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2010.12.29

帰ってゆく所

振り返れば、今年は「物事の本質について」をずっと考え続けていた。 おかげでと言うべきか、それとも図らずもなのかよく分からないが、今まで過ごしてきた場所からワンステップ違うレベルに登れたような、何かの実感がある。 とりあえず物事の見方・捉え方がかなり変化した。 そして、大事なこととそうでないことも、大きく差別化された。

それでも人間だから、生きてゆくために食べたり飲んだり、日常のこまごましたことに時間を使わなくてはならないことには、なんら変わりが無い。 ふっと疲れた時に何処かに心を寄せたくなる気持ちも、相変わらず持ち続けている。 帰るべき所とでも呼ぶのだろうか、人や場所、記憶や「確信」・・。 私にもそんな存在があって、それらは宝物だ。

年末なので色々なことを振り返りながら、帰るべき場所を再訪したり、若しくはわざと意図的に心を遠避けたりしてみている。 どんな厳しい状況下においても繋がるものは繋がり続けるだろうし、逆に、必要の無いものは繋がりたくても繋がれない。 タイミングかもしれないし、大きな力を行使するお方の意図かもしれない。 私と帰るべき所との現在の状況を、ひとつずつ確認しているのだろうと思う。

帰るべき所が健全に自立して存在し続けてくれていたら、それは私との現在の関係に係わり無く、それだけでとても嬉しいことだ。 無謀とも呼べるような大きな信頼感を伴っているのは、いったいどうしてなのだろうかと不思議な気さえする。

あるがままにあるということは、きっとそれだけで充分なことなんだろう。 それ以上を望まず、そのままにあろうとする時、信頼感は大きな力になる。

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2010.12.20

加熱の妙

我が家は雑木林の中に建っているようなものなので、毎年秋の終わりにワサワサと落ち葉が降り積もる。 それが今年は例を見ないほど大量で、そんなに木々達は元気が良かったのかと、今頃になって思い知らされている。

落ち葉は自然に分解されてやがては土に戻ってゆくものだから、ほとんどは放っておくのだけれど、建物の壁に吹き溜まって山のように積もっているものはさすがに邪魔なので、集めて焚き火をする。

たまたまサツマイモを持っていなくて、夕飯にポテトサラダにでもしようと思っていたジャガイモをアルミホイルで二重に包み、埋み火の中に放り込んでおいた。 ほぼ鎮火してから拾い上げて台所で剥いてみたら、いい塩梅に焦げ目もついて見るからに美味しそう。 マヨネーズで和えてしまうのが勿体無くなり、軽く塩と胡椒だけ振ってそのまんま食卓に出した。 焼け具合もよろしくホックリとして、しかも、ジャガイモ本来の香りが力強く残っていて、いつものジャガイモと同じとはとても思えないほどの出来栄えに、すっかり驚かされた。

食品素材が昔のように美味しくないということが、暗黙の了解事となって久しい。 品種も育て方も土壌も気候も昔と同じではないのだし、その上食べ物の種類や量もふんだんにあるようになってしまったのだから、感覚も変化していることと思う。 そして、実は加熱方法によっても出来上がりはずいぶん変化してきたのではないかと、予想外に美味しいジャガイモを食べながら考えた。 熱源が変わり、火力が変わり、調理器具の熱伝導率も変わった筈で、もっと言えば火を使わずにマイクロ波で調理できる世の中になったら、そりゃあただ単に「ジャガイモを加熱して、食べられるようにするだけ」だって、出来上がりは当然違うだろう。

時間の短縮や効率化によって失ってしまった美味しさも実はあるんじゃないか、と、思いを馳せていた。 埋み火の遠赤外線作用に、「恐れ入りました」だった。 古からの方法は、実は侮れない。 

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2010.12.15

お久しぶりでございます

ずーっと更新せずにいた。

「どうしたの?」とか「何かあったのか?」とか、わざわざ尋ねてくださる方もあって、ご心配をおかけしたことは申し訳なかったが、理由の説明をしようとすると少々面倒だったので、「いや、なんとなく・・」みたいに誤魔化していた。

本当に、特別な何かがあったわけではないのだ。 ただ自然の成り行きと呼ぶに近かった。 中断するとか止めるとか、それさえもほとんど意識していなかったから。

いくつかのテーマを自分の中で深く調べたり、古の人々の表現を穿り返したり、思考しながら言葉を使って再構築したり、と、そういった一連の過程を楽しんでいた。 もちろん、それらに終わりは無いから、今でもこれからも続いてゆく筈である。

ブログのテーマを何にしようが、そんなことはどうでも好きなようにすれば良いに違いないが、私の場合はアクセス数を稼ぐことに対して、全くといって良いほど興味が無い上に、普段の日常にはくだらない事からやけに真面目な事まで幅広く含まれているのが当然で、わざわざテーマを絞り込むような生活をしていないのも事実で・・、などと考えると、漫然とだらだらと、が、自分には相応しい様に、いまだに思っている。

興味深いことに、更新をしていなかった間もアクセス数が2桁までに減ることは無く、しかも、そのほとんどは「大さじ1は何グラムか」をはじめとするいくつかの小さなテーマをググッて来訪してきた方々で、つまり、私が何を書こうがほとんどの人には関心も無くどうでもいいのだということが分った。 ああ、なんと清清しい気分であることか!! いえ負け惜しみじゃなくて本当に。 それを理解した時に、私は救われたような気分になった。 だからこそ、またこうして書いてみる気にもなったのである。

きっとこれからも神出鬼没状態になると思われ・・。 お化け同様に気が向いたら現われるとでも思ってくださると、ありがたい限りです。 ビールとかラムとかウイスキーとかジンとか用意しておくと少しは呼べるやも?

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