなり美しい声でさえずり始めた。 こちらを恐れることなく、見事な大きな声で唄っている。 思わず聞き惚れる。 こんな近くで見事なさえずりを披露してもらったのは、初めての経験だ。 小さな体全体を揺らしながら、鳴き続けている。 それはそれは見事なさえずり。

「同じ場所から飛び立ったし、あっちはこの幼鳥の親鳥かな・・?」、と、思った時、「あっ!!。」 気がついた。 

この親鳥は私の関心を惹こうとして必死なんだ。 子供を守ろうとして、だから一生懸命鳴き続けているんだ。 うわー・・気の毒なことしちゃった・・。

そそくさとその場を離れた。 ごめんごめん・・気付くのが遅くて。

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2007.04.23

そうだった

お昼ごはんに何を作ろうか迷った。 半端に残ったベーコンのスライスを片付けておきたかったので、パスタにしようとだけ、とりあえず決めて、お湯を沸かし始める。

さて、と、冷蔵庫の野菜室に顔を突っ込んで、使えそうなものをチョイス。 マイタケとタマネギ、そうだ下茹でしておいたブロッコリーもあったな。 無難な素材が集まった。 まあこの顔ぶれだとニンニク風味で塩と胡椒でささっと合わせるのが無難中の無難かと思われたが、ふと、懐かしの「ケチャップ炒めのナポリタン」が頭に浮かんできた。 考えてみると、トマトソースのパスタはしょっちゅう作っているが、日本人のパスタの原点とも言うべき(大袈裟か。)「ケチャップ炒めのナポリタン」は、ずいぶんと食べていない。 やってみますか、と、人参も取り出す。 本来はベーコンではなくてソーセージかハムで作りたいところだが、思い立ったが吉日ということでそのまま発進。

同じ乾燥パスタでも、ナポリタンになると決まったら、その時点からパスタではなくてスパゲッティーだ。 アルデンテなどに茹で上げてはいけない。 芯がなくなるまでしっかり茹でる。 フライパンに材料を炒めて塩胡椒をし、茹で上がったスパゲッティーを移したら、たっぷりのケチャップ。 煽って煽って、最後に風味付けのバターをひとかけら。 パセリを振って出来上がり。

思った通りの懐かしい、昔の味。 そうだよな、昔はスパゲッティーと言えばコレだったよな・・と、忘れていた大事なものを思い出したような気分だった。 ふいに時代の流れを味わっているような感覚に陥り、急に無口になったまま、神妙に食べている自分が可笑しかった。

オムライスにしても、今日のスパゲッティー・ナポリタンにしてもそうなのだが、ケチャップがフライパンの鍋肌で軽く焦げる香りというのは、懐古的な趣を含んでいるようだ。

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2007.04.22

生まれながらにオンナ

友人から久しぶりの電話。 彼女は冬に第二子を出産したばかりで、多分ばたばたと過ごしていたに違いない。 忙しいのが目に見えるような気がしたので、こちらからも連絡せずにいた。 「久しぶりです~!」と、声は元気そうでほっと安心する。

上は女の子で5歳。 「赤ちゃん返りしちゃって、それが大変。」と言う。
「先輩だから話しますけど・・」と、前置きしてから、「主人までまるで赤ちゃん返りで。」
彼女のご主人は3つ年下だ。 昔から、ちょっと甘えん坊のところがあると聞いている。 まあ、それも魅力の内なんだろうけれど。
「何それ?!ご主人ってそんな趣味あったっけ??」
「いやいや赤ちゃん言葉使ったりはしませんよ、さすがに。(苦笑)」
「甘ったれになったの?」
「なんかベタベタしてくるんですよ。 『もーこっちは疲れてるんだから!!』って感じで。」
「大人ひとりに子供3人じゃ、たまったもんじゃないわね。」
「ねー、ホントに参りましたよー。」

ところが、堪りかねた彼女が上の子に漏らした一言で、全てが変わったらしい。
「お姉ちゃんに言ったんです。 『ねえママさ、今赤ちゃんのことで精一杯だから、ママの代りに、パパの面倒見てあげてくれない?』って。 ほんの冗談のつもりだったんですけど。」
そうしたら、彼女なりにせっせとご主人の世話を焼くようになったそうだ。 たとえばソファーで赤ちゃんに授乳していると、ご主人の傍に座って腕をからめ、ご主人の頭を撫でながらイイ子イイ子したりするらしい。 で、ご主人だって可愛い娘に甘えられて気分が悪いはずも無く、デレデレとどちらが甘えているのか、甘えられているのか解らない状況という。
「おかげで私も楽だし、上の子の赤ちゃん返りもいつの間にか何処へやらで、助かってはいるんです。」

「なんかねえ、オンナって怖いな、って思いましたよ。 大きくなって水商売なんか始めちゃったら、こんな風にオジサンを甘えさせてお金稼いじゃうのかな、なんて考えちゃった。」、と、言うので、ついつい電話越しに笑ってしまった。 「それにしても、オトコってあんなにだらしなく見えるもんですかねえ?!」
「いいじゃないの。 子供とコミュニケーション取れるパパっていうことなんだから。」
「んー、そういう考え方もあるか。(笑)」

ひとしきり、なんという事もないお喋りの後で電話を切ってから、家族が揃う平和な光景を思い浮かべていた。 女の子を育てている友人のほとんどが、「オンナは生まれた時からオンナだっていう感じがする」と言うのを思い出して、不思議なものだな、と、つくづく。

なにはどうであれ、子育てをしながら家族の在り方も育ってゆくものなのだろう。

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足元

やっと花粉症から完全に開放されたようで、集中力が戻ってありがたい。 何をやっていても、どこか投げやりになるような感じのイライラが常に付きまとっていたから、クリアな状況がとても新鮮。 脱皮を終えた蛇はこんな気持ちか、などと、ふと思う。(いや、別に蛇である必要はどこにも無いのだが。)

今年に入ってから4ヶ月近く、厄介な難しいことをいろいろと考えていて、志向性が哲学とか生命倫理の方向を向いて、そんな本をたくさん読んでいたら、思うようにBlogが書けなくなった。 世の中に起こる様々な事象の根底に、共通して流れるものを見ようとしているうちに、世俗的な事柄が見えなくなったと言うべきか、どうでもよくなってきてしまったみたいで。 多分、遠くを見すぎているせいなんだろう。 ようやく自分の中で一区切りついた感じなので(まあ、それはそれで面白かったし勉強になったし、新しい視点を掴んだ気がするが)、現段階ではこれ以上深入りせず、視点を足元に戻そうとしている。 なんだか精神的なリハビリテーションを自分に施しているような気分・・。

焦る必要も無いのでじわじわと、毎日の小さなことを楽しんでゆく感覚を思い出してゆきたいと思う。 多分、少し近視眼的なほうが、毎日は楽しくて、私らしいんじゃないかという気がする。 

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2007.04.18

思わず

冷たい雨の一日。
こんな時期になってからのこの気温は、体がびっくりしている感じ。

思わず夕食は「鍋」にしてしまいました。

あっ、そうそう。
リニューアルした新しい「サントリー・モルツ」、美味しいですよ。
当分はこれで決まりかな。

画面の右側に「Zくん」貼り付けてみました。
クリックすると妙なことをやってくれます。
なんとなく癒し系でしょ?ふふふ♪

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2007.04.17

筍で魚料理

姫皮の部分を活かして。

  白身魚の筍包み

材料 白身魚切り身     人数分
    筍(姫皮部分)    4人前で一本分位
    卵白          4人前で一個分
    塩・胡椒
    ラップ(できればサ○ンラップが厚手で扱いやすい。)

作り方 1・魚の切り身に軽く塩コショウで下味を付ける。
     2・姫皮は長さ3cmで繊維の方向に出来るだけ細く切る。
       (白髪ネギを切るような感覚で。)
     3・卵白をボウルに入れて切るようによく攪拌。
     4・切ったラップの上に切った姫皮を薄く平に敷く。
     5・魚を一切れ卵白にくぐらせてから4に乗せる。
     6・魚の上にも姫皮を乗せて切り身全体を包むようにする。
     7・ラップで全体をぴったり包みこむ。
     8・人数分繰り返す。
     9・耐熱皿に並べてから湯気の上がった蒸し器に入れ強火で10分蒸す。
    10・火傷に注意しながらラップをはずして、フライ返しで器へ盛る。

●キノコあんやバター醤油などをかければ和風に。 トマトソースやレモンバターソース、アイオリソースなどを添えれば洋風に。 熱量制限があればワサビ醤油や柚子胡椒醤油でも美味しく召し上がれます。

卵白を使わなくても魚に薄く小麦粉を振っても作れますし、慣れてくれば何もつけなくても直接包んで作れるようになります。 旬の筍なので姫皮を使いましたが、年中出回っている水煮の筍を使う場合は、根元の方の硬い部分の方が、切った後の長さが揃うので使い易いかもしれません。 白身魚なら何でも使えます。 サワラ・キス・ヒラメやカレイ・鯛など。 皮や骨を除いてから作ってください。 蒸し器の形状や大きさ、また人数を考慮して、魚の切り身の形を整えると便利です。 コッテリ系がお好みなら、ラップで包む前にバターをひとかけら一緒に包み込めば、ぐんとコクが出ます。 いろいろといじって工夫してください。

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2007.04.15

黄粉(きなこ)

ココログで、入所している刑務所で出た食事のメニューを、ほぼ毎日UPしているBlogがある。 別に写真がある訳でもなく、食べた感想が書かれているわけでもなく、ただ単にメニューの羅列があるだけなのだけれど、時々興味本位で見ている。

常識的に考えれば、あまり「美味しい!!」という出来ではないのだろうと想像されるが、メニューは予想していたよりも変化に富んでおり、字面だけ追いかけていればそこそこ美味しそうに見えなくも無い。

基本的に朝は麦飯が主食の和定食風なようだ。(パン食はお昼に提供されることがあるみたい。) 気になっているのは、週に一度ほどの割合で朝ごはんのおかずメニューに「黄粉」とあること。

「黄粉って、あの黄粉のことだよね・・」、と、私。
「安部川餅に使う黄粉でしょ。」、と、『ますたあ』。
「ご飯に黄粉?」
「だってほら、『おはぎ』につけるじゃない。」
「ってことは、砂糖と合わせて甘くしてあるのかな?」
「それはどうか解らないけど。」
「朝から甘いご飯は、ちょっと・・っていう人も居そうだよね。」
「塩が混ぜてあるかもしれないよ。」
「黄粉に塩? やったこと無いけど。 うーん・・。」
「いや、例えばだけどさ。」
「甘い黄粉にはちょっと塩も入れるよね。」
「そのバランスを逆転させているとか。」
「美味しくなさそ気。」
「・・だね。」
「栄養はありそうだけど、黄粉。」
「要するに大豆蛋白でしょ。」
「役割としては納豆と同じか。」

普通の家なら、例えば牛乳に黄粉を混ぜて朝ごはんに飲んでいる方もあるだろうし、蜂蜜や練りゴマと混ぜてペーストにしてパンに塗ったりすることもあるだろうが、さすがに刑務所の食事でそんな手の込んだことをやっている筈も無く。 それとも私が知らないだけで、ご飯に黄粉を振りかけて食べるということも、世間ではそこそこあるのだろうか。

一応コメントは受け付けるように設定されているようだが、閲覧があるのか、とか考えると、ちょっと書き込む気になれずにいる。

朝ごはんの黄粉、気になる。

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2007.04.12

やっぱり重なった

お知り合いが訪ねてくださった。 手に袋を抱えている。 「もしや、それは・・」と、内心ピンときた。

「庭の筍を茹でたので、おひとついかがかと思って。」 やっぱりそうだった。 お年は私の母に近いくらいの方なのだが、気のおけないお付き合いをしてくださっているので、正直に白状した。 「実はウチにも筍がたくさんあって・・。」

「あらそれじゃあ、貰っても困るわよねえ。(笑)」
「でも、せっかくお持ちくださったのに、申し訳ない気がします。」
「こちらも老人所帯でなかなか減らないのよ。」
「そればかりでも飽きちゃいますしね。」
「そうそう。」
「お庭で採れたんですか?」
「そうなの。 取らないと親の竹が弱っちゃうの。」
「へえ知らなかった。」
「取ったのに捨てちゃうのも可哀想だし。」

お話を伺っているうちに、やっぱり食べなくては申し訳ないような気分になってきたので、受け取ることにしようかと思った矢先、先方が仰る。 「きっと竹の種類が違えば、筍の味も違うわよね。 取り替えてみましょうか。 それなら手持ちの量も増えないし、目先も変わるし。」

そうしましょ、そうしましょ、ということになり、私の茹でた筍と交換していただいた。 確かに歯ごたえも香りも、私の筍とは微妙に違っていて面白い。 

昨日は炒め物に使ったので、今夜は煮物に仕立てた。 明日は穂先を使って、何かの和え物にでもしようかな。

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2007.04.11

恒例

そう、筍。 今年も朝掘りの筍を送っていただいたので。 とにかく家で一番大きな鍋でガンガンお湯を沸かす作業から。 泥を軽く流して、外側の皮を剥がし始めると、もうぷーんと香りが漂う。 頭を斜めに落として、一本切込みを入れて、ぐらぐら煮立っている湯の中へ次々投入。 ダイナミックさが妙に楽しい。

実は例年複数の方から生の筍をいただいているのだが、シーズンの始まりに一番に送ってくださるYさんからのものは格が違う。 アクもえぐみも殆ど無いので、茹でる時にも糠や唐辛子を使わずに、ただのお湯で十分なのだ。 新鮮な筍は皮のまま焼いたり、刺身にする手もあるらしいのだけれど、生産農家の方から「ウチの筍はやっぱり茹でてから食べるのが一番です。」と、言われているので、忠実に守っている。 茹でてから刺身にするのもオツ。

立派な筍の下ごしらえを終えて、無事にお役目を果たしたような気分になり、ふっと気が緩む。 ・・さて、どんな料理から作ろうかな。 95%楽しみで、そして、最後まで飽きないように楽しみ切らなくては、という、残り5%のプレッシャーも、毎年恒例になっていたのを思い出した。

そうだった、この感覚だったな。

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2007.04.10

シャカシャカ

先週のこと。 学生時代からの友人に手紙を書いた。 ついでに相手が興味を持っているサプリメントを一週間分、同封してあげることにした。 顆粒が一包ずつ個包装されたものなので、振るとシャカシャカと軽快な音がする。 封筒に納めてもやっぱり中でシャカシャカ。 まあ音が出るのは仕方ないな、と、思いつつ投函した。

お互いPCも使うのに、どういう訳かこの友人とはいまだに手紙のやり取りだ。 ビジネス・パートナーではないので急ぐ用事が滅多に無いし、学生時代に長い手紙を毎日のようにやり取りしていた、その名残の習慣とも言える。 「E-mailで文字を打ち込むのと、手紙を書くのとでは、どうも使っている脳の場所が違う気がする」というのが、私達の一致した感覚で、「そのために、出来上がってくる文体や内容も、ふたつはどうも異なって」おり、「この相手に相応しいのは、手紙を書くときに使う脳が紡ぎ出す文章や内容だ」と、思っている。

友人は都内に住んでいる。 集配の頻度の違いなのか、相手が投函する手紙は2日目に届くが、こちらが出す手紙は3日目に着く。 これもいつものパターン。

シャカシャカと音の出る封筒を私が投函した翌日、我が家にもお腹を膨らませた封筒が届いた。 ポストから取り出すと、どこかで聞き覚えがあるようなシャカシャカした音がした。 「ん?」・・見慣れた文字の宛名。 まさに差出人は、昨日私が手紙を送った相手の友人だ。 よく似た音のする封筒を注意深く開いたら、中から出てきたのは、ちょっとした酒のおつまみとして売られている「アーモンドじゃこ」。(ちょっと甘く水あめのような調味料でコーティングされたカリカリの小魚と、それと同じくらいの大きさに刻まれたローストアーモンドが、食べきりサイズで小袋に入っているやつ。) それが6包、手紙と一緒に出てきた。 以前、「小魚とピーナツ」は食べたことがあるけれど、「小魚とアーモンド」は珍しいというような話をしたことを、覚えていてくれたのだ。

多分、明日には私のシャカシャカ封筒も、友人の家のポストに届くはず。 同じ日に、よりにもよって同じような音がする封筒を投函したのか、と、思ったら、なんだか無性に可笑しくなってしまった。 永い付き合いが出来る相手というのは、どこがどう気が合うとか言葉にする以前に、こんな偶然、同じような感覚で繋がっているのかもしれない、と、「アーモンドじゃこ」の小袋を振ってシャカシャカ音を楽しみながら考えていた。

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2007.04.09

キャベツで困ったら

春キャベツ、買ったはいいが余らせてしまいそうな時には、どーんとこんな手で。

  キャベツの「レンジでチン!」 (ふたり分)

材料    キャベツ  半個   ・・・大き目のザク切り 中心の芯だけ除く
       生鮭    2枚
       バター  大さじ2  ・・・これは減量・省略も可。
       
       (調味料)  味噌    大さじ1強
               砂糖    大さじ1
               日本酒   大さじ1

作り方  1・鮭は皮と骨を取り、一口大の削ぎ切りにして、塩・胡椒する。
      2・耐熱皿(ボウルでも)にキャベツを入れて鮭を乗せ、合わせた調味料を回しかける。
      3・ラップを軽くかけて、500Wの電子レンジで7~8分加熱。
      4・そのまんま2分、余熱で蒸らす。
      5・全体をざっくり混ぜていただく。

鮭は「振り塩鮭」や「甘口塩鮭」でも大丈夫。 その場合は下味は付けず、適宜味噌を減量。 出来上がりにタバスコを振ったり、マヨネーズかけてみたり、調味料に豆板醤を足したりしても。 また、スイートコーンやキノコを足しても美味しい。 非常にシンプルな味なので、いろいろお好みでいじったり工夫してください。 極端な話、鮭じゃなくても肉類や海老なんかも使えるのでは・・?(素材によっては電子レンジでの加熱にご注意を。)

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2007.04.08

ほのかに香る

雲量は多目ながらも穏やかな陽射し。 無風で湿度も低かったので、窓を開けたままで過ごしていた。

どこからかふんわりと花の香りがする。 何の花か特定できるような個性のある香りではなくて、でも、確かに花の香り。 読書の目を休めて、窓の外を見遣って香りの源を探すのだけれど、これといって見当たらない。 このシーズンは野草や低木も多くの花をつけるので、総合的な香りなのかなあ、と、首を捻る。

何回かそんなことを繰り返した後、香りの中にふと、微妙に混じる桜の要素を感じた。 塩漬けにした花や葉をいただく時のあの香りを、限りなく淡く淡くしたような感じ。 あっ、と、思って、見上げると、やっぱりそうだった。 二階の屋根を追い越すほどに背の高い山桜が、高い高い場所に花を開いていた。 もえぎ色の若葉とぽつりぽつりと上品な花。 よく見えないが、早速小鳥が来て枝を先を揺らしている。 花に顔を突っ込んで蜜でも吸っているのだろうか。

「ああ、今年も咲いたのね、おめでとう。」 香りに知らせてもらったような気分で、とても嬉しい。 春らしい景色に空を見上げていた。

イースターおめでとうございます。 春の陽射しのように、たくさんの祝福がみなさんの上にありますように。

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2007.04.07

隠すべきもの

過日、某ドラッグ・ストアで生理用品を買った。 レジの女性店員さんが紙袋に入れようとしたので、「そのままでいいです」と言ったところへ、別の店員さんがもう一人同じレジに入ってきて、キャッシャーを通した篭の中の他の商品をレジ袋に詰めだした。 またまた生理用品用に紙袋を取り出したので、「そのままでいいです」と、もう一度告げる。 すると、怪訝な顔をして「そうですか? じゃあ、こっちの袋に・・」と、今度は不透明なレジ袋を取り出したので、「いえ、そのまんまでいいんです!」。 「・・そうですか・・。」 後から来た店員さんは、最後まで納得していない表情をしていた。 そして、私は他の商品と一緒に、透明なレジ袋に生理用品を詰めて店を出てきたのだった。

私は「そのてのもの」を多く扱う職場で働いていたからかもしれないが、ナプキンとか衛生用品などを隠すという感覚がよく解らないようだ。 納得できていないという表現の方が適切かもしれない。 身体に起こることは自然なことなのだから、そのために必要な道具も堂々と使えばいいと思っているフシがある。

生理用品は見えない袋に入れて客に渡す、という教育が小売店では常識になっているらしく、こちらが断らないとわざわざ別包装されてしまう。 紙袋に入れてから別仕様の不透明なレジ袋に二重に包装されたこともある。 しかし、一方で、商品棚には堂々と並べられているし、コンビニエンス・ストアでは彼女に頼まれたのか、男性が買って行くことも珍しくない。 テレビにだってコマーシャルされている。 何か矛盾していないか?、と、思う。

確かに私が小学校で「初潮教育」を受けた時、年配の養護教諭に「生理用ナプキンは隠すものです。 人目につかないように扱わなくてはなりません。」と、はっきり言われたのを強烈に記憶している。 昔はナプキンも個別包装されていないものがあったので、小型のハンカチで一個ずつ包んでポーチに忍ばせた記憶もある。 生理そのものが古代においては『忌み嫌われるべき汚らわしいもの』として捉えられていたことを思えば、隠そうとする習慣も解らなくもないのだが、今や小学校で科学的に性教育をする時代だ。 月経があるのはごく自然で健康的なこと。 それくらいのことは男性だって十分に理解しているはずである。 ましてや月経に伴う苦痛に配慮して、生理休暇まで設定する会社があるくらいで、男性の協力無しでは済まない世の中になっている。 その中で生理用のナプキンだけが、未だに昔の扱いのままなのは、何か腑に落ちないのだ。

もちろん生理の経血を処理した後のナプキンは、衛生上他の人の迷惑にならないように処理するのがエチケットだし、血を見て気分の良い人はいないだろうから(一部の病的嗜好のある人を除いて。)始末してくださる方のことを考えても、人目につかないような形態で扱わなくてはならない。 それは当たり前のこと。 でも、常識的なこの世のオスの方々は、使われる前のナプキンを見ても安易に発情したりしないだろうし、それ以前の話として、生理用ナプキンだって何十個かまとめてから、きれいに包装されて中身の見えない形態で売られているのだ。 果たしてそれ以上に何重にも包装して人目を忍ぶ理由が、どこにあるのだろうか。 例えば子供用・成人用を問わず、紙オムツを買ったからと言ってわざわざ不透明な袋に入れてもらった記憶がない。 下着類もそのまま透明な袋に入れられることがあるし、ナプキンの隣に並んでいる生理用ショーツも然り。 どこが違って、どこに境界があるのか、よく理解できないのが現状だ。

まあ年代によって異なるであろう、社会の常識として植え付けられた価値観を、急に変えることは難しいだろうから、せめて生理用品を売る店員さんは「見えないようにしますか?」と客に尋ねるぐらいでも良いのかもしれないけれども。 ・・こういう話題をアップしてしまうこと自体、私の恥じらいの無さを曝け出しているのかもしれない。(苦笑) ハイ、ご指摘は甘んじて受け止める所存でございます。

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2007.04.06

イースターを前に

今日はキリスト教の信者にとっては「聖金曜日」と呼ばれる、イースターを目前にした特別な日だ。 最も客観的に一般向けに簡単に言えば、「キリストが罪人として十字架で処刑されてしまったことを象徴する日」とでもなるのか。

キリスト教には小規模な断食の考え方が取り入れられている。 それは「大斎・小斎(だいさい・しょうさい)」と呼ばれ、「大斎」には一日の食事摂取量を普段の約半分にして、これが年に二日ほど。 「小斎」は鳥獣の肉を食べないこと、これは毎週金曜日とされている。 もちろん各自の健康状態や社会的環境等によって例外も認められていて、最終的には個人の判断に委ねられているのは言うまでもない。 断食することそのものに意味があるのではなく、その行為を以て祈りとするとか、美食・過食を反省して節制するためだ。(ああ、胸の奥が痛い・・。) で、今日「聖金曜日」は「大斎」と「小斎」が両方当てはまる日。

精進料理とかラマダンの断食に象徴されるように、食事と祈りには密接な関係がある場合が多い。 私なんかも食べることが大好きな人間なので、放っておくと美味しいものをどんどん食べてしまう。 節制が利かないのだ。 それだけ恵まれた環境下にあるということをすっかり忘れて、快楽にふけってしまう。 だから、たまに意識的に食事を制限することで、暴走に歯止めをかけリセットすると同時に、宗教心を思い出す礎とすることに意味を感じている。 ちょっと前には断食道場が流行っていたが、たまには飢餓を利用して体をリセットすることも、現代社会にとっては貴重な体験なのだと思う。

お腹が一杯に満たされると、精神的に平和になるのは確かだが、思考回路の働きが落ちるのは否めない。 ぼーっと眠くなってしまうのだ。 人様からお金をいただく料理を作っていた時には、夕食時の仕事時間の前に一度軽く食事をしておくことで作業中の低血糖を予防し、お客様が寝静まるような時間になって空腹を満たすために食事をし直す、という二重の食事をすることで、作業能率をコントロールしていたくらいだ。 多分若干空腹くらいの方が集中力は増していて、思考がクリアになるのではないかと思う。

元々主菜(今風にはメインおかずと呼ぶのだろうか。)は、魚と肉が一日おきを目安に献立を組んでいるので、「毎週金曜日は魚の日」としておけば、何ら目立つようなことではない。 実際、一緒に同じものを食べている非キリスト者の『ますたあ』は、そこに何らかの理由があることすら、私が説明するまで全く気付いていなかったくらいだ。 彼にとっては「昨日は肉だったから、今日は魚の日。」であり、それ以上の意味は無いし、何ら苦痛を強いられるものでもない。 そして、私は「あっ、金曜日だな。 『小斎』だな。」とちょっと意識して一日を過ごす。 それだけのこと。(たいしたこと・特別なことでない感じは、こちらのブログから受ける印象にかなり近いような気がする。)

ここに来て、やっとイースターらしい穏やかな春の陽気が戻ってきたような気がする。 自然の中にたくさんの生命力が漲っているのを感じて、穏やかに嬉しい気分だ。 こうして今日を過ごせていることを、クリアな頭でたくさん感謝したい。

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2007.04.05

見かけによらない

ちょっとその辺に出ると、スミレが花盛りだ。 もちろん人工的に植え付けたものではなくて、完全な野生児。 コンポストに野菜屑を投入しようと裏庭に行ったら、どこに次の足を踏み出せばよいものか迷うほど。 いや、きっと気付かない内に、いくつか踏みつけてしまっているに違いない。

俗に言われるスミレ色のものから、真っ白のものまで、一株ずつ微妙に色の濃さも違うし、花の大きさも茎の長さも個性的。 同じ系統の色使いで濃淡だけが違う、まばらな花の絨毯は、遠くから眺めるとなかなかセンスがあって美しい。

街で暮らしていた時には、「スミレ=か弱い」というイメージで、「守ってあげなくては・・」みたいな印象だったのに、山で暮らしてみると、それは勝手な幻想だったのだと気付いた。 予想以上に強い植物に見える。 そこそこ土の固い場所でも咲いているし、雑草(ライバル?)が少ない場所と見るや、着実にテリトリーを拡大してゆく。 山間に整備されたトリムコースの小砂利のわだちでも、案外平気で咲いている。 なかなかどうして力強いヤツなのだ。

どうも人間は自然界の物に勝手なイメージを植え付けて、猫っ可愛がりしたりする傾向があるように見えるが、実はどれひとつとっても、正々堂々とワイルドで逞しい。 頼もしさを感じてしまうくらいに。 うかうか・ぼんやりしている今時の人間が、微小な病原体に苦しめられたりするのも、なんとなく当然なことのような気がする。

小さいとか弱そうに見えるだけで見くびってはいけない。 人間は人間という動物として、正しく平等に他の種と対峙しなくてはならないのだと思う。

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2007.04.04

主役

キャベツがたくさん売られている。 「春キャベツ」は語呂も良いし、なかなかキャッチーな名前。 耳への響きの良い名前をもらった野菜は、イメージだけでも得をしていると思う。 ほら、「ニガウリ」より「ゴーヤ」の方がやっぱり美味しそうな気がするし・・。

某銘柄牛のスネ肉が手に入ったので、先の事を考えない見切り発車のまま、とにかく表面を焼き付けてコトコト煮込み始めた。 アクを引きつつ、さて何にしようかと迷う。 銘柄牛だけあって肉に力があったのか、思ったよりも旨味の強い煮汁になってきたので、味付けを凝らずに岩塩だけ溶かしてみると、もうそれだけで十分成立するスープになってしまった。 これならあまりいじらない方が美味しそう・・。 相棒に大きなまあるい春キャベツ。 芯をつけたまま4つ割りにして、そのままスープの中へ。 きれいな色の新人参もごろんと一緒に。 あとはスープの表面がゆらゆら笑うくらいの火加減でじっくり煮てゆくだけ。 スネ肉は脂が少ないが、それでも煮ていると少し浮いてくる。 和牛の牛脂には独特のバニラに近い甘い香りがあり、その脂とキャベツが馴染んで良い感じにクッタリ。

大き目のスープボウルにどーんと鎮座まします春キャベツ。 鮮やかに赤い人参。 ほろほろのスネ肉。 そこにスープを張って、粒マスタードでいただいた。 牛肉の香りとキャベツの甘味がナイスな融合!

いつの間にか牛肉は、キャベツに主役の座を取られてしまった感じだ。 さすがは春キャベツ・・ご立派!ご立派!!だった。

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2007.04.02

嫌な予感

どうも先週辺りから右の肩がぼんやりと痛い。 激痛とか支障があるほどではないが、常にそこにだけ痛みの種が存在している感じ。

もしやこれは俗に言われる「四十肩・五十肩」の始まりか??

げげげ。

だとしたら、ちょっと悔しいなあ・・。
でも、確かに該当年齢には達している訳で・・。

治らなかったら、一度調べてもらいに行ってみなければ。

<お知らせ>
明日4月3日15時から4日15時までの24時間、サーバーのメンテナンスが行なわれる予定だそうです。(すっかり毎度御馴染みのココログメンテ・・)
時間中コメントの書き込みやTBの張り込みが出来なくなります。(閲覧は可能です。)
よろしくご了承ください。

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2007.04.01

わらび・ぜんまい摘み

4月。 カレンダーをべりっと一枚剥がす硬い音が静かな部屋に響いて新鮮だ。

雨の隙間を見つけて『わらび・ぜんまい摘み』に。 毎年山桜がぱらぱらと花をつける頃(山桜はもえぎ色の葉を開きながら、てっぺん近くに疎らに花をつける。 植物として木と花の量のバランスが正しいような気がして、こちらはちっとも怖くない。)、雨上がりの暖かい日を選んで出かける。 と、いっても、家から歩いてほんの数100m.程度の土手の斜面だ。 雨水で土が緩んだところに、一斉ににょきにょきと頭をもたげる光景は、土の中でいつ表に出るか相談したかのようで面白い。

指先で軸を折る度、瑞々しいぷつりぷつりとした感覚が伝わる。 春の命を分けてもらうんだなあ、ありがたいなあ、と、神妙に感謝したい気持ちになる。 中腰の姿勢からふと背を伸ばすと、ウグイスが鳴いたり、蝶が目の前を横切っていったりして、妙な一体感。 多分目覚めたばかりのくまん蜂がコロコロの体つきで低空飛行していて、そのユーモラスな不器用さに思わず笑いかけた。 「自然を大切にしよう」なんて本当に傲慢な話だな、と、ふと思う。 自然を利用して生きさせていただいている、その謙虚さが大前提だろう。

自分たち家族が味見する程度の量だけを摘んで、あとは手を付けずに家に戻る。 山の中で暮らすようになってから自分が一番学んだことは、「足るを知る」という感覚なのではないかと思う。

お湯を沸かして重曹を少々。 ワラビもゼンマイも一度にざっと鍋に入れ、ひと煮立ちしたら火から下ろしてそのまんま放置。 摘んできたばかりのものは、アクや苦味もかなり薄いので、そのまま室温に冷めたら水洗いして、もう食べられる。

おひたしもいいし、油揚げと一緒に煮るのも捨てがたい。 せっかくだから美味しい一皿に仕立ててあげなければ、春にも山にも失礼だろう。 こういう素材からのプレッシャーを感じられるのは、料理を作る者として、とても嬉しくて名誉なことのような気がしている。  

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