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2008.06.29

それは隠語

最近テレビをほとんど見ない私は、まもなく始まるらしい連続テレビドラマのタイトルを知って、「うわっ!」と、驚いた。 「コード・ブルー」。 主演するのは山下智久さんらしい。

病院にはいろいろな隠語が存在するが、「コードブルー」(本来は真中に『・』を入れるべきだろうが、二語で一単語として使われるものなので、わざと入れずに書かせてもらいます。)もそのひとつとして使われる。 訳すと「容態の急変」。 もっと訳せば、「緊急に蘇生術を施さなくてはならないような状況。」 もっと悪く訳せば、「死に足を突っ込んじゃってる人がいます!。」

たくさんの外来患者様方でごった返している院内に、「容態急変患者があります。 手の空いているスタッフはどこそこ病棟にお願いします!!」なんていう放送を流したら、院内は一気に不穏な空気に満たされてしまうし、時間を持て余している慢性病の患者(様)が野次馬に変貌しかねないしで、現場の収拾がつかなくなるかもしれない。 だから、「どこそこ病棟、コードブルーです。」とだけ、サラリと言う。

医療従事者仲間で街を歩きながら、「昨日、あの患者さんが死にかけちゃってさ・・」なんて、口が裂けても言ってはいけない。 でも、「昨日、(コード)ブルーがあってさ・・」ならば、何とかなる。

当然ながら、一般の人に判られるとマズイから隠語なのである。

こんな私でさえ、「コードブルー」を隠語として現在利用している病院を複数知っているくらいだから、隠語がドラマのタイトルになってしまうと、急変患者の存在を知らせるマニュアルを、新しい単語に入れ替えなくてはならない病院も、全国的にはたくさんあるんじゃないかと思う。

隠語を表舞台に出すことの影響を、ちょっと心配しつつ。 

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2008.06.28

同類なのか?

今夜はどうしたことか、虫が多い。 のんびり歩いていたゴキブリをガムテープに貼り付けて駆除(山のゴキブリは逃げるということを知らない。)したかと思えば、1cmくらいある大きな蟻がいたので外へ出し、これまた1cm大のミニむかでを処理。

「いったい何に反応して、みんなで急に現れたんだろうねー?」 「いや、何にも考えないで動いているとと、こういうことになるんじゃないか?」、などと『ますたあ』と会話していたら、山の下の国道から、大きなエンジン音を響かせた車が爆走している音が響いてきた。 急ブレーキでタイヤが鳴る音まで続けざまに聞こえてくる。 ドリフトでもしているのだろうか。 珍しく何台か連なっている様子。

・・・あんたら、虫と同類か?!、と、ついつい思ってしまった。

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2008.06.27

梅雨に和む

夕方に近所を走ってきた。 曇りというよりは雲の中といった状態で、細かい霧のような雨粒が風に乗って流れている。 全身しっぽりしてしまうが、その分だけ暑さが和らいで、考えていたほど不快ではなかった。

このところずっと雨降りの、いかにも梅雨らしい天気が続いている。 洗濯物は全然乾かないし、布団も干せないし、全てがすっきりとしない毎日。 そんな中で、自分からすすんで全身に霧を受けるランニングの予期せぬ快適さに、なんだか救われた気分。

何かにぶつかった時にそれを避けるのではなく、中央突破してゆく潔さみたいなものを、しばらく忘れて暮らしていた事を自覚して、少し反省した。

大きな黒い羽にエメラルドグリーンの模様を織り込んだ蝶が、走る私にひらひらと付いて来る。 ふと気付けば、親子連れのキジ御一家が連れだって草むらを歩いていたりもする。 重たい空気を楽しんだ梅雨の日の夕暮時。 すっかり和んで帰って来た。

身体を動かすことは、気分転換のためにも、大事なことみたいだ。 

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2008.06.26

大豆でかき揚げ

諸般の事情により、冷蔵庫の中の生鮮食料品をほぼ食べ尽くした状態で、夕飯を作らねばならない事態に陥る。

先だって実家の母が送ってくれた荷物の中に入っていた「大豆の水煮缶」を、蛋白質源として使うことに。 食べごたえを出したいしなあ、と、しばらく考えて、かき揚げにしてみようと決めた。 例の「やたらに高価な玉露茶」の出がらしのお茶っ葉、それと、干しエビをたっぷり合わせて。 油の中でバラけないように、衣はいつもより濃い目に。

スプーンを二本使い一口サイズに中温の油に落として、ちょっと大豆がこんがりするくらいまでしっかり揚げ、仕上げは高温にしてからりと。 

抹茶塩をつけて・・とも、思ったが、お茶っ葉を入れたので「お茶オンお茶」になってもくどいかな、と、食卓塩と天つゆを用意した。

これ、美味しいですよ。 大豆の独特の臭み?が抜けて、歯ごたえも出て。 ちりめんじゃこや竹輪の薄切りを合わせても良いだろうし、三つ葉を使えば上品になりそうだし。 いろいろと応用できそうな予感。 お酒の肴としても良い感じ。

必要に迫られると、新しいメニューができる。 たまには自分を追い込むことも必要か?

●大豆の水煮80gに、使った後の茶がらを大さじ2、干しエビを大さじ2。 小麦粉大さじ3と水適宜で衣を。 ボウルに具材を全て入れて、小麦粉を全量振りかけて、しっかりとまぶしつけるように混ぜ合わせてから、水を入れてざっくりかき混ぜながら濃さを調節。 手早くすればこんな手抜きのやり方でも、からりと揚がります。

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2008.06.25

社会勉強

友人にメールで相談を持ちかけられる。

男友達が誕生日を迎えるので、彼の好物であるバーボンを送ってあげたいと思っているのだが、彼の奥様にも何かプレゼントをしなければいけないかな?、と。

そりゃあ奥様だって何か貰えたら嬉しいとは思うだろうけれど、あんまり面識がないのに贈るのも、取って付けたようでわざとらしくないかな?、と、考える。 「それに、バーボンだったら夫婦で飲めるんだし、失礼にはならないんじゃない?」

「でもさあ・・」、と、友人。 「既婚の男性と仲良くするって、オンナとしては気を遣うよね。 別に単なる友達なわけだけど、嫉妬してくる奥さんだって居るじゃない? (多分、そっちの方が多いよ。) ご主人と『友達させてもらってる』ことを思うと、ちょっとは奥様のご機嫌も取っておくべきかなあ、なんて迷っちゃたのよねー。」

やっぱり、奥様も含めたお付き合いをするのが一番手っ取り早いよ。 奥様とも友達になっちゃえば気が楽じゃない?、というようなことをメールに乗せてやりとり。

「なんだか相手の奥様に気を遣ってプレゼントを考えるなんて、どこかのクラブのママみたい。」、と、書かれ、「えー、クラブのママって、そんなこともするんだ?!」、と、びっくりする。 とてもじゃないが私には到底なれないな、と、思う。

ひとつ社会勉強をさせてもらった。 

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2008.06.24

「基本」

夕飯を食べながら晩酌をして、ほろ酔いの平和の中で台所の片付けをしながら、しゃもじやお釜の壁に残ったごはんをこそげているような時に、ふと塩むすびを握ってしまうことがある。

掌に塩を振って、小さく握る。 きゅっきゅっと何かを込めるように、何かを逃がさないように、手早く。

そのまんま、立ったまんま、もふもふ食べる。 掌に残ったご飯粒まで美味しい。

不思議なことに、塩むすびを食べていると、決まって「基本」の二文字が頭の中に浮かんでくる。 意識して考えれば、「基本」よりも「原点」の方が相応しいように思うのに、どういう訳か「基本」でないと気が済まないようだ。

もふもふしながら、いったい何の基本なのだろうかと、いつも考えている。

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2008.06.23

まがまがしい

読んでいた本の「まがまがしい」という、なんでもない単語に引っかかって、辞書を引く。 こんな時いつも使っているポータブルな国語辞典には、どうしたことか載っていなくて、やけに分厚くて重たい広辞苑を慎重に抱え込んだ。

言葉を引くことに気を取られて、うっかり足元に落っことすとどれだけ痛いかは、既に学習済みである。 わざわざそんな扱いにくい辞書を引かなくても、調べる手段は他にいくらでもあるが、お目当ての言葉を調べる途中でページをめくりながら他の単語に寄り道したりするのも好きなので、あまり苦にはならない。

「まがまがしい」は無かったが、「まがまがし」が載っていて、「まがごとらしい。」とある。 ・・余計に判らなくなってちょっと動揺した。 画して、「まがごと(禍事)」とは「よからぬこと。 わざわい。 凶事。 災難。」だそうだ。

この半月ほどは、他の人の大切にしているものを傷つけることでしか、自分の感情を表出することのできない人に対して、どのように接するべきなのかを考えることをきっかけにして、ぼんやりと色々な事を思い、想っていた。 折しも、そのような事が根底にあるだろう事件が起きてしまって、想定外の深みに嵌ってしまったのだが。 一年に数回はこんな時期が来て、気持ちの焦点が、広角・望遠レンズ専用みたいな感じになってしまう。 で、これが来ると、言葉が不自由になる。 ウェブログも手紙も。 電話もできれば使いたくないし、日常会話さえもどことなく違和感を抱く。(食欲も睡眠も快適だし、多分他の人から見たら普段となにも違わないから、鬱の状態とは違うんだろうけれど。)

気付かない内にオーバーフロウした状態を解決するべく、何をどうやっているのか自分でも判らないが、何かを整理して片付けている期間なのだろうと、勝手に解釈している。 ちょうど「睡眠中に夢を見ること」が大脳生理学では「記憶の整理」として位置づけされているのに近いか?

当然のように、半月考えてみたところで、結論は出ない。

これは自分にとって大きなウィークポイントなのだが、この現実世界は私には刺激が強すぎるようで、意識して感受性にフィルターをかけておかなければ、まともに生活してゆけないようなのだ。 ニュースやドキュメンタリー番組など真剣に見聞きしてしまうだけで、すぐに熱を出す体。 当然映画や小説も然り。 わざと他の何かに気を取られるような状況を作り、気持ち半分にしておかないと、冗談ではなく本当に寝込むことになる。 ただでさえ情報が満ち溢れている世界で、また、それを快とする心との折り合いをつけるのに、日々苦労しているのが現状だ。 なんだか子供みたい、と、自分で呆れる。

物事の全体像はぼんやりと掴めても、じゃあ自分が日常生活の中で具体的に何をすることがその解決に繋がるのか、が、非常に分かりにくい世の中になっていると思う。 で、うっかりすると簡単に間違える。 「まやかしの現実」が物事を余計に分かりにくくしている。 その繰り返し。 ただ、やっぱり、社会のせい他人のせいではなくて、「元凶はいつも自分にある」ような気がするのだが、誰かを説得できるほどの自信も無い。 この辺のことを掘り下げようとすると、また熱にうなされることになるので、今は突っ込まないでくださいませ。

子供の頃は、大人になったら何でもできるようになると思っていたから、大人になるのが楽しみだったのだけれど、大人になったらなったで、やっぱり生きるのは大変だ。 目の前の日常の中にあるちっぽけな幸せを大事にしてゆくのが、一番手っ取り早くて確実な「生きる意味」の入り口なのかもしれない。 

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2008.06.10

ちんぷんかんぷん2

正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊

これで「まさかあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと」と読むそうです。

ちなみにこの方は、天照大神 「あまてらすおおみかみ」の息子さん。

・・勝手に「まさや君」と置き換えて読むことで、頁を先に進めました。

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2008.06.09

ちんぷんかんぷん

「古事記」と「日本書紀」を解説した本を読書中・・とにかく、ちんぷんかんぷん状態です。

登場する神様や人物が多すぎることと、それぞれの名前が判りにくくてちっとも頭に入ってこないので、「あなた、誰?」 「誰とどういうご関係で?」みたいな感じ。

多分、これでも、かなり易しく解説されている本に属する筈なんですけどね。

「源氏物語」の時も、登場人物の血縁関係に辟易した覚えがあるのですが、昔の人って、その辺りの情報は本当によく覚えていたもんだなあ、と、感心すること然りです。 情報の中でも、血縁絡みは特に優先すべき情報だったことがよく分かります。 確かに現在でも、やけに人間関係に詳しい人って存在しますね。

こりゃあ、大変だゎ・・。

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2008.06.07

由来は何だろうか

ぴかぴかのアメリカン・チェリーを食べながら、ふと思う。

アメリカ製のゼリーの素などで使われているチェリー・フレーバーは、どこに由来しているのだろうか、と。 アメリカン・チェリーを食べてもあの香りはないし、マラスキーノ酒を飲んでも全然違う。 あの香りのするサクランボが、あちらには他にも存在するのだろうか?

あのチェリー・フレーバーは個人的には嫌いじゃないのだが、日本ではなかなかお目、ならぬ、お鼻にかかれなくて、ちょっと残念。

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2008.06.05

メモのように。

● アルマジロのお腹を、「大きな肉球のような」触り心地だという人もあれば、「女性の乳房のような」感触だと表現している人もいる。 是非どこかで触ってみたい・・。

● まつ毛には白髪は生えてこないのだろうか。

● 最近ウスターソースを使っていないし食べていない。 「とんかつ」や「中濃」は食べているのに。 なんだかかわいそうだから、次に買う時は「ウスター」にしよう。

● 普通の酒屋の店頭で、400ccも入っているのに100円のオイスターソースを見つけた。 タイからの輸入品らしいが、あまりの安さに躊躇してしまい、購入しなかった。 でも、今頃になって、やっぱり気になっている。 安ければいい、というものでもないところが、なんとも面倒な消費者心理。

● 「マイヤーズ・ラム」と「レモンハート・デメララ・ラム」の値段が逆転している。 ・・誰か間に入って儲けてる奴がいるな・・。

● イオングループのプライベートブランド、「トップバリュ」を「TV」と略すのは止めて欲しい。 「TV香典袋」を「テレビ香典袋」と読んで、一体何のことかと思った。

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2008.06.03

言葉の重さ

スポーツの解説で時折耳にする言葉に、「重たい」という表現がある。 例えば野球では、「このピッチャーの球は、同じ球種でも他のピッチャーより重たいので凡退が多い。」と言われたり、ボクシングなどでは同じパンチでも、受ける側に軽いものと重いものとが存在するらしい。 何となく理解できる気がする。 体重が乗って勢いがつけば、初速や加速度が違ってくるだろうし、相手にどのように伝わり、どのくらいのダメージを奪えるかにも差が出てくるのだろう。

色々な作家の著作を読んでいて思うのは、日本語にも「重い・軽い」があるということだ。 重たい日本語を使う人の文章は、たとえそれが日常のひとこまを切り取ったような「軽い題材」であったとしても、読むのに時間がかかる。 なかなか読み進まないような印象。 相対して軽い文章は「重たい題材」であってもスイスイ進んでゆく。 同じ著者がわざと使い分けしようとすることもあるだろうが、「その人の持っている基本の重さ」はだいたい安定しているようで興味深い。 内容に引き込まれるとか話の脈絡の状態といったこととは無縁に、日本語そのものが持つ重量が存在するように感じられるのだ。 なにか、こう、同じ日本語に押し込んでいるニュアンスや背景の量が違っている感じ。

意識してどんな人の使う日本語が重いのか軽いのかを探っているのだが、なかなか掴めない。 ひとつ言えるかな、と、ようやく見つけたのは、その著者が「第二の言葉」を持っているかどうかということ。 日本語以外の外国語でも良いし、同じ日本語でも古文の専門家などは、明らかに重たい。 海外での生活が長かったような場合はもちろん、ご両親のどちらかが外国の方であるとか。 どうやら話せなくても良いようで、翻訳をしている人もここに含まれる。 当然私の読書量では分析に限界があるし、著者の履歴を正しく把握しているとも思われない上で、読んでいて「重い日本語だなあ」と感じる著者を調べてみると、どうもそのような傾向が浮かんできたという程度のことだ。

一方、過日何気なく見ていたテレビ番組で、その道では有名な20代の億万長者トレーダーを取材していたVTRが流された。 私は別に、若くして大金持ちになった人を珍しがるような種類の人間でもないが、一番気になったのは、その人が会話に使っていた日本語の軽さだった。 おちゃらけて軽いのではなく、私にはそれが、相手に対して自分の考えを伝えようとする意志の無さに由来する軽さに感じられた。 大袈裟に言えば、日本語を使ってとるコミュニケーションの基礎が身に付いていない人が大金を手にしている恐ろしさを感じたのだ。 番組の中で、彼は地球環境のことを考えて夏でも冷房もかけない生活をしており、将来はお金をそういった事業の為に使えないかと考えているようなことを報じていたが、空虚な印象が最後まで抜けなかった。 彼にとっては意思を込める対象はお金であり、日本語ではないのかもしれない。 人と人とのコミュニケーション・ツールは言葉ではなくお金、という時代なのだろうか。

日本語に込められた想い・気持ち・ニュアンス・背景・文化…普段何気なく使っている日本語について、最近いろいろと考える機会を与えられている。

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2008.06.02

軽い衝撃

えっ?! 「あなご君」って27歳だったんだ・・。

渋すぎだよ、あなご君。

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2008.06.01

そんなつもりじゃなかった

もう梅雨に入ったかのような雨続きの後の、つかの間の晴れ。 窓を開けるとスイカズラの花のちょっと甘いような、ちょっとエチレンのような不思議な香りがふんわりと流れてくる。 地面がたっぷり水を染み込んでいるので湿度は高かったが、明日からまた雨が続くというので、シーツや枕カバーまでまとめて洗濯し、物干し竿にずらーっと干し上げてから、日差しを浴びにちょっと歩きに出た。

雑木林の間を抜ける遊歩道を進むと、バライチゴモミジイチゴのきれいな実が目に留まる。 あまり考えもせず、なんとなく摘みながら歩いている間に、そこそこの量がポケットにたまった。 これだけ集めてしまったら、ジャムでも煮なければ雑木林に許してもらえないだろう。 なんだか自分で自分の首を絞めているような気がしなくもなかったが、とりあえず適当に砂糖とレモン汁を混ぜて煮詰めてみた。

リンク先の写真の通り、バライチゴは真っ赤に熟すのに対して、モミジイチゴは熟しても薄い山吹色にしかならない。 パッと見た感じほぼ半々なので、きれいな色は期待していなかったが、予想に反して濃いルビー色の「ジャムとソースの中間くらい」のものが出来上がった。

小さなガラス瓶をアルコール消毒して詰め、目の高さにかざす。 色合いが映えるように、レアチーズケーキとかミルクゼリーとかヨーグルトと合わせるのが良いかな。 むこうの窓には青空が広がっていた。 めくり忘れたカレンダーに気付いて慌てた6月1日。

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