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2007.05.30

メロン選びは真剣

先週から今週にかけて、偶然にも「メロン運」に恵まれている。 つまり、よく熟した、それでいて熟しすぎていないメロンに当たっているということなのだが、これがなかなか微妙で難しい。 ちょっと気を抜くと殆ど内部が液状化してしまうし、気が早すぎれば香りが無く、硬い歯ごたえで美味しさも半減。 皮がしっかりしている果物なだけに、香りをかいで見たり、掌からなんとなく伝わってくる軟らかさを確かめたりして、何かと気を遣う。 八百屋さんもいい加減で(?)、言うことがあんまり当てにならなかったりして(!)、曖昧な判断ミスをされるよりは、美味しくなかった時に自己責任のほうがまだ納得がいくので、ニコニコと半分くらい聞き流しながら、心は真剣にメロン選びをしている。 ・・そんな自分が妙に可笑しい。

私はどうも見ず知らずの人に話しかけられやすい体質のようだ、という事は以前にも書いた。 今日はメロンを選んでいる最中に初老のご婦人が話しかけてきた。
「これ、どうかしらね?」
独り言とも問いかけともつかない様な微妙な感じで。 でも、顔は明らかに私のほうを向いているしなあ。 無視しようとすれば出来ない状況ではないけれど、それだとあまりにも不親切かなあ?
「メロンは難しいですよね。」
「やっぱり(値段が)高いものを選んだ方が無難かしら?」
内心、『いや、そういうことではないのでは?』と思うが、口には出さなかった。 一応悪い表情はしていなかったつもりだが、返事をしない私に、ご婦人の言葉が続く。
「ぐちゃぐちゃになってたら、嫌なのよね~。」
そりゃあ誰だってそうでしょうよ。 だから真剣に選んでいるんだし。
あんまりいい加減なことを言って、後日偶然に再会して責任問題になったら厄介だし、なんだかちょっとヤバイ雰囲気を感じなくもないお方で。 しかし、食べ物に対して『ぐちゃぐちゃ』っていう表現は気になるな。
「軟らかくなりすぎていたら、ジュースにすれば美味しいですよ。」と、矛先を変えた。
「ああジュース・・。」
「フォークで丁寧に潰すだけで済むし、牛乳とか蜂蜜とか足したりして。」
「ジュースね、ジュース。」 ご婦人がぶつぶつ繰り返している間に、そそくさと一個選び、軽く会釈して場を離れた。

買ってきたメロンは偶然にもよく熟したメロンだったので、一安心。 話のお陰で集中できずに、その結果「はずれメロン」を選んでいたら、さぞかし悔しい思いをすることになるだろうと、切ってみるまでは心配だった。

なんだか、今日の買い物は疲れた。 さて、あのご婦人に買われていったメロンの熟れ具合は、如何だっただろうか。 案外さんざん迷ってから、買わずに帰っていたりして・・? もういいや、考えるの、よそう。


●お酒の好きな方は、熟したメロンを大きめの一口大にカットして、マラスキーノ酒をぼとぼとかけて、冷蔵庫で30分冷やしながら馴染ませて、溜まったジュースごと一緒にいただくと、それはそれはもう至福の美味しさですよ。 マラスキーノ酒は余ったらお好きなお好きなソフトドリンクで割って飲んだり、アイスティーに垂らしたり、お菓子作りする方ならラム酒の代りに使えます。 特にフルーツ系やホイップクリームやカスタードの香り付けに相性が良いです。 (私はオンザロックスで飲んじゃいますけれど。)
 

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2007.05.29

いちゃつく人々

日本の観光地が不景気になってからずいぶんと経つが、海外、特に近場のアジアで韓国や中国から観光客を誘致する作戦がだいぶ功を呈してきたと見えて、レジャースポットでそんな人々を目にする機会が増えている。 何といっても好景気に沸く中国で、そのお金を集めることの出来る「ニュー・リッチ層」の行動範囲の拡大はすばらしく、その裾野が一握りの人々から一般に向かってだいぶ広がりつつあるのを、日本の観光地でも手に取るように感じることが出来る。 本当にお金のある人は当然個人旅行だろうが、今や、そこそこの若い人でも、日本行きのパックツアーに参加することができるようになったと見えて、今年は特に若い中国人カップルが新婚旅行で・・というパターンが目立っている気がする。

身に付けているものも、髪型やお化粧の感じも、外見からでは日本人と見分けがつかない。 なんだかんだ言っても、日本の文化が流入しているのは間違いないだろう。 ただ、見かけ上、「あっ、中国から来た人だな!」と、ぱっと判ってしまうのは、大衆の面前でいちゃいちゃしている姿が目立つからである。

まず、カップルの場合、手の繋ぎ方の力の入り具合が違う。 気合が入っているとでも書こうか、要するに真剣に手を繋いでいる。 しかも、ちょっと人気(ひとけ)が無いと見るや、抱き合ったりキスしたり、大胆そのもの。 10年ほど前までは日本でもそんな若者を多く見かけた気がするが、現在では人間関係が全体的にあっさりしているせいか、いつの間にか鳴りを潜めてしまった。 だから余計に目立ってしまうのだ。

先日も某テーマパーク内で、中国からの団体さんが来ていたらしく、あちらこちらでいちゃいちゃしていた。 はじめは「今時、あんなカップルは珍しいよねえ。」なんて、『ますたあ』と苦笑していたのだが、歩いているところを追い越したり、すれ違ったりしているうちに、そこからはことごとく中国語が聞こえてくることがはっきりし、「ははーん、やっぱりそういうことか」と、理解するに及んだわけである。

まあねえ、例えば新婚旅行で海外に行ったら、ふたりにすれば幸せの絶頂だろうし、開放感もあって、いちゃいちゃしたくなる気持ちも解らなくも無い。 日本人だって、昔ハワイでさんざん似たようなことをしていたのだろうから、あんまり他人の事は言えない。 まだ珍しいであろう海外旅行を経験した中国の人々が、自国に戻って、いろいろな文化や体験を持ち込んでグローバル化し、それでオリンピックが上手くゆくことに繋がれば、それで善しとすべきなのだろうな。 たくさんのお金を日本に落としてくれる「お客様」なんだし。 大目に見てあげなくては、かな?

隣国が凄い勢いで変化している様子を、日本で暮らしていても手に取るように感じることが出来るのは、非常に興味深い。 なーんて、のん気に言っている内に、あっという間に追い越されてしまうんだろうけれど。 苦笑。

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2007.05.28

『お菓子の城』の話

先週末の土曜日、意味も無く早い時間に自然に目覚めてしまった。 このまま二度寝したらぼんやりと一日終わってしまいそうだし、外には青空が広がっていたので、急遽名古屋まで出かけてみることにした。 特別な渋滞にも巻き込まれず、お昼前には名古屋入り。 大型のテーマパークで夕方まで過ごした後(こちらの話は、また後日にでも)で、「今からだったら、ぎりぎりで閉館時間に間に合う!」と、足を伸ばした所が犬山の『お菓子の城』である。

なんでこんな所へ?かと言うと、ここは卵ボーロや麦のウェハースなどを製造販売している竹田製菓が作った施設なのだが、社長の竹田和平氏という方が、個人投資家としてその道では有名人で、当然のごとく資産も相当お持ちだし、その上、お金儲けの話題のみならず、人生哲学というか、ちょっと間違えたら宗教に近いような独特の思想をお持ちで、その思想を広める活動をいろいろなさっておいでなので、単純に興味があったのである。(竹田氏のブログはこちら。 まずそのまま初めて読んだら、頭からクエスチョンマークが飛ぶかも知れない・・。)

観光客としての視点からの『お菓子の城』については、麻理さんという方のブログに大変よくまとめられているので、そちらも参照していただくとイメージが掴みやすいかと思う。

工業団地の一角に場違いなお城があって(どうやらここも竹田製菓の工場らしい。)、入園料お一人様1200円と、立派な設定になっている。 中はとにもかくにもシュガーケーキのオンパレード。(シュガーケーキをご存じない方はこちらへ。) 3階まで吹き抜けになっているエントランスの天井まで聳え立つウエディングケーキを囲むように螺旋階段が取り付けられ、売店やケーキバイキング、女の子がドレスを着てお姫様気分になれるようなコーナー等がある。 別館には子供たちがクッキーやパン作り体験などできる場所も。 そして、とにかく長ーい廊下を歩いた向こう側には、一体どれくらいか数え切れないほどのシュガーケーキが陳列されている。 童話や世界中の有名建築物をテーマに、ありとあらゆるケーキ!ケーキ!!ケーキ!!! ・・とにかくケーキしか無い。

そこに添えられている解説などの説明文の日本語が、また奇妙で難しいのだ。 「あなたはなぜシンデレラの靴が透明なのだと思いますか?」とか。 多分、求められている答えは「ガラスで出来ているから」ではなくて、もっと精神論的なものなんじゃないかと思うが、正解は自分で考えてくださいとばかりに、疑問文を投げかけられてそれきりになっている。 そんな箇所だらけ。

館内にはずっとエンドレスにテーマソングが流れ続け、甘~い香りと一緒になって頭がくらくらする。 昔の児童向け番組の「歌おねえさん」のように、高い声で何を唄っているのかと思えば、なかなか凄い歌詞で、「やばい!洗脳されるかも。」と、焦って冷や汗が出てくる感じがした。

着いた時刻が遅かったので、体験施設もケーキバイキングもことごとく終了していて、ましてや幼い子供を連れたご家族は帰り時間が早いと見えて、館内に人が殆ど居ない。 その中でこれでもかと並べられたシュガーケーキと、大音量のテーマソング。 ・・ちなみに、体験やバイキングにはそれぞれ別料金が設定されているらしい。

入館券にもれなく付いている「記念品交換券」で受け取ったのは、『ありがとう百万遍ボーロ』という商品で、デザインもネーミングも書いてあることも、よく判らなくて頭を抱えながら、建物を後にした。

かなり気になったのでいろいろ調べてみると、どうやら社長の竹田和平氏は、「ありがとう」という言葉を繰り返してゆけば、自然と何事にも誰にでも感謝の気持ちを抱くようになり、そうすれば人生そのものが上手くいくことに繋がってゆく、というような考えをお持ちのようで、ボーロを作る過程で、ボーロに実際に「ありがとう」を百万回聞かせて(気持ちを練り込んで?)製作した商品らしい。 で、ついでにその『百万遍ボーロ』を、お世話になった方に感謝の手紙と一緒にプレゼントすれば、相手にもハッピーが広がり、善い行いで自分の運も上向くし、竹田製菓の売り上げも伸びて、三者共々万々歳という公算らしい。

多分、お考えになっていることは、決して間違った方向ではないのだと思われるけれど、その過程を説明しないで『ありがとう百万遍ボーロ』、しかも袋に『ハッピー バン! 貯徳わくわく100万遍の輪』などと書かれては、一般の人は間違いなく引くでしょう・・。 自分が作り上げた理論と、一般の感覚のギャップを何とかしないとまずいのではないか、と、他人事ながら心配になった。 会社経営も、会社の製品も、勤務している人にも、そして『お菓子の城』にも、竹田社長の独自の精神が色濃く反映されており、私のような「知らない人」は、その違和感に圧倒されてしまうのだ。 私が『お菓子の城』を楽しめなかった理由は、多分そこにある。 決してクッキー作り体験が出来なかったからでもなければ、ケーキバイキングが出来なかったからでもない。 「なんじゃこりゃ?」の感覚がずっと付きまとっていたのだ。  自分がここでどういった精神状況で、どういった振る舞いをし、何を楽しいと感じればよいのか、最後まで解らなかった。

深く考える事は、人間としてとても大切なことだとは思うが、あまりにも哲学的な精神論になって「地に足が付かない状態」になるのはまずいだろうし、地に足を付け過ぎて日常のくだらないことに右往左往している人々にも、大事なことを伝えるには、具体的にすぐに可能な形で例をあげながら話さないと、相手には伝わらないに違いない。 と、そんなことを学んだ気がした不思議な場所だった。 多分、竹田和平社長は、日常の自分の体験の中から、大事と思われる要素を振り分けていって理論を築かれたのだと思うので、「こんなことから、これを学んだ」とか「これにはこんな意味があった」のように、過程をそのまんま伝えることを見学者にしてくだされば、私も『お菓子の城』を楽しめたのかもしれない。 それを受け入れる・入れないは、また別の話としても・・。

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2007.05.27

夏の帽子

テレビ中継で「日本ダービー」を見ていた。 パドックの内側で社交に華を咲かせているオバサマ方の中には、派手な帽子を被っている姿が目に付く。

私は幼い頃から夏の帽子がどうも苦手ときている。 冬に被る帽子は好きなのだ。 第一、暖かいし。

幼児の頃は夏の外出には、親が必ず帽子を被せようとする。 私にとっては、帽子を被ったほうが暑い。 なのに『夏の外出には日射病帽子のため、必ず帽子を被りましょう』みたいなことが常識とされていて、例えば明日から夏休みという終業式に配られた「夏休みの過ごし方」といったプリントにも、そんなことが書かれていた記憶がある。 子供用の帽子に縫い付けてある、飛ばされないように顎にかけるゴムの存在も許せなかった。 ただでさえ暑くて集中力が無いのに、首筋で鬱陶しいことこの上ない。

最も苦手だったのは、小学校の体育の時間に、強制的に被らされていた布製の紅白帽。 リバーシブルになっていてチーム分けなどで色を使い分けるのものだが、布が薄いので頭にぴっちりと張り付く感じだし、ツバが短いから日よけにもならないし、当然顎ゴム付きである。 ちょっとした時間を見つけては、帽子を脱いで髪の毛に風を通していたような。 通っていた小学校では、6年生になると何故か「紅白帽」と「紅白はちまき」の自由選択が認められていたので、速攻で「はちまき派」の仲間入りをさせてもらったっけ。

大人になった今でも冬には帽子を良く被るし、好きでいくつも持っているのに、夏は全くと言っていいほどに被らない。(帽子の代りに夏の間は日傘で過ごす。) どうしてもの時だってサンバイザーだ。 つまり、顔面に当たり陽射しを避けたいのは山々だが、髪の毛の上にもう一枚乗っかっている状況が受け入れられないのだろうと思う。 直射日光が照り付けていたとしても、髪の毛の中で通気があるほうが、私にとっては涼しいし、熱が篭らなくて楽。 被る部分がメッシュ素材でできている帽子も試してみたが、やっぱり苦手なことに変わりが無かった。

「夏の帽子、被ったほうが暑くないですか?」というのが、永年の私の中の疑問である。 他の人と感覚が違うのかな。

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2007.05.24

小間物仕事と「いかめし」

魚屋さんの店先で物色していたら、小型の真イカが山盛りで200円だった。 掌くらいの長さのものが、ぱっと見でも15ハイ以上ある。 内心「さばくの、ちょっと面倒だな」と躊躇したが、「いやいや、そんなことで手間を省いてはいけない。」 気を取り直して購入することにした。

ふと、イカの隣に目を移すと、今度は北海道のワカサギがキラキラ光っている。 こちらも小山に盛られている。 冷凍物でない生のワカサギは久しぶりだ。 「また細かいものか・・。」 どうせ手をかけるなら一種類も二種類も一緒だと開き直って、ワカサギも買った。

イカをさばいて掃除をし、とりあえず使わない分はゲソと身に分けて、ラップに包んで冷凍に。 そのうち炒め物かイカ大根にでも使おう。 ワカサギは薄衣をつけてからっと揚げて、たっぷりの新タマネギと一緒に南蛮漬けに。 イカの続きで早い時間に作っておいたお陰で、夕食の準備の時間がずいぶん短縮されて助かった。

久しぶりにこまごました魚仕事。 意外なことに、残ったのは面倒くさかったという気持ちではなくて、「作ったー」という充実感だった。 やっぱりまめにやらないとダメだな、と、自分に発破をかけた。


そうそう。 イカで思い出した。 「いかめし」は人気があるが、自宅で作るとなると面倒だと思われる方も多いかと。 あれ、ね、生のもち米で作ろうとするから大変なのであって、発想を転換すると良い。 近くで「おこわ」を炊いて売っているお店があったら買ってきて、もし、そんなお店が無かったらレトルトパウチの真空パックで、袋ごと茹でれば食べられる「山菜おこわ」を買ってきて、それを下処理したイカに詰めて、口を楊枝でとめる。 おこわが軟らかいうちに、スプーンでぎゅうぎゅう押し込む感じで。 あとは煮魚と同じ配分の(酒・みりん・砂糖・醤油が同量に水を2~3倍程度。)煮汁で煮れば良い。 火が通ったら「いかめし」は筒切りにして、煮汁を煮詰めてトロッとさせたものを回しかければ、簡単に作ることが出来る。 もち米を吸水させたりしなくても良いし、イカの中で膨らみすぎて破裂したり、逆に具が足りなくてスカスカになることも無い。 この方法だと意気込まなくても気楽に作れます。 小型のイカが手に入ったらお試しを。

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2007.05.22

ビールの海

サッポロビールから「凄味」という発泡酒が販売されている(らしい)。 最近は専らサントリーの「モルツ」ばかり気に入って飲んでいるので、今のところ発泡酒に浮気する気は起こっていないのだが、気になっているのはテレビのコマーシャル。

海の大波をイメージした映像で、その水が全てビール(発泡酒)で出来ているのである。 ザッバーンとチューブを作る波が、ビール。

素晴らしい! あの中で泳ぎたい。 ・・というか、溺れてしまいたい!!

(などと、うっかり思っているのは私だけではない、と、思いたい。)


サッポロビールの「凄味」はこちら。 CM情報の「スゴイ波・キタ!篇」というのが、それです。

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2007.05.21

山暮らし

きゃら蕗を煮た話は以前に書いた。 その蕗を摘み取る際に、いくらか成長が良いものを残しておいて、もう少し育ったら煮ものに使おう、と、目論んでおいたのがそこそこに太くなったので、晴れて収穫に。 早いものでひょろひょろと頼り無げだったものが、もう私の小指程度の太さにまで育っている。 小型のナイフを使ってその場でスパスパと葉を落とすと、あたりの空気が蕗色の香りに包まれた。 頭上に広がる楠の梢では、ウグイスが鳴き続けていて、なんとも山らしい。

家族でたっぷり一回分の量を確保してから、斜面を登ろうと視線を動かすと、真っ赤に熟した「くさいちご」の実が飛び込んできた。 あっと思って見渡すと、あちらにもこちらにも赤い実が見える。 とりあえず厨房に戻って蕗をシンクに置いて、小型のボウルを抱えて出直した。 もう一度ゆっくりと斜面を降りて、今度は苺集めにとりかかる。

蕗を荒塩で板摺してからたっぷりの湯を沸かす間に、くさいちごの実を洗ってボウルの中で砂糖をまぶす。 蕗をさっと湯がいて水に取り、冷ましながら、苺のボウルは電子レンジへ。 蕗の皮をすいすい剥いている内に、くさいちごの略式ジャムの出来上がりだ。

蕗は油揚げと煮付けた。 だし1カップに醤油と砂糖とみりんが大さじ1ずつ。 5cmほどに切り揃えた蕗と、8つ切りの油揚げ一枚分。 10分ほど中火で煮たら火を止めて、そのまま夕食の時間まで放置して味を染み込ませる。

くさイチゴのジャムは一晩冷蔵庫で落ち着かせてから、今日のお昼にプレーン・ヨーグルトに混ぜて食べた。 プチプチした触感が楽しく、思ったほど渋みも無い。 鮮やかな赤い色がきれいだった。

ちょいちょいと集めてきて、ささっと手を加えていただく醍醐味は、山ならでは、という気がして、こういった生活をしている自分が時々不思議になる。 誰が想像していただろう、こんな山暮らし。 予想していた部分とは全くかけ離れたジャンルでの、自分の経験量が増えてゆく。 さて、これからどうなるのかな??

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2007.05.20

手土産持って

みなさーん、検索してますかー?!
みんなー、ソラマメ茹でてるー?!

いきなり何かとお思いでしょうが、今チェックしましたら、19日土曜日にこのブログにおいでいただいた方の、なんと90%が、「ソラマメのゆで方」を調べる為にググッって(=某G社の検索エンジンを使って)お越しくださっていました。 アクセスも多くて「ソラマメ効果」です。 去年の今頃の記事なんですけどね。

ひと月前くらいから、じわじわと「ソラマメの方」が目立ち始めて、ふーん・・なんて思いながら見ていたら、だんだん増えてきて、ここ数日は、一体どうしちゃったんでしょう、という印象です。 今年ってソラマメ豊作なんですか? 安い? 『はしか』と違って、ソラマメが流行っているとは聞きませんが、シーズン物なんでしょうね。

別にアクセス数アップを狙う気はなくて、日々ちんたら更新しているわけですが、たまにこんな風に意識していなかったページがたくさんの方に読まれているのを知ると、なんとも不思議な感覚で、普段遊び歩いている自分の子供が手土産持って帰ってきたみたいな、ちょっと落ち着かない気分です。

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2007.05.18

毛虫の身体感覚

日が暮れたので窓を閉めようとしたら、外に面した窓枠でくつろいでいた(?)大きな毛虫と目が合った。

「うわっ、びっくりした!」、と、思わず声が出る。 あまり見たことのない毛虫で、ふかふかのムートンのような立派な毛皮を身に纏っている。
「この季節にその毛じゃ、暑くない?」 なんとなく勢いで話しかけてしまった。
「そんな立派な毛皮で、一体どんな虫になる予定なの??」
部屋のPCの前に居た『ますたあ』が、私の独り言を聞いていたらしく、合いの手を入れてくる。
「それは、毛虫にしてみれば、答えようのない質問だろうな。」
笑いながらも、なんだかはっとするものがあった。

毛虫は自分がどんな姿をしているのかを、どこまで把握しているのだろうか。 自分の背中に毛がふさふさしていることを知っているのだろうか。 ましてや、自分の親の姿を知らないまま育つのだろうから、変態して成虫になったところで、自分の羽にどんな模様があり、どんな大きさで、何を餌にするのかなんて、知る術が無い。 それでも成虫になれば、何らかの方法で同種の虫を見分けて、パートナーを見つけて、子孫を残す。

それって、なんだか凄いことだな、と、思った。

虫以外でも、親が卵を産み落としてそれっきりの動物、例えば魚とか爬虫類でも同様のことが普通に繰り返されているわけで、自分が大人になった時の姿を知らない動物の方が多いことに、改めて気付かされる。

人間が自分の子供に教育を施すのは、そういった能力を身に付けていたほうが、大人になって社会生活をする段になって、多分有利に物事を進められるだろう、という予測に基づいてのことという意味合いが強いように思われるが、それだって確率論であり絶対的なものではない。 何が起きるか、どうなるかを予測できる部分は限られていて、明日私が目覚める前に死んでいても、生物としては何の不思議も無いのだ。

私は鏡を使わなければ、自分の背中を見ることは出来ない。

努力という言葉抜きで物事を捉えるのは危険と思うが、親が子にしてあげられることの向こうに、親にはどうすることも出来ない部分も存在していて、それを親が割り切ることも時には必要なんじゃないかと、そんなことを考えていた。

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2007.05.17

梅干で。

晴れると汗ばむくらいの陽気になるこの時期は、なぜか梅干を食べたくなる。(私だけかも?。) 筍の姫皮や独活、茹でたモヤシなど梅和えにしたり、鰆を梅醤油で焼いたりして楽しんでいるが、たまには肉も相棒に・・ということで。


 鶏の梅風味の蒸し物    4人分くらい

材料      鶏肉   3枚・360g程度 お好みで胸肉でもモモ肉でも。 混ぜても。
               モモ骨付きぶつ切りなら、なお可。
         長ネギ  白い部分半本
         梅干   大粒のもの3個

       (調味料として)  日本酒   大さじ2
                   醤油    大さじ1
                   砂糖    小さじ1
                   片栗粉   大さじ半分

作り方 1・鶏肉は大きめにぶつ切り。ネギはみじん切りに。
     2・梅干は種を抜いて荒く叩き刻んで、調味料と一緒に混ぜ合わせる。
     3・蒸し器の大きさに合った耐熱容器に鶏肉を並べ、
       2をもみこんでそのまま30分放置。
       味を馴染ませている間に、蒸し器を火にかけて準備する。
     4・湯気の上がった蒸し器に3を器のまま入れて、強火で30分蒸す。
     5・荒熱を取り、器のまま食卓へ。

色合いがさみしいので、蒸している間にネギの青い部分をみじん切りにして水で晒しておき、出来上がりに水を絞って散らすときれい。 万能ネギや茹でたソラマメなどを散らしても。 そのへんはお好みで工夫してください。 梅干が減塩タイプのものだったら、醤油を大さじ1追加しても良いかと。 食べてみて味が足りなければ、回しかける感じで調整しても。 やっぱりと言うのも変だが、鶏肉は「蒸す」と美味しいと思う。

あっさりと初夏の味。 暑かったかと思えば朝方冷え込んだり、で、落ち着かない時期。 どうぞ体調を崩さぬように。

                   

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2007.05.16

田んぼ

いつもの国道で車を走らせていて、ふと、風がいつもと違うのを感じた。 町へ向かう「上り」ではその理由がわからなかったのだが、町から帰ってくる「下り」で理解することが出来た。

それは、田んぼのせいだった。

国道に面した土地に田んぼが広がった場所から急に、窓から入ってくる風の性質が変わったのだ。 温度が下がり、穏やかにしっとりと優しい。 こんなに影響があるのかと驚いた。 今の時期、田んぼには水が張られている。 その水面を渡ってくる風は、明らかに性質を変えて流れてくるのだろう。

去年の夏だったか、都市部のヒート・アイランド化現象を緩和する為に、ビルの屋上やちょっとした空き地に池や噴水、水田などを作る試みが紹介されていた。 昔と違って、都市の中心部では川が地下に埋められてしまっているので、「水面を渡る風」が極端に減ってしまい、水蒸気量が減る。 そういったことに一矢報いようという内容だったと記憶している。 家の前に打ち水をするだけでも、軒数がまとまれば違うと言う。 ニュースを聞いた時には、たったそれだけのことで果たしてどれほどの効果があるのか、と、半信半疑だった。

その意味が、今日やっとわかった。 これは凄い影響がある、きっと。

たかが田んぼ、されど田んぼ。

まだか細い苗がホヨホヨと風になびいている田んぼからは、ケロケロと甲高いカエルの鳴き声が響いていた。

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2007.05.15

気持ちと品物との間で

朝からインターホンが鳴って、出てみると見慣れない初老のご夫人が。 お話を伺うと、ずっと昔に父の部下(?)だった方らしい。 懐かしくなって来てくださったとの事だが、あいにく父は施設に行っている。 その旨をお話して、直接そちらへ訪ねて下さることになった。

父はサラリーマンだった頃、銀座木村屋のパン工場で工場長をしており、その時に一緒に働いた方とのことで、「手土産に木村屋のパンを持ってきたけれど、施設となれば他の利用者さんたちの目もあるでしょうから、ご家族の方で折を見て食べさせてあげてくれませんか?」、と、おっしゃる。 「今伺うのに何個か持ってゆきますので・・。」で、残りをお預かりすることにして、見送ってから中身を検めさせていただいたのだが・・。

二つの紙袋の中にあんぱんがみっしり。 形の違うもの、餡の種類が違うもの、ばら売りのもの、4個パックのもの。 食卓のテーブルの上が「あんぱん天国」になってしまった。 数えてみたら28個もある。 こんなにたくさんのあんぱんは木村屋の店頭販売で見た以来だ、と、思わず圧倒される。 さすがにどれもぎっしりと重たい感じで、しかも大きい。 考えただけで頭の中が餡の甘さに占領されて、なんだかクラクラ。

父が毎日ひとつずつ食べても、一ヶ月分。 とりあえずラップで丁寧に包んで、なんとか冷凍庫に納めて、小出しにしてゆく作戦に。(しかも実は、最近の父は、何故かあんぱんを好まないのだ・・苦笑。) そこに輪をかけるように袋の底から、最中とお饅頭の大きな詰め合わせがお出ましになった!

木村屋と言えばあんぱんなのだけれど、ここまで餡尽くしだと、ちょっとなぁ・・。 父の反応が楽しみでもあり、それが全てこちらに丸投げされるのかと思うと憂鬱でもあり、である。

父を思ってくださるお気持ちは、十分すぎるほどありがたく感じておりますです、はい。
お土産に迷う時にはついつい「食べ物なら・・」と、私もすぐに思ってしまうのだけれど、それはそれで気をつけなくては・・などと、ちょっと考えてしまったのだった。

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元祖「シュールな感じ」

既にご存知の方も多いかと存じます。

17日の木曜日、26:40~27:10 フジテレビで「ウゴウゴルーガSP」が放映されます。
なにがスペシャルなのか判りません。 DVDが発売になるのか・なったのか、と聞いていますので、それ絡みなのかな、とも思います。

思い出してみても、あの番組は大人のための番組でしたね。 あれでよく朝のテレビ番組として放映されていたものだ、と・・。 今となってはCGはものすごーく進化したので、あの頃のような下手ウマな感じを醸し出すのは、逆に難しいんじゃないかと思いますし、ルーガちゃんはグラビア・アイドルだそうですから、何がなんだかです。 「千夏のシュート」の大坪アナも、確か退社なさったんですよね・・? シュールさん出てくれないかな。 オヤジ虫とか、ミカン星人SOSとか、しかととか、訳の判らんオチの無い動物園のお話とか、もう一度見たいものはたくさんあるんですけれど、なんだかあの番組の製作には、今では巨匠と呼ばれるような方々がたくさん係わっていらしたらしいので、素人が考えても版権の調整がやたらに困難を極めそうな気がします。

時間が時間ですから、ビデオで見ることになると思いますが、いったい何をしでかしてくれることやら。

「おきらくごくらく!」なんて、夜中にやってくれたら泣いちゃうかも知れません。 ・・あっ、ごめんなさい、コア過ぎましたね。

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2007.05.14

ドルチェ

気になっていたハーゲンダッツのドルチェ2種を、やっと食べることが出来た。 コンビニエンス・ストアで買ったのだが、冷凍ケースの中のドルチェのスペースだけがらがらで、あと数時間遅かったら売り切れていたのかもしれない。 レジの店員さんが「これ、売れてますよ。」なんてわざわざ言ってくれた。 好評なんだろう。

美味しかった。 アイスクリームも進化したものだ、と、思った。 歯ごたえとか香りとか、かなり工夫されているという印象を受ける。 独特の「濃い感じ」は、ハーゲンダッツならでは。 ドルチェは「ティラミス」と「クリームブリュレ」が販売されている。 どちらも半分ずつ『ますたあ』とシェアして食べた。 個人的には半分の量でも十分満足。 まあ、夕食後だったせいもあるかもしれない。

山間の過疎の土地では、ちょっと高くてもちゃんと美味しい商品が売られていることが、それだけで単純に嬉しい。 こういう商品も扱ってくれる意味で、ここではコンビニエンス・ストアの存在はありがたい、と、思った。 

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2007.05.13

(雑感)

久しぶりに「肉じゃが」を煮た。 私の肉じゃがは、豚肉で作ることが多い。 脂の多い部分を落としたものを、冷凍庫でストックしてゆき、そこそこ溜まったところでまとめて出番となる。 今は新ジャガの時期なので、ちょっと濃い目の味付けで、煮汁がなくなるまで煮詰めながら絡ませる感じで。 新タマネギも甘味が強いから、引き算して砂糖や味醂は控えめにした。

ついこの前、何かのきっかけで「そう言えば、学生だった頃のシンセサイザーは単音しか出せなかったよね。」なんていう話題になり、愕然とするやら、懐かしいやら・・で、時の流れをしみじみと考えてしまった。 だから、コンサートでステージ上に同じシンセサイザーを何台も並べたり重ねたりして、まるで穴熊のようになっているアーティストも珍しくなかったっけ。

あの頃は発泡酒なんて無かったし、ウィスキーがもっと幅を利かせていたし、ワインといえば「マドンナ」か「マティウス・ロゼ」だったような・・。 ひとしきりいろいろな記憶を辿って、時の流れに思いを馳せていた。

それに比べると、日常の食事の変貌はさほど大きくない気がする。 肉じゃがなんて子供の頃から食べている訳だし、例えば家族に食べ盛りの子供が居ればその時期は肉料理の出番が多くなるだろうけれど、やがて親達だけの食卓になればまた昔に戻ってゆくような。

いろいろなことを散発的に考えながら、あの頃と変わらず今日もビールを飲んでいる。 そんな自分自身でさえ、変わったような変わらないような・・。 不思議な感じ。

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2007.05.11

干支

某銀行から、ローンのお奨めのDMが届いた。
ご丁寧に『利用申込書』まで同封されている。 「こんな高金利で借りてくれなんて、図々しいお話だよね」なんて冷やかしながら見ていた『ますたあ』が、妙なものを見つけた。

「これ、見て。」
『利用申込書』の指差された場所には、氏名を記入する欄。 そのすぐ隣に年齢の欄。 ここまではよく在る話で、何の変哲も無い。 ところが、年齢の隣に『エト(  )』、とある。

「エトって十二支のエト?」
「それしかないでしょ」
念のため記入例を見ると『エト(ねずみ)』なんて書かれていた。 やっぱり干支のことらしい。

何の為に? それもどうして漢字ではなくてカタカナで? 若い人たちの中には、自分の干支なんて知らない人も多いんじゃないか? などなど、謎は深まるばかりだ。

会社側の意図がよく理解できない。

干支という単語を年賀状シーズン以外で耳にするのは、なんとも似合わないというか間抜けな感じがして可笑しかった。 久しぶりに使ったな、干支なんていう言葉。

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2007.05.09

靴探ししてました

まだ暑さに慣れていないせいなのかもしれない。 出かけてきたら、へろんへろんに疲れてしまった。 軽めの夕食で、冷やしておいたモルツをがーっと飲んで、ようやく自分が戻ってきたような感じ。

義父が新しい室内履きを欲しがっている。 これから暑くなるので、軽くて蒸れないものが欲しいようだが、車椅子を面倒臭がって腕ではなく足でこいでいるし、トイレなどで立ち上がった際の足元のおぼつかなさもあるので、靴底のグリップ力が強いものでないと危ない。 で、「軽さ」や「通気性のよさ」と「グリップ力」とは、どうやら一般的に相容れない組み合わせのようで、両方を満たすものがなかなか見つからない。

靴は同じサイズでも幅や設計などが違うので、実際に足を入れてみないと解らない部分があるし、ましてやオシャレで履く目的ではないし、足が不自由な方にとっては、自分に合うか合わないかが、健常人より大きな問題になる。 その上、本人がちょこちょこっと気軽に靴屋に行くことが出来ないので、『ためし履き』がなかなか出来ない。

歩行が不自由な方や、麻痺等を持っている方のために開発された、言わばリハビリ用医療用シューズは売られているし、さすがによく考えられていて良い製品なのだが、流通個数が少ない為か、一般の靴に比べて高価でゴツイ感じのものが多く、普段リラックスする時間に使うにはちょっと立派過ぎる物が多い気がする。

なんとか夏が来る前に、気に入ったものを探してあげたいところだ。

なかなか外出できない方の為に、移動式の靴屋さんがあったら便利だろうな。 お年寄りの集合居住施設を廻っていったら、そこそこ商売になるんじゃないかな。 そんなことを思いつつ。

・・少し早めに寝ます。

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2007.05.08

コレ、良いです!(山間部にお住まいの方)

山間部にお住まいの方、特に客商売を営んでおられる方に、強力にお奨めします。

使ってみたら、とっても良いです。
この夏の殺虫剤はコレを!!

今シーズン初の大型ムカデ、一発で即捕獲できました。 お見事な駆除効果。
(みなさんにお見せしたいくらいだった・・苦笑。)

(ちなみに、私はライオンから依頼を受けたりは一切しておりません。 あくまでも利用したいちユーザーとしてのお奨めです。 あしからず。)

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きゃら蕗

庭に勝手に生えてくれる蕗がわさわさと育ってきたので、雨上がりを狙って昨日適当に摘んできた。

板ずりして、さっと湯がいて、薄い皮を丁寧に引く。 すーっと一気に皮が剥ける感覚は、トマトの湯剥きにも共通して、気持ち良い作業だ。 何回か水を取り替えながら晒してアクを抜き、切り揃えたら、後は煮るだけ。

今年は、仕上げに水あめを使って照りを出してみた。 ちょっと辛味を追加したくて、一緒に唐辛子の輪切りを煮詰めていたのに、「はずれ」の唐辛子だったのか、全く効果が出なくて残念だったが、それでもまあまあの出来上がりに。 早速夕食にちょこっと出して、春の香りを楽しんだ。

たくさん食べるものではないけれど、ご飯をお代わりした時につまめるものがあるのは、なんともシアワセな気分になる。 自宅で作れば、あまり塩加減を濃くしなくて済むので、気が楽。

飽きない程度に作り置きしておこう。 あと数回煮ることになりそうだ。 次回までにちゃんと辛い「当たり」の唐辛子を用意しておかねば。


きゃら蕗の煮汁
 「濃いめの昆布だし」「醤油」「砂糖」「酒」「水あめ」を
 25:10:2:6:4 で。
 蕗がひたひたになるくらいの量を使います。
家族の好みで増減を工夫してください。  

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2007.05.07

矢面に立つお仕事

是非食べてみたい商品があるのに、それも大手のメーカーのものでそんなに珍しい商品でもないのに、なぜかこの辺りのお店ではことごとく見つけることが出来なかった。 メーカーにも通販サイトが用意されているのだが、いきなり10袋単位になってしまい、その商品にすると一か月分だ。 10個も取り寄せて、自分の考えていたようでなかったら憂鬱なので、最初の1個は実際に買って試しておきたいのである。

思い余って、メーカーの「お客様相談室」に電話で問い合わせをしてみた。 窓口になってくれたのは、うら若き女性。 いかにも温和な物腰の発声をしてくれる。

無事に扱っているお店を調べてもらえることになったのだが、事情を説明する間のものの数分間に、彼女が言った「ありがとうございます」と「申し訳ありません」と「大変失礼しました」の回数は、全部で一体どれほどになるか、と思うほどの頻度だった。 それも、どこかのアングラ劇団の台詞回しのように、いちいち必要以上に感情移入されている(ように聞こえる)。 要するに「ばか丁寧」なのだ。 問い合わせをしているこちらが、恐縮してしまうような印象すら受ける。

近頃は多分なんだかんだとイチャモンを付けてくる人とか、「社長を出せ!」的な人とか、常識想定外の因縁に近いクレームだとか、いろいろなことを言ってくる人が居て、その為に様々な対応訓練を受けているのだろう。 とりあえず、何を言われようとも、そのやり取りの間に会社側に落ち度が無いように、必要以上に身構えて気を遣って仕事しなくてはならないに違いない。

大変そうだな。 ストレスが溜まりそうだなあ。

「ありがとうございます」と「申し訳ありません」と「大変失礼しました」の連呼で、話の内容がなかなか前に進まない会話をしながら、同情したり首を傾げたりの、興味深い電話だった。

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2007.05.04

初夏

すっかり初夏の陽射し。 九州からはるばる届いたという初物の枝豆を茹でて、初鰹のたたきなんぞを食卓に並べると、一気に夏の雰囲気になる。 ビールを冷やしておいて良かった。 蝉が鳴いたり、ケラが鳴いたり。 多分、この連休を利用して、国道沿いに水田を持つご近所の兼業農家の皆さんは、田植えに忙しいことになっているはずで、遠くの方から微かにケロケロと甲高いカエルの声も響いている。

新茶を丁寧に淹れて、午後のお茶。 湯飲み茶碗の中にも、窓の外の緑を切り取ってきたような、穏やかな緑色。 なんだか季節をそのまんま飲んでいるような気分だった。

目からも耳からも鼻からも、皮膚からも口からも、初夏が体に入ってゆく。 それらが全部血となり肉になって、体が夏向きの仕様に変わってゆくのが判る。 心だけは風に煽られて、もうとっくに空を飛んでいるのかもしれない。 まるで、鯉のぼりみたいに。

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2007.05.03

出鼻を挫かれる

後半の連休初日は、午前3時の電話から始まった。
当然のように、いきなり「空室あります?」と横柄な態度で尋ねられる。 頭にきたという感覚ではなくて、こんな人を客として受け入れずに済むことに、正直なところホッとしたような気持ちだった。

とんでもない時間帯の電話には出なくても構わないだろうが、誰にでも「のっぴきならない事情」は突発的に起こる可能性もあるわけで、どうせ目覚めて、その後に気になってしまうのならば、とりあえず出ておいた方が、結果としては気楽ともいえる。 と、スーパー前向き!で、自分を納得させつつ。

なんだかいろいろなことが心配な世の中。 どうぞ旅行におでかけの方々は、気をつけて。

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2007.05.02

多分、範囲が広すぎる。

遠洋漁業で捕った魚なのだということは、よく解っています。
法律で「表示しなさい」と言われているので、「書かなければならないのだ」という事情も、理解します。

でもね、マグロに『太平洋産』なんて札をつけるのは、どうもナンセンスな気がして。
何度見ても、違和感があるんだよなあ。

なにか別の表現方法を見つけてあげて欲しいです。

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2007.05.01

温泉で欲について思う

昨夜は珍しく近所の「日帰り温泉施設」を利用した。 『ますたあ』が日曜大工で自宅の風呂場に手を入れてくれたので、目地を埋めるパテを乾燥させるために、風呂場が使えなくなったからである。 ご存知のように伊豆は温泉に恵まれた地域で、あちらこちらに温泉旅館や温泉施設が充実している。 実は居住地域毎に共同湯もあったりするし、何らかの用事で旅館さんへ顔を出せば、ご挨拶代わりに「時間があったら(うちの)風呂にでも入っていきなさいよ。」なんて声をかけていただけたりもして、ちゃんとお金を払って客として利用する日帰り温泉施設は、意外なことと思われるかも知れないが、めったに利用する機会がない。

出向いていった温泉施設も数年前にオープンしていたのに、いつも前を素通りで初めての利用だった。 ここは昔、日本中にその名を轟かせていたような立派な温泉ホテルがあった所で、それを経営していたのがあの「ホテルニュージャパン」の社長だった方という、いわく付きの温泉。(当時は館内にあった純金風呂、つまり湯船が純金で出来ていたらしい、で、バブリーでリッチな雰囲気を売りにしていたらしく、いまでも年配の方々はその純金風呂という響きで、ピンと来るものがあると聞く。) 温泉の権利が多数の債権者に渡っていたとかで、ずっと放置され続けていたらしいが、それを「御殿場高原ビール」で御馴染みの食品関連会社のボスが取りまとめ、日帰り温泉施設に作り変えた。 ゆくゆくは発展させてゆくつもりなのかも知れないが、今は食事処も宿泊場所も併設されておらず、本当に「温泉だけ」といった感じだ。 それでも湯量はふんだんに恵まれており、俗に言われるところの「源泉かけ流し」なので、ネットで読む分には、自称温泉通の方々にも評判が良くて、まあ何より。

出かけたのが夜になってからだったせいもあるだろう、湯船は貸切だった。 とにかく広い。 泳げるくらいに広い。(水深さえあったら泳いでいたかもしれない。 実際、体を下向きにして両腕で体重を支え、サンショウウオよろしく動き回っていた・・。 いい年のオバサンが、まったく。) しかもひとりきり。(いえ、ひとりきりだったから、そんなこともできたんですけどね。) 薄暗い浴場に古い建物、裏を流れる川のせせらぎと、源泉から引かれたという温泉が流れ込む音。 贅沢に思えたのは最初の10分ぐらいで、静かな土地にすっかり慣れたと思っていた私でも、寂しくなるような落ち着かないような感じになってきた。 不思議なもので、初めての場所の全体像が掴めてくると、動きのあるもの・変化するものに興味が移動する。 岩が積まれた間から源泉が勢いよく流れ込む場所の近くに寄って、水の動きを眺めていた。

考えてみれば、温泉はずっとこんな風に湧き出ていて、それを建物や施設で囲み、配管を施し、お金を生むものを作り上げる。 何らかの事情で立ち行かなくなると、その権利がお金を媒介して他人の手に渡り、また新しい施設に作り変えられる。 温泉を取り巻くものは、何度も何度も立て替えられ、作り直されてゆくが、温泉はずっとそのまま溢れ続けている。 人間なんて上っ面なものだな、と、思った。 利用しているだけ、活用しているだけ。 そこにお金という仮想の価値観を塗りつけて、今ではこんなに立派な経済を回している。 驚嘆と、溜息混じりの気持ちと、呆れる感覚が同時に押し寄せた。 自分だって、手のつけようも無いほどに、立派にその中の一員だ。

とうとうと流れ出る温泉を見ながら、その変わらない様子に、悠久の昔から温泉を身近に暮らしてきた日本の人々のことを思った。 火山国、地震国であることと引き換えに、こんなに素敵な自然からの贈り物を授かってきたことが、なんだか無性にありがたく感じられた。 沸いて出ている物はありがたく使わせていただいても、ばちは当たらないだろう。 ただ、今のようにわざわざ掘ったり、汲み上げたりしてまで、温泉でお金を稼ぐという姿勢には、ちょっとばかり抵抗を感じるのも事実だ。 欲に見切りをつけないから、しっぺ返しがいろいろあるんじゃないかと、どこかで思わずにはいられない。

お陰様で良いお湯で、のんびりさせてもらった。 施設が充実しているとか、近代的な清潔感を細部にまで求める方には向かないような気がするけれど、日本人としてのDNAに刻まれている、本来の「湯浴みする」という感覚を思い出させてもらった。

約束の60分という時間目一杯、欲を出して楽しんでしまったお陰で、昨夜は少し「湯あたり」してしまったみたいだ。 やっぱり突きつけられているのは、欲のコントロールという課題なのかと苦笑。

「百笑の湯別館 湯治場ほたる」のウェブ・サイトはこちら

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