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2008.11.17

Life is like a game of dice.

『ますたあ』の向いているPCのモニターには、メール受信画面が展開されていた。 その後ろ右45°位の位置で私が話しかけている。 こちらサイドからすればどう見ても浅はかとしか思われないような他人の行動の結果の後片付けを、どうしてこちらがしなくてはならないのか、に、ついて。 話しながら、「あっ、この場面、知ってる。 また、だ!」と気付く。 デジャブかも知れない、いつかもこんなことを実際に経験したのかもしれない。 とにかく、この状況設定は初めてのことじゃない。 モニターの画面も、立ち位置も、光の感じも、そして、話している内容も、問題になっていることも、全てが。

毎日たくさんのことを積み重ねて来ても、同じ場所に戻ってきてしまう。 まるで双六の「振り出しに戻る」とか「スタート地点からやり直し」と同じだ。 まだ学べないのか、と呆れる反面で、社会とどこかで繋がって生活している以上は、多分一生これを繰り返すのではないかという、結構確信に近い嫌な予感もする。

世の中は、きっと私が考えている以上に、欲とか浅はかさで物事が動いていて決まってゆき、それでも何となく、何とかなってゆくものなのかもしれなくて、クソ真面目に問題視している自分がばからしくなることがある。

あっちからすれば、私の方が考え過ぎに映っていることだろう。 とりあえず自分にTake it easy!って言うべき所なんだろう。

色々な意味で人生は双六に似ている気がする。 いつかは上がれるのだろうか?

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コメント

ご無沙汰しております。
最近似たような事を考えてたので、ビックリしてのコメントです。
多分ですけど、世の中は「欲とか浅はかさ」で決まっていっているものを、あとから膨大な理由を付けて、何とかなっているんでしょうね。だから双六に「10コ進む」みたいな「人生って簡単」的なコマがあるのかな~なんて…。
考えの角度は違いますが、そんな事を先日来、考えていました。

投稿: クッスィ~ | 2008.11.17 19:10

クッスィ~さん、いらっしゃいませ。
「あとから膨大な理由を付けて」という表現に、同調するものを感じます。 そうなんですよ、いつも「後から」なんですよね、考えてみると。 「後から」の積み重ね。

太古の昔から、人間のやっていることはそう変わりがないんじゃないかと思うことが、最近続いています。 それが欲や浅はかさと深く関係しているような。 本質の部分は、繰り返しパターンなんじゃないかと。 なんででしょうか。 じゃあ学習とか知識とかはどうなっちゃうんだ、っていう話になりますが。 自分でもよく分かりません。(変な日本語でごめんなさい。 まだ上手く表現できないんです。)

身につけるべきは、意識的な愚かさ? もしくは何かを諦めたような寛大さ?? それをもしも愛と呼ぶんだとしたら、返す言葉がなくなりそうで怖いですが。

「10コ進む」っていうのも、たまには引き当ててみたい気がします。 

投稿: リーボー | 2008.11.18 11:34

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