« これで夏は終わりなのか? | トップページ | 念のようなもの »

2008.08.24

底なし沼の予感

この夏、いくつかの事柄を並行して調べたり知識を深めてゆく過程の中で、とても引っかる事柄が新たに見つかった。

『共依存(Co-Dependency)』である。

私がとやかく書くよりは、初めて耳にする方にも比較的判り易くまとめられたサイトに、リンクを張っておくので、興味のある方はご一読を。(リンク先は深層ページなので、トップページはこちらからどうぞ。)

何をそんなに問題視しているかと言うと、前述のリンク先にもあるのだが、日本では(日本だけではないのかもしれないが、他を知らないので。)共依存を美徳として、共依存であることを求めるような社会が作られてきて、それがいまだにかなり濃く残っているのではないかと思われることだ。

ただし、私が今の段階で知っている「共依存について」は、あくまでも個人のレベル若しくはせいぜい家族単位で述べられたものに限られていて、果たしてコミュニティー全体がそのように染められていた場合についての考察には出会えていないし、逆に言えば、まだその程度の浅はかな知識でしかないので、あれこれ述べるのは危険なのだが。

こちらに越してきてからの人間関係のいくつかの本質的な違和感や、ご本人の自覚のあるなしに係らない「何らかの依存症」を抱えている方の多さ、その方の居る家族の背景や、地域社会の中に垣間見える若者と年配者の関係などを考える時、どれもみなこの共依存を使うと、あまりにも上手く辻褄が合ってしまうので、危険を自覚しつつ、戸惑いつつも、非常に興味をひかれている状態である。

やばい所に足を突っ込みつつあるのかもしれない・・。

|

« これで夏は終わりなのか? | トップページ | 念のようなもの »

コメント

うーん。難しくて。

共依存症や依存症という場合は、明らかに病的なケースですよね。

まあ、何かにある程度、依存があるというのは、誰をとってもあるような気がします。突き詰めれば、軽い依存はあるのが普通でしょう。依存というか固執?

子供ができて、たぶん、子供がいなかったらあまり係わり合いにならない人ともお付き合いすることがたびたびあったのですが、やっぱり、所詮はママ友。違和感ありますね。

ママ同士だからお付き合いがある=子同士が遊ぶだけの関係
と私は割り切っているので特にトラブルにならないのですが、よくあるのは、ママ友を友達のように付き合おうとするケース。

大概、大きな摩擦や問題がおきています。ストーカーとか。

ぼんやりと、距離をあけてくらしているので、結果だけ耳にはいってきて、摩擦を受ける人、摩擦を与える人、どちらも、問題あるわねぇと思うのですが、、問題に気がつかないのでいつも、すったもんだしていますね。

仲間がいないと落ち着かない人って不思議。。

勉強不足で、共依存なのかどうかわからないけど。。

コミュニケーション、コミュニティ、なにもかにも、昨今は、機能も規模もいまいちなんですね。だから、ちょっとのコミュニティ、ちょっとのコミュニケーションに必死にすがる人が多い。

なにか、ちょっとした(趣味の世界だろうが、きにいったことだろうが)ことにすがる人が多い。。

もうちょっと、自分の世界(関係するコミュニティや人)を広げていかねばなるまいなぁ、というのが私の感想です。

自戒ですね。

投稿: kumi | 2008.08.27 23:09

あ、なんか変なコメントでした。
つまり、ストーカー騒ぎの人だって、それを(密着した生活?)を受け入れる人がいれば、成り立ってしまうわけです。実際、摩擦が起きたのは、普通は、問題が起きる前に、それをさせまいという空気をかもし出せばいいのに、しばらくは付き合っていて、「もう疲れた!」と半年くらい後に別の人に相談したからなんです。(そして、相談をうけつけた人も、本人に解決させずに、積極的に介入していった。。)

別に、ギャンブルでもないし、酒でもないわけですが。。

ま、ざっと、この問題では、行動が変な人が5-6人いたので。

ちなみに、おかしいな、と思ったら距離をそっとあけて付き合う。その人の問題には踏み込まない。自分に寄りかからせない。これが正常です。深みにはまるまえにきをつけてくださいね。

投稿: kumi | 2008.08.27 23:24

私はある意味冷たく醒めたタイプの人間なので、その中に巻き込まれる心配は皆無と思います。 おかげで周辺を敵に回すことになる方を注意すべきなのでしょうな・・。

私の後輩がママ友問題でストーカー行為を受け引っ越したと聞いて、なんでそんなことになっちゃっているの??、と、驚きつつも半分呆れたのが、数年前の話。 今はまた別のストーカーめいたママ友に付き纏われているという風の噂が届いています。 病的な依存を助長する何かが、彼女の中にもあるのだと思います。

集団でないと不安な人、自分の在り方に価値を見出せない人、誰かの為だけに生きている人、相手が自分の思う通りにならないと怒りを覚える人、俗に言う世話焼きな人・・どこまでが問題にならなくて、どこからが問題なのか、境界がはっきり引けないところが難しいですね、なにせ「相手との関係」ですから。 あるところから急に『毒』の部分が溢れ出すような感じなのだと思います。 で、気付いた時には手遅れのような。

ご指摘の通り、「自分と他との距離」の取り方が、おかしなことになっているケースは、身近に凄く増えているように思います。 ネット上でも、ですね。 

投稿: リーボー | 2008.08.28 16:52

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 底なし沼の予感:

« これで夏は終わりなのか? | トップページ | 念のようなもの »