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2010.03.06

次から次へと

なんだかんだと、すったもんだの末に、結果として父は膀胱結石のために手術を受けることに相成った次第で・・。 「手術が受けられるということ自体が、とてもすごい事ですよ。」という、施設の看護師さんの言葉に救われたような気持になる。

事あるごとに、それこそ一日の内で何度となく、私たち家族も施設のスタッフたちも、手術で結石を取ることになった旨を本人に伝え続けてはいるが、一向に理解される兆しがない。 ストローやアルミ箔でモデルを作って視覚に訴えたりも試してみたが、無駄足に終わった。

ここまできてしまうと、父に手術の話をするのはいったい何の為なのかという気分にすらなってくる一方で、逆説的にこれは、こんなにやっても父はもう理解できないのだという現実を、私が体で理解するために必要なプロセスだったのではないか、とまで思えてきて、何とも言えない気分。 よく「無償の愛」などというけれども、コミュニケーションはキャッチボールな訳で、こちらから投げても相手が投げ返してくれなければ球切れになる。 老人介護を仕事としているプロたちは、この虚しさとどのように対峙しているのだろうか? そのうち聞いてみたい。

唯でさえ環境が変わることにパニックを起こす傾向がある父の入院そのものが、手術云々の以前に心配だったりするし。 病院側にはいろいろと事前情報として伝えておいたけれども・・。 順調に、いろいろなことが淡々と進んでくれるよう、ただただ祈るような思いだ。

次から次へと、やっと前のすったもんだが落ち着いたと思ったら、次のすったもんだがやって来る。 『ますたあ』の「要するに、身体が耐用年数を越えているっていうことだから。」という的を得た表現に、思わず苦笑。

雨が降る前に、と、慌ててお雛様を片付け、下ろした「ひなあられ」をポツリポツリつまみながら、意識的に、考えても仕方がない事を分離するように自分を仕向けている。 一時記憶媒体の容量が極端に小さくなっている相手には、自分も超近視眼的に対応するのが、ストレスをためないポイントなのかもしれない。

聖書にある『その日の苦労はその日だけで十分である』とは、こういうことか?!

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