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2007.11.05

集団的自分探し

日曜日に民主党の小沢代表が辞任を申し出たニュースが駆け巡った時、「なんだか訳の判らない話だ」、と、思った。 時間が経過するにつれ、背景に関する追加のニュースが報じられて、だんだんと全体像が掴めてきたが、それでも尚どこかぴんと来ない印象は今でも否めない。

例によって『ますたあ』とそんな話をしている中で、腑に落ちたキーワードが、意外にも『自分探し』だった。 自民党も民主党も、政治だけでなく民間の企業も、団体として『自分探し』をしてしまっている構図があるように見えるのだ。 少し前まで『自分探し』という言葉は専ら個人の問題として扱われ、主に転職や職業意識、占いブームなどの話題で使われてきた単語だったようだが、現在の世の中の状態は、まさに『集団的自分探し状態』なのではないか。

病院を例に挙げたい。 本来の目的は、患者の病気を見つけて適切な医療を授け、出来るだけ健康に近い状態を取り戻す事を、専門的技術で手助けすることになるかと思う。 だから、手術の成績がどうであるとか、入院経過が順調に管理されたとか、そのような部分で評価を受けていればよかった。 それがいつからか、病院給食でコース料理を用意するようになったり、プライバシー保護法ができて廊下の名札が消えたりし、患者様はお客様なのだからと恭しい扱いをすることに労力を使うようになった。

もちろん総合的なサービスのどの部分でも、著しく欠けていては問題だろうと思うが、直接健康に対する影響が少ない部分については、どこかで「これでよし」と線を引かないと、本当にきりがなくなる。 その見極めができなくなっているように見えるのだ。 そこに拍車をかけて、消費者側(病院だったら患者側)、利用者側、政治だったら国民側・住民側などが、相手に求める要求が多岐に渡ると同時に、要求のレベルも上がり、「こっちはお金を払っているんだから!」と言わんばかりの状況も、まま見受けられるようになっている。 例えば「モンスター・ペアレンツ」や「クレイマー」と呼ばれる人々はその象徴だろう。 病気が治ったのに、食事が不味かったと文句を言うような場合で、そのちぐはぐさが露呈してくる。

サービスを提供する側としても、もっとああしてあげたい・これもしてあげたいというような部分を充実させることによって、他社と差別化が図れるので、何とかしようと努力するのだが、不景気や健康保険制度の不具合により人員削減を余儀なくされている中でそれが過度になれば、ツケが現場に溜まる。 職員のやるべき作業が増えてそこから医療ミスが起こったら、根本の目的が覆されてしまう。

何をどこまで提供でき、何をどこまで求めてよいのか、お互いのコンセンサスが取れていないのである。

例えば「何が何でも社会主義を実現する、それが我が党の唯一の目的だ。」というように目標が明確ではっきりしていれば、所属党員の意識には共通のコンセンサスがある。 しかし、自民党も民主党も資本主義精神には変わりがないし、争っているのはその具体策や枝葉の末端の問題で、同じ党の党員一人一人の解釈も違えばコメントもちぐはぐになって、訂正や謝罪を繰り返したりしている。 そんな中での党規約遵守に、どれだけの意味があるのか、私にはよく理解できない。

わりと最近立法化された、消費者を保護するという大義名分の下での法律の一部も、このちぐはぐさに拍車をかけているような気がする。 そんなに何もかも、国や企業に求めてしまって良いものなのだろうか?、と、国民であり消費者であるの私の方が首を傾げたくなる気分になることさえある。

明確な到達目標を国民や党員や社員に提示できない国家・政党・企業が、その求心力を失うのは当然だろう。 哀しい『自分探し』の旅は続いてゆくのだろうか。 明確な到達目標を提示できないその原因の一端を、担ってしまわないような努力として、国民・有権者・消費者として出来ることがあるんじゃないか、そんな気がしているのだが、特に殊、政治においては扱う内容が総合的なだけに、かなり難しい。

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コメント

政治家にとって大事なことは、自分が約束したこと(公約)を実行することだと思います。
それが、唯一、政治家が信用を得る方法だと思います。
例えば、民主党が公約した農業政策、これはあんがい農家の気持ちを掴んだと思うのですが、今の状況だと、自民党のわけの判らないお金投入によって、誤魔化されそうになっています。
結局、根本的な問題を解決できずに、また、同じことの繰り返しになってしまうと思います。
どうしたら、公約を実行できるのか、それを懸命に考えてほしいと思います。

投稿: ねっち | 2007.11.06 22:13

ねっちさん、こんにちは。
最近はマニフェストなどと呼ばれるようになって、政治に関わる方々が、ちゃんと主張を掲げる機会も増えてきましたね。 見ていて感じるのは、主張は出来ても到達目標を具体的に掲げられていないのではないか、と、いうことです。 だから、どこまで進んだかが曖昧で評価が出来ない・・。

例えば、地方でもよく見かける「○○祭りを成功させよう!」みたいなもの。 何人観光客が動員されたら良いのか、それが地元の人ばかりでも良いのか、事故が起きなければ良いのか、主催者が楽しめれば良いのか、出展者が集まれば良いのか、といった具合に、何をもって「成功」とするのか、そこが具体的になっていないと、見方によって評価がばらばらになってしまいます。

政治家はいろいろな有権者から、幅広く支持を得なければならない職業ですから、主張や目標が玉虫色になりがちなのは仕方ないでしょうし、色々な人が作り出すカオスが人間社会であることを思うと無理もない話ですが、それでも、「それがお仕事」なのですから、自分の任期中にどれだけ何をしたら公約を守ったとするのか、ちゃんと評価が出来るくらいに具体的に提示して欲しいですかね。(会議中は何があっても絶対寝ません!とか、そんなことでも。 どうやら国会はそんなレベルすら守られていないらしいので。 まったく・・。)

政治のことは、どうも掴み所が無くて、苦手です・・と、言うか、大人になっても判るようで解らない分野、かなあ?!

投稿: リーボー | 2007.11.07 07:52

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