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2007.08.13

私にできること

こんなこともあるのか、と、思ったのは、私が手術を受けたまさにその日、親しくさせていただいていた先輩が、神様に召されてしまったことだった。

もちろんまだ身動きが取れる状況ではなかったから、お見送りの儀式のお手伝いに行く事も出来ず、ただベッドの上でたくさんの管をぶら下げながら、頭の中で祈っていただけだ。 駆けつけられなかった悔しさがないと言えば嘘になる。 「なんでよりにもよってこんな時に・・」、と、呆れる反面、『こうでもしなかったら、あなた、来てくれちゃうでしょ! 私は大丈夫だから、自分のことだけ考えていなさい。』なんて、彼女らしいメッセージを残して逝ってくれたような気もしている。

彼女は私より20歳近く年上だ。 それでも公私に渡り、なにかとお付き合いさせていただけたのは、彼女がとても純粋で、気持ちの上での年齢差を感じさせないような性格だったことによる部分が多い。 若いからという理由だけで見下げたり、軽んじられたりした覚えが一切無いのである。 当然人生の経験値では圧倒的に彼女の勝ちだから、良く彼女を頼ってアドバイスを貰いに行った。 そんな時、多分シリアスな顔つきの私を横に、彼女はいつもケラケラと高い声で笑って、「私の方が貴方に教わりたいくらいよ! 続きがどうなったか、知らせに来てちょうだい!」、とかなんとか言いつつ、私の背中をポンと叩いた。 仕事を離れてからの親の介護という場面でも、彼女と私の境遇は近く、「いつも自分より前を行く先輩」の後姿を追いかけて歩いてきたような気がしている。

その先輩が肺癌で手術を受けた。 発見のきっかけとなったのが、地域の住民検診だったこともあり、「とにかく、何を差し置いても、自分の健康診断を定期的に受けなければダメよ!」、と、力説していた。 口を酸っぱくして何度も何度も、電話の度、手紙の度に、繰り返し繰り返し。 彼女を知る他の人たちにも、同様な力説を繰り返していたと聞く。 肺は元々たくさんの血流が確保されている臓器だから、いざとなると癌の進行も転移も早い。 一度は社会復帰を果たした彼女だったが、時間の問題だったようだ。

故人を美化するのではなく、お世辞でもなく、本当に有能な方だったから、神様はご自分の手元に引き寄せて、手伝って欲しかったんだろうな。 「もうね、あなた、全然のんびりなんてしていられないのよ。 神様に騙されたわ。」、なんてケラケラ笑いながら走り回っている彼女の姿が、夏の真っ青な空に見えるような気がして、思わず目を細めた。 強い陽射しのせいか、少しくらくらする。

私の一連の経過も、発見のきっかけは数年前の住民検診だった。 そして、私は、先輩が残してくれた「健康診断を受けなくてはダメよ!」のメッセージを、半分彼女の置き土産として、半分自分の経験として、残暑見舞いに片っ端から書いているのである。

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