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2008.11.28

女の幸せ?

過日ぼんやり流していたテレビに『はるな愛さん』が出演されていた。 話の流れで、はるなさんが戸籍上は男性であることに茶々を入れた杉田かおるさんに対して、「うちはアンタなんかよりも女の幸せ知ってます!!」と反論。 多分、売り言葉に買い言葉で出てきた言葉だろうけれど、ふうん面白いなあ、と思った。(この場合の面白いは『可笑しさ』じゃなくて『興味深い』の方。)

「幸せ」ならいっぱい知っているつもり・・じゃあ、「女の幸せ」って何だ? 女性に限定されている幸せなんてあるか? 逆に「男の幸せ」も存在する?

少なくとも今まで全く意識していなかったことに対して、はるな愛さんが問題提起をしてくれたような気分になった。 女性でない女性から、女性であることを教えてもらう機会は少なくない。  追いかけてゆけばジェンダー論とかに繋がる内容なのだろうな。

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2008.11.26

砂金の一粒

入院中の義父は「そろそろ退院の日程を調整しましょう」という段になってまたまた体調を崩し、絶食と輸液の数日を経てようやく様子を見ながらの経口摂取が再開と、全てが振り出しに戻った感じでまた一から出直しである。 摂取量が増えて点滴が抜けたらリハビリの再開・・てな様子で続いてゆく訳で、はてさて年内に退院できるのかどうかも微妙になってきた感は否めない。

またもやのベッド上安静の為、認知障害の故に彼の思考回路は大暴走状態で、支離滅裂、幻覚・幻聴・幻視に勘違いも上乗せされて、日本語として体をなさないほど喋りまくっている。 どう見ても「躁」。 怖いなあ、危ないなあ。 まあ本当に体がしんどい時はぼんやり・むっつりしているので、それだけ余裕が出てきたということにもなるのか。

もちろん、彼の話の一割も多分私は理解出来ていないし、確認しようとしてもその時には既に話の内容が別のどこかにすっ飛んでしまっているから諦めるしかないのだけれど、とりあえず一生懸命に聞き手を全うする。 機関銃のような言葉の断片の中に埋もれているかもしれない、砂金の一粒のような彼の本音を探りながら。

家に戻ってきて、どっと疲れる。 物理的な疲労以上に「感覚」がくたびれているような不思議な自覚。 ・・ああコレ、昔の精神科実習の時の疲れにそっくりだ。 いきなり脳裏に♪人間なんてララ~ラ、ラララ、ラ~ラ・・がエンドレスに流れて苦笑い。 お風呂で温まって、とっとと寝よう。

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2008.11.25

リンドウの青い花

うかうかしている内にずいぶん寒くなった。 落ち葉に埋もれて真っ青なリンドウが咲いている。 奥行きのある花の内側に秋空の青い色を溜めこんだみたい。

まさに落ち葉の季節真っ盛りで、毎日掃いてもまた次の日にはすっかり道が埋め尽くされている。 ちょっと前までは山桜や柿、今は俗に言う「ドングリの木。」(何種類もあるので総称で。) 配達にいらした方などは「きれいですね」とか「いかにも秋で、いい感じですね」とか、お世辞に言ってくださったりするが、こちらにしてみればワサワサと落ちてくるモンスターとの戦いで少々うんざり気味。 「ドングリの木」が終わると多分次はカエデの類に引き継がれる筈で、まだまだ先は長い。

葉を落とした枝からは、陽の光が地面に届くようになって山全体が明るい。 晴れた日にはウォーキング兼軽いランニングで、冬の一歩手前の断末魔のような陽射しを精いっぱい楽しませてもらっている。 気分転換でもあり頭の中の整理でもあり、気持ちのリセットでもあり、ちょっとした祈りの時間でもあり・・。

走り始める前に空を見上げて両腕を伸ばし青い色を深呼吸すると、自分もリンドウになったような気がする。 

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2008.11.20

深夜のマッキーさん

昨夜お風呂上りにテレビをつけてチャンネルをサーフィンしたら、NHKで槇原敬之さんが唄っていた。 ご自分でナレーションもやりつつ、水族館でのインタビューも流れつつ、で、5曲くらい。 ついつい見入ってしまう。

槇原さんからはある種の不思議な印象を覚える。 何を唄っても、何を語っても、どんな作品を作っても、どこか槇原さん自身じゃないような感覚。 彼の唄いたいもの、話したいこと、言いたいこと、作りたい楽曲は、どこか別の所にあるんじゃないかと勘ぐってしまうような、そんな感じ。 言葉も作品も、彼自身からちょっと浮いて離れているみたいな。

こういう感覚を覚える方は、他にあまり無い。 特別なファンではないので、たまにテレビの画面からお見かけするだけだけれど、しかもその印象は以前からずっと変わらない。 不思議。

・・何気なく画面の隅に時々映るバックバンドに「あれはもしや・・?!」と、ピンと来るものがあって、クレジットをチェックしたら、やっぱりギターを弾いていたのが元MOONCHILDの秋山さんだった。 「ご活躍だなあ」と思ったら胸の奥がキュンとした。 相変わらず、変なところを見ている自分に苦笑。

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2008.11.19

ごまあんラブ

ふと立ち寄ったコンビニのレジ横で、ケースの中で湯気に包まれてほっこり並んでいる中華まんを見ると、思わず視線が吸い寄せられてしまう。 そんなにお腹が空いているわけでもないのに、どういう訳か「ひとつぐらい食べちゃおうかな」と思わせる力は、いったいどこから働いているのだろうか。 もちろん魅惑に打ち勝つことができる場合も多いが、たまたま『あんまん』が『ごまあんまん』だったりすると、あっさりと負けてしまう。 私はごまあんに弱いのだ。

ごまあんは中華料理の範疇なのか? 日本の伝統的なごまあんと言えば専ら『みたらしのあん』にすりごまを入れたものが一般的で、あんこに練りごまを混ぜたものは見かけた覚えがない。 和菓子に応用されるようになってから、まだ歴史が浅いような気がする。 かつては中華菓子の月餅(げっぺい)ぐらいでしかお目にかかれなかったものだが、中華まんが寒い季節のおやつとして普及してからは、そこそこ味わえるようになった。 それでもメーカーによっては「あんまん」は「粒あんやこしあんを包んである中華まん」だったりするし、同じコンビニでも、「去年のあんまん」はごまあんだったのに、「この冬のあんまん」はごま抜きあんだったりするケースがあるので気が抜けない。 粒あんとごまあんの両方をご丁寧に温めてくれているコンビニもあるにはあるが、私の住んでいる地域では稀なようだ。

白玉のような生地でごまあんを包み、茹でてから、金木犀酒で香り付けしたシロップに浮かせた台湾料理をいただいたことがあって、それがきっかけでごまあん好きが決定的になった記憶も新しい。 調べてみると、ごまあんにはゴマ油やラードなどを使う場合も多いらしいので、市販品に使われている場合は多分そこそこに高カロリーなんじゃないかと思われ、それを思い出す時だけは一瞬怯む。 自分で作って使う時には、こしあんに黒ごまペーストを混ぜるだけにしているが、それでもそれなりには美味しい。

これだけ中華まんが身近な食べ物になっているのに、「あんまん」の具は粒あんや単なるこしあんの場合が一般的なところを見ると、ごまあんは人気薄なのだろうか。 美味しいんだけどな、ごまあん・・。

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2008.11.17

Life is like a game of dice.

『ますたあ』の向いているPCのモニターには、メール受信画面が展開されていた。 その後ろ右45°位の位置で私が話しかけている。 こちらサイドからすればどう見ても浅はかとしか思われないような他人の行動の結果の後片付けを、どうしてこちらがしなくてはならないのか、に、ついて。 話しながら、「あっ、この場面、知ってる。 また、だ!」と気付く。 デジャブかも知れない、いつかもこんなことを実際に経験したのかもしれない。 とにかく、この状況設定は初めてのことじゃない。 モニターの画面も、立ち位置も、光の感じも、そして、話している内容も、問題になっていることも、全てが。

毎日たくさんのことを積み重ねて来ても、同じ場所に戻ってきてしまう。 まるで双六の「振り出しに戻る」とか「スタート地点からやり直し」と同じだ。 まだ学べないのか、と呆れる反面で、社会とどこかで繋がって生活している以上は、多分一生これを繰り返すのではないかという、結構確信に近い嫌な予感もする。

世の中は、きっと私が考えている以上に、欲とか浅はかさで物事が動いていて決まってゆき、それでも何となく、何とかなってゆくものなのかもしれなくて、クソ真面目に問題視している自分がばからしくなることがある。

あっちからすれば、私の方が考え過ぎに映っていることだろう。 とりあえず自分にTake it easy!って言うべき所なんだろう。

色々な意味で人生は双六に似ている気がする。 いつかは上がれるのだろうか?

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2008.11.09

蒸しパン

雨がしょぼしょぼと降り続いて寒い一日に。 ほっこりと温かいものが恋しかったので、午後のお茶に蒸しパンを作った。

蒸しパンの魅力はなんといっても、てっぺんに出来るあの「裂け目」に集約されるように思う。 アルミケースに流し込む時には『でれーん』といかにも頼りない印象の生地が、どうしてあんなにぱっくりと、それでいてふっくらと口を開くのかと毎度ながら感心してしまう。 バターケーキやチーズケーキでも同じように裂け目はできるが、あちらは蒸しパンに比べれば固い生地で固い焼き上がりなので、然もありなん・・と印象も薄い。

かつて電子レンジで蒸しパンが作れると聞いて試してみたことがあった。 昔の電子レンジは場所によってマイクロ波の当りムラが大きかったり、出力の調整が出来なかったりして、結局は加熱時間の調整が上手くゆかずに諦めたのだったが、ガラス扉の向こうで生地がもくもくと膨らんで、やがてぱっくり裂け目ができる様子をじっと観察できたのは面白かったことを記憶している。 今でも中の蒸しパンがどんな様子で膨らんでいるのか、途中で蒸し器の蓋を開けて覗きこんでみたくなる衝動を押さえるのに苦労する。

蒸しパン  底の直径3cm弱の小型アルミケース4個分

  • 薄力粉            50g
  • ベーキングパウダー    小さじ半分強
  • 砂糖             大さじ1
  • 牛乳             50cc
  • 生のサツマイモと小豆の甘納豆
  1. 薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖を器に合わせ、牛乳を注いでダマが無くなるまで混ぜる。 このくらいの量ならばわざわざ粉をふるう必要はない。 手早く混ぜれば大丈夫。
  2. サツマイモは一辺1cm弱のダイスに切る。
  3. アルミケース等の耐熱性の容器に小さじ1程生地を流し入れ、サツマイモのダイス3~4個と小豆の甘納豆5粒程度を生地の上に散らす。
  4. 残りの生地を等分して具の上から流し入れる。
  5. 蒸気のあがった蒸し器で、強火で10分蒸す。 竹ぐしを刺してみて生地が付かなければ出来上がり。

プロセスチーズやジャム、栗、レーズン、ダイスに切った羊羹、などなど、具は手持ちのもので工夫してください。 生地にココアや抹茶、コーヒーを混ぜても。 黒砂糖を使っても美味しい。 器が大きい場合は、分量全体を何倍かに増やして。 蒸し器で湯を沸かす間に準備が整ってしまう手早さが魅力!

懐かしい記憶を思い出すような素朴な味。 ノンオイルで体にも優しいかな。 

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2008.11.07

事実かどうかなんてどうでもいい

どっしりした木製の椅子に、これまたどっしりと落ち着いた様子で座っている男性がひとり。 初老で白髪。 ちょっと頬骨の張った引きしまった顔立ちで、体つきはスリム。 その人の横に立って屈み込むようにして話している私が居た。 何やら楽しそうである。

男性が私の名前をやけに親しげに愛情を含んだ呼び捨てにしているのだが、私は相手のことを知らない。 「恐れ入りますが、どちらさまなんですか?」、と、失礼だと思いながら尋ねると、私の実家の名字を名乗って「○○のおじじ(おじいさんの方言?幼語?)だよ。」 それからも楽しげな会話が続き、最後に「みかんが食べたいな」、と、言われた後で目が覚めた。 夢だったのか、と、自分で驚く。 夢よりももう少しリアリティーのある、淡い幻のような後味が残っていた。

私は実家の父方の祖父を知らない。 私が生まれる前に既に亡くなっていたからだ。 写真もほとんど残されていないので、顔つきも分からない。 変な夢だと実家に電話をして聞いてみると、どうやら私が会っていた男性の特徴は正に祖父に合致しているらしい。

そんなことがあるのかとか、霊がどうのこうのとか、そんなことは私にとってはどうでもよかった。 大事なのは祖父と楽しくおしゃべり出来たこと、それだけで十分だ。 繋がっていると信じていれば繋がっているのだし、心でシャットアウトすれば途切れる、それだけのことだと相変わらず思っている。 別にいろいろな信条の人があっても、それぞれでいい。 相手の信条にちゃちゃを入れるのは、それこそ大きなお世話だろう。

次の日、買い物に出かけた私は、まだ早生のみかんの小さなネットを買った。 テーブルの上の空いたスペースにナプキンを敷いて何となく積み上げて、自分の宗教のやり方でお祈りした。 言葉を唱え終えて眼を開けたら、何処からかはっきりとウイスキーの香りが漂ってきた。 あれ?昨夜のボトルの口を閉め忘れていたかと、慌てて確認してみたけれど、ちゃんと閉まっている。

実家へみかんをお供えした報告の電話をもう一度かけてみたが、祖父がウイスキーを嗜む人だったかを確認することはできなかった。 私のお酒好きはやっぱりご先祖からの遺伝なのかもしれないな、と、思ったら可笑しくて、厨房でひとり笑ってしまった。

これからは、晩酌の時に一緒に飲んでくれる相手がありそうだ。 いや、私が気がつかなかっただけで、今までも一緒に飲んでいたのかもしれない。 

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2008.11.05

ああ、そっちね。

外出先でお昼を食べようとして手書きのお品書きを見ていた。 ご丁寧に美しい毛筆体。

ミックスフライ定食(さかな、ひれ、えび) と、ある。

何の鰭(ひれ)か?おもしろそうだな、コリコリしているのかな? と、そこまで考えて、やっと「あっ!」

ひれって「ヒレかつ」の「ひれ」か、と、気付く。

なーんだ。 つまんないの。

気が付くのが遅すぎるという声が聞こえてきたりこなかったり・・。

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2008.11.04

イメージ(毒)

K氏が逮捕されたとの一報を聞いて、すわ大麻か覚せい剤か?!と思ったら、詐欺だという。

やっぱり人をイメージで決めつけてしまうのは失礼なことだよな、と、内心少々反省するが、よく考えてみれば、大麻や覚せい剤よりも詐欺の方がよりぴったりくる感じもして、「うーむ・・」と唸る。

どちらにしても失礼なことは変わりがなくて、残念なことも同じだ。

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2008.11.03

野暮

昨日の「秋の天皇賞」といい夜中のF1グランプリといい、凄い試合が続く時には続くものだなあ、などと息をのむ感じで見入っていた。

この三連休はプロ・アマを問わずたくさんの試合があっただろうから、たくさんのドラマが生まれたことだろう。 全世界で今日一日に人間が作り出した感動の総量は、すさまじいものになる。

漠然と、人間ってすごい、と、思った。 ・・思ったけれど、深追いしないでおく。 あまり野暮なことは考えない方が良い。 そういうものは考えるんじゃなくて、きっと、感じるべきものだろうから。

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2008.11.01

賢いのは誰

洗濯ものを干そうと外へ出ると、裏庭に設置してあるコンポストの蓋が開いている。 あれれ?、と、近づいてよく見れば、蓋や本体に泥が付いていて、コンポストの中身(即ち生ゴミの類)も荒らされていた。

コンポストの蓋と本体にはそれぞれ90°ずつ4箇所の凹凸があって、それらを合わせないと蓋が開けられないように作られている。

Cocolog_oekaki_2008_11_01_12_42

なので、誰か蓋の取っ手部分をひっかけて器用に回せたヤツが居たということに・・。

ひずめ系の動物には無理だろうから、猿かハクビシンか、狸か?? あっ、でも、口や鼻を器用に使えば、もしかすると鹿やイノシシでも可能だろうか?

「なかなかやるじゃないの」、と、心強い気持ち半分、「これを学習されてしまうとちょっと厄介だな」、との、懸念も半分。

きっと秋はみんなお腹が空く季節なんだな。

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