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2011.06.27

ちまちま

梅雨の晴れ間、といっても「曇り間」ぐらいの状態だったが、久しぶりにドライブをしてきた。 トイレ休憩やつまみ食いを兼ねて道の駅などに立ち寄ると、農作物直売所のような施設が設けられており、ついつい見てしまう。 同じような施設でも場所が違えば品揃えも全然違う印象で、へーとかふーんとか心の中で突っ込みながら、なかなか面白い。

小粒のビワがビニール袋一杯に詰められていて100円。 市場には流せないようなSSサイズで、いかにも「庭の木になりました」という感じ。 オレンジ色が濃くて美味しそうに見えたので購入。 種ばっかりみたいな状況だったら、ほぐしてからシロップで煮てゼリーでも固めよう。

続いては、これまた細かい粒のプラムが赤々と。 こちらも100円だそう。 梅干くらいの大きさで、ポイポイと食べられそうだ。 ちっちゃくて何と可愛いこと! いくつか並んでいる袋の中から、赤い色の強いものを選んで買う。 酸っぱかったらジャムでも煮れば良いや。

青梅もぱんぱんに袋に詰められている。 小粒な上ちょっと表面に傷があるけれど、新鮮そう。 えっ、こんなに入っていて100円なの?! 買います、買います。 夏バテしないように梅シロップを漬けよう。 この前安売りでストックしておいたお砂糖もあった筈だし。

図らずも、どれもこれも皆、同じような大きさで、厨房に並べたら可笑しくなってしまった。 ちっちゃくてちまちましたものが並ぶと、可愛らしさオーラも全開だ。 ゴルフボールをひと回り小さくしたようなものばかり、それぞれ袋にみっちり詰められて、それぞれに季節ものらしく色鮮やかにアピールしている。

食べてみると、ビワもプラム(「大石」と「太陽」の品種が混じっているみたいだ。)も、個体差は大きいが想像していたよりも甘くて、加工する必要も無くそのまま生で楽しんでいる。 青梅は早速梅酒ビンを奥から出してきて、砂糖と一緒に。 ものの数時間で、凄い勢いでジュースが上がってきて、あまりのスピードにびっくり。 今まで何度も作ってきたがこんなのは初めてだ。 まだ出来上がってみないと、それが良い事なのかどうかは検証できないけれども。

青梅の鮮やかな緑色と、真っ白な砂糖、そのコントラストを蓄えたガラスの大きな梅酒ビン。 とてもきれい。 厨房に足を踏み入れる度に、真っ先に目に付く。 季節のエッセンスを集約したみたいで、こういう物が厨房にあるということが、こんなにも様になり絵になるものなのかと、しみじみ感心して眺めている。

今日も湿度が思いっきり高い。 早く明けないかな、梅雨。

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2011.06.12

だらーんと梅雨らしく

気合の入らない日が続いている。 元々気合だけで生きてきた感がある私の人生なので、自分らしくないというか、自分が自分じゃないようで気味が悪い。 下手に抗うと無駄に消耗しそうだから、ほけ~っとしている。 ある意味においては「平和」なのかも。

むかーし、昔、まだ病院で勤務していた時代に、ちょっとした身体的トラブルを持って生まれてきた男の子が、なんと二十歳のお誕生日を迎えるとのことで、ご両親とご本人からお礼の手紙と写真が届けられた。 しかもまあ、それはそれは賢くご成長なさった様子で、書かれていた大学と学部名を読んで、こっちのほうが恐縮したい気持ちになる。 これからの時代を作り、引っ張ってゆく人になったんだな、と、9割は「任せましたよ!」の気持ち、残りの1割は引導を渡されてしまったようでちょびっと寂しい気持ち。 さてこれからの自分に何ができるか。 ほけ~っとしてる場合ではないのだろうけれども。

いい加減に髪を切りたい。 勝手に切ってくればそれで済むことなのに、たかが髪を切るためだけに何十kmも移動するのかと思うと、ついでの時に・・などとついつい後回しになりがち。 無駄に出かけないのはエコっちゃあエコな気もするが。

「厚揚げのうま煮」を作ったら、妙に美味しくできた。 嬉しかった。 単純な奴でおめでたい。

●水 2カップ ●鶏がらスープの素 小さじ1 ●オイスターソース 大さじ1 ●醤油と砂糖と酒 それぞれ大さじ半分ずつ

煮立てて、生姜や唐辛子などあれば入れて、ちぎった厚揚げ1枚と持ち合わせの野菜やきのこを5分ぐらい煮て、水溶き片栗粉でトロミをつけて、仕上げにごま油をちょろっと回し掛け。 ちゃんと炒めたりして作ればそれなりなのだろうが、手抜きでも美味しければそれはそれ、ってことで。 厚揚げは包丁で切らずに手でちぎると、短時間で味が染み込んで美味しいので、覚えておくといざという時に便利。

・・もうそろそろ目覚めないかな、自分。

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2011.06.07

久々に悩んだ

ちょっと想像してみて欲しい。

あなたは昔ながらの風情が残る観光地に来た。 そこには明治時代に病院として使われていた古い建物が文化財として保存されており、見学できるようになっている。 建物の歴史が古い写真とともに説明され、基本的には今風に言えば内科医院だったそうだが、近隣の村を含めても唯一の医師ということで、実際には何科の患者であっても断らずに治療したらしい件が解説されている。 診療に当たっていた医師はたくさんの命を救いとても尊敬された人物で、勲章も授けられ、建物の玄関先には銅像もある。 内部には実際に使われていた古い椅子や聴診器が配置され、医療器具がガラスケースの中に並べられ展示されていた。 しかし、そこであなたは気付いてしまう。 陳列展示されている当時の医療機器が、何故かほとんど産科の器材であり、それも、妊娠初期に妊娠が継続されない若しくは、人工的に継続させない場合に子宮の内容を外に出してきれいに整えるための器具ばかりであることに。

さて、あなたはその場で、または、後日に何かアクションを起こすだろうか?

医学は自然科学だ。 使用目的には関係なく、器具は単純に器具でしかないのだから、隠すべきものでもない。 当時使われていた器具ならば科学遺産である。 ましてや判る人にしか判らない代物であれば、多くの人は「へぇ~」で通り過ぎてしまうのだから、なんら問題ではない。

しかし、かつて花街であり、また俗に言われる「口減らし」の史実も残されていれば、多分ここで人工妊娠中絶処置が行なわれていたであろうことは容易に想像されるし、わざわざよりにもよってその器具を展示しなくても良いではないか。 見ていて気分の良いものではないし、子供も無意識に見てしまうのだから。 小京都と言って上品さを売り物にして観光客を誘致している場所には相応しくない。 ましてや、尊敬を集めていた医師の「裏の顔」を見てしまうようで、イメージダウンにもなりかねない。

例えそうだとしてもそれは史実なのだから、隠そうとする事が間違っている。 過去の間違えを隠すのではなく、史実として認めた上で、今の価値観にあわせて考え直さなくてはならない。 現在だって、それが認められていなくても、お金さえ積めばそういう処置をしてくれる所はあるではないか。

大昔の話ならともかく、明治時代であれば、その医師の近い子孫が近くで暮らしているかもしれない。 手の届く過去だからこそのリアリティー、そのショックの強さも考えて欲しい。

建物を管理している行政機関や観光協会は、展示してある医療器材がどういうケースで使われるものなのか、把握していないのではないか。 「当時のもの」というだけの理由なら、他の器材に置き換えれば良いだけの話しだ。 他の器材は残されていないのだろうか。 だとしたら、なぜこの手の物ばかりが残されていたのか?

そもそも単に観光客でしかないのだから、知らぬが仏でも良いではないか。

・・私はものすごく悩んだ。 数日悩みぬいた挙句、「展示されていた医療器具はこれこれこういうもので、こういったときに使用するものです。」ということだけをお知らせする手紙を書いた。 自分の考えには触れずに、「驚いたという気持ち」だけを伝えた。

時代によって価値観は変わってゆく。 昔は普通に行なわれていたものが、今では犯罪の範疇に含まれるものも少なくない。 だからといって、昔は野蛮だと決め付けるのも間違っていると思う。 当時には当時のそれなりの理由があり、きっと今だって、将来になったら十分に野蛮な筈だ。

とてもたくさんのことを考えさせられた。 頭が痛かった。   

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