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2007.08.04

病院給食

入院生活中の病院給食では、期待を裏切られなかったという印象が残った。 私が作っている普段の食事ではなかなか経験できないことも、たくさん体験できたということなのだろうと思う。 決して「すご~く美味しかった!」とか、「何処ぞのレストランのようだった」などという視点ではなく、実は身近なのに食べていないものは結構あるんだな、という感じだろうか。

まず、重湯。 重湯が何かは知っているし、作り方も解っていたが、(記憶の範疇では)実際に作ったこともなければ、自分で食べたことも無い。 だから、小さなコップのような容器にドロリと収まっている乳白色の液体が、一体何物なのか、口に入れるまで解らなかった。 うーん、不思議なものだな、という第一印象。 体調のせいもあったかとは思うが、お米の味も香りも少なくて「味の無い葛湯」に近いと思った。 ちなみに、重湯と一緒に供されたのは、「具の無い野菜コンソメスープの上澄み」と「カルシウム強化グレープジュース」。 妙な話だが、「・・あっ、こんなごはん食べてたら、ほんとに病人になっちゃいそう。」、と、ちょっと焦った記憶がある。 治療食には、食べる人を心理的に病人に作り上げる力が有るな、と、いうことを学んだ。 これって、実は結構ポイントかもしれない。 特に慢性的な疾患で長期に渡って治療食を摂らなければならない方々にとっては。

重湯とまではいかなくても、軟食と呼ばれる、消化器官への負担が少ない食事を食べていた間は、「謎の煮物」「謎の和え物」がたくさん登場した。 煮物はぐずぐずに煮溶けてしまいそうに軟らかくしてあるので、野菜の味は判るのだけれど、何の野菜が入っているのか鑑別が付き難く、一口食べては神妙に味わって分析するといった過程を、ずいぶん楽しませてもらった。 人参とかブロッコリーなどは見ただけでも解るのだが、ジャガイモが混じると、一気に素材の味の輪郭がぼやけるのが、とても興味深い。

和え物が、これまた、なかなかの曲者で、和え衣のベースが解らないのである。 胡麻和え、からし味噌和えくらいなら、判別も容易だったが、「どう考えても、これは『ハッピーターン』の味でしょう?!」という和え物も2回ほど登場し、(それぞれナスとインゲンだったが。)私を惑わせた。 ちなみに廊下に張り出されている献立表によれば「なすの和え物」「いんげんの和え物」・・解決にならずに残念。

多分小学生時代以来食べていなかったメニューとも、数十年ぶりに再会。 「缶ミカン入りシルバーサラダ」である。 春雨を茹でたものと、キュウリ・ハムの薄切りをマヨネーズで和え、そこに缶詰のミカンを混ぜたアレだ。 今回のものはご丁寧に缶パインも入れられていた。 デザート以外の料理においての果物使いには、好みが分かれるところだろう。 例えば「酢豚のパイン」とか「ハワイアン・ピザ」とか「プロシュートとメロン」とか。 完成度の高い「果物使い」はとても美味しいが、何も考えずにただ入れた「果物使い」は辛いものがある。 小学生の頃から「これは正しい料理なのか?」と、首を傾げながら食べていた「缶ミカン入りシルバーサラダ」であったが、いい歳をして食べてみても、「やっぱり合わないよ、缶みかんは。」だった。 まあ、レーズンは入っていなかったので、ありがたかったけれど。 多分これからも、自宅でこれを作ることは無いんだろうな。 次にお目にかかるのはどれだけ先の事になるやら・・などと思いを馳せながら、味わって平らげた。

普段は自分が作って食べているので、人が作ってくださった食事をいただくということは、とても興味深く、美味しい・まずいとは別の観点で楽しい。 限られた食材費のなかで、栄養学的に考慮し、治療の一環として食事を提供するなんて、本当にすごいというか、頭が下がる気持ちになったものだった。   

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