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2009.06.16

梅雨時

● 窓の外にネズミモチの木がある。 ちょうど白くて細かい花をたくさん咲かせている。 特別なんということも無い「普通の木」に見えるのだが、何故か昆虫たちには大人気! 他の花を差し置いて、圧倒的人気のように見受けられる。 どのくらい凄いかというと、集まっている蜜蜂の羽音で木全体がブンブンと音を発しているように聞こえる。 先日ぱっと見で数えただけでも50匹近い蜂に、10頭の蝶が一本の木に確認された。 見えただけでそんな数だから、実際はもっとたくさん居るに違いない。

蜜蜂も蝶も何種類もやって来る。 見ていると、どうも蜜蜂は基本的に自分のするべきことに必死で、すぐそばに別の蜂が居ても、たとえそれが別種の蜂であっても、お互いに「我関せず」を貫いている。 それに引き換えアゲハ蝶は自分が花に止まることを二の次に回しても、他のアゲハ蝶を認識するや否や、まず追いかけて邪魔をして追っ払おうとする。 自分が既に花に止まっていても、わざわざ飛び立って相手の邪魔をする。 優雅な姿とは対照的でずいぶん縄張り意識が強いようだ。 同じ昆虫でも蜜蜂とアゲハ蝶とでは、かなり性格が違いそう。 面白いものだな、と、思う。

ウグイスやメジロ、スズメも飛んできて、ちょいちょいと枝から枝へ飛び移っては、くちばしの先に青虫や尺取り虫をくわえて飛び立ってゆく。 どこかの巣で子育ての最中なのかもしれない。

ネズミモチの木は冬になると紫色の細かな実をたわわにつけて、それが今度は鳥たちの餌場として大人気になる。 たかが一本の木なのに本当にたくさんの命を養っている様子がとっても心強く思えて、なんだか頭を下げたくなった。

● 今年初めてのナスを触ったら、ヘタの棘が掌に入ってそのまま埋もれてしまった。 ナスごときに刺されるとは、何とも情けない気分。 自然に取れてくれることに期待しつつ、そのままいじらずに様子を見ることにした。 自分の思い通りにならないことを持続的に抱えていることも、また大事なことなんじゃないかと、言い訳のように考えてみる。

● 夕方、友人に長い手紙を書いた。 この時代になっても、手紙が相応しいシーンがあることに、ほっとするような嬉しいような不思議な気分だった。 届くまでの「間」の微妙さが大事なんだよな。 ウェブでのやり取りやE-mailと比べて、自分の字で言葉を綴るのは、話して伝えることに近い気がすると、書きながら思った。 使い分けできる時代に生きていることに感謝。   

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コメント

新鮮な茄子のトゲはなかなかの凶器ですよね!
僕も何年か前にやられました。
茄子ごときに、情けないってやっぱり思いましたが、
鋭いくせに弱いので、途中で切れて手の皮の中に残っちゃったりして。
そのときはしばらく痛くて、結局いらついて焼いた針で掘り出したような記憶が。

投稿: Mr.Spice | 2009.06.17 11:41

Mr.Spiceさんも茄子にやられた経験をお持ちでしたか。

そうなんです、「鋭いくせに弱い」ところが困りもので。
硬いトゲなら押し出せばそこそこ頭ぐらい出してくるんですけど、なんだかしっぽりと組織に馴染んじゃっている感じで。

当方もそのうちきっと針かカッターを持ち出すことになると思います・・(-_-;)

投稿: リーボー | 2009.06.17 21:12

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