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2009.03.27

気が向いたので

実家の母が何処ぞからいただいたという大量の甘夏柑で、これまた大量のマーマレードを煮上げたそうで、そのお裾分けに与った。 パンのお供に、また、ヨーグルトに添えてと楽しんでいるが、それでもたっぷりとある。 ここ数日寒く、ちょっとこってりしたおやつが恋しくなったこともあって、マーマレードを使って手抜きのオレンジ風味の焼き菓子を作ることにした。

室温に戻したバター50gに砂糖大さじ1を入れて、ホイッパーで盛大に混ぜ合わせ、卵1個を数回に分けて加え、そこへマーマレードを大さじ山盛り3ほど。 ホットケーキミックス100gを加えて混ぜた。 生地が硬そうなので牛乳を大さじ1追加して、型に流して170℃のオーブンで30分。 まだ中が焼けていなかったので10分追加焼き。

ホットケーキミックスは気楽で良い。 ふるう必要もないしベーキングパウダーも必要ないし、何よりも気が向いた時に、その気を削ぐ暇を与えてくれないことがありがたい。 ストックヤードに一袋持っておくと何かと便利で安心だ。

アッサムを淹れての午後のお茶。 意味もなく少し痩せてしまったので、上手に戻さないと。 中年ともなると若い頃とは違って、痩せていることが見た目の「貧弱」とか「貧相」に直結してくるので、ね。(苦笑)

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2009.03.26

早蕨(さわらび)

ガラス窓越しに頭をもたげたワラビの新芽が数本見えていた。 どうも気になってしまう。 あっあんなに伸びてきた、とか、もう一本向こうに生えてきた、とか。

毎日うずうずして落ち着かないので、夕方サンダルを突っかけて庭へ出てゆく。 足の傷はガーゼをぐるぐる巻きにしてクッション性を高めれば、なんとか歩けるようになってきた。

5cmくらいに伸びたものから、頭を出したばかりでまだ「くの字」に腰を曲げているものまで、10本ほど集まる。 「こんなの料亭の煮物に添えてあったら、数千円は取られそうだな」、などと、取らぬ狸の皮算用。 へへへ。

重曹で茹でるが、何せアク抜きの時間が足りなかったので、予想通り苦みが残る味わいに。 そのまんまちょびっと醤油をかけ鰹節を乗せてお浸し。 量が少なかったので、苦みも風情の内として楽しめた。

たかがワラビなのだけれど、いかにも「早蕨」という感じで、しみじみ日本語を意識する。 早蕨という単語の響きがとてもきれいに感じられて嬉しかった。

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2009.03.23

「じっくり」の対義語は何か。

またまた義父が急に入院し、ドタバタして、一週間で退院。 大事に至らずに済んで良かった。 はぁ~。 色々ありますわなあ、という感じ。

潰瘍?の皮膚はまだ普通に歩ける状況ではないので、夏のサンダルを引っ張り出して、パッキンに使う「プチプチ」を筒状に丸めてクッションを作り、子供の工作のようにガムテープで底に貼り付けて、足の指だけが底から浮くように細工した。 履いている時にはガムテープもクッションも足に隠れて見えないので非常に都合が良いのだが、何かの機会で屋内に入る際スリッパに履き替えたりすると、脱いだ『ガムテープ付きの怪しげなサンダル』をどこに隠そうか、恥ずかしくて困る・・。 そんな時、多分「危ないオバサン」だ、あたし。

薬を塗ったりガーゼで保護したりするので、ほぼ定期的に傷を見ることになるが、観察していると「傷は夜に修復されてゆく」ことが見て取れて面白い。 昼と夜とでは同じ時間の経過でも、修復されてゆく面積の広がりが大違いだ。 歩かないことに加えて、成長ホルモンの分泌の仕業なのかな、などと思いつつ、へぇ~。

洗濯物を干しながら久しぶりに庭でぼんやりしてみると、水仙は満開だわ、桜は開花するわ、ワラビが生えてきているわ、カナヘビも冬眠から起きてきたわで、いつの間にかあれよあれよと春三昧だった。 知らぬ間に勝手に季節が進んでしまったような、悔しいような気分に陥る。 ウグイスの鳴き方もいつの間にかずいぶん上手になっていた。

一年ぶりくらいに集まって新宿でランチ会をした高校時代の部活の同期仲間が、欠席の私のためにみんなで手紙を送ってくれた。 懐かしいそれぞれの文字と懐かしいそれぞれの言い回し・・訳もなくふっと泣きたくなる。 大人になるのも悪くないもんだな、と、しみじみ思う。

『ますたあ』が「ようやく色々な事が、少し落ち着いてきたかな」と、言う。 「そうだね」、と、返しつつ、その通りにあれと強く望む。 また少し冷え込むらしい。 行ったり戻ったり、繰り返す波のように、日々の生活は続くよ。

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2009.03.19

紅菜苔

地元のJAが運営している農作物の直売所を覗いたら、見たことのない野菜があったので買ってみた。

「菜花のトウ」のようだが、つぼみの部分以外はナスのような濃い紫色をしている。 生産者の名前を印字したシールには「紅菜苔」の文字。 どう読むのかすら分からない。 菜花みたいなものなら、まあ何とか出来るだろう、と、踏む。 束の3分の1程をさっと茹でてとりあえずはおひたしにしてみると、癖も無くなかなか美味しい。 これならば何にでも使えそうだな、と、安心した。

調べてみると、読み方は「コウサイタイ」だそうだ。(そのまんまだった。苦笑。) 中国野菜で和名は「紅菜花・ベニナバナ」。 こう書いてもらえれば、名は体を表すという感じでぴんとくる。 炒め物など油との相性も良いらしい。 では、次回はそのように・・。

新しい食材を見ると、ついついあれやこれやと試したくなって楽しい。 慣れない香辛料などは時々派手に失敗することもあるが、それもご愛敬の内ということで。 あくせくするプロセスが面白いので、わざと、前もってネットで調べたりしないようにしている。 食材(初めて使うものは、特に。)に対して予備知識があると、時々創造性を邪魔されてしまう気もして。 なので、まず一度自分の力で試して、次に調べて裏付けるようにしているつもりだ。

しかし、どうして「苔」なんだろう? もう少し深く調べてみますかね。

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2009.03.17

静岡はしもやけ王国らしい

皮膚科医を探し出して受診した。 理由は「しもやけ」。 たかが「しもやけ」と侮るなかれ、だったんである。

例年「しもやけ」は足首から先にできていた。 赤く腫れて痒くなり、それでも春が来れば自然に治ってしまう。 なので、あまり気にも留めていなかったのだが、この冬は初めて大きな水疱を作り、それがやがて半月程してかさぶたとなり、お風呂上りにぺろんと剥けた翌日、遠距離を歩いたのが致命的だったようで、ぐずぐずと爛れてしまったのである。 あまりに傷の状態がウェットで、しかも、場所が足の薬指の腹で日常生活の歩行にも支障があるので、重い腰をあげて皮膚科へ。

皮膚科医は私が地元の言葉を喋らないのを聞くと、まずひとこと「静岡はね、しもやけ王国なんですよ。 他の場所から引っ越してきた人は、みんななってますね」、と、言う。 朝夕と昼間の寒暖の差が大きいのがマズイらしい。 「だから『しもやけ』の患者さん、とっても多いですよ。 でもね・・」 はぁ。 「私もここで随分長く皮膚科やってますけれど、こんなに酷いのは・・。」 呆れられた。 「これはもう、『しもやけ』の域を超えて、『凍傷の後にできた潰瘍』ですね。」 ・・ここは極地か?!

それはそれは丁寧な対処法を聞いて、たんまりと薬を処方されて帰ってきた。 次回の受診はさて置き、次の冬は遅くとも10月には受診するように言われる。 とにかく縮んだり拡がったりする仕組みを忘れきってしまった血管を鍛え直すのが、一番の予防らしい。 その訓練には冬本番の前に2~3か月必要だとのこと。 ひえー、奥が深いな。

とりあえず私が今までやってきた対処法は、決して間違ったものではないそうだが、「そんなに対策していても、こんなになっちゃうとなると、相当気合いを入れて血管を鍛えないといけませんね。」、だそうだ。 「まあ何はともかく、とにかく傷を治さないと。 それからの話ですから。」

あまりに酷いので、ベースとなる基本疾患(膠原病やら糖尿病やら)が無いか、一応調べたいようなことも言われた。 膠原病なんて人生の中で検査された記憶がないので、良い機会と思うしかないか。

せっせと足のマッサージ、せっせと塗り薬、そして、せっせと漢方薬で冷え体質の改善、という一週間になりそうだ。 うーん・・がんばってみます。 まずは生姜がお友達?!

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2009.03.16

妙な風物詩

不思議なもので、毎年春が来ると庭に漂ってくる匂いがある。 たくあんの匂いを薄めたようなもので、漬物工場の周辺地域でも匂ってきそうな種類のものだ。 人工的な匂いではないので不快感は無いが、いったい何なのかは気になるような匂い。

はじめはどこかの下水管や浄化槽の問題かと思っていたが、どうやらその線は否定された。 次にコンポストの中身を土に帰すために土中に埋めるので、そこが発生源かと考えたが、それも違っているようで、どこから来る何の匂いなのか、いまだに判らずじまい。 それでもお約束のように毎年、春の一週間ほどに限定して漂う。

昨日、今年初めてその匂いを感じた。 そして、今日もしっかり漂っている。 「春になったんだな」、と、つくづく思った。 首を傾げたくなる妙な風物詩。

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2009.03.09

ジャージ

体育会系の合宿についてきた関係者だろうか、選手たちとは一線を引くようなスタンスの中年男性がふたり、厨房の前のグラウンドで「ジャージ」についてずっと話していた。 体育会系の人は地声が大きいタイプが多いので、聞くともなく聞こえてしまうことが多い。

「春の某社の新デザインはカッコ良くて欲しいが、値段が高いので買おうか迷っている」だの、「自分は学生の頃からずっと某社のものしか着たことがない」だの、結構熱く盛り上がっている。 「たかがジャージ如きで・・」などと思いながらお昼ご飯の材料を切っている私とは、すごい温度差であった。

ジャージは確かに着ていて楽だし丈夫には違いないが、どうも肌触りの感触が好きではないので、ルーム・ウェアとしては使っていない。 でも、スポーツと言ってもウォーキングや軽いランニングを日常的に取り入れている人が増えていることを考えれば、ちょっと近所に出かける程度ならわざわざ着替えなくていいことは、ポイントになり得るな、とも思う。

それに、中年男性の話ではないが、結構ジャージは高い。 たまにスポーツウェアの売り場を覗いたりすると、びっくりするような値段が付いているものもあって驚かされる。

若い頃、飲み友達と待ち合わせしたら、相手がジャージ姿で現れたことがあった。 「いくら相手がアタシだからって、ジャージは無いんじゃない?」、と、呆れる私に彼はこう言い放った。 「えっ? だってこれ、外出用のジャージだよ!」 まあ気持は分からなくもないが、店が店なら入り口で弾き出されたんじゃないかと思う。

最近ではジャージ素材も見直されて、デザイナーの元でファッションのアイテムとして生まれ変わり、ショーでモデルさんが着たりもするらしいが、何だかどうもピンとこない感じがある。 土埃をかぶりながら走っている、そんなイメージから抜け出させてあげられない。 やっぱり私の中ではどうしても、「ジャージはジャージ」なんである。

あんな歳になってもジャージの話題で盛り上がれるなんて、さぞかしコテコテの体育会系で熱い学生時代を送ったんだろうな、そんなことを想像しながら、ホウレンソウを洗っていた。

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2009.03.05

一年後

明日以降はまた雨になるらしいので、湿度の低いうちにと雛飾りを片付ける。

顔や頭を柔かい布で覆ってから体全体を大きめの不織紙で包みこんで、防虫剤と一緒にケースの中へ。 なんとなく擬人化している感覚があるので、ケースの底にパッキンを敷いてその上に丁寧に寝かせる。 「人形なんだから壊れなければ良い」だけの筈だが、私を育ててくれた人達の色々な想いがこもっているようで、軽く扱うのが憚られる気がしてしまって。 「また来年の春にお会いしましょう」、と、何の気なしに頭を下げてから、ガラスケースの扉を閉めた。

一年後か・・、と、ぼんやり考える。 ずっと先のことのような、すぐそこのことのようでもあり。 不思議だ。 一年後の私は、いったいどんな気持ちでお雛様を眠りから起こすのだろう。

久しぶりに青い空を見た「啓蟄」の午後。 降ろしたばかりの春色をした小さなお餅の雛菓子で、みんなでお茶をいただいた。

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2009.03.03

春の雪

桃の節句は雪になってしまった。 お雛様も寒そう。

このところ常識を逸脱したペースで電話をかけてくる方があった。 病気だから仕方がないのは私も認めているが、だんだんとこちらに依存してきている状況が客観的に見て取れたので、距離を置いてもらうことにした。 介入の責任が取れない以上、安請け合いは長い目で見ると危険だと判断。

電話が途切れると静かだ。 雪のせいもあり、しんと静まっている感じがする。

昔から私は電話が得意ではない。 長電話となれば、余計に。 「相手の時間を自分が侵食している感」が、どうしても付き纏ってくる。 それに、話が長いということは、つまり、物事を要約出来ないこととイコールのように思えて、妙なストレスが溜まってしまうのである。 長電話するならちょっと無理をしてでも、実際に会って話す機会を作る方を選ぶ。 若しくは、相手の自由や時間を浸食しないで済む手紙やPCのメールにする。 ただ、この辺の感覚や受け取り方は、人によってだいぶ違いそうなので、事を難しくする場合もあるのだけれど。

突発的に来客があったり、疲れる会議に参加したり、意味不明に発熱してみたり、そして今日の雪と、「何がどう」というわけでもないのだが、何となく相変わらず落ち着かない。 もうしばらくはこんなペースが続きそうな予感がする。

昨日は風で飛んだ洗濯物に慌てて、庭の階段を一段踏み外した。 子供のように思いっきりコケて、地面に放り出される貴重な体験をした。 痛ててて・・と足首を抑えながら、ふと気付くと土の匂いがして、地面の温もりが頬に暖かい。 立ち上がって土を払いながら、誰にするでもなく照れ笑いのような苦笑い。 春の気配がすこし判ったような気がした。 土の庭で助かった。 おまけに誰にも見られなくて良かった。

青あざは冬の名残を集めたような色をしているな、と、思った。 せめて二桁の外気温が欲しいなあ。 

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