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2007.12.31

今年最後の日に

いやー、昨夜の「イカ天」の特番、よかったですね! 当時もすごいなって思いながら見ていた記憶がありますが、今見てもやっぱりすごいというのは、凄いことですよ。 なにがすごいって、イッちゃってる感がすごい。 『♪ハイになりましょ(ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!)』が流れた瞬間に、一気に当時のいろんなことを思い出して、頭の中が洪水状態になりました。 ・・実は私、原宿の「イカ天マーケット」で買った、あのイカマークのイヤリングをまだ持っていたりします。 当時はピアスの穴、開けてなかったんですよね。 流石に武道館へは行かなかったですけど、『たま』のライブには何回か足を運びました。 司会が爆笑問題だったりしてね、今から思うとそれもどういう組み合わせよ?!って感じですが。 『たま』と 『宮尾すすむと日本の社長』はCDも持ってるはずで、もう、やんなっちゃう・・。 いい時代でした。

おせち料理も無事に作り終えて、これから午後のお茶でも淹れようかと思っているところです。 なんだか大晦日っていう気がしないのは、どうしてなんだろう。

今年もいろんなことがあったような、それでいて、そんな大したこともなかったような・・。 だんだん自分の懐が大きくなってきて、淡々と日々過ごしてきたような、そんな印象。 年をとるってこういうことなのかもしれないと、改めて思ったりしてます。 これを読んでくださる皆さんにとっては、どんな一年だったのでしょうか?

今年もどうもありがとうございました。 ぺこり。 やって来る新しい年が素敵な一年となりますように。

お正月、穏やかにお過ごしください。

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2007.12.30

醤油とお酢と

田作り、酢蓮、柿なます、栗きんとん。 次々に作り上げながら、どこか絵を描いているような気持ちで、おせち料理の色合いを楽しんでいる自分が居る。 醤油の茶色、梅酢の赤、大根の白、レンコンのアイボリー、人参や干し柿の橙色、柚子の皮のレモンイエロー、クチナシで煮たサツマイモの黄色、それともちょっと違う栗のマットな印象の黄色。 西洋の料理とは異なる「和」の色使いに独特の趣を感じる。

普段はほとんど和洋折衷、いや、それどころか中華風もありエスニックもありの家庭料理なので、こんなに隅から隅まで和食の惣菜ばかりを設えていること自体が、我が家にとってはとても珍しいことであり、作り手としても襟を正すような気分になってくる。 何かと出番の多い醤油や酢、日本酒やみりんが、大きなボトルごと調理台に並んでいる光景もなんだか新鮮だし、一日中キッチンの空気の中にしっかりと醤油と酢の香りが漂っているのも、いつもと違って妙な感じ。 これはこれで悪くない。

私の作るおせち料理は、今風にアレンジしたものはほとんど無く、オーソドックスな昔ながらのものばかり。 若い頃はアレンジおせちのようなものも作っていたのだが、何故か飽きるのが早く、だんだん振り落とされてしまい、結局昔ながらのものばかりが生き残った形だ。 その代わりに毎食ちょこちょこっと追加料理を用意して、目先を変えるようにしてゆく。 おせち料理がコテコテの和食味だから、追加料理の方はそれ以外になることが多い。

黒豆や昆布巻き、伊達巻など一足先に出来ているものもあるので、煮物や鶏松風などは明日にまわす予定。 一年に一時期だけ、こんな風に思いっきり和食を作るのも、良い料理経験になっているような気がする。 なんだかんだ言いつつも、おせち作りはあまり苦にはなっていないのが幸いだ。

この時期は、日本中のいたるところでダシや醤油やお酢などの匂いが漂っていることだろう。 懐かしいような、セピア色の香りのような・・。

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2007.12.28

行事のカオス

日本人はイベント好きなのだろうか? 国民性によるものなのかも定かではないが、冬至にカボチャを食べて柚子湯に浸かり、クリスマスにはチキンとケーキ、背景のように横たわっている忘年会をいくつもこなして鍋なぞをつつき、今度はお正月準備である。 まあ次から次へと色々あること・・笑。 なんだかんだ言い訳しつつ、みんなで飲んだり食べたりするのは、私も嫌いじゃないですけど。

一昨日、食材の調達に出かけたら、クリスマス用に仕入れられた製菓材料や出来合いのスポンジケーキ台、生クリームなどが見切り価格のシールを張られて並んでいた。 砂糖菓子サンタがやけに寂しそうに見えて哀しい。 で、今度は一品ずつパック詰めされた黒豆だの昆布巻きだのおせち料理が、煌びやかに並べられている。 BGMも迎春対応。 この身の変わりの素早さ! お店の食品売り場担当者は、さぞかし大変なんだろうな。

ふと見ると、ナント、もう『七草粥セット』まで並んでいるではないか!! えー?ちょっと早過ぎない? 思わず呆れて、繁々と商品を観察してみると、肝心の七草部分はフリーズドライになっているようだった。 年が変わってからでも十分だろうに。 しかも、フリーズドライにしてまで食べたいか? まったく何のためのお粥なんだか・・。

買い物に行って、気が逸るように唆されて帰ってきた気分。 「はいはい、ちゃんと間に合うように作りますから、大丈夫ですよ。」なんて、自分で自分に言い含めている。 まだなんとなくスロー・ペースなのは、病み上がりの後遺症か? とても商戦のスピードに追いついてゆけない。 あちらもあちらなら、こっちもこっち、という感じで、ちょっと苦笑している。 

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2007.12.26

クリスマスにフリーズ

クリスマス・イブに、ケーキを焼いてデコレーションして、牛のスネ肉と根菜をぽってりと煮込んで、サラダと生春巻きで、ちょっとしたディナー。 すっかり元気になった『ますたあ』とゆっくり食べた後で急変した私。 お風呂の中で悪寒が止まらなくなり、そそくさと切り上げてさっさと布団に入った途端、バーッと発熱! 「うわー、深夜ミサに出かけなくて良かった・・」と、なんとなく思ったのを最後に前後不覚に陥る。 御ミサの最中にこの状態になったら、きっとその場で倒れていたかも。 結局39℃台の熱が25日中続いて、ずーっと寝てました、はい。 でも、『ますたあ』と違って消化器系の症状が皆無で、症状も一致せず、はてさてどこから何のウィルスを貰ったんだか謎のまま。

もう、ほぼ元通り。 早く回復できて、ほっと一安心。 まだお酒を飲む気にはなれないものの、案外美味しく食べている自分に、なんだか苦笑い。

おかげで毎年楽しみにしている、小田和正さんの「クリスマスの約束」も、今年はとてもじゃないけれどリアルタイムで見ることが出来ず、録画したものを今夜見る予定。 眠りこけていたせいで、クリスマスを飛び越えてしまったような感覚なので、ゆっくりクリスマスのやり直しという気持ちに近い。

遅ればせながら、主の御降誕おめでとうございます。 皆さんはどんなクリスマスを過ごされたでしょうか。 ひとりひとりの心の中に愛が降りてきて、平安を授けてくださいますように・・。

それから本当にお体にお気をつけてお過ごしくださいねー! 巷でも相当流行っているみたいです、ウィルス性の『何か』が。

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2007.12.22

さあ、どれが来たか?!

この時期に下痢・嘔吐・発熱ときたら、まずはノロかロタかインフルエンザのどれかのウイルス感染を疑わざるを得ない。

数日前、義父がお世話になっている老人施設で、これらの症状の出る利用者が相次ぎ、御多分に漏れず父も消化器系の症状を起こした。 往診してくれる内科医の判断で、早速に脱水予防の点滴を受けられたおかげで、もうケロリと快方に向かっている。 ほっと一安心。 施設の職員に「ロタでも流行っちゃいましたかねえ?」と鎌を掛けてみたが、会話からは何も引き出せなかったので、まあどちらにしてもあんまり触れて欲しくない話題だろうと、そのまま深追いせずにおいた。

すると、やっぱり施設利用者と職員の数名からノロウイルスが分離されたらしく、施設長直々に謝罪しに来てくださった。 水平感染はもう無事に沈静化の方向らしい。 誰がどこからウイルスを持ち込んだのかを特定するのは困難だろうし、ともかく早い対処をしてくださることが第一なので、別に責任がどうこうなどと相手を責める気も毛頭ない。 ウイルス感染には、ある意味「仕方ない要素」がたくさんあることは百も承知である。

この年末に、ただでさえ人員のやり繰りが難しいであろう状況の中で、職員にも発症した人が何人かいるらしく、お気の毒なことだ。 ・・そちらの方が心配。

で、我が家でも父から水平感染を起こしたらしい患者がひとり。 『ますたあ』である。 しっかり正しい潜伏期間の後で典型的な症状を呈した。 こっちは父と違って体力も体内のエネルギーの蓄えも十分(?)なので、もう既に熱も下がり回復も早そうだ。 どんどん良くなっているのが見て取れる。

寒い冬至の日。 ニュースでは雪が混じるらしいと言っている。 ぬくぬくと布団で眠っている『ますたあ』を背後に、年末年始前に二人共完治してくれそうなことに、何よりもありがたさを感じる。 カボチャを炊いて、柚子湯にして温まって、残った私が水平感染のターゲットと化しないように、縁起を担いで厄払いしなくちゃ。

どうぞ皆さんもお気をつけて。 まずは「丁寧な手洗い」と「うがい」ですよ。

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2007.12.20

ええ、お好きですとも。

普段からビール以外にもスピリッツを手元に置いて、その時の気分で飲み分けるのが常だが、このところ私にしては珍しくウイスキーが二本続いている。

ニッカの「ブラックニッカ クリアブレンド」。 一瞬「ん?」と目を疑うほどに安かったので、騙されてもいいやなんて思って買ってみたら、侮れなかったのである。 さっさと空けてしまったので、昨日ももう一本続けて買ってきた。

最近はゆるい感じで減量している『ますたあ』に合わせて、割合にあっさり目の和食を食べていることが多く、その和食味にズバリとこのウイスキーの性格がマッチしているのだ。 すっきりとしているので食事中にも邪魔にならないし、醤油や味噌やダシ味といった純和風のものときれいに馴染む。 その上、なんというか、『昔っぽい懐かしい香がするウイスキー』であるところも気に入った。

これを人肌くらいの微温湯で割り、暖まる感じで飲ませてもらっている。 ああ一日が終わろうとしている、という気分になって、リラックスできて食がすすむ。

美味しさって値段じゃないな、と、感じることが多いような気がするこの頃。 口に入れる物についても、自分のお気に入りと巡り会えたり、見つけ出せたりできることは、幸せだと感謝しつつ、今夜も一杯・・。

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2007.12.17

日内使用可能文字数制限論

おかげさまで変わりなく過ごしているのだが、このところブログの更新が滞りがちなのは否めない。

クリスマスカードを書き上げ、年賀状作成にかかって、なんだかんだとメッセージを考えたり、文字を書いたりする作業が増えると、時間的に余裕はあっても、ブログにアップする文章を作成する能力がガタンと音を立てるように低下し、書く気がおきない感じなのだ。 いろんなことを感じ取る力は普段と変わらないのに、それを表現する力が落ちている。 もちろん読書量もガタ落ち。 新聞だけは溜めてしまうと後が大変なので、まだ余力のある朝の内に読むことを日課にして、何とかこなしている。 大脳皮質の言語中枢領域がストライキしてしまうのか?! 情けなや・・。

応募していたことすらすっかり忘れ去っていたアサヒビールから、試作品のプレミアム発泡酒「冬の贈り物」が届いて、小躍り。 飲んでみたら、これまた発泡酒にしては上出来で、もう一度小躍り! 苦味が突出しているところがいかにもアサヒビールの味で、ちと気になりはするものの、差し詰め発泡酒だしなあ・・。 発売された暁には、購入してもいいかな。 6缶セットの中のひとつを『ますたあ』とシェアしたので、残りの5缶はお正月にとっておこうと思う。 昔の職場の『ビール呑み仲間』がちょっと変わったビールをたくさん届けてくれたので、それと合わせてビール三昧の新年になりそうだ。 私にとっては何よりも、「いと、をかし。 いと、めでたし。」である。

あと2週間で今年も終わってしまうなんて、なんだか不思議な気がする。 慌しい雰囲気に飲み込まれてしまわぬように、事故がないように気をつけなければ、と、自分に言い聞かせている。

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2007.12.13

ちっぽけなことは幸い

雨が止んだらまた木枯らしが吹き始めて、窓の外から何とも冬らしい風の音が聞こえてくる。 庭の落ち葉を掃きに行ったら、見事に紅葉した庭のもみじが、風に乗せて一斉に落葉して、空中に赤い流し帯を作るように舞い、それがまた冬の透き通った青空を背景にしているものだから、まるでCGで合成されたかのような景色で、箒を持つ手を止めて、しばらく呆然と見上げてしまった。

神様が作ったものの美しさに圧倒されるのは、潔く負けを認めるような気持ちにも似て、なんだかすっきりと気持ちが良い。

白紙のクリスマスカードを机の上で開いたまま、紅茶のマグカップを掌で包んで温まりながら、あの人にどんなメッセージを贈ろうかとしばし考える冬の午後。 私に相応しいような気がする待降節のひとコマだ。 自分自身がちっぽけな存在でしかないことを、逆にとても幸せに思う。

厳しいものを突きつけてくる冬が好きだった感覚を、久し振りに思い出している。

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2007.12.09

皮も美味しい

私の握り拳くらいの大きさのある立派な蕪を、油揚げと一緒に薄味に煮てほっこり。 冬の滋味。 優しい味の物を食べていると、優しい気持ちになるような気がする。

今夜の蕪もそうだが、私は野菜の皮を剥かずに調理してしまうことが多い。 大根も、人参も、芽が出ていなければジャガイモも・・。 きれいに洗ってそのまんま使う。 皮なのか、皮と身の間なのかは良く判別できないけれど、そこが美味しいし香りも濃縮されているような気がするので、なんとなく勿体無くて。

見た目などを気にする料理の場合は、皮だけ集めて別の料理を作ってしまう。 例えば大根や蓮の皮はきんぴらに、サツマイモの皮はかりんとうに、ナスの皮はポン酢漬けに。 ちょっとしかなくて困った時はかき揚げの具に混ぜてしまえば、大抵のものは使える。 こういったものをお客様に出すことは無いけれど、実は私にとっては一番の御馳走だ。 作り手の特権とばかりに、ニコニコしながら食べているに違いない。

別に勿体無いからとかエコロジカルだからとか意識したことは無くて、ただ美味しいと思うからそうしている。 神経質になるところとダイナミックで大雑把なところと、両方を使い分けできるのが、料理を作っていて・食べていて、とても面白いと感じる部分だ。 大根の皮、捨てないで使ってみてくださいな。 

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2007.12.07

お盆

・・と言っても、御先祖様の霊魂が帰ってくる方ではなくて、食べ物を乗せて運ぶ為の板のようなものの方。

看護学生時代の学校や実習病院は、経営母体が修道院で、各病棟の師長も修道女たちだった上、全寮生活で寮母も、当然学長も修道女だったので、専門的な学業の他に、「花嫁修業」に近い生活全般において教育を受ける場面が非常に多かった。(今から思えばありがたいことではあったが。)

ある時、内科の病棟で実習をしていた際、ナースコールで患者さんに呼び出された私は、「薬を飲みたいので、水を持ってきて欲しい。」と、頼まれた。 当時はナースステーションの傍に冷水器があって、「薬を飲むための水は、苦味や匂いを緩和させる為に、冷たい水を用意してあげる」のがお決まりになっていたので、はいはいお安い御用とばかりに、コップに冷水を汲んで病室まで運んでいた。

コップを片手に廊下を歩いていたら、後から早足の足音が近付いてきて、いきなり私の実習服の襟足を摘み上げると、「ちょっと待ちなさい!」 師長さんだった。

「そのお水、何に使うの?」 ナースコールで依頼されたことを告げると、「じゃあ、患者さんが飲むのね。 人に差し上げる飲み物や食べ物を、直に持って運ぶなんて、ナンセンスで失礼なことだと思わないの?あなたは・・。」 私も無知だったから、正直なところ、何を指摘されているのか判らなかった。 「コップに布巾やラップをかけて運べば良いでしょうか?」 師長は呆れて言った。 「まったく今時の若い人は、そんなことも判らないの! あのねえ、飲み物や食べ物を運ぶ時には必ずお盆に載せて運ぶのが礼儀よ。 特に相手に差し出す物ならば当然でしょ!!」

寮に戻ってから今日はあんなことがあった、こんなことで注意されたみたいな話を同級生とする中で、私がこの事を話すと、みんな一斉に驚いてびっくり仰天。 「ここは中世の貴族の館か?!」 さすがにこの件はインパクトがあったので、それぞれの頭の中に強烈に焼き付けられ、翌日から病棟で飲み物を運ぶ際には、例え缶コーヒー1本でも、しっかりお盆を使う姿が行き来するようになった。

流石に今では、病院でもそんな専門外のことで、襟足を摘み上げられるようなことは無いだろうけれど、家の中でも私がお盆を使う癖はしっかり残っている。 自分の為にひとり分の食事を整える時にも、なんとなくお盆を使わないと落ち着かない。 多分、心の中の儀式みたいなものなんだろうな、と、思う。 何も判らずに常識として叩き込まれた所作の中に、食べ物への感謝とか、差し上げる相手を大切に思う気持ちみたいなものが含まれていたことも、今となっては理解できるのだ。

頭より先に体で覚える、形から入る、そんなことも、時と場合によっては必要で有効なのかも知れない。

お昼ごはんの丼をお盆で運びながら、そんなことを思い出した。

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2007.12.06

12月の売り込み

不思議なもので毎年12月になると、食べ物系のセールス攻勢が活発化するようだ。 電話はもちろんのこと、DMも増えるし、いつぞやは玄関チャイムで呼び出されて、出て行ってみると、いきなり、東北からワゴン車で乗り付けて来たという人が「林檎ジュースを買ってくれませんか?」と言いだして、驚かされたことも。

ここ最近は「鶏のハラミ肉」というのと「明太子」の電話売込みが続いた。 残念ながら電話セールスでは、私は食品を買ったことがない。

まず、相手の身元が判らないのが大きなネックだ。 普段から仕入れその他でお付き合いがあり、ここの会社(この人、でも良いのだが。)が扱っているものなら信頼できる、と、思える相手から紹介されれば、初めてでも試してみようかという気にもなるけれど、「一見さん」にどんなに「おすすめです!特別価格での御提供です!」などと熱弁を振るわれても、正直なところ触手は動かない。

もちろん電話をかけてきた相手は、どれだけ美味しいかを説明しようとして、あの手この手のセールストークを繰り広げてくれる。 でも、どんなに言葉を尽くしても、結局のところ美味しさは伝わらない訳で、こちらが百歩譲って「じゃあ、サンプルを出してください。」と言うと、「サンプルの送料はお客様の負担になりますが、よろしいですか?」などと、すっとぼけた返答が戻ってきたりするから、思わず苦笑。・・さんざっぱら良い事だけを並べ立てて、美味しくなかったらどんな責任をとってくれるおつもりですか? しかも、食べちゃったら返品利かないんだから、美味しくないと判った時には手遅れになっちゃうでしょうが。 そんなリスクのある商品に、みすみすクール便の高い送料を払うほど、のん気にやっているわけではないんですから・・。

この手の電話セールス、一日中電話して、果たして何件の売買が成立するんだろうか? 世の中の外食産業の料理人たちは、実際にこんな電話の相手から食品を仕入れたりしているんだろうか? ちょっと信じられないんだけどなあ。 売り込んでくる会社にしたって、この方法で効率良く売り上げを伸ばせるようには思えないんだけどなあ。

12月に限って売り込みに来るということは、在庫を年内に処分したい? それとも、手っ取り早く現金化したい? もしかして、会社が資金繰りに困っている?

どんな会社がどんな事情で電話をかけて来ているのか、実態を覗いてみたい。

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2007.12.05

お歳暮

お歳暮の品が、行ったり来たりする時期になった。 忙しそうな運輸会社のドライバー兼配達担当の方も、車から玄関まで小走りしてやって来る。

ここ数年お付き合いもだいぶスリム化したので、こちらから贈る相手は、事前に何が欲しいかを聞いてしまうような、ごく親しい相手ばかりとなり、ずいぶんと気楽になった。 何でも話せる相手というのはありがたいもので、「現在(いま)はたまたま食べなくちゃいけない『いただき物』がたくさんあるから、『お歳暮(お中元)を貰う権利』を保留にしておいてくれない?」などと言って、数ヵ月後にちゃんと「美味しい魚の干物の詰め合わせが欲しいの。」と、リクエストしてくれたりもする。 なんだか笑ってしまうけれど、「欲しい時に欲しい物を手に入れる権」を与えているのは、どんなものをリクエストしてくるか楽しみな感じだし、そのほとんどは食品のやり取りなので、あそこのお店のアレという風に、ピンポイントで応えられるのも嬉しい。 まさに、オーダーメイドの感覚である。 「オススメの甘いものを。」なんてリクエストされたら、俄然張り切って品選びしてしまう。

まあ、そんなにフランクなお付き合いばかりでは済まないのが、世の中というものかも知れないが・・。

中身が判らなくて「何かな?」ってわくわくするのも楽しいし、「喜んでくれるかな?」と品選びするのも面白いし、「これを食べてみたかった!」とピンポイントで叶うのも嬉しいし。 元々は贈り物をすることは、そんなに面倒で儀礼的なものじゃ無い筈だと思う。 どうせなら楽しんでしまいたい。

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2007.12.02

ゆっくり泣きましょうよ、ね。

義父宛てに一通の喪中葉書が届いた。 亡くなったのは、会社勤めをしていた当時の同期入社の仲間だった方で、若い頃は会社の家族旅行で『ますたあ』もお会いしたことがあるらしい。 お亡くなりになったことは知らなかったが、義父も「この体では行ってあげられないが、是非お悔やみを。」とのことで、代筆した手紙と一緒に少々のお金を包んで郵送したのが3日前のことだ。

お昼前に、亡くなった方の奥様から電話があり、偶然受話器を受けたのが私だった。 もちろん初対面。 名前を名乗られて、こちらも誰なのか名乗り、そんな感じでぎこちなく会話が始まる。 御仏前の御礼を丁寧に受けると、亡くなる前の様子などをあちらからお話してくださったのだが、途中から涙声で、喉が詰まってしまった様子。 一生懸命にお話しようとなさるのだが、途切れ途切れになってしまう。 「奥様、大丈夫です。 ゆっくり泣きましょうよ、ね。」なんて、私が言ってしまったのを合図にしたように、堰を切っておんおん泣き出してしまわれた。

5年近い闘病生活で、酸素ボンベを抱え、ほとんど寝たきりですごしていたこと。 子供たちが遠くに所帯を構えているので老夫婦ふたりだけの生活で、自分も体力的にもしんどかったこと。 もっともっとしてあげたいことがたくさんあったのに、出来なかったこと・・。 いろいろ聞かせてくださった。 「死んだのが7月の初めで、一番暑くて辛い時に、今年は私に楽をさせてくれたんですよ、主人は。 正直なところありがたかったです。 でも、やっぱり淋しいし、張り詰めていた気持ちが弛んでしまって。 私の生きがいまで無くなっちゃったみたいなんです。 おかしなもので。」

他人だから、しかも初対面の相手だから、言えたこともあったかも知れないし、逆に感情を吐き出せたのかもしれない。 さぞかし辛かったんだろう。 「ごめんなさい、鼻をかんできます。」と、短いインターバルがあってからは、随分すっきりした御様子で、「嫌ですね。 こんなこと無かったんですよ、お葬式でも、お骨拾いでも泣かなかったんですよ。 ごめんなさいねえ、本当に。 御礼の電話がさんざんになってしまいました。」と、仰る。 実際にお目にかかっていれば手でも握って差し上げられるのだが、なにせ電話だ。 私も自分の言葉を捜すので精一杯。 「気が張っていらしたんですね、すごいです。 でも、今こうして泣いてくださって、変かもしれませんが、私も嬉しかったです。 御夫婦なのですから、御主人もきっと奥様の気持ちを解って下さっておいででしょう。」 ・・こんな時は言葉を使うのが本当にもどかしい。

電話を切ってからふと時計を見たら、30分近くも経っていた。 師走の長電話。 切なかったけれど、どこか少し心が温かくなった。 電話だったから、逆に良かったのかもしれないな、とも思った。

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2007.12.01

相対的に

「真冬の寒さだった」と天気概況で言われた昨日は、この辺りでも雨がしょぼしょぼと降り続き、人気の無い部屋ではお昼時でも温度計が7℃を表示していた。 そのせいなのかはさて置き、頭も働かずにどこかぼんやりとして、必要最低限の家事をこなしてからは、のんびりと読書タイムで過ごしていた。

今日は朝から快晴だし、暖かいし風も穏やかだし・・で、「あー、このくらい暖かいと楽だ!」とか言いながら、大物を洗濯したりしてぱたぱたと過ごしている。  よく考えれば、昨日がたまたま一日だけ特別に寒かっただけで、その前と比べたら今日が暖かいということでもない。 元に戻っただけなのに、この感覚の違いは大きい。

暑いだの寒いだの、人間の感覚なんて案外当てにならなくて、相対的なものなんだな、と、ちょっと可笑しくなった。

日常のなんでもないようなことが、実は偶然のラッキーの積み重ねだったり、様々な恵みのようなものの集大成だったりすることを忘れないようにする為に、苦しいことや辛いことを経験することも、きっと意味のあることんなんだろうな、と、そんなことをふと思った。

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