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2008.03.12

どこまでとすべきか

父の貧血が進んでいて、しかも便潜血が陽性反応を示したというので、主治医が胃と大腸の内視鏡を受けてみたらどうかと言う。 相手が90近い老人でも勧めるくらいに、内視鏡検査が広まり安全性も高まったのかと思うと、元医療従事者としてはある意味感無量ではあるものの、果たしてどこまで言われるままに医療を受けさせて良いものかと、いろいろ考えさせられてもいる。

変な話ではあるが、90歳でも社会でバリバリに責任ある立場にあって社会生産に寄与しており、自立した日常生活を送っているならば、そりゃあ検査を受ける意味もあるだろう。 しかし、父はとっくの昔に働くことからリタイアしていて、しかも脳梗塞で麻痺を抱えて最近では現状認識にも混乱が見られるようになり、介助が必要な生活である。 前処置(例えば下剤使用とか絶食とか、麻酔薬の使用とか・・)の苦痛に耐えられるのか、それをどれだけ本人が認識できているのか、検査結果にそれと引き換えにするだけの価値を置くことができるのか、迷う。

本人はとっくに自己判断を放棄している様子で、医者がやると言えば受けるつもりのようなのだが、一方で「もう自分も年だし、辛いことはされたくない。」などともはっきり言っている。 酷な話かな、と思って今まで口にしなかったのだが、「お父さん自身はどうしたいと思っているの?」と正面から聞いてみた。 本心は、「普段の生活と違うことは全て面倒くさいので、やらずに済むならやりたくない」そうだが、主治医の言うことには従っておくべきだとも思っていて、そのジレンマのようである。 で、「わかんない」とか「任せたよ」とか「困ったな」と言ってフリーズしてしまう。 それも、考えた上での「わかんない」なのか、現状認識力の低下で「わかんない」のか、客観的にも微妙な感じ。

父は脳梗塞になるずっと以前から、どんなに勧めても嫌がって胃ガン大腸ガン検診を受けずにいた人である。 「そういう人だ」と意思を尊重するなら、今回の検査も断固断るべきなのかもしれないし。 受けるならもっと若いうちから受けておくべきであっただろうし、何を今さら・・とも思ってしまう部分もある。 ましてや、内視鏡検査で何かが見つかって、それが内科的治療では対応しきれないものだとして、その治療を受けないとしたら、初めから検査を受けなくても同じことになって、検査に伴う苦痛損という考え方もできなくもないのだし。 定期的に受診もせずに家で寝かせて過ごしていたら、こんな異常も見つからない訳で、そのまま衰弱していったらそれは老衰ということになるのだろうか。 そもそも、どこまでが病気でどこからが老衰なのか、その線引きはどう考えればよいのか。

こんな例えは不適切だと思うが、終末期の患者さんの延命治療をどうするか、とか、重大な後遺症が残ると思われる緊急手術をするかしないか、とか、そんな場合は、家族と医療従事者で十分な話し合いをして、双方が納得する結論が出ても、最終判断は医療従事者サイドがやったことにするのが常識的になっている。 理由は簡単だ。 するかしないのか、どちらで話がまとまっても、家族は後から必ず「あれで良かったのだろうか、あの判断は間違っていたのではないだろうか」と、自分を責めることになるからである。 重大な最終的な局面でなくても、今回の検査を受けるか受けないかは、まさに同じような判断を家族として迫られているな、と感じている。

とりあえず主治医としっかり話し合ってみなければなるまい。

(私は結構クールなので、あまり情緒的にならずにこんなことも書いてしまえるのだけれども、)自分も含めて、人は必ずいつかは死ぬ。 死に向うプロセスを、家族としてどんな形でお膳立てできるのかを問われているような気もして、気が重い。 自分が年老いた時、自分が望む「死に向うプロセス」をどのようにしたら実現できるのか、社会常識や法律が障害になったらどうしようか、などということにも及んで、いろいろ考えてしまうのである。

あー頭痛い・・。

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コメント

難しいですね。
オイラにも3年ほど前に脳梗塞をした90歳になる祖母が居りまして…。嫁であるオイラの母と、長男であるオイラの間で、似たような話が何度かありました。
結局いつも、なるべく何もしない(静かにしてあげる)方向で話がまとまる傾向にある我が家です。。

投稿: クッスィ~ | 2008.03.13 16:25

クッスィ~さん
・・ええ、難しいです。
どこかの段階で誰かが決めなくてはならないことだけは、確かなんだと思います。 本人が仕切れれば、それが最優先されるべきなのでしょうが。

今の世の中、自然に老衰することさえも「楽じゃない」っていう感じですかね。

ありがたいことは、父が『ますたあ』や私を信頼してくれていることなのですけれど、だからこそ慎重に判断しなくては、とも思うわけでして。

投稿: リーボー | 2008.03.13 16:37

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