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2008.08.21

論点が違うのではないか

曽野綾子さんが書いた「非常識家族」という本を読んでいて、思わず「そうそう、そうなのよ!」と、胸の奥の蟠りがストンと落ちた箇所があった。

ずいぶん前の例のライブドア騒動の頃、村上ファンドの村上世彰氏が記者会見で「お金儲けは悪いことですか?」と、開き直りに近い印象で言っていた件について、だ。 それについて曽我さんが登場人物に語らせているのは、『お金儲けそのものは、悪くも良くもないことに決まっている。 いいか悪いかではなく、よくも悪くもないものもあるし、よくも悪くもなるものだってある。』

『食べるのは悪いことですか?って言うのと同じで、食べるという行為は特にいいことでも悪いことでもない。 それは生きるために必要というだけ。 でも必ずしも必要イコールいいことじゃない。 崇高なことでもなければ、恥でもないというだけ。 病気を治すために食養生する人にとっては食べることはいいことだし、肥満の人にとっては食べないことがいいことになるのだから。 食べることはいい場合もあるし、悪い場合もあるだけのこと。 金儲けも同じ。』

ちょっと前に、会社は誰のものか?という話題もあった。 多くの経済に明るい人達は「株主のものだ」と言って、何となく収まって終結したように見えたが、それにも私は相当な違和感を覚えた。 つまり「そういうもんじゃない」という感覚だ。 会社のために資金を調達した株主の為のものでも当然あるし、そこで働いている労働者の為のものでもあるし、出来上がった商品やサービスを必要とし期待している消費者の為のものでもあるし。 もっと言ってしまえば、税金を期待している国や地方自治体の為のものでもあるし、その税金を使ってもらっている国民や海外の国、海外の人達の為だってあるんじゃないか。

どんな会社、どんな立場の人であっても、その人が果たすべき役割と全うすべき責任が必ず存在し、その価値そのものは本来、立場によって差があるものではない筈。 ただし、役割や責任が大きい会社や人にはそれなりの対価を用意しましょうというだけのことではないのか。 それを「たくさん稼いでいるので自分はあの人よりも偉い」などと勘違いしたり、妙に崇拝めいた気持で接してしまったりするのは、どちらも愚かなことだという気がする。

二つの例を挙げたが、要約すれば、つまり、論点が違うのではないか、ということだ。

いいとか悪いとか、偉いとか偉くないとか、そんなものおかしな話で、もっと大きな流動体?の中で、それぞれが混沌と関係を結んだり切ったり、影響したり離れたりしながら、それでも全体からすればたいして大きな変化も起こらずに、何となくバランスをとりながら壊れずにいる。 どちらかに傾きがあればじんわりと反対の力が生れ、反対の力が大きくなりすぎればまた元の動きが始まる、そんな感じなのではないか。

今か今かと迫っている鳥インフルエンザのパンデミックだって、子供を育てない人が増えていることだって、自殺者の増加だって、もしかしたら地球上に人間ばかりが増えすぎた状態から、生物として適正なバランスを取り戻すための傾向なのかもしれない。 人間が医学という方法で死なない傾きを作るのなら、そのバランスをどこかでとりましょうというひとつの流れ。 こういった力を、一部の人は神と呼んだのかもしれない。(もちろん、私は自殺を擁護するつもりはありません。)

とりあえず人間は何でもできるなんて傲慢なことは考えない方がいい。 全てのことはいいことと悪いことに分けられるなんていう風にも思わない方がいい。 たくさんの捉え方があり考え方があって、その多様性こそが生物の最大の底力なのであって、あとはどれだけ多くがどこで妥協できるか、それにすぎないように思う。

産婦人科医の裁判の無罪判決を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした。 愛する家族を失う悲しみは察するに余りあるし、同情にも十分値するが、他人に任せている以上、安全性100パーセントの医療処置は存在しえない。 悲しみは悲しみとして対処すべきであって、悲しみの矛先を間違った方向に向かわせてはならない、そんなことを裁判当初から考えていたので・・。

(あー何が言いたいのか自分でも判らなくなってきたから、引き上げます。 逃げるつもりはありませんが、コメントは勘弁してください。)

↓まだ途中ですが、なかなか面白い本。

曽野綾子著 「非常識家族」 徳間書店 2008年7月31日初版

ISBN 978-4-19-862559-7  

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