やっと「ノルウェイの森」
やっと、村上春樹氏の「ノルウェイの森」を読んだ。
ずっとずーっと、「いつかは読まなくては。」または「いつかは読もう。」と、思い続けていたことだけは確かなのだが、「機会がなかった」とも言えるし「機会を作らなかった」とも言える。 なんだか、「ノルウェイの森」も私も、お互いを呼び合っているような感覚がなかったのだ。
上下巻をがーっと一気に読んで、最も感じたのは「川端康成氏と同じ匂いがする」ことだった。 海外受けが好評な理由が少しだけ理解できたような気がした。
好きか嫌いか、と問われたら、個人的には後者である。 ただ、一般大衆と呼ばれる人達に大きな評価を置かれる作品に接しておくことは、きっと意味があるのだろうとも思うので、満足はしている。
それにも増して満足しているのは、永年燻らせていた自分自身への宿題を一つ片付けられたからなんだろう。
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コメント
ずいぶん昔。読んだなぁ。
出たその日に買って翌日に下巻を買って読んだのを覚えています。細かい内容は忘れたけど、
導入の部分だけは記憶に残っています。
読んだ後、いろいろと海外旅行経験をすることに
なるのですが、この小説のもつ空気は、そこが
象徴しているように感じていました。
飛行機が目的地の空港に、空港の滑走路に着陸して、減速し、空港内をターミナルに向かうときの
不思議な感じ、出発地と到着地の間という、は
いまでも、感じることがあります。
それが海外の初めて行く空港だったりすると、
その感覚は更に増加します。
投稿: syumei | 2008.04.16 00:16
飛行機を利用しての移動は、当然ながら長距離の場合が多いので、ハッチが開いた瞬間の空気・風・光・匂い・言葉・・それらの全てが非日常という一種の違和感を証明するかの如く、圧倒的な勢いを持って押し寄せてくるような感じを受けますね。
で、非日常の中だからこそ、その中の要素の一つでも、以前接したことがあるものと似た雰囲気を感じ取ると、付随した昔の記憶を一気に思い出す、そんな事があるような気がします。
「ノルウェイの森」の導入部分は、その象徴だったのかもしれません。
個人的にはトランジットという状況で利用する空港も、かなり不思議で複雑な雰囲気を持っていると思います。 全ては心の問題なのでしょうけれど、ね。
投稿: リーボー | 2008.04.16 20:40