(言葉にするのは難しい)
幼い子供が自分の親に思いっきり笑わせてもらった挙句、「大好き!」の意味のひとつの表現として、「もーこの人、嫌~」なんて言ってみたり。 それとか、凄く面白い映画や小説などに集中して、終わってから自分でも気付かぬ内にげっそり疲れてしまっていたり。
生きてゆくというのは、なんだかその辺に近い気がする、今日この頃。
日常の何が、誰との関係が、と、いうように、具体的な悩みや苦しみではなく、なので、決して死にたいとか悲しいとか泣きたいでもなく、もっと薄ぼんやりした掴み所の無い、それでいて、輝きすら同時に内包してさえもいる、ある種の「憂鬱。」
さて、これは、逃れるべき相手なのだろうか、逃れる術があるんだろうか。 それとも・・なのか。
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