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2010.01.26

遠くの方で

はっきりした濃い甘さのお菓子も好きだが、飲み込む段になってやっとうっすらとほの甘いようなお菓子も、また美味しいと思う。 例えばリッツとかプレーンのプリッツとか、(ギンビスの)アスパラガスとか。 食べた瞬間は「ん?」と思うような寝ぼけた感じなのだけれど、小麦粉の味とバターの香りがして、最後にほんのりと甘くて後を引く。

急にお客様がみえることになったので、お正月の名残りのきな粉を使ってクッキーを焼いた。 あの「ほの甘い感じ」を狙ってみたら、ちょうど良い具合にできたので。

 ほろほろきな粉クッキー    20~25個分

  • 有塩バター    60グラム
  • 砂糖        25グラム
  • 薄力粉      80グラム
  • きな粉       20グラム
  1. バターはボウルに入れて室温に戻すか、電子レンジで15秒ほど加熱しゆるめて、練っておく。
  2. 1のバターに砂糖を加え、盛大にかき混ぜてふわっと白っぽくする。
  3. 薄力粉ときな粉を加えて均一に混ぜる。
  4. 指先で直径2センチ大の球形に丸め、オーブンペーパーを敷いた天板に並べ、170℃に余熱したオーブンで15分焼く。

 ●卵は入れません、ベーキングパウダーも使いません。 ●混ぜている時にはボロボロで纏まらないように見えますが、指先に力を入れるようにすれば、くっ付くこともなく丸められますのでご心配無く。 手のひらで転がすと、逆に纏まりません。

立春が近づき、ぴんと張り詰めていた寒さの糸の一番底の一本だけが、何となく緩んできた感じがする。 寒い時期はどうしても、濃い甘さのしっかりしたお菓子で濃いお茶を楽しむことが多かったが、どことなく漂う気配を探すような、そんなお菓子も登場させて春を呼び込みたい気分になってきた。 体は正直だな、と、思う。

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2010.01.23

it (今年も『クリスマスの約束』を見て その2)

なるべく頑張って書いてみるつもりではいるが、何せ力不足につき、やっぱり昨年末のテレビ番組「クリスマスの約束」をご覧になった方にしか伝わらないかもしれないことを、初めにお詫びしておくことにする。 ごめんなさい、題材がコアで。

この番組は基本的には小田和正さんが「やりたいことをやる番組」で、ソロでの活動が長くなってしまった氏が、年齢やジャンルを超えて音楽という共通項でお互いを認め合いながら一緒に何かやりませんか、という感じで、ここ数年はゲスト・ミュージシャンたちを呼んでコラボレートしながら、その準備の過程をドキュメントタッチでまとめ、ステージでライブとしてお客様に見せる形態をとっていた。 で、昨年の番組においてはついに21組のミュージシャンたちが一堂に会し、小田氏と同年代の人から二十代の人まで、それぞれの持ち歌をワン・フレーズずつ当人と全員が唄いまくるという20分オーバーの楽曲を披露してくれた。

まず数組の「実行委員会」が招集され、「何のためにやるのか」「やって楽しいのか」「ちゃんとできるのか」などの討論を経て、しまいには「それは番組として成立するようなものなのか」と、首をかしげるテレビ局のプロデューサーを説得し、すったもんだの末のゴーサイン。 練習を始めてみれば、それぞれ売れっ子で時間が揃わないわ、楽譜を読んで来ないわ、歳のいった人は覚えが悪いわ、前回の練習内容を忘れているわ、キーが合わないわ、編曲に無理があるわ・・で、それぞれがそれぞれに寝不足、悩み、苛立ち、欲求不満等を抱え、でも参加表明しちゃったのは自分なんだし、そこには自分の責任もある訳で逃げられない状況の中、励ましあったり慰めあったりしながらプロ意識と根性を発揮し、それを小田氏が食事会やったり壮行会やったりしながら盛り上げてバックアップし、最終的にはちゃんと完成度の高い楽曲をお客さまに披露することに成功した上、唄った21組の当人たちも力を合わせて苦難を乗り越えたことに感動、見ていたお客様やテレビの前の人たちもなんだか感動して、万々歳という結果になった。

 私もボロボロ泣きながら見ていたし、変なドラマなんかよりよっぽど感動したのは、昨年末に書いた記事の通りだ。 ただし、なのである。 手放しで100%すっきりできない、何か余計なものがずーっとこびり付いてきたのも、また正直な気持ちだった。 99.8%までは到達していて多分それは最高点なんだけれど、0.2%だけ何かの負の感覚。

これは憶測だが、多分人間というものは「このやり方」が好きだ。 このやり方をすれば自分も感動できるし、人がこれをやっているのを見れば感動できることを知っている。 そして、結果として出来上がった作品を見れば「このやり方」がちゃんと使われてできたものなのかを、一発で見分けることまでできる。 なぜか分からないが、多分誰でも。

例えば団体でやるスポーツの類、オーケストラやバンド、演劇、映画、選挙、みんな「このやり方」の応用なのではないだろうか。 学校で行われる合唱コンクールや体育祭、文化祭等の行事も、実は本来は「このやり方」を体得して感動する経験を学ぶ目的だろう。 寺社のお祭り、地域おこしと呼ばれるもの、NPOなんかも「このやり方」を使う。 そして、もっと書くと、会社だったり自衛隊だったり、宗教だったり、国家だったりもする。(某国で国家主席に見せるために行われるのマスゲームや軍事パレードを思い出してほしい。)

目的はそれぞれに大いに違えども、「このやり方」を正しく使えば人々は動き、感動し、力を発揮し、喜べるのだ。 「このやり方」の唯一のポイントは、「それぞれがそれぞれの持ち場で自分の責任を果たすこと」である。 「くそーっ!」と思いながらも「なにくそ!」と踏み留まり逃げずに頑張る、「くだらない」とか「つまらない」とか「だるい」とか言ってないで、とにかくやってみる、そこである。 過程において自分の責任から逃げ出そうとする者も必ず現れるのが常だが、「一緒に頑張ってみよう」と肩を抱いて歩き出すようなリーダーシップを発揮する人も、またたいてい現れてくるのが不思議で、つまり集団が勝手に自律してきたら、もう成功は間違いがない。

もちろん個人でそれをやっても素晴らしいものは出来上がるが、団体の力が同じ方向に集約された時には、単に頭数を倍算した以上の、言うなれば「化ける」ようなパワーが発するもののようだ。 これも経験上、何となく理解している。

「このやり方」に名前はあるのだろうか。 社会学あたりで扱っている??

小田氏に誘われて参加した20代のミュージシャンたちの多くは、学生時代の行事でも「だるい」と言って動かなかった人が多いのではないかと思いながら見ていた。 今の世の中の学生たちが、そんなに熱く学校生活を送っているとも思えないような気がしたので。 その若者たちを相手に、引っ張って、「このやり方」を経験させた小田氏の尽力とパワーには、頭を下げるしかない気持ちだった。

でも、0.2%だけ、「これはもはや『小田教』だな・・」とも思ったのだ。 みんな純粋なだけに、特に。

何がどう違うのか私にも分からないが、私たちの上の世代である小田氏の年代は、私たちよりも熱い学生生活を送って「このやり方」による感動を私たちより濃く体験しているようだ。 なにせ「学生闘争」の時代である。 政治だって動かしちゃったんだから! そして、それより温度の低い私の世代でも、今の20代よりは濃い学生時代を過ごしているらしいことは、自分たちの子供の様子を見ていれば想像がつく。 だんだん薄くなった中で、小田氏がガツンと一発、「このやり方」の見本を見せて、「ほら、こんな濃い感動が作り出せるし、感動を与えられるんだぞ。」、と、やってみせた。

自分自身の経験では、「このやり方」を知っているのといないのとでは、人間として差があるという気がする。 今その中に居なくても、いざという時にすぐに思い出せるのである。 まるで自転車に乗る方法や泳ぐ方法のように。 「辛さから逃げずに自分の責任を果たせば、その向こうには感動が待っている」 「逃げそうになっている人を手伝うことができたら、感動はもっと大きくなるかもしれない」・・偉大なる成功体験の一種なのだろうか。

そして、冷静に「このやり方」を客観視すれば、マルチ商法や怪しげな宗教、極端な思想などから身を守るのにも役立つ。 自分がその中にいるときの熱さや大きな潮流のような集団の力を、「これはあの時のあれと似ている」と、独特の感覚を伴って思い出せるからだ。 経験を積めばその先がどちらに向かっているのか見えるようになり、もっと力があれば、その矛先をある程度までコントロールすることさえも可能になる。 ちょうど、今回の小田氏の役割のように。

「このやり方」と、それにこのやり方が生む感動は、人間と切っても切れない何かであり、DNAに刻まれた性(さが)ような何かなのかもしれない。 私が感じた0.2%の負の感覚は、間違った使い方をしたら人間としての存在に関わるような、その警告によるものなのではないかと思う。 宇宙戦艦ヤマトの波動砲みたいに、使ったらしばらく他のことができなくなってしまうような、危なげな決定的な何かなんじゃないかと思う。(例えが古すぎたか!)

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2010.01.21

起こされて

半冬眠から揺り起こされたように急にばたばたと動き出したは良いが、まだ頭がちゃんと働いていなくてどこかマヌケな日々。 大事なことを忘れていたり見逃していたりしそうで、自分で自分のリスクが怖い。

出先で、気合を入れようと自販機で温められていた「マックス・コーヒー」の甘さにすがった。 一口飲んだら、高校時代の購買部で売られていたコーヒーの味にそっくりで、懐かしい思い出の津波に襲われて、しばし思考停止。 かつてのコーヒーは、みんなこんな感じに甘~くてカフェオレみたいなミルク感たっぷりのものだったのかもしれない。 そうやって考えると、近年のコーヒーの進化は素晴らしいような・・。

目覚め状態でのコーヒーは相応しかったか。 ちょっと味が濃過ぎの気もしないではなかったけれど。

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2010.01.15

半冬眠

いやはや寒くて、心とか思考回路まで縮み上がってしまっているようで、活動も低ければ能率も悪く、参っちゃうなあという感じだ。 こんなに寒さが苦手だったか、と、自分に対する自信がちょっと揺らぐ。 甘酒を煮たり鍋物を多用したりしながら、もうしばらく凌がなくては。

気になっていた本を集中的に読んでいるが、自分の求めていたものからピントが外れていたり、評判の割には肩すかしだったりして、どうも読書運が悪いようだ。 こちらの感受性の問題だったら厄介だな、と、少々懐疑心を抱きつつ。 のりが合わないということはあるみたい。

窓の外の庭木の梢を飛び回っているメジロが、時折♪チチチ、チチチ・・ときれいな声で鳴く。 寒いだろうに、その元気が羨ましい。 あんな小さな体のどこに、それほどのエネルギーを蓄えているのだろうか。

レベルが低い状態でがんばってしまうと、後になってドスンと反動が来そうな気もして、あるがままにどんより過ごしている。 半冬眠みたいな状態。 周囲に迷惑がかからないように最低限のことだけをそつ無くこなし、あとはひたすら暖かくなるのを待つ。

「しっかりしない自分」を許している状況を訝しく思いつつ、それもまた珍しく面白いと観察中。 これもまた必要な経験だろうか。 何かの意味があると救われるのだが。

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2010.01.09

でんのう牛乳

機会があって前を通ったので、JA三島函南の農産物直売所を覗いてきた。 店内ではこの時期でも青々としたブロッコリーや芽キャベツなどが豊富に並び、真っ赤なイチゴとの対比が眩しいくらいだった。 最後に冷蔵ケースを冷やかすと、見たことの無いパッケージの牛乳パックが目に付いた。

傍には手書きのポスターが貼られ、近くにある田方農業高校の生徒たちが育てている乳牛から商品化した牛乳との旨の説明書きが、マジックで手書きされている。 何から何まで手作りっぽくてなかなかイイ感じ。 200cc入りの小さな紙パックで、ひとつ80円。 ふと隣を見れば同じデザインを茶色で印字したコーヒー牛乳も。 迷ったがコーヒーで味を誤魔化されたら悔しいから、シンプルな普通の牛乳の方を選んだ。 細くて短いストローを一本付けてもらって、店の外の陽だまりで早速飲んでみることに。

びっくりした。 美味しい。 それも凄く美味しい。 この辺りでは「丹那牛乳」というかなり美味しい牛乳が手に入るのだが、その存在が霞んでしまうくらいのパワフルな味と香りだった。 学生さん達、あっぱれだ、素晴らしい! 流通や生産量のことを無視して味と値段のバランスだけを考えたら、このパックひとつ150円しても納得できるんじゃないだろうか。

美味しさに感激したので家に戻って早速調べてみたら、こちらに詳しい記事が書かれていた。 出会えたのは偶然のラッキーだったようだ。 覚えておこう。

牛乳の紙パックに学校の校章がデザインされているのもカッコ良かったけれど、ローマ字でDENNOと描かれていたのが「電脳」を彷彿させて、別の意味でカッコ良く見えた。 知っている人からすれば「でんのう」は田方農業高校の略の「田農」だとすぐ分かるのだろう。 ただ、分からないから違うものを結び付けて、余計にカッコ良く感じる面白さもあるのだと思った。

美味しいものと出会えた偶然に、ありがとう。 真面目に牛を育て牛乳を作ってくれた生徒さん達に、ありがとう。 ごちそうさま。 

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2010.01.08

春の気配を探したくなる

「君がため 春野に出でて若菜摘む・・」という訳でもないが、昨日庭で春の七草摘みをしていたら、親指の頭ほどの小さなフキノトウを見つけて、ついでに集めてしまった。 目を皿にして探し、ようやく4粒。 集めてしまった、と強調して書いたのは、集めた以上は美味しく食べてあげるという責任を負うことになる訳だが、数個ばかりのフキノトウを活かすためにわざわざ何かを作るというのが、ちょっと面倒くさくて躊躇したからだ。 この時期はどうも台所仕事の腰が重くていけない。

お粥が水っぽいから汁ものは初めから作らない予定で、「みじん切りにして味噌汁に浮かす」という手も使えず、仕方が無いから覚悟を決めて練り味噌を作り「蕗味噌」にして、厚揚げに乗せて焼いて田楽にした。 一仕事も二仕事も増えた分だけ、春の香りの美味しさも、また格別だった。 作れば美味しく食べるくせにわがままなものだ、と自分に文句を言う。

フキノトウが顔を出すのが、年に5日程度ずつ早くなっているようだ。 この冬が例年になく暖かい印象は受けていないにしても、じんわり温暖化しているのだろうか。 ちなみに「我が衣手に」も雪は降り積もらず、代わりに穏やかな日差しが降り注いでいた。

でもやっぱり、寒いものは寒い。 お粥を盛ったお椀を手のひらで包んだまま、伝わってくる温もりに甘えるようにしばしぼんやりしてから、ゆっくりとお米の味と春の香りを味わって食べた。

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2010.01.05

お片付け

昨日と今日はおせち料理の残りのお片付け。 「煮しめ」は細かく切って炊き込みご飯に、「酢蓮」と「伊達巻の端っこ」はみじん切りにしてトッピングの感覚でカレーの薬味に、蒲鉾はひらひらに切ってグリーンサラダの具として、それぞれに化かす。 「栗きんとん」はジャム代わりに焼いたイングリッシュマフィンに乗せて食べたら、「あっ、こんな感じの菓子パン、あるよね?!」みたいになって笑った。 「昆布巻き」一本と「ごまめ」は「七草粥」に合わせて食卓に並べてしまう予定でわざと残しており、それで今年のお節料理もオールクリアになる。

お正月用の食器も手入れをしてから箱に入れて、足台を持ち出して棚の奥にしまい、やれやれ。 妙な感覚だが、お正月よりも今時分の方が気持ちの上でゆったりしているかもしれない。 台所を預かる身としては「そんなものよね」という感じだ。

はからずも新春に合わせて成婚の話が二件も飛び込んできて、なんだかおめでたい気分になる。 婚活に励んだ所で、それでも纏まらないものは纏まらないらしい話もよく耳にするから、余計におめでたいと思ってしまう。 やっぱり縁というのは不思議だし、あんまり自分でコントロールできるものでもないのかもしれない。

「整理と集中」などというと何処ぞの会社のようだけれど、今年は意識的に「選んで」行動してみようかとぼんやり考えている。 懐かしさばかりを語り尽くして、その後何をしたらいいのか分からないような所からは、ちょっとばかり身を引こうかと。 そういった所には、もっと歳をとってからでも顔を出す機会がありそうな気がするので。 ・・それでも、自分がどんなことを考えていたって、縁に引っ張られてしまうものかもしれないし。 縁を使って神意を確かめるなんて、ばち当たりだろうか。 タイミングとかその時の気持ちとか、そんなものすら縁の一部なのかも。

予備の為、年末に買っておいた大きな白菜の玉が、他の食材に押されて手つかずのままに年を越してしまった。 思いっきり使って今夜は鍋物にしようかな。 そうだ、「なると」が残っていたっけ・・入れちゃおうかな。 変かな。

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2010.01.03

遅ればせながら

あけましておめでとうございます。

みなさんどんなお正月を過ごされたでしょうか。 普段から忙しくしている方々は、少しゆったり息抜きできていると良いなあ、と、思っています。

意識的にネットと距離を置く数日にしてみました。(それでも、忘れない内にいくつか検索かけたり、気象情報をチェックしたりはしましたが。) 「ネット断ち」まではいかないにしても、「ネット離れ」・・いや違うな・・「ネット遠巻き」ぐらいの感覚で。

ネットと距離を置くことはニアリー・イコールで、ネットを使ってのコミュニケーションを制限することでもあり、つまりは昔ながらの方法に回帰することでもあります。 年賀状とか電話とか対面とか、ね。 それぞれにおいて使っている頭の中の回路が全然別物だ、ということを感覚として再認識できて、なかなか興味深かったです。 昔ながらの方法はほろ酔い状態下でも充分使えるものでしたが、ネットというのはシラフを求めてくるのがよく分かりました。 相手(不特定多数であったとしても)にも、自分にも、ハンドルの『遊び』部分のような、ある意味においての『ゆとり』が無いんですね。 流行りの「つぶやき」が受け入れられる理由が理解できたような気もしました。 無いから、気持ちの上で求めるんでしょう、きっと。

どっちがどう、ではなくて、たくさんのツールを持っていることが既に価値・・。

もう明日からはいろいろなことが平日運転。 おせち料理も片付けモードになり、そろそろ普段の献立や和食に拘らない味付けが恋しくなりつつあります。 とりあえず、朝ちゃんと起きなくちゃ。

どうぞ今年もよろしくお願い申し上げます。

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