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2008.11.07

事実かどうかなんてどうでもいい

どっしりした木製の椅子に、これまたどっしりと落ち着いた様子で座っている男性がひとり。 初老で白髪。 ちょっと頬骨の張った引きしまった顔立ちで、体つきはスリム。 その人の横に立って屈み込むようにして話している私が居た。 何やら楽しそうである。

男性が私の名前をやけに親しげに愛情を含んだ呼び捨てにしているのだが、私は相手のことを知らない。 「恐れ入りますが、どちらさまなんですか?」、と、失礼だと思いながら尋ねると、私の実家の名字を名乗って「○○のおじじ(おじいさんの方言?幼語?)だよ。」 それからも楽しげな会話が続き、最後に「みかんが食べたいな」、と、言われた後で目が覚めた。 夢だったのか、と、自分で驚く。 夢よりももう少しリアリティーのある、淡い幻のような後味が残っていた。

私は実家の父方の祖父を知らない。 私が生まれる前に既に亡くなっていたからだ。 写真もほとんど残されていないので、顔つきも分からない。 変な夢だと実家に電話をして聞いてみると、どうやら私が会っていた男性の特徴は正に祖父に合致しているらしい。

そんなことがあるのかとか、霊がどうのこうのとか、そんなことは私にとってはどうでもよかった。 大事なのは祖父と楽しくおしゃべり出来たこと、それだけで十分だ。 繋がっていると信じていれば繋がっているのだし、心でシャットアウトすれば途切れる、それだけのことだと相変わらず思っている。 別にいろいろな信条の人があっても、それぞれでいい。 相手の信条にちゃちゃを入れるのは、それこそ大きなお世話だろう。

次の日、買い物に出かけた私は、まだ早生のみかんの小さなネットを買った。 テーブルの上の空いたスペースにナプキンを敷いて何となく積み上げて、自分の宗教のやり方でお祈りした。 言葉を唱え終えて眼を開けたら、何処からかはっきりとウイスキーの香りが漂ってきた。 あれ?昨夜のボトルの口を閉め忘れていたかと、慌てて確認してみたけれど、ちゃんと閉まっている。

実家へみかんをお供えした報告の電話をもう一度かけてみたが、祖父がウイスキーを嗜む人だったかを確認することはできなかった。 私のお酒好きはやっぱりご先祖からの遺伝なのかもしれないな、と、思ったら可笑しくて、厨房でひとり笑ってしまった。

これからは、晩酌の時に一緒に飲んでくれる相手がありそうだ。 いや、私が気がつかなかっただけで、今までも一緒に飲んでいたのかもしれない。 

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