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2010.03.14

義父の退院

とにもかくにも結論から書けば、父は退院した。 「おかげさまで」なことは間違いがないが、別な視点からすると退院してからの方がよっぽど大変なほどに、本人の認知症の状態が厳しいので、手放しで「良かった」と書けないすっきりしない状況は、あまり変わりがないとも言える。

ただ、病院で「おしっこのカテーテルを力任せに引っこ抜く」とか、「足が不自由で立ち上がれないのに、ベッドから降りて立ち上がろうとして、結局コケて骨折する」といった問題行動を回避するために、ベッドに太いベルトで押さえ付けて起き上がれないようにしたり、肘や膝を軽く縛ったりして(これらを『拘束(こうそく)』と呼ぶ。)、自由を奪う形で管理されていた状態から、施設のスタッフの監視下に置くことで出来るだけ強制的な拘束を避けるようにする、という違いになるだけのことだ。

縛り付けていれば事故は起こらない確率が高い。 それでも、「判らない頭」なりに自由を奪われるストレスは積もる筈で、それによってますます問題行動が助長され、それを抑えるためにより強い効力で縛り付けるという、繰り返しになってゆく。 一方、施設では一応あれやこれや気を紛らわせながら、ストレスを減らすことで問題行動を軽減しようとする代わりに、時間も人手もかかるし事故のリスクは高くなる。 どちらが人間的かと問われれば後者なのだろうが、どちらが安心かと問われると、正直困る。 縛り付けられてジタバタしている本人を見る切ない気持が上か、「もうどうせ分からないんだから、治療上の安全を優先した方がいい」という気持ちが上か。

高齢者の病気は、単なる入院治療だけでは済まないのが現実なのだ。

前回の肺炎による入院でも、退院後3週間近くはかなり不穏な状態が続いた。 今回では入院期間そのものは短かったものの、本人の混乱度は前回を完全に上回っていたから思いやられる。 後から教えてもらったところ、たかが点滴を刺すのにさえ鎮静剤の騒ぎだったそうだし、入院当日の一晩だけで、持ち込んだ全てのパジャマや下着・タオルの類が、翌朝訪ねた時にはことごとく尿で汚れていたとは、どれだけ暴れたのかと気が遠くなったものだ。(そんなこともあろうかと、個室が用意され、家族としての拘束許可は前以て手続きを求められていた。)

万一父にまた次に何らかの病気が見つかったとしても、私個人的には入院治療に対してかなり否定的な考えを持つことになってしまいそうだ。 もう入院するような状況にならないことをただ望みつつ、父の日常を手伝ってくださる全ての方に「ありがとうございます」と感謝するしかない。

山はだいぶ春めいてきて、ウグイスもちらほらと鳴きだした。 今日は庭でカナヘビも見かけたし、さすがは啓蟄の日々と感心。 暦ってすごいな。 なんだかんだの日常の中、花粉症でちょっとばかりぼんやりしているのが、逆に幸いしているかとも思っている。

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