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2008.12.11

目の前の一歩

その初老の女性はレジの前を行ったり来たりしていた。

レジの列に並んでは、順番が来る前に逃げるように列から離れて陳列棚の通路へ入っていってしまう。 またしばらくすると列に並び、また居なくなる。 それを私が商品を選んでいる間ずっと繰り返していたようだった。 なんかちょっと妙な動きをしている女性が居るな、とは気付いていたのだが、ずっと見ていた訳ではないので分からない。 私がレジの列に並ぶと、たまたま前に並んでいた女性がその人だったのだ。

しばらくするとなんだか困り顔でそわそわし始めて、またふらっと列から外れようとしたので、思い切ってその人にしか聞こえないように顔を寄せて話しかけてみた。

「なにかお手伝いできることがありますか?」 すると、さっと顔色が変わり、こう言う。 「あのー、なんだか私、どうやってお金を払ったら良いのか、急に分からなくなってしまって・・。 こんなことは今までなかったので、どうしたら良いのか・・。」 「そうですか、じゃあ私が一緒にやりましょうか。」 「すみません。 助けてください。」 「ところで、お金はお持ちですよね。」 「はい、持っています。」 手提げから財布を出して、わざわざ口を広げて見せてくれた。 「大丈夫ですよ、一緒にやりましょう。」 彼女の背中に私の掌をあてがうと、緊張で小さく震えているのが伝わってきて切なくなった。

次が彼女の番というところまで列が進んだので、「買い物かごを台に乗せましょうか。」と、促すと、その通りに。 後は何事もなく店員さんが商品を読み上げながら会計をし、総額を提示し、彼女がお財布からお金を払い、お釣りを受け取って、何事も無かったかのように順調にお終いに。 肩透かしを食ったように、何事もなく会計は終わってしまった。

「どうして急にこんなことが判らなくなってしまったんでしょう。 助けて下さってありがとうございました。」 「いえいえ。 お帰りは大丈夫そうですか?」 「はい。」 「どうぞ気をつけて。」 続いてレジ作業を待っている私に、深々と頭を下げて店を出て行った。 彼女の言っていることが本当だとすれば、一番ショックを受けているのは彼女自身に違いないと思う。 なにか一時的なものか、それとも軽い認知障害の始まりか。

なにかと混乱し続けている義父の相手をしているおかげで、こういったご老体の「大抵のこと」には動じなくなってきている私に、私自身もびっくりした。 老いることもなかなか大変なように見受けられる。 明日は我が身、の話だ。 前以ていろいろと知っておく機会があることに感謝しなくてはいけないな、と、思った。

一時的なものにしろ、そうでないにせよ、ちょっとした混乱でパニックになっている相手には、穏やかに物静かに、次にするべき行動をひとつだけ、それも具体的に提示してあげると効果が高いようだ。 あれもこれもではなく、まず次に踏み出す一歩分だけ手を引いてあげる。 これは経験から学んだこと。 万能かどうかは定かではないけれど。 

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