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2008.05.31

びりびり感は前世の記憶

手元にトリスがある。 トリスは私が生まれる前からあったウィスキーなのに、記憶が正しければ、実際に飲むのは初めてだ。

小学校低学年で井上ひさし氏の名著「ぼくのおじさん」を読んで、文中の「トリスをのんでハワイに行こう」というCMコピーを知ったのが、多分トリスとの出会いだった筈だが、ウィスキーを飲んでいた時代の実家の父もトリスではなかったように記憶しているし、私が合法的に飲酒を許されるようになってからも、買ったり外のお店で飲んだりした覚えが無い。

とりあえずボトルに印刷されているサントリーさんお勧めの飲み方、HALF ROCK(同量の水で割って氷をたっぷり、とある。)で飲んでみると、なかなかインパクトが強くて面白い。 じゃじゃ馬系という印象で、「まったり」とか「穏やか」とは反対に位置する。 これはハイボールに適していると容易に想像されるが、残念ながら炭酸水が手元にないので、また別の機会に。(レモンスライスを一枚浮かせても、きっと上々のはず。) 

子供の頃ウィスキーボンボンを食べた時に感じたびりびり感があって、懐かしい記憶が一気に蘇ってきた。 さすが歴史のあるお酒は、やってくれることが違うな、などと妙に感心してしまう。 そういえば、浅草で「電気ブラン」を飲んだ時も同じ種類のびりびり感があって、ネーミングに納得したっけ・・。 知らないのに懐かしいお酒だ。 それも、私が生まれる以前の時代の懐かしさ。 極端な事を言えば前世の記憶のような。

普段口にするウィスキーとは全く毛色の違う別種のもの。 お酒は本当に奥が深くて面白いと思う。 こういうお酒が今の時代にもちゃんと残ってくれていること自体が価値なのかもしれない。

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2008.05.29

たまたま路上生活者の方を目撃した。 正確に書けば「車中生活者」で、自家用車の中で寝泊まりしているようだ。 公共駐車場に駐車して、設置された公衆トイレから水を調達している最中だった。 何故に車中生活者だと分かったかと言えば、車の中が生活用品で一杯だったのが見えたからである。

ずらっとハンガーにかけた洋服は、洗ったものを干しているのだろうか? おまけに使い古しのペットボトルに水を入れたものを5~6本、ボンネットに並べている。 「お湯にするのかな?」 「そうかもね。」 あまりじろじろと眺めるのも失礼なので、適当に横目で拝見すると、自分の居場所である運転席以外のスペースには、所狭しといろいろな物が置かれており、車内全体がとても狭苦しそうに見える。 バケツ、タオル、古新聞、傘、大型の紙袋もパンパンに膨れていた。

生活には必要最小限といっても結構な量の「物」が必要なんだな、と、ぼんやり考えた。 実家の両親が40年近く暮らした家から引っ越しをする時、「まあこれでもかこれでもかと、本当にたくさんの物が出てきて大変だった」、と、話していたことを思い出した。 ちなみに両親はそんなに物を溜めこむ性質ではない。 すっきりと生活しているように見えていたのに、それでもやはり・・である。 義父の部屋の片付けを頼まれた際、押し入れや箪笥が底なし状態に感じられて、途中でだんだん怖くなってきた記憶も新しい。

「無ければ無いで済む」とはいえ、「あった方が便利または効率が良くなる」という種類の物は本当にたくさんあって、どこで境界線を引くか難しいところだ。 一方で古くなってしまった物や愛着だけで身近に置いてある物の類は、えいやっと踏ん切りをつけることも必要な事くらいとっくに学習している筈で。

おかげさまで「部屋に置いてある物が少な過ぎると逆に落ち着かない」という種類の人間ではないつもりだが、それでも、抱え込んでいる荷物は増えることはあれ、なかなか減ってくれないのが現実だ。 思い切って踏ん切りをつけるきっかけとして、人はたまに暮らす場所を変えるのことも必要なのかもしれない、と、思った。 

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2008.05.28

落とし所

「船場吉兆」が遂に、というか、やっと廃業だそうで。

ここのお店関連のニュースを聞く度に内心思っていたのは、「落とし所を間違えたよなあ」、ということだった。 初めの「牛肉産地偽装の云々」の段階で、看板を汚した恥を言い訳にして、とっとと暖簾を下ろすことができていれば、『伝説』になれたかもしれなかったのに、ここまで醜態を晒すニュースが流れてしまっては・・。 料理という本業以外にも、従業員と経営者の確執といった内情まで暴露されてしまったのはキツかった、という気がする。

ご存知の通り、創業者だった故・湯木貞一氏には5人のお子さんがあって、それぞれに独立して、それぞれの吉兆(京都・神戸・東京・『本』・そして船場)を名乗っているから、船場吉兆もその中の一つにしかすぎない訳だが、同じ吉兆の看板を背負っている以上、他の吉兆への悪影響は避けられない訳で、船場吉兆の経営者本人たちは「やり直せる」と考えていたかどうかはともかく、他の吉兆からの「いい加減に廃業してくれないか」という無言有言のプレッシャーが、今回の幕引きに繋がった大きな力だったのではないかと考えられる。 船場以外の他の吉兆では、内心ほっとしたというのが正直なところではないだろうか。

吉兆はたくさんの有能な料理人を育てて、世に送り出してきた。 そして、今でもそれは続いている。 船場吉兆でさえ、例外ではない。 他の吉兆に比べてリーズナブルでカジュアルな印象は否めなかったが、逆に、吉兆ブランドを一般市民にも手の届く形態に発展させた功績は、船場吉兆によるものだとも言える気がする。 料亭を利用する機会の無いような一般市民が、「吉兆さんのお御馳走」と言って喜んでくれている間に、船場吉兆から独立していった料理人達の新しいお店が評判になってきていた間に、せめてできるだけ綺麗な形で暖簾を下ろすことができたら、それで良かっただろうに、と、思うと、他人事ながら残念でならないのである。

『青柳』『バサラ』の小山氏を先頭として吉兆を巣立っていった人材が、これからも日本料理を引っ張っていってくれることに、食べる側のひとりとして期待しつつ・・。(←小山さん御贔屓。)

こちらにはこんな記事も。 それぞれの吉兆が、今回の船場吉兆の一連の問題をどう捉えてどう対処し、どのように踏み台にしてゆくのか、正直興味深いところではある。 同族なだけに、関係が上手くいっている時は良いのだろうが、こじれてしまうと赤の他人よりも面倒なことになる危険をはらんでいるのかもしれない。 資本関係が無かったことが幸いだったか。

船場吉兆に限らず、悪い評判や借金などでやめるにやめられない状態になっていながらも営業し続ける姿は、どうも「落とし所」として美しくなく、どこか間違っているように思えるのは私だけだろうか。 

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2008.05.27

知らぬが仏ってこともある

からりと乾いた洗濯物をたたんでいた。 ポロシャツに緑色の糸くずが付いている・・と、思いきや、身の細い尺取り虫だった。 庭に持ち出して、雑草の葉を進行方向に仕向けると、全く同じペースで尺を取りながら難なくそちらへ移動。

ちょっと間違えたら私に押し潰されていたかも知れないのに、まるで何事もなかったかのように、同じペースで一歩一歩進んでゆく尺取り虫。

人生なんてそんなもんだよな・・。 なんだか肩の力が抜けたような気がした。

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2008.05.26

お弁当箱はパンドラの箱

過日きゃら蕗の話題をアップした際に、『太いものは煮物にした』と書いた。 で、その煮物を食べていて、「そういえば、『筋の通った蕗』っていう唄があったよねえ」という話に。

ご存じだろう。♪これっくらいの、おべんと箱に、おにぎりおにぎりチョイと詰めて・・♪という、アレである。 「懐かしいね。 あったね。」 今になってよく考えてみると『刻み生姜』って何か?とか、『刻み生姜と胡麻』はいったいどこに振りかけているのか?など、ひとしきり盛り上がった後で、『ますたあ』が「二番の歌詞はサンドイッチ・バージョンだったよね」、と言う。 「えー?!そんなの聞いたことがない・・。」 「全然思い出せないけど、確かサンドイッチ作ってお弁当箱に入れるんだよ。」

改めて時間がある時に調べてみた。 とりあえず『あの唄』の正式名称は「おべんとうばこのうた」であることが判った。 で、検索エンジンに「おべんとうばこのうた」をかけた結果の表示を見てたじろいだ。 やばい、これはパンドラの箱を開けてしまった・・、と思ったが後の祭りだ。 考えていたよりも奥が深いぞ、これは・・。

まず、出典は「8時の空」というテレビ番組だったらしい。 そこに森ミドリさんや田中星児さんといった唄のお姉さん・お兄さんが出演していて、子供向けの曲を演っていた中に「おべんとうばこのうた」も登場したという。 で、作詞した香山美子さんによる歌詞はこちら

私が覚えていたのとは全然違うではないか! 私のはニンジン→ゴボウ→レンコン→蕗で終わっているのに、正式には山椒も椎茸も入っているらしい。 これだけでもけっこうショック。 しかも、象だの蟻だのサルまで登場しているではないか! その部分、全く唄えません、私・・。 その上、「おはようこどもショー」という子供向けテレビ番組でカバーされた際、山椒が子供向けとして相応しくないと、3のごろ合わせの山椒が「サクランボさん」に替えられたという。 なので、ある時代を境にして、覚えている歌詞が山椒なのかサクランボなのかがスパッと分かれるらしい。 で、何時からか判らないが件のサンドイッチ・バージョンも出現しており。 歌詞はこちら。 これに至っては「デザートは・・」の部分が唄えないぞ! そうか、確かに昔のベーコンには筋があったな、などと関心している場合ではない。

もう、何が何だか、状態である。 ここまで調べていながら唄えないのも悔しいので、曲を知りたいと思ったら、「Yahoo!着メロ」に登録されているのを発見。 早速試聴してみたところ・・「何だコレ?!」。 変に民謡調で大笑い。 是非お試しを。 聞いたら、唄えていたところまで唄えなくなっちゃった。

身近になったものというのは、勝手に独り歩きして、勝手に進化を遂げ、違う作品になってしまうものなのかもしれない。 それだけ子供たちに愛され続けているということなんだろうな。

あなたの覚えている「おべんとうばこのうた」、どんなのですか。

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2008.05.25

こんな「餅撒き」はいやだ

時々このブログに来訪者がどんな検索ワードで辿り着いたかを、チェックさせてもらっている。 アクセス解析ツールには、管理者の意図とは無関係に、本当に様々な痕跡が残されていて、見ていてビックリさせられることも多くて興味深い。

本日最も驚いた検索ワードは、「上棟式 大根撒き」。

・・えっ?! そんなもん屋根の高さから撒いちゃいます?! そりゃあ危ないでしょう、小さく切ってからじゃないと・・。(って、そういう問題でもないか。)

個人的にひどく気になったので、当方でも「上棟式」と「大根撒き」の関係を調べてみたものの、それらしきものはどこからも何も引っかかってこなかった。

何かの間違いまたは勘違いだと思いたい。 検索をかけたのが『天然』の人で、本当に餅と大根を勘違いしていただけだとしたら、それはそれで危ない気も・・。

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2008.05.24

プロの一言

行きつけのビューティーサロンのご主人が、私の髪を切りながら、いきなり言う。

「SM○Pの中○君、最近髪の毛やばいですよね。」

「・・ええっ?そうなんですか? 草○君のおでこが上がってきたな、とは思ってましたけど、中○君はノー・マークでした。」 「確かに草○君は前の方が、ね。 でも僕は断然中○君が心配だな。」

プロの一言はずっしりと重くて、なんだか笑うに笑えなかった。 今度テレビで見ることがあったらチェックしてみたい。

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2008.05.23

(中年の会話)

この前ね、テレビ見てたら90歳近い年齢の現役芸者が出てて。 インタビューアーが「今一番したいことって何ですか?」って聞いたら、「恋かしら。」って。 「でも、この歳になっちゃうとお相手がなかなか見つからない」って顔は冗談っぽく笑ってるんですけど、目がね、マジな目なんですよ。

あー、本気で狙ってますね、それはきっと。 間違いないでしょう。

元気の源はそんなところにあるのかもしれないな、って思いながら見てました。

でも、恋って、疲れません?

(笑)疲れるでしょう、やっぱり。

「アー、またあんな日々が始まるのか」なんて考えちゃった段階で、もう腰が引けちゃう。 恋すると感受性の感度が高くなるから、ちょっとしたことで心が大きく動いたりして、無駄に消耗してたりするんですよね。

それはありますね。 いちいちドキドキしたりしてると、もうぐったりで、その内どうでもよくなってきちゃう、って感じに近い気もしますね。 相手に振り回されるってこともあるし。

・・あるある・・。

若い頃みたいに、ひとつのことに固執しなくなりましたしねぇ。

そうそう、執着心みたいなものはずいぶん減ってますね。 物欲とかあまり感じなくなったし。 何が何でもこの相手をものにしなくちゃ気が済まない、みたいな心意気が無いですもん。

どうせある程度の時期が来たら離れちゃうんだろうな、とか。

(笑)そうこうしている間に、別のお気に入りの人も現れるんだろうな、とか。

そんな風に繰り返しながら人生は続く、みたいな。(笑)

嫌ですねえ、なんだか。

妙に落ち着いちゃいましたね。

その芸者さんみたいに、いくつになっても恋は探すべきなのかもしれないですけど。

頭で考えちゃった時点で、アウトでしょうね。

考えなきゃ良いのか。

そう。 気づいたら、もう恋にはまっちゃってたみたいな感じで。

あー、それってドツボのパターンじゃないですか。(笑) 怖いな。

で、「いい歳して・・」とか、絶対言われるんですよ、周りに。

言われますね。 私言いますもん!

でもやっぱり話さずにいられなくなるんですよ、嬉しくって。

で、やっぱり「いい歳して・・」って言われる、と。

言ってもらえないと寂しいかもしれません。

言いますよ、きっと言ってあげます。(笑)

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2008.05.20

きゃら蕗作り

暮らしている山の麓の集落の奥さんが、庭の蕗を摘みにやって来た。 ・・と、いっても勝手に生えている野生の蕗だし、しかも生えている場所も何か所もあるので、こちらも家族だけではとても食べきれないし、勢いよくテリトリーを広げる蕗はやがて雑草扱いで刈り取られてしまう運命にあるので、こちらとしても「どうぞどうぞ、好きなだけ摘んでいってください」状態である。

触発されたので、私も少し摘んで太いものは煮物に仕立て、細いものは「きゃら蕗」に。

きゃら蕗

  • 細い蕗の茎         1kg
  • 荒塩             適宜
  • 醤油と味醂         180ccずつ
  • 砂糖             大さじ3~5
  • 唐辛子            1本
  • だし汁            300cc
  1. 蕗は葉を落してからまな板の上で荒塩を使って板擦りする。 水洗いしてから3~4cmの長さに切り揃える。(皮は剥かない。) 大きな鍋に湯をたっぷり沸かし、切った蕗を入れて10分間煮る。 ざるに茹でこぼす。
  2. 唐辛子は種を抜き、キッチン鋏で細かく切っておく。
  3. 鍋を洗ってから、全ての調味料とだし汁、唐辛子、茹でこぼした蕗を入れ、強火にかける。 煮立ったら中火に落とし、焦げ付かせないように時々かき混ぜながら約1時間、煮汁がなくなるまでしっかり煮詰める。
  4. 冷ましてから清潔な容器に移し、保存用なら冷蔵庫へ。

甘さはお好みで調節を。 辛いのがお好きなら唐辛子を増量しても。 だし汁の代わりに、昆布10cm分を細かく切ったものと鰹節5gを水と一緒に煮ても大丈夫。 その場合は昆布も鰹節も一緒に食べてしまえばオーケイ。

お茶漬けにすると美味しいですよ。

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2008.05.19

スカラベ

過日熱海にあるMOA美術館へ足を伸ばしてきた。 目的は特別展「古代エジプトの美。」 エジプト文明美術品の展示会は日本でもそこそこ人気があるらしく、数年に一度位は有名な場所での開催が聞こえてくるが、どういう訳か今までずっと見にゆく機会に恵まれなかった。 たまたま仕事で余裕がなかったり、そんな期間に限って体調が悪かったりと理由はいろいろだったのだが。 なので、今回は「それ、今の内に。」とばかりに勇んで見てきた次第だ。

有名な「王家のミイラ関係」の埋葬品・装飾品やヒエログリフ(あの独特の絵文字ですな。)が彫られた石板など、見るからに「まさにこれぞエジプト!!」という品々もあれば、独自の宗教観を示す神の像(例えば頭がワシで体がヒトだとか。)の陳列など、「いったいどれだけの神様がいるんじゃい?!」なんて心の中でツッコミつつも、その存在感には圧倒されっぱなしだった。 色調や輪郭のはっきりした感じなどに、独特の威圧感があって興味深い。

エジプトでの生活を解説したパーティションもあり、食器や家具のようなものも展示されていたが、特に目立ったのは「護符」と呼ばれる一種の御守りだ。 紐を通して身につけられるようになっていたり、指輪としてデザインされたりしているが、どれも小型で大きくても2cm程度、小さなものはほんの5mm程度しかなく、展示品に沿うように用意されている拡大鏡を通さなければ、とてもディテイルまで識別出来ないくらいである。 そんな小さくても立派に神様の像だったり(中にはそんな小さいのに、子供の神様に授乳中の女神像まであって驚く。)、有名な「目の象徴デザイン」だったり、信じられないほど器用に細かく彫られ彩色なされている。 神様の化身としての動物も「護符」のモチーフに使われており、体長1cm弱のカエルや蛇等どれも非常に巧妙。 その中でも「スカラベ」と呼ばれるコガネムシのような姿をした昆虫をモチーフにした作品は、デザインも出来栄えも素晴らしいものばかりで、あまりの巧妙さに唸りたくなった。

スカラベは解説によれば「フンころがし」の一種らしい。 よりにもよって何故にフンころがしが神の化身なのか??、と、ついつい思ってしまったが、器用に足元でまん丸く転がす様子にどうやら「生命の輪廻」を結びつけて考えていたらしく、それも、神々の中でも最も最高位にあり生命そのものを司るとされる「太陽神」の化身だそうである・・。 場所や文明が変われば、昆虫や動物の見え方も変わるということなのだろうな。

今までエジプト文明と聞くと、ピラミッドやスフィンクスに象徴されるダイナミックな、大型でどこか大雑把な印象を抱いていたのだが、こんな細かい器用な造形物をたくさん目の当たりにしてずいぶんと感じ方が変わった。 人々の日常は案外細やかで、ちまちました部分で構成されていたのかもしれない、と、思った。

目の周りにタールで黒い縁取りをする化粧が日常的だったと聞いて、「皮膚ガンを誘発しなかったのか?」と思ったり、乳香入れだったという壷に針の穴ほどの口しか付いていないのを覗きこんで、「使う以前の問題として、この口からどうやって乳香を入れるのか?」と首を傾げたり、いちいち面白い展示会だった。 変な表現を使えば、エジプトの人々が身近に感じられたような、そんな風に思えた。

イートン・カレッジ、ダーラム大学所蔵 「古代エジプトの美展」は熱海にあるMOA美術館で6月4日まで。(MOA美術館は世界救世教の開祖がコレクションした展示品を一般公開している施設ですが、この美術館自体には宗教色は感じなかったのでご安心を。 ちなみに到着前にコンビニで前売り券を購入しておくとお得! 詳しくはMOA美術館の総合案内ページを。)

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2008.05.18

おべんと

珍しく、早起きして作ったお弁当を持って出かけた。 大抵は出先でお店を見つけて食事をするのだが、たまには良いかな、と、思って。 お弁当は「美味しくお弁当を食べられる場所」をいかに見つけ出すかがポイントで、「お仕事」ではないのだから、できれば自家用車の車中よりも屋外の自然豊かな場所で食べたいし、だからといってあまり人がたくさんな場所では恥ずかしい気もするし、贅沢をいえば清潔な水場や手を洗う場所も欲しいし、この季節ともなればあまりカンカン照りでない穏やかな日影が欲しい。 そして、地理に詳しくない初めての場所でそのような条件を満たす場所を見つけるのは、決して容易ではないので、お弁当は敬遠してしまうことが多いのだ。

今日は山一つ分と言えるような広い公園に行くことが判っていたので、逆にランチのお店を探す方が難しそうだったこともあり、お弁当のタイミングとしてはちょうど良かった。 おむすび、具は「ゆかり+梅干し」と昆布の佃煮とツナマヨ。 海苔で包む。 おかずは昨夜の回し使いで定番の鶏から揚げ、甘味を利かせた厚焼き卵、ブロッコリーとエリンギの黒コショウ炒め、インゲン豆と人参のベーコン巻。 別の容器にゴールドキーウィーとネーブルオレンジ。 ヨーグルト。 みんな冷蔵庫にある食材でささっと作ったものばかり。 「お弁当」よりも「おべんと」と呼んだ方がしっくりくるラフな感じで。 唯一肩に力が入っていたのは、飲み物として用意した例の高価な玉露茶を冷やしたものだった。

考えていたよりも園内のアップダウンがきつく、たっぷり歩き回った後でのお昼になったので、自画自賛ながら予想以上に美味しかった。 やっぱり「お腹が空いていること」は何よりの調味料になる。 僅かな筋肉痛と共に、妙に健康的な気分になって楽しめた。 こんな風に条件が整うとお弁当も美味しくて、中身が判っていても、温かくなくても、十分幸せな気分がした。  

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2008.05.17

長さの問題じゃない

夕方、睡魔に襲われてどうしようもなく、逃げ切れそうもなかったので、そのままゴロンと横になり18分程寝た。 何故18分かというと、毎日17時になると防災無線で音楽が流れるので、どうせそれで目覚めるだろうと予測できたからだ。

前後不覚になって爆睡。 意外にもスッキリと目覚めた。

昨夜の一晩より、この18分間の睡眠の方が充実していた気がする。 ふと気付けば、昼寝なんて凄く久し振りだ。

たまにはいいかも。 (←と、味をしめた奴。)

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2008.05.16

木の芽時 その2

今さっきケーキ・バイキングから帰ってきたという友人から電話。

「9個も食べちゃった」、と、報告され、どうリアクションすべきか迷う。

話しているうちに電話の彼女は私に、そんなに無茶食いをしてはいけないよ、そんなことしたらまた太っちゃうよ、と、怒って欲しかったらしいことが判り、急に気が抜ける。

「じゃあ今から雷落っことしてあげようか?」 「ううん、もういい。(笑)」

・・オンナ独特の面倒臭さは、この辺にあるような気がする。

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2008.05.15

環境

子育てでちょっと迷いを持つ友人が電話をくれた。 話している最中に受話器の向こう側でしくしくと泣き出してしまった友人を相手に、私も言葉に詰まった時、急に窓のすぐ外でウグイスが響き渡る声で鳴き始めた。

♪ほぉ~~、ほけきょ。 けきょけきょけきょ・・ほ~ほけきょ、ほぉ~・・♪

普段こんな近くで鳴かないのに、わざと受話器の向こうに聴かせるかのように朗々と鳴き続けている。

「なんだかリーボーの所はのどかで良いね・・」 友人もあっけにとられて泣き笑い。 「まあ良いか悪いかはさて置き、のどかなことは事実かな。」 「環境って大事かもしれないよ。」 「そうだね、自然にはどうやったって勝てないから、自分のジタバタなんてちっぽけなものだな、っていう気にはなるよ。」 結論なんて出せないにしても、友人も話すことで少しはすっきりしたみたいだった。

ウグイスは神様の御つかいだったのかな。

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2008.05.14

気をつけないと

お店でマヨネーズの陳列を眺めていた。

ご存知の通りマヨネーズは油を乳化させているので、うっかりするととんでもない熱量を摂取してしまうことになりかねない。 やんわりと縛りの弱い熱量制限を続けている『ますたあ』には、熱量がレギュラーの商品に対して半分になっているタイプのマヨネーズを、更にプレーンヨーグルト同量で割り、少々の調味料で調整したものを作って、それを食べてもらっている。 熱量をレギュラー商品の4分の1に調整したタイプのものもあるのだが、どうしてもコクとか旨みが薄っぺらい印象を拭えないので、このような形に落ち着いた経緯がある。

あまり見慣れないパッケージのマヨネーズをよく見ると、植物性ステロールを配合した商品らしく、毎日大さじ1ずつ摂取すれば血中コレステロールを減少させる効果が期待できるものらしい。 「特保」の扱いになっている。

「ああ、テレビコマーシャルで見たことがあるな。 ふーん・・」、と、一瞬買ってみる気になった。 しかし、いつもの癖で栄養成分分析の記載をチェックすると、レギュラー商品のマヨネーズとあまり差がない。 どこか腑に落ちない感じで、ちゃんと落ち着いて考えてみると、『ますたあ』は高脂血症の治療を受けているけれど、それは摂取熱量の超過に由来する体重のオーバーによってもたらされているものなのだから、つまり、体重や内臓脂肪を減らさなければ根本の解決にはならず、そのために熱量制限が必要なのだ。

だとすれば、自ずからどちらのマヨネーズを買うべきかは明確。

コマーシャルにほだされて、うっかり間違えてしまうところだった自分に苦笑する。 ものの道理を理解していないと方法を間違えることがあるな、と、改めて肝に銘じて帰って来た。

●おまけ ・・・『ますたあ』が数日前にそこのお店の折り込みチラシで「自走式掃除機」というものを見たけれど、普通の掃除機っぽい写真だったらしく、気になったので家電売り場も覗きに。 確かに値札の記載にもデカデカと「自走式」と書かれているが、よく見かける掃除機と変わりがない。 時間を持て余しているっぽい男性店員がいたので、「どこが『自走』するんですか?」、と、尋ねてみると、「このようにノズルの先端部分(Tの字の所)にモーターが内蔵されていて、小さな力で押せるんですよ。」 「はぁ・・。」 それ、「自走」って言うか??

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2008.05.13

文句のつけようがない

なんと6300円@ほぼ100gもする玉露茶が手元にある。 丁寧に湯冷ましをして、丁寧に葉を開かせて、丁寧に注いで丁寧にいただくと、言葉がなくなるくらいに美味しい。 これだけのお値段なのだから、少しでも不満な部分があれば目ざとく見つけ出してやろう!、なんて意地悪く思うのだが、文句のつけようがないとは正にこのことで、思わず「参りました」と言った。 一保堂茶舗の商品。 高い方から2ランク目のもの。 最高ランクの玉露は10000円を超える値が付いているようだ。 いったいどんな味、どんな香りがするのだろうか。 一生の内に一度くらい試してみようかな・・例えば誕生日に自分へのプレゼントとか、そんな特別な日にでも。 (でもなぁ、いざ一万円手元にあったら何か別のことを優先しちゃいそうだな、ブツブツ。)

若い頃に教えを受けた裏千家の師範が必ずこの一保堂茶舗のお抹茶を使っていたので、そちらは茶会に応じて様々なランクのものを飲んでいたのだが(当然お稽古では安価なもので済まして、茶会や行事では良いお抹茶を使う。)、ここの玉露は初めてである。 静岡もお茶の産地としては名高く、現在普段飲んでいるのは主に掛川産のもの。 静岡茶には静岡茶の美味しさがあるし、もっと言ってしまえば、狭山茶には狭山茶の、八女茶には八女茶の美味しさがあることは重々承知の上でも、個人的には宇治茶が一番好みに合っているようだ。 いろいろと浮気してもやっぱり宇治茶に戻ってきてしまう、ふと気付けばそんな循環を大人になってからずっと、長い周期で繰り返しているように思う。

不思議なもので、手頃な価格帯のお茶は三煎目でもそこそこ飲めるのに、高級な美味しいお茶は二煎で力を使い切ってしまうようで、そこから先はぱったりとお湯に近くなる。 高ければ高いほどそんな傾向があるように見受けられるが、気のせいだろうか。 私のような一般庶民は、「出枯らし」になったお茶っ葉を急須の底に覗き込んでも、「100g6000円か・・」などとついつい思ってしまい、「これも何かに使えないものか?」、と、なる。 なので、白和えの衣を急遽作って、さつま揚げの薄切りと一緒に和えて、「出枯らしのお茶の白和え」に仕立ててみた。 出枯らしであっても噛むとお茶の甘みや香りが残っていて、非常に上品な仕上がりになった。 次回は「かき揚げ」の具に混ぜてみようかと目論んでいる。

どうせ高いお茶なんだから、とことん味わい尽くさなくっ茶(ちゃ)?? お茶の葉が新鮮なうちに、たっぷり美味しくいただこう。 久しぶりに日本人であることの幸せを感じている。  

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2008.05.12

情けない日常

電話で会話することを仕事内容にしている見ず知らずの相手と会話する機会が、2回続いた。 どちらも同じ会社に属する別部門の担当者である。

残念ながら、ひとりは「日本語の表現を間違ってばかり」だし、もうひとりは「受け応えや相槌の仕方に不快感を覚える」し、で、受話器を置いてからイライラ。 まったく、まともに会話できる人はその会社には居ないのか?! もうそれだけで私の中では、会社に対する評価の減点の対象になってしまった。

なんだか同じ日本人として情けないような気分。

日本語についていろいろと思いを巡らせているうちに、ふと考えた。 「豚のネギ巻き」か、それとも「ネギの豚巻き」か・・?? あーなんとくだらないことで引っかかっているのか。 余計に情けなさが押し寄せる。

なんだか今日は虫の居所が悪いみたいだ。 何かでリセットしよう。

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2008.05.09

木の芽時

ここ山の中では「木の芽時」はちょうど今頃なのかな、と、思う。 昔からの言葉で、寒さから解放されて急に内蔵の動きが活発になる結果、体内のいろいろなバランスが崩れて感情不安定になったり不定愁訴を感じたりする時期のことらしい。 俗によく使われる「季節の変わり目」と大差無さそうだ。

ちょっと前には義父の体調が急変して救急医療のお世話になったり(一時的なもので済んだようだが。)、私自身も数年振りに急に鼻血を出すなど、おまけにそこそこ大きな地震があったりして、日常を取り囲むいろいろな環境がどこか不穏な印象で落ち着かない。 どれもこれも木の芽時のせいなのだろうか。 ともかく慎重に大事をとる心づもりで気をつけなくては、と、自分に言い聞かせている。

木の芽時には嬉しいこともある。 とにかく植物たちのエネルギーはむっとするほど山に満ち溢れているし、昆虫や動物たちも活発だ。 特に自分が沈んでいるような状況下では、そういった周りのものに力を分けて貰うような気がして、肖り(あやかり)ながら過ごすことができる。

今日はお昼ごはんに、久しぶりに天ぷらを揚げた。 庭の野生のミツバや芹、新玉ねぎと竹輪の小さなかき揚げ、牛蒡と人参。 どれもちょっとずつ、いろいろな種類で。 でも、メインのタネは他にあって、それは「柿の葉の新芽。」 実はこれ、半年ほど前に読んだ女流作家のエッセイに書かれていたものだ。 その方はもう老人と呼ばれるような年齢だが、お子さんの申し出を断って気ままなひとり暮らしを満喫しておられるらしい。 春が来て、庭の柿の木に新芽が芽吹くと、仕事仲間やご近所のお友達を招いて天ぷらパーティーを催すのが、毎年の恒例になっていると書かれていた。

柿の葉は「柿の葉寿司」のように食品を包むのにも利用するくらいだから、食べても毒じゃないんだろうな、というくらいは容易に想像できたが、柿の葉そのものを食べるのは知らなかったので、シーズンが来たらぜひ試してみたいと思っていたのだった。

あんまり硬く開いてしまった葉っぱは、いくら天ぷらにするとしても、ゴワゴワでえぐ味が強そうだから、芽生えたばかりのホヨホヨのものを摘む。 茶摘みではないけれど「一芯二葉」(枝の先端の新芽とその手前に一枚だけ葉が開いた状態)で。 爪を立てずともプチッと千切れてしまうほどに柔らかい。 薄衣をくぐらせて、高温でカラッと揚げてみた。

これと言って特別な風味があるわけではなかったけれども、新茶の香りを薄めたような「緑の味」がほんのりとして遠くの方でちょっとだけ甘い。 渋みは全く感じられなかった。 最初の一口は「別に・・」だったのに、香りや味に気付くとだんだん美味しくなってきて、「ははーん、なかなかいけるじゃないの」、などと、ニンマリしてくる。 奥深い美味しさ。 これは使える。 春の味として覚えておこうと思った。

フキノトウから始まり、土筆、ワラビ、ゼンマイ、タラの芽、のびる、竹の子、野生のミツバや芹、山椒、新茶、そして柿の葉。 次から次へと順番に豊かな山の恵みを御馳走になっている。 美味しいことを素直に喜びながら、同時に心の中では、「食べられる物は何でも食べる」という動物としての人間の本能が持つ『あさましさ』とか『いやしさ』みたいなものと対峙させられている木の芽時だ。  

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2008.05.07

ジョニーじゃなくても

寒い間は短時間電子レンジでチン!して、「あったか奴」で食べていた豆腐・・。 そろそろ冷たいまま、字の如く「冷奴」も美味しい気候になってきた。 ところが、同じメーカーの同じ豆腐なのに、「あったか奴」より味も香りも薄く感じる。 温度の差による感受性の変化か、とも思ったのだが、どこか腑に落ちないと言うか、それだけでは根拠として足りない気がして、いろいろと考えてみた。

その中でひとつ「あー、あるかも知れない」、と、納得したのは、水分含有量の違いだ。 豆腐は温度が上がると余分な水分が抜ける。 例えば麻婆豆腐を作る時、切った豆腐を短時間茹でて水切りしたりするのもその原理で、豆腐の水切り方法として、「ペーパータオルや清潔な布巾で包んで、電子レンジで加熱する」というやり方も確立されている。 「あったか奴」を温める際にも加熱すると器の底に豆腐から出た水分が溜まるので、それを捨ててから食卓に上げていた。 「冷奴」は切ったそのままなので、当然水分量は多い筈で、だとすると味も香りもその分だけ薄くても当然かも知れない。

ならば、で、実験してみた。 他の方法で余分な水分を抜いてみようかと。

食べる分の豆腐を切って、「美味しい水」をひたひたに張ったボウルに移す。(厳密に言えば、これは塩素臭が強い都市部の上水道の場合で、普通の水が美味しいならそれで充分。) コツはここから先だ。 その「美味しい水」に小さじ1程度の塩を溶かしこんでおく。 そして、そのまま30分ほど冷蔵庫で寝かせてから、食べる直前に水から上げて器へ。 結果は大成功だった。 「あったか奴」と同レベルの美味しさまで簡単にランクアップ! これは使える手だと思う。

もちろんこだわりのある美味しい豆腐を入手できればいいのだが、手持ちの普段使いの豆腐でも、ひと手間かければ、そこそこ美味しい豆腐に変身してくれることが判ってちょっと嬉しい。 簡単な割には結果が大違いなのでお勧め!

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2008.05.04

嫉妬はおまけのようなもの

穂村弘さんの本を読んだ。 これで二冊目。

歌人としての穂村さんの作品には触れたことがあったが、文章も書いていると知って図書館で借りてきたものだ。

現実と、現実からちょっと浮いた感じとが絶妙に混じり合っていて、ふわふわと気持ちが良い。 同年代のせいもあるのだろうか、感性の根底に流れている感覚が自分と同じもののような思い込みを抱いた。

表題のすぐ次のページの裏に、小さくて見落としそうな三文字がある。

「佳代に」

『佳代さん』が何処の誰でいったいどんな人なのか、知らないし知る術もない。 でも、それを見つけた瞬間、私は『佳代さん』に嫉妬した。

●穂村弘著 「にょっ記」 2006年発行 文芸春秋 

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2008.05.03

ん?

昨日作った「ういろう」。 まだ残っていたので、ちょっと目先を変えてみようときな粉と黒蜜をかけてみましたら・・

これは・・葛餅だ!! (それも舟和さんの葛餅にそっくり。)

「きな粉と黒蜜の味と香り」がそうさせているのかと思い、丁寧に味わってみたのですが、どうやら微妙に薄いコーヒーフレーバーが何かと一緒になると葛餅化するようです。 ほら、最近あるじゃないですか、「プリンと醤油で雲丹」みたいなちょっと変な組み合わせ。 それに近い何かの味覚嗅覚変化を感じます。

なんだこれ??

「ういろう」として正しいのかどうか、ますます自信がなくなりました。

不味くはないんだけどな。

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2008.05.02

ういろう

ちょっと前、『ますたあ』がいきなり「ういろうが食べたいな」、と。 「凄く食べたいなら、取り寄せるなり何なり手を打つけど?」、と、確かめると、食べたいことは食べたいが、そんなに重要ではないことが判ったので、名古屋ならその内に行く機会もあるだろう、と、未決案件のままにしておいた。

昨日、回覧板に挟まっていた隣町の病院の「住民の健康意識を高めるための機関紙」に、たまたま手作り和菓子のレシピとして「桜の花の塩漬けを使ったういろう」が掲載されていたので、「おや、ナイスなタイミング!」、と、読んでみると、メインの材料は小麦粉(薄力粉)と砂糖だ。 あれ?ういろうって上新粉から作るんじゃなかったっけ? しかも、基本的には材料に水を加えて蒸せばいいようで、ひどく簡単そうに見える。

こりゃあ放っておけない、とばかりにネット検索で調べてみると、薄力粉で平気らしいし、レンジで加熱すれば尚更簡単に出来るらしいことが判った。 なので、早速今日のおやつに、トライ!

レシピはこちら。 ネスレのサイトなので、コーヒー味。

確かにういろうが出来た。 ・・当たり前だ。 すぐに簡単にできた。 失敗の仕様がない。 唯一のコツは、室温に冷めてから型から抜くことくらいか。 クックパッド等を見ると色々とアレンジのし甲斐もありそうだ。 物凄く美味しいというものでもないように思うが、昔ながらの素朴なお菓子。 「すあま」とかその手のモチモチしたものがお好きな方なら良いんじゃないかな、ノンオイルで出来ることだし。

しかしながら、材料費を考えてみると、とても安上がりなことが判る。 小麦粉が値上がりしたことを考慮しても、それでも十分に安い。 「こりゃあ、ういろう屋さんはボロ儲けだよね!」、なんて、笑いながらのお茶になった。

次回はプレーンなういろうにして、黒蜜ときな粉でもかけてみようかと思っている。

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2008.05.01

ひとり舞台

新玉ねぎも美味しいが、古い玉ねぎを放っておくと芽が生えてくるシーズンになったので、たっぷり使ってスープを。

タマネギのスープ

  • タマネギ     1個
  • バター      小指の先くらい
  • 固形ブイヨン  1個
  • 水         400ccくらい
  • (もちろん自分で引いた鶏ブイヨンなら更にグー!)
  • 塩・胡椒
  1. タマネギは茶色の外皮を剥き、半分に切ってから繊維に沿って出来るだけ薄くスライスする。
  2. 鍋にバターを落として中火にかけ鍋底に馴染ませたら、スライスしたタマネギを全て入れる。 塩をふたつまみ加えて、じっくり丁寧に炒める。 オニオングラタンを作る時のように飴色になるまで炒める必要はないが、白くねっとり感が出てくるまで気長に5分ほど炒める。 焦げついてくるようならば弱火に調整。
  3. 水と固形ブイヨンを加え、火力を上げて、鍋底や鍋肌に付いた旨味を撫で取るようにする。 沸騰したら弱火に落とし10分ほど煮る。
  4. 味を見て塩で調整。 器に盛ってから胡椒をお好みで。

残ったら豆の水煮やソーセージ、カレー粉を少々加えたりしてリメイクしても、また違った美味しさ。 あれば乾燥させたタイムをほんのひとつまみ加えて煮込むと、ぐっと風味が増す。 もちろん仕上げにパセリのみじん切り等を浮かせても良いのだが、今回は思いっきりタマネギにスポットを当てたかったので、敢えてそのまんまに。

ブイヨンを二番だしに置き換えて、仕上げに2・3滴醤油を加えると、和食のご飯にも合う味に変身。

ちょっとしか使わないからこそ、バターで炒めてください。 必ず炒める段階で塩を入れることを忘れずに。 

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